珊瑚/阿月『ゆめゆめ、忘れよ』
日常生活にビターチョコレート成分が足りない人のための、甘くほろ苦いひと夏の恋物語。
話数が少ないので、あらすじを書くとすぐネタバレになってしまうため中身については詳しくはここで書かない。
苦しくて切なくて、でもやっぱり諦めきれない。青春時代に誰もが抱えるであろう甘酸っぱい気持ちを、初夏の風が優しく包み込んでいく。そんな物語だ。
この作品で私の一番好きな箇所は、主人公が恋に落ちる瞬間を切り取った場面だ。
押し付けられた委員会のプリント綴じの仕事を二人でさせられているシーンである。
文中、何度も繰り返される
『トントン、ぱちん、』
の擬音に続き、
『いつも世話になってるし、結構俺、ナナセとこーやって何かすんの好きだしさ』
というセリフを笑顔とともに言われた直後の彼女の心境。
『物凄く、単純で、
物凄く、簡単に、
物凄く、戯曲めいた表現をするならば、
ホチキスの音にあわせて、心も綴じられてしまったような。』
この一文にヤラれた。
なんて素敵な言い回しだろう。分かる、すごくよく分かる。
恋に落ちるのは本当に一瞬で、そのきっかけはほんの些細なことなのだ。
自分の頑張りを、きちんと見ていて認めてくれる誰かがいる。一緒にいて楽しいと言ってくれる誰かがいる。たったそれだけで、恋に落ちてしまうことなんて往々にして有り得るのだ。
……え? 力入りすぎ? そういう体験でもあるのかって?
うるさい。
とにかく、じんわりと恋の痛みに浸りたい人にはオススメ。いつか主人公が新しい恋を見つけて動き出す日を、私は楽しみに待っている。
『ゆめゆめ、忘れよ』
作者名:阿月
作品URL:http://ncode.syosetu.com/n2809bm/




