室木 柴/富良野 馨『世界の端から、歩き出す』
【副題:完成度の高い感動作】
正直いって、私は「感動作」という言葉が好きでない。自分が感想を伝える際は勿論素直なものとして使うが、誰かに勧める際のものとしては不適当だと思うからだ。
「感動」とは主観である。各々の感性から、誰に強制されるでもなく、自然と湧き上がってくるものだからだ。
それでもあえて使おう。この作品は、「感動作」だと。
多大な主観混じりのレビューであるが……
この作品は相当に完成度が高い。投稿作品自体はこれが初めてのようだが、実際は数年前に書いたもののリメイクだという。それだけに無駄は省かれ、必要にはしっかり力が注がれ。
後半、人によってはじれったく思うだろう点はあるにはあるのだが、それも主人公の育ちを思えば仕方のないことなのである。
一方で、このレビューはここまで語って、一体何のことだと思われるだろう。反省。
『世界の端から、歩き出す』。この作品は文学ジャンル作品として登録されている。タグには恋愛ともあり、両方とも嘘ではない。
物語の冒頭から示される、家族を起因とした内面に置ける問題やトラウマ。わざわざ両親と離れる為に遠方で働くことにした主人公の女性:千晴は、おばの頼みで今まで存在すら知らなかった叔父に会いにいくことに。
その出会いを始めとして、連鎖的に広がる邂逅や出来事を通じ、立ち止まっていた時間が進みだす。
当初は【家族】に関する心情的な悩みや成長が描かれるのだが、途中で恋愛も交えた新たな舞台が展開していく。恋愛ものを読む際に望まれる甘酸っぱい想いもたっぷり。一方で、恋愛がなければなかったベクトルの「成長」も描かれる。
私は例外はあれ、文学の要素は精神的な成長や葛藤、模索だと思っているため、上記が集中的に描かれている本作が非常に好ましいものに思えた。
全二十二話、完結済み。されど私の心に深い印象を残している。きっといつまでも「好きだ」とおすすめできる一作。
文章力も安定しており、非常に読みやすい。一般商業の作品にも引けを取らない、サクサクとした読み味だ。言葉遣いにバリエーションがあり、リズムも心地よく。歌を聴くようにスラスラ読める。
なろう小説にしては、改行が少ない為読みにくいと思われる方もいらっしゃるかもしれないが、ならば印刷すればよい(というのは私の我儘だが、ここまで読んでピンと来るものがあった方には是非挑戦していただきたい)。
しっとりとしつつ甘い恋が好き。悩みと対面する物語が好き。しっかり組まれた物語が好き。
おじには「ものから《何か》を見とれる」という特殊能力があるが、怪奇も含めて進みつつ、ガッツリそれがメインにはならない。また、この物語においては必要なものだ。
あまりハッキリいってしまうとネタバレになるのでいえないが、「世界の端から、動き出す」ために必要なのは人と人との関係であり、想い。
当作品はキチンとそこを貫いてくれる。
どうしようもない家族との絆。血と洗脳じみた《親からの投げかけられる言葉》によって刷り込まれた意識。己への疑い、不信、恐怖。
タイトル通り、まるで世界の端でちっぽりと座り込んでいたところに誰かの手が差し延ばされるような。そんな希望と喜びを与えてくれる、素敵な作品である。
『世界の端から、歩き出す』
作者名:富良野 馨
作品URL:http://ncode.syosetu.com/n7038cs/