侘び
説明を含みます。
「申し訳ございません、私が悪かったです」
「わかればよろし」
叩かれまくった上に正座でお説教されるとか、オレはどれだけ酷い事をしたんだろうか。
「人は三百年も生きないですよ」
「鬼さんは人じゃないやろ? ツノ生やした真っ赤な体で虎パンツはいた変人や」
「蛍さんの言ってた、オニさんってもしかして、鬼の事でした?」
「せやで。気付いてなかったんか、堪忍な」
「えっと、何で謝られるんでしょうか?」
「その言葉使いやめいな、もう一度張り倒すで。そりゃ『親しい仲では軽口を言おう』やろ。毒吐いてるのを理解されないのを申し訳無く思わんで、どないするんや」
「え? 『親しき仲にも礼儀あり』じゃ?」
「へぇ、やっぱ鬼さんは古い言葉に詳しいんやな。それは無くのうてしまった言葉や。礼儀気にしてたら相手が損するだけやで」
「どういう事だ?」
「負荷かけんと相手のお給料少のうなるやん。なんや忘れたんか、鬼さんはあたしと同じやな。古い事を調べてるうちに忘れてしまうんよねぇ。心太方式ってヤツや。なかーまやね」
急に手を取られ握手される。女性の手って何でこんなに柔らかいんだろう。
「そや、さっきの顔は相当な負荷になったで今日のお給料が楽しみや、まいどおおきに。でも、金輪際やったらあかんで、負荷のかけ過ぎはペナルティになるで。それより何より、あたしはPKにはなりとうないで、ほんま頼むな」
「あ、ああ。ありがとう気をつけるよ」
負荷って金になるのか。やっべぇオレ、エモーションで相当な負荷はアロマと蛍の二回かけちゃってる。これは故障なので、どうかペナルティは勘弁して下さい。どこに居るのか知らないけど、GMにお願いする。
「お、終わったですよ」
小屋からモウカが出てくる。顔は青くフラついている。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですぞ。ちょっとランクの高い裁縫したので、スタミナをがっつり持ってかれただけですよ」
この世界では裁縫も大変なんだなぁ。こんなわずかな間でモウカは少し痩せたような気がする。
「おおきになぁ。裾の丈直してくれた?」
「ローブの布はすでに消えてしまったのでこれで勘弁して欲しいですぞ」
「ちょっと着てくるわ」
蛍はモウカから元白いローブを受け取り小屋に入って行く。
「お疲れさん、少し休んだらどうだ。ゆっくりで良いから気にするなよ?」
「そんな事はどうでも良いのです。早く着て下さいです。モウカちゃんすぺしゃるジャケットですぞ」
差し出されたジャケットは黒色に変化していた。襟の辺りに薄茶色のファーが付いているようだ。ヘビ皮からファーを作るとは、かなり難易度が高そうな裁縫だな。オレはジャケットを受け取り装備する。
「おお! 何だろう力が湧いてくるような感覚がするぞ。袖と裾の返しにヘビ革を使ってるのか。ありがとう、モウカ気に入ったよ!」
「『火魔法:筋力強化』の魔法付与を施してあるですよ。大事に使ってくれると嬉しいですぞ」
「凄いな。ありがとう、大切に使うよ」
凄い、初日に魔法装備を手に入れられるなんて夢にも思わなかった!
「後、これも改造したです。火属性の付与をしておいたのです」
差し出されたのは大ナタ。持ち手の部分にヘビの革が使われているようだ。武器は鍛冶屋の領域じゃないかとは思ったが、言うだけ野暮ってもんだ。
「裁縫って凄いな」
「んっふっふー。そうですぞ、ジャケットには隠し効果も付与してあるです。いずれ必要な時に使うと良いですよ」
「モウカちゃん、大切な事を忘れてるぞ。隠されたら使えないだろー」
「大丈夫です、縁があれば使えるですよ。わたしが刻んだ友達の証ですぞ」
なんだ、気になる言い回しだなぁ。職人のこだわりってヤツを感じる。
「ええやん、ええやん。鬼さんとお揃いのケツネの刺繍付きや」
蛍が小屋から出てくる。元白いローブのフード、袖、裾にオレと同じファーが付いている。胸にはワンポイントでキツネの刺繍が付け加えられていた。ん、お揃い?
「鬼さんのケツネはおヒゲが一本特徴的でかわええなぁ」
「蛍ちゃん、可愛いですが職人としては痛恨のミスですぞ。縫い直したいですが、流石に無理なのです」
ジャケットを脱いで、背中部分を確認すると、そこにはリアルなキツネの刺繍がしてあった。確かにヒゲが一本変な方向に向いている。愛嬌があって良いじゃないか。
「蛍がピンチの時に縫ってたのはこれか? 道理で時間がかかってたはずだ」
「あの……お気に召さないですか?」
「んなわけないだろ。ありがとうな、モウカちゃん!」
「んっふっふー」
尻尾があればぶんぶんと振り回しそうなほど、ご機嫌な様子のモウカだった。
ストックが切れました。