銀次『レビュー祭りに寄せて』
これにて数回目を数え、そろそろ年末の風物詩として数えられてもよいころあいになってきた。しかし、それは読者が付いてきてこその風物詩であって、編集者と寄稿者の苦労がその主たる陳列物であっては、見物人には退屈な行事であろう。ハードが立派であっても、ソフトがおろそかでは話にならない。
発案者であり、主催者の八雲氏は、この企画について語る。「これは読者の、読者による、読者のための企画……ランキングはもとより、あらゆるレビュワーや外部サイトの見過ごしを経てしまった佳作傑作たちを見出すために、本企画は立ち上げられた」。つまりは、秘蔵の作品の批評による水先案内というのが、趣旨なのであるが、果たしてこれがただの宣伝の集まりとして終わらせるのはいかがなものであるか。説明が、作品を超えて物語ることは許されないが、批評作品が、対象をのりこえて文学と化してはならぬという法はない。分析は意識と理知によって整頓され、文学的技巧、類推の魔術は、複雑怪奇に提出される作品の多彩な光を描き分けるが、趣旨は簡潔、理解は速やか、しかも想像力はまるで欠けていない、いわば、色彩とデッサンの完璧な融合が果たされた作品の顔、これら肖像画の観賞こそが、批評文学の読むたのしみの最たるものの一つなのである。
読者にこの愉楽を感じていただけたら、この企画にも、秘境の発見としてのたのしみに加え、作品鑑賞としてのたのしみが加わるのではないかと思われる。私はこのたのしみをひそかに期待している。