迷いの森
どういう事だ? 理解不能な現象に先ほどまでの熱が急激に冷めるのを感じる。恐る恐る木に触れてみると表皮はザラザラゴツゴツとして確かに実体がある物だ。
周りを見渡せば、森の奥に続く道以外は、同じような木の壁に覆われている。しかし、暗いという事は無く。むしろ不自然に明るい、とても不思議な空間だった。
天を見上げていると突然、ガサッという落ち葉を踏むような音がした。音の方角には一匹のキツネがいる。キツネはオレの事をジッと見ると、唯一開かれてる道を進み、何回か振り返りつつ森の奥へと消えていった。
「着いて来いって事なのか? キツネに化かされてる気分だ」
このまま進めばどんな事が待ち受けているのか不安で仕方ない。かといって他に道は無い、覚悟を決めて進むしかないか。
【『迷いの森』】
突然のアナウンスに驚いて身構えてしまった。一人で良かった。ちょっと変な声が出ちゃった気がする。
「迷いの森か、何とも物騒な森だ。これまでは一本道だが、この先どうなるかわからないな」
こんなとこにいるか分からないが一応、クマ除けの為にわざと大きめの声を出す。もしかしたら近くに同期も居るかもしな。
慎重に出来るだけ地面が露出しているところを歩く。おっと、程よい長さの棒を発見。確保確保。
【『木の棒』を手に入れました】
「ご親切にどーもっと」
返事をしてくれるのは鳥の声だけ。そんな事も気にせずに木の棒で落ち葉を払いながら進む。すると側面の木はまばらになり、林道と呼べる程度までになってきた。林道の脇には人の手の入っていない原生林が広がり、その根本には腰ぐらいの高さの草が生えてる。足を踏み入れるのは遠慮したいところだ。あれはブナかなぁ? などと生えてる木に検討をつけながら林道を進んでいく。
「誰かー、居るかー!」
「やっほー、コッチにいるですぞー!」
まさかの返事が林道の先から聞こえてきた。明るく元気な女性の声だ。声質からするとアロマじゃないか。
「おー、怪我はないかー! そっちに行くから待ってろー!」
「さーいえっさー!」
緊張感がまるでないヤツだな。奥に進むと開けた場所に出る。中央には切り株で出来た自然の椅子があり、そこに声の主と思われる女が一人座っていた。
「待たせたな!」
「待たされたですよ」
軽口を言う余裕があるなら大丈夫か。女は目を細めてにんまりと人懐っこそうに笑っている。
「お前一人か?」
「お前とはなんですかー。わたしにはちゃんとした名前があるんですぞ。わたしは天下御免の『モウカ』ちゃんなのです!」
ご自慢のプッツン、もといパッツンヘアーを舞い上がらせながらのたまう。
「はいはい、モウカね。オレはタスクな」
「モウカ『ちゃん』なのだ。りぴーとあふたーみー」
「モウカ一人か?」
「うわー、さらりと無視された上に呼び捨てにされてるですよ。モウカちゃんしょっく!」
は、話が進まん。しょうがないか……。
「あー。モウカ、ちゃん一人か?」
「誘拐のお誘いなのです?」
「違うわ!」
マトモな人間に会いたい。こっちは何でこんなんばっかりなんだろう。
「わたし一人ですぞ。そっちから来たですが、いつの間にか道が無くなっててどうしたもんかと途方にくれてたのです」
オレが来た方向とは違う方向を指差す。そこには見事な原生林があった。道が、無くなる?
ハッとしてオレが来た方向を見ると、先ほど通ったはずの道は消え原生林が広がっていた……これは厄介だ。
「さすがは『迷いの森』なのです。下手に道から外れると危ないですぞ」
「同感だ。モウカもう一つ聞きたい、緑の目の小柄な女の子を見なかったか?」
「モウカちゃん、ですぞ。お姫様ですかー。うーん、確かドラゴンに追われて、この森に入っていったのです」
「お姫様って言ってたのはお前か……まあ、うん。そうか森には辿り着いてたんだな」
よし、とりあえずは一安心だな。森を進めばどこかで会える。
「タスク少年、未成年者略取は重罪ですぞ」
「なんだ、その未成年者なんとかって?」
「誘拐なのです。確かに姫ちゃんかわいいですが、犯罪ですぞ」
「だ、か、らぁ!」
さっきより数倍楽しそうなモウカの顔を見て力尽きる。完全におちょくられてる。変に反応すると、この森より厄介そうだ。
「じゃあ、お姫様救出と参るですか」
「へ?」
「旅は道連れ世は情け。ほらほら、姫を助けるなら王子様が救出隊を結成するのですぞ。もしかして、パーティを作った経験無いのですか?」
「……手伝って、くれるのか?」
「お互い持ちつ持たれつでいくですぞ」
モウカの助けを受けながら、オレは生まれて初めてのパーティを作った。
モウカさんはコンビニで見た店員さんから名前を取りました。