量罪の間
ネーミングセンスが足りない。
「その通りですぞ、速やかな手続きを希望するのです」
「ハッ! それではご案内させて頂きます」
カールさんは背筋を伸ばし、鎧の左胸を右拳でガチャンと叩き。守衛所の方へ案内してくれる。当たり前のように、それに着いて行くモウカちゃん。オレたちも慌ててそれを追う。
「モウカちゃん、ヒュムってどんな立場になるん?」
「ヒュムは天界から来た神の子ですぞ。オペテリスの人間を救いに来た存在ですよ」
「わー、救世主様やん」
そういえば、ここの神様はオレたちの事を、神の子って言ってたっけ。
「……救世主なんてガラじゃないんだが」
「何言ってるですか、タスクは自分に与えられた使命を自覚する必要があるですぞ」
「そんな事言われてもなー」
守衛所の中に案内される、右手に詰め所、左には階段。石畳の廊下を奥に進むと大小様々な部屋があり、最奥には大きな扉があった。扉の前には、塀の上にいた見張りと同じ色のマントを身につけた男女が立っている。オレたちが近づくと、その二人は扉を引き開けてくれた。
扉の奥には広い空間。窓の類は無いが空気は淀んでなく清らかで、複数場所から吊り下げられた照明から大広間全体に光を十分に取られている。目の前の壁には大きな男性の白い彫刻があった。その彫刻の男は青年と呼べるぐらい若々しく、立派な鎧をまとっている、右手には剣を左手には天秤を持っていた。なんだろう、キミヒトに雰囲気が似てる気がする。
彫刻に向かって赤い絨毯が引かれ、左右には均等に長イスが配置されている。天秤の下には扉があり奥に進めるようになっているようだ。カールさんが彫刻に向かい目の前まで来ると、先ほどオレたちにやったように左胸を叩く。何となく真似した方が良さそうな気がしたので、それに倣う。
「どうぞ、こちらへ」
案内されたのは天秤の下の扉。それを開けると横に長い廊下、ちょうど彫刻の部屋の幅と同じぐらいある。廊下の壁には、複数の金属製の扉が並んでおり、その扉の上にはオレンジ色の照明。鈍く銀色に光る扉は凄く頑丈そうで冷たいイメージがした。
「ここは?」
「ヒュム様、オペテリスに降りたのは四日前なのですね。それではご説明させて頂きます。ここはヒュム様がテリオスに立ち入る特別な部屋『量罪の間』その手前の部屋となっております。それではヒュム様、各々(おのおの)異なった部屋にお入り下さい」
りょうざいってなんだろう? とりあえずテリオスに入るには、この先に行けば良いんだな。
蛍とモウカは一緒の部屋、オレだけ別に部屋だ。さて行こうと金属製の扉を開くとモウカが近寄ってくる。
「タスクマズイのです、量罪という事は罪を量るって事ですぞ。タスクは器物破損、婦女暴行二件、猥褻物陳列罪、誘拐に殺精霊の六件あるのです」
モウカがこっそり言ってくる。
「あれは不可抗力だろ? 大丈夫だよな?」
「……タスク、清い身体になって戻ってくるですよ。モウカちゃんはずっと待ってるですぞ」
「おい!」
それだけ言うとモウカは蛍を連れて、隣の部屋に入ってしまう。逃げるか?
「ヒュム様、どうされました? どうぞお入り下さい。ここを出ればすぐに仲間にはお会い出来ますのでご心配ありませんよ? さあ」
あ、これ進まないともっとマズイ事になりそうだ。オレは意を決して部屋に入る。
中は薄暗い、天井から照明が垂れ下がっている。傘をかぶっている丸い玉は淡い光を発していた。その光は一切揺らぐ事がなく、火を使ってない事がわかる。奥には入り口と同じ扉、石で囲まれた空間は押しつぶされそうな圧迫感があった。ゴクリとツバを飲み込み、一歩踏み込むと金属の扉が重い音を立てて閉じられた。
床に黄色の光の二重輪が出来る。中央で半分に分かれ、左右に半円が一つずつ描かれている。この上に乗れば良いのか?
あれはどうしようも無かったんですどうか許してください、と祈りながら中央に立つ。外円から光が上り、数秒もしないうちに消えて、元の薄暗い部屋に戻る。どうなの? これってどうなの?
入った方の逆側のドアから音が聞こえるカチリという音が聞こえた。カギをかけられた訳じゃ無いよな? ドキドキしながらドアを押すと、扉はゆっくりと開いた。オレの罪は赦されたのだ。
先に出ていたのだろう、モウカが目の前にいてニヤニヤ笑っている。
「ブフゥ、何ですかその顔は! 嘘ですぞぉー」
「こら、モウカちゃんオニさんをおちょくったらあかんで」
「良いのです、これは必要な事ですぞ。自分の罪の重さを思い知りましたか?」
「こんのぉ!」
オレはモウカ用ツッコミ武器、火属性の大ナタを取り出そうとする。
「ヒュムの罪……それが何なのか、キチンと考えるですよ」
モウカは急に笑うのを止め、はっきりと言った。
「んむ? うーん、蛍はどう思う?」
「やっぱりPKなんかなぁ」
プレイヤー同士の殺し合いか。初心者狩りの連中は街に立ち寄れなくなってまで、一体何をやりたかったんだろうか……。
「さて、進むですぞ。早くローブを修理したいのです」
「そうだなー。オレはお姫様の情報集めと行きますか」
「早う会えるとええねぇ」
量罪の間の手前とは、扉が逆配置になった細長い部屋。先へ進む扉を引き開けると、そこはもう街の中だった。
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