感謝
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遂に出ました田中さん
声の主がカウンターの奥の部屋から出てくる。白髪の男性。白髪と言っても完全な真っ白でもなければ老人でもない、腰も曲がってなければ身体も細くもない、服から出ている首、腕を見れば、相当に鍛えられている事がわかる。顔は面長で鼻は高く目鷹のように鋭い。若さを失いハリが無くなった皮膚が、老いというより強さを感じさせた。
男は『グニー』と呼ばれた受付の女に向かって歩く。静まった店内に男が歩く音が響く。
「グニー、お前の職務はなんだ?」
重い声。腹の底から出た低い声が空気を揺らす。
「はいぃ! 私の職務は『バスターズギルド』の受付にございます!」
「今は何をしている?」
「手配犯であるヨークスらの情報提供を受け、被害にあった新人ダイバーと判断しました。そこで、情報の真偽を判断するため、追加の情報収集を行ってた次第です!」
物は言いようだな。 あれのどこが手配犯に関係があったんだ?
「俺にはそうは聞こえなかったぞ……グニー、お前の気持ちもわかる。だが職務を放棄する事は俺が許さん。今回の件に対する見舞い金の手続きを早急にしろ」
「はぃ、かしこまりましたぁ!」
女は涙声で返事をするとカウンターの奥の部屋に向う。
「待て、気が変わった……この三人は俺の部屋で話を聞くことする。……なんだか、小腹が空いたな、何か準備しろ。客人の分も頼む……ゆっくりで良いぞ」
「ありがとうござい、ます」
そのまま、女は奥へと消えていった。今、泣いてたな……テーブルに突っ伏してた時も泣いてたのか?
「客人、申し訳ないが少し付き合ってくれ」
「え? はぁ」
考えを事をしてたら生返事をしてしまった、男はカウンターの中を進み、板を持ち上げてカウンターから出る。
「こっちだ」
それだけ言うと、階段を上っていった。オレと蛍は無言で頷くと、男の後を付いていく事にした。蛍がモウカの手を引いて歩く。途中に一段下がっているところがあって、モウカが倒れそうになるのを支える。引かれてない方の手は黒いジャケットの胸辺りをぎゅっと握りしめていた。
モウカがつまずかないようにゆっくりと階段を上る。上がりきるとそこにはいくつかの部屋があるようだった。その一番手前の部屋の前に白髪の男性が立っていた。オレたちが気づいた事を確認すると扉を開け、部屋の中に入るように促す。
部屋の中は茶色の革で覆われた三人掛けのイスがテーブルを挟んで向かい合わせに配置してあり。その奥には机が一つ。机の上は綺麗に整頓されている。机の上には見覚えのある物があった。個人ゲームでほとんどのNPCが持っていた長方形の片方しかない耳当てだ。それが二つ机の上に立っている。今は関係ないか、意識を外し壁を見ると、左右の壁は全て棚になっており、たくさんの本がしまわれていた。
「楽にしてくれ」
奥の椅子に案内され座るように言われる。左から蛍、モウカ、オレ順だ。オレたちが座ると反対側の椅子に男が腰かける。
「御足労感謝する。まず、客人に謝りたい。不快にさせてしまって申し訳ない。わたしはこのギルドの統括をしている『田中 直也』と言う。ギルド統括者として部下の非礼を謝罪する。許してくれ」
しっかりと身体に芯の入った動きで頭を下げる。気持ちの入った謝罪というのはこういうものなんだろうか。
「えーと、田中さん。あたしは良いんです。あの人がモウカちゃんにしっかり謝ってもらえれば、それで結構です。な? モウカちゃん、オニさん?」
「オレも構わない」
「わたしは……謝ってもらわなくても良いのです。本当のヒュムの考えを聞けて良かったのです……」
モウカちゃんはうつむいていたままだ。五十年、オレはまだその三分の一も生きていない。偉そうに何かを言える訳がない。でも、これだけは言える!
「モウカちゃん、オレはモウカちゃんがこの職に就けてくれて良かった。そうじゃなかったら、こうやって一緒にいられなかったんだ。だからありがとう」
「そやそや。他の人がどうこう言おうが知ったこっちゃないで、あたし達なかーまやで」
「タスク、蛍ちゃん」
モウカが顔を上げて、オレと蛍の顔を見ると「ありがとう」と言って笑った。
「ふむ、モウカちゃんと言ったか、グニーにも謝らせて欲しい。彼女の為でもある。頼む」
田中さんが再び頭を下げる。返事を聞くまでは上げるつもりはないんだろう、頭を下げたまま動かない。
モウカの背中にオレと蛍の手が添えられる。モウカは一度深く瞬きをすると小さく頷いた。
「わかったのです……さあ、早く田中の部屋に案内するですぞ! モウカちゃんは餓死寸前なのです!」
「Благодарю Вас от души(ブラガダリュー ヴァス アッドゥシー)感謝する」
話を終えると、待っていたかのように部屋の扉がコンコンコンと三回鳴った。
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