営業スマイル 前編
設定が甘くて苦戦しました。
「ちょっと、ごめんね」
シオンはオレの左隣に来ると座り込む。こちらを見る表情は微笑。しれっとしやがって。
「おい、どうしてここにいる、所用じゃなかったのか?」
「タスクガードの練習」
前面に両手のひらを並べて、真剣な表情に変える。
「タスクガードって何だよ⁉︎ ったく。お前、シオン=ローじゃなかったのか?」
「……シオン=ローは偽名。夢よ、忘れて」
鼻で短く息を吐き、遠くを見るような表情、ってコラ。
「オレの真似すんな。じゃあ、シン=アロマで良いんだな」
「いやん、アロマって呼んで」
両手の拳をアゴの下において、嬉しそうな照れたようなあいまいな表情にして、身体をくねらせる。
ころころを表情と性格が変わって、処理が追いつかない。
「頭痛い。じゃあ、アロマが名前なんだな」
「さぁ? さっき思いついたばかりなので」
「そっちも偽名かよ! あーも、わっかんねぇ! とりあえず、そのトボけ顔の表情に変えるのはやめろ! 気味が悪い!」
頭をガシガシと掻きむしる。
あーもう、ダメだ。誰かオレの頭を洗い流してくれ。綺麗さっぱり忘れ去って、この平原に吹く一陣の風となりたい!
そもそも、なんでオレがこんな事で頭を痛めなきゃいけなんだ? でも、このままだと気になって寝られないし。
くっそ、次は何だ? 何を言ってくるんだ?
……あれ? おかしい、何も反応がないぞ?
見れば名称不明の女は無表情になっていた。いや、目と口がわずかに開いている。もしかして、コイツ驚いてるのか?
「『顔の表情に変える』って言い方、おかしいと思う」
「た、単なる言い間違えだろ?」
意外な反応に驚いて、とっさに誤魔化してしまった。しかも、言い訳としてはかなり苦しい。
「そうですか。言い間違いでしたか」
やっぱり、バレバレだった。
ハイ、次は何て言いますか? と、こちらに手のひらを見せて、発言を促してくる。
何故か、その手はわずかに震えていた。
「おい、お前。それ」
オレに指摘された事で、自分の手が震えてる事に気付いたのだろう。女は反対の手で震える手を引き寄せ、腹で抱え込むように隠す。
「何でもない。大丈夫」
視線は地面に固定されたままだ。表情ばかりに気を取られていたが、顔をよく見れば、血色が悪く、わずかに汗ばんでいる。呼吸の浅く速い。
大丈夫と言うが、まるで説得力がなさすぎる。明らかに何かしらの異常をきたしているとしか思えない。
女は必死に自分を落ち着かせようと、目をつむり、身体を縮こませる。とても辛そうだ。
何か言わなきゃ、でも、どうすれば良いんだろうか。相手がどうして欲しいかなんて、オレには分かるはずもない。だからーーーー
「オレに出来る事はあるか?」
腹に力を入れてハッキリと伝える。自分が情けないけど、相手に聞く事にした。苦しんでる友達をそのままにするよりはマシだ。
少し苦しそうな顔を上げたシオンは何度か目を泳がせると、自分の右肩に顔を隠す。
「……私の側にいて欲しい」
小さく言った。
「お願い!」
顔を上げこちらを見る。辛そうな、そして今にも泣き出しそうな表情に変えて……。
「そんな顔、しなくて良いって。わかった。ここにいてやるから安心しろ。何なら、手でも貸してやろうか?」
そんな軽口を言ったのは、大きな間違いだった。オレの言葉を聞いた、シオンはあっという間に、左腕に組み付き絶対離れるものかと、力の限り締め付けてくる。柔らかくて痛い、ジンジンと鈍い痛みがあるが、シオンを離す訳にもいかない。そのままあさっての方向を見て、色々誤魔化す事にしよう。ああ、今とても見られてる。そりゃ、オレだって同じ状態なら見るわ。
他のダイバー達がいくつかの集団を作って、会話しているのが分かる。良い見世物だな、精々話のタネにして仲良くなってくれや。
コラ! キミヒトさん。偽物の笑顔なんてするんじゃありません! イケメンの感情の入ってない笑顔はちょっと、怖いぞ。
後書きで次回のネタバレしてました。