様々な事実
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目的地は広場からそんなに離れてはいなかった。広場の脇には、商人専用の施設が多かった。そんな街並みを眺めながら進むと、他とは雰囲気の違う建物がある。右手に大きな小屋があり、そこから何の肉だかわからないものが、枝に切り分けられ台車に乗せられて市場の方に向かって行く。形からすると太腿の肉だとは思うがサイズがおかしい。あんなに大きい太腿肉を見たのは初めてだ。
「タスク、ぼーっとしてると置いてくですよ。モウカちゃんははらぺこりなのです」
「ああ、今行く」
モウカが扉の意味があるのかわからない、入り口の三分の一ぐらいに配置されている両開きの小さな板切れを押して建物の中に入っていく。おいおい、跳ね返った板切れに主人(蛍)がおデコをぶつけてるぞ。しょうがないなとオレが先に進み板切れを抑えてやる。
「ほれ、気をつけろよ」
「オニさんおおきに」
蛍が中に入ったのを確認して板切れを離す。建物の中は薄暗く人の気配がない。正面にはカウンター、右の小屋に繋がる扉、その奥には階段がある。カウンター以外のテーブルには椅子がかけられており、今は営業していないように思われた。
「誰かいないですかー。モウカちゃんですぞー」
五十年近く引き込んでいたのに名前を知ってるヤツなんていないだろうに……。カウンターを見るが誰もいない。その奥に部屋がありそうだ、もしかしたらそこにいるのかも。
「すいませーんー!」
「らっしゃいやせー。あー、『イクニス』だー」
「うお⁉︎」
目の前のカウンターから一人の女が顔を出す。今まで寝てたのだろう、顔に押しつぶされた赤い痕がついていた。女は半目で時々白眼になり、大きな帽子がゆらゆらと揺れている。こりゃ、完全に寝ぼけてるな。『バスターズギルド』の受付なのだろうか。受付って、確か組織の顔的存在だったはずなんだが、そんなんで良いのか?
「イクニスってなんや?」
「モウカちゃんの事ですぞ。わたしの種族をイクニスというのです。それよりも早くご飯ですぞ、わたしは空腹なのです」
PCがヒュムって種族で、モウカ見たいなキツネ耳を持つのがイクニスって種族なのか。他にも色んな種族があるのかな。それにしても面白い。モウカがすっかり腹ペコキャラになってる。
「広場の手配書に見た事があるヤツがいたんだ」
「あじゃーす、しょーしょーおまぁつくだぁい?」
カウンターの下からだらだらと一枚の紙をつかみ、カウンター上に乗せた。その紙は掲示板の縮小バージョンだ、まるで掲示板の風景をそのまま切り出して来たように鮮やかだった。しっかりとタスクさんの掲示板も書き込まれている。
「このヨークス=タンとコイツとコイツと……コイツ、蛍はどうだ?」
「後、この人やね。オニさんよう見とるな」
「視力には自信があるんだ、とまあ、この五人が四日前の明四時過ぎに『始原の原』にいた。初心者狩りから助けてくれたんだが、悪人なのか?」
「あらぁ、お兄さんたちはぁ新人ダイバーだったかー、流石にぃもういないと思ってたぁ。この人たちは悪人もぉ悪人でぇ、被害者はキミたちだよぉ?」
「は?」
「ああ⁉︎ キミたち『迷いの森』から来たんだよね? じゃあ、そっちのイクニスも迷いの森産なの⁉︎」
受付の女は突然大声を出してカウンターから身を乗り出しモウカをマジマジと見る。目は完全に醒めているようだ。隣にいるモウカを見ると眉を寄せて嫌そうな顔をしていた。
「確かにオレ達は迷いの森からきたんだが、どういう事だ?」
「よし! お姉さんが詳しく教えてあげちゃう。だから、代わりにそのイクニスの事を教えてね! あのね迷いの森はね罠ダンジョンなんだよ」
こっちの返事を待たずに喋り始める。なんだって? 罠ダンジョン?
「無職だけが入れるダンジョンなんだけどさ。そこでイクニスとパーティ組むとぉ……初期ステータスとか希望無視でイクニスが勝手に職を決めちゃうんだ、お兄さん達もそうだったんでしょ? かわいそーに」
誤解してた、森が職を与えてるんじゃなくて、モウカの意思によって与えられてたんだ。職によって就く条件に差があったのは、このせいだったのか。
「そうなるように仕向けたのが、こいつらってワケ。キミたちは他のダイバーの邪魔をするのが、大好きな悪徳プレイヤーたちの被害者なんだよ」
「オレたちが被害者……」
あの時のヨークスの言葉を思い出す。『ヤツらの顔が見ものだな』ヤツら? 初心者狩りのヤツらか、じゃあ、初心者狩りじゃなかったのか。あの人達は誰だったんだ?
「普通、迷いの森に行く目的は『火精霊の毛皮』を取るためだけなんだぁ。ボスまでにイクニスを連れて行くなら、目的職以外に就くような余計な行動をしない……イクニス無しなら、装備とアイテムを完璧に整えた、ランクの高い無職でボスを倒すのよ」
遂にはこっちの事などお構いなしに、聞いてもない事を喋り続ける受付の女。目的の職に就くために余計な行動をしない。モウカが言ってた『ヒュムが無視する』その理由がこれなのか。
「ええ加減にしてもらえんか?」
語尾が上がり、怒気をはらんだ蛍の声を聞いてハッとなる。モウカの身体は小さくなり、耳が垂れ下がっている。……ヒュムの為にやってた守護者の仕事がヒュムの為になってなかった。そして、身を削って出した眷属はアイテムでしかない。モウカは今どんな気持ちだろう。最低でも五十年はやってきた事が否定されてる。
「どうやったらイクニスを迷いの森から連れ出せるのか知りたいのよー! もしかして伝説の『裏ボス』を出したの? もう一人も教えてくれないのよ、酷いでしょ? だからおねがーい」
この女は遠慮や気を使うという言葉を、どこかに置き去りにしてしまったんだろう。コイツにモウカと同じイクニスを『捕獲』させる方法を教える? ありえない。
「ざっ、ん?」
「バグでした。もう報告してあるで、二度と出来へんようになっとります」
「え? ……そっか、もう二度と出来ないんですね……」
怒鳴りつけてやろうかと思った時に蛍がオレを手で制して答える。確かにアレはバグと言っても間違えじゃないけど、まだログオフしてないから報告なんて出来てないだろうに。
受付の女はカウンターに突っ伏して動かなくなってしまった。
「グニー何をしている」
「っはい! 申し訳御座いませんコマンディール!」
カウンターの奥の部屋から男性の声がしたと思うと、受付の女が跳ね起きオレたちに背を向けて直立不動になる。
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