兄妹喧嘩
「あー暇だー」
魔法書を読みつつアッシュがぼやく。この場所は町の外れの外れ。一本裏路地に入らないと行けない。
五日前に依頼が入った時も金を貰い忘れた。別段食料には困らないので構わないが。
格好つけて花火なんて打ち上げなければ良かった。ふてくせれながらも見ていた魔法書を閉じ目を閉じる。
「光を追い求めし」
指に魔法の光を宿らせる。暗唱魔法と呼ばれるもので魔法の文を一字一句完璧に覚えることが必須だ。通常は一つの魔法を暗唱できるまでに十年はかかるとされる。
「うーん、この魔法もしっくり来ないな」
フッと光をかき消す。どうやら気に入らなかったようだ。
「さて、これはもう記憶したし次はっと」
魔法書を元の本棚に戻し新しく取り出す。と何を思ったか一枚の羊皮紙を取り出し羽ペンを走らせる。
「んーそうだなぁ、ここはこうか」
どうやら自分で魔法を作っているようだ。作るには一句がどういう役割なのかを把握している必要がある。
出来た魔法を試してみる。花束を出す魔法のようだ。
「一色だけかー、でもあいつこれ好きだったな」
アッシュが出現させたのは白いバラの花束。本当は色とりどりの色を出すつもりだったらしい。
「ん、開いてますよー」
「五日ぶりです、ソレイユ様」
アッシュが玄関を開けると五日振りに合うかつての仲間。
「テセウス、パーン」
「今回、会いたいと言う方が…」
「依頼人か?どこにいるんだ?」
五日ぶりの依頼人と聞いてキョロキョロと周りを見渡す。見た目と年齢が合っていない少年と強面だが心優しき大男しかいない。まさかこの二人が依頼人なんてことはないだろう。
「…ついてきて下さい」
「…分かった」
少年、テセウスが緊張した顔で言う。アッシュもただならぬ気配を感じ意識を引き締めた。
少年と大男、テセウスとパーンは顔を見られないように布を巻いている。
暫く歩くと外壁を抜け大きな広場にでた。周りは森で音は木枯しで揺れる木のみだ。
そこに一人襤褸布を着てアッシュに背を向けている人間がいる。
「…久しぶりだなソレイユ」
「…アムール」
こちらを向いた女。アッシュがよく知っている人間。アムール・アッシュガルド。
アッシュの妹だ。
「語らいに来たって顔じゃないな」
「…依頼は一つだ、私に殺されろ」
襤褸布を脱ぐアムール。その装束。これもまたアッシュがよく知っているものだった。
「魔闘の装束、決死か」
「そうだ、お前はここで死ね」
アッシュは目配せでテセウスとパーンに指示した。二人とも分かっているようだ。
「来いよ、いつまでも焦らすな」
「言われなくてもだ」
アッシュはいつもの服を脱いだ。彼もまた魔闘の装束を身に纏っていた。
布で身体全体と肩を覆った装束でアッシュが作った。二人とも魔力を放出させる。
「五年が経ったからといって別段強くなったわけでもないな、ソレイユ」
「お前は少し弱くなったな、毎日の雑務で鈍ったか?アムール」
圧倒的な魔力。テセウスとパーンですら気を強く持っていないと吹っ飛ばされる。
この世界からすれば二人の戦い方は異質だった。魔法書も暗唱もせず、肉弾戦。
魔力を身に纏い何倍にも身体能力を上げる。手甲のような形に魔力を変え戦う。
「いつからこの魔拳を本業にした」
「お前が消えた時からだ!私の前から!」
・・・
私は生まれてすぐ三大貴族と名高いアッシュガルド家に養子として迎えられた。
私には兄がいた。物心が付いた時からずっと近くにいた。外で遊ぶのが好きな活発的な兄だった。
「アムール!早く来いよー!」
玩具や道具など色んなものを貸して貰った。もちろん次期当主として厳しい学業をさせられていた訳だがそれをすぐに片付けてしまい遊ぶ時間を作ってくれた。私はそんな兄の背中を見て憧れていた。元々兄は魔力に恵まれているそうで全てにおいて完璧だった。
しかし私が十歳、兄が十四歳の時病気を発症した。いや生まれつき発症していたらしい。
「へーきへーき、俺が死ぬわけ無いだろ?」
脂汗をかいているのにニカッと笑う。この病気は少しずつ、本当に微々たる速度で進行していった。しかし。これは偶然だったか。私が太陽の模様が入ったカメオを渡した時だ。
「ありがとな、俺もおちおち寝ていられない…な!」
その時。兄はその才能を開花させた。身体全体に回っていた病魔を全て駆除してしまった。
だがその魔力ゆえ身体が持たなくなってしまった。そこで兄は私が渡したカメオに魔力の半分を込め、自分の魔力を御し己の魔力を使った戦い方を開発した。私も魔法を習うついでに教わっていた。私はその姿を見て尊敬すると共におこがましいのだが好敵手とした。
兄に勝負を頼んだのは一度や二度ではない。兄は昔と変わらず受けてくれた。
私が三角形の騎士団に入った時も、
「よく来たな、これからは一緒に戦おう」
とニカッと笑ってくれた。その時兄は私を含め三人しかいなかった頂点の頂点にいた。
黒き三角と呼ばれ名誉ある立場なのだが決して表舞台に立てない存在だった。
理由は古来より三人が頂点とされたためそれを超える存在が出てきても混乱するだけ。
王族はそう考えていたようだ。そのくせ圧倒的に仕事量が多いのは兄だった。
しかも私達の何倍もある書類と暗殺などの汚れ仕事ばかりだ。
「そこにならえ、アムール」
そのせいか業務中は厳格な顔で滅多に笑わなくなってしまった。でも。
「パーン!テセウス!アムール!帰ろうか!」
業務が終われば元の兄に戻ってくれた。パーンとテセウスと私と兄で笑いながら帰っていった。
しかし今から五年前の事だ。兄は戦いの中で死んだ。遺体は見つかっておらず遺品は、
私が兄に誕生日に、と渡した自作の魔法書だけだった。
しかも聞けば王族の指示で行なっていたというのだ。その時私は誓った。ソレイユを超えると。
私が超えるのだと。
・・・
「お前はなぜ!生きている!?」
「俺は元から生きている!一撃を喰らい治す為に一度引いただけだ!」
「私が知っている兄様は!決して逃げなかった!」
距離をとり、魔拳の構えが変わった。アッシュの顔色が変わった。
「遊びはここまでだ…!」
「それは…!」
若火の構え。極限まで溜めた魔力が火を噴くように纏わりつく。
その姿はまさに先祖を迎える火に相応しい。しかしそれは危険すぎた。
「はぁ!」
「ぐっ!」
明らかに押されているのはアッシュだ。魔力の量もアムールが勝っている。
「お前も構えろ!私を舐めているのか!?」
「その構えは危険だ!身が滅ぶぞ!」
「こいつ…!いつまで私の上にいるつもりだ!」
連打。受けきれずに一発喰らってしまう。それを見逃すような甘いアムールではない。
「ほらほら!喰らえ!」
アッシュが右手を構える。局所的な若火の構え。アムールを吹き飛ばす。
「く…危なかった」
「もういい…これで決めてやる」
構えをまた変えた。さらに強い炎を上げる。竜の如く炎が踊る。天を焦がすような勢い。
「く…これは魔力を全て溜めたもので私が生み出した、まだ名前も決まってないんだ」
「…名前ならある」
「なに?」
「それは業火の構えだ」
「何を言っている…!?」
「危険だからと、封印していたが…」
アッシュが同じ構えを取る。竜が昇る。アムールの竜の大きさを超え天を翔る。その炎まさに地獄のようだ。
「これで戦いたくは無かったが…気をつけろこれは俺でも加減が出来ん」
右手を前に繰り出す。竜がアムールへ向かう。その眩しさに思わず目を閉じ目を開けるとアムールの足場を残し全てが無くなっていた。
「なぜ俺がお前にこれを教えなかったか分かるか?」
「ばかな…う、うおおおお!!!」
全ての魔力を込めアッシュに飛び込む。しかし突き出された手はアッシュが掴んだ。
「お前にこれは早すぎる」
「くそっ!」
アムールが距離をとる。アッシュは構えを崩さない。次々とアムールが攻撃を繰り出す。
「なぜだ!私はお前を超えられた筈だ!、五年のうのうと生きていたお前とは違う!」
「…」
「なぜお前は私を超えている!なぜお前は私の目標であり続ける!?」
「…」
「私はお前を許しはしない!私の愛を踏み躙ったお前だけは!くらえ…!」
「…!くっ!」
「…」
今までの攻撃とは比較にならない程のアムールの特攻。それをアッシュはしっかりと受け止め身体を抱き締めた。
「…しばらく見ない間に強くなったな、アムール」
「…なぜ…なぜ私を連れて行ってはくれなかったのですか…兄様」
「…今日で二十一だろう、五年前も今日だった」
「?」
「お前の誕生日を祝おうと思ってな、臆病になりすぎた」
・・・
俺はソレイユ・アッシュガルド。三大貴族と言われているアッシュガルド家の息子だ。
一人で四年を過ごしたが妹が出来た。血の繋がりは無いけど妹には違いない。
「兄様ー、待って下さいよー」
俺は遊び相手が欲しかったから良く遊んだ。妹が可愛くて色んなの貸したっけ。
しかし次期当主だとかで帝王学やらなんやらを教え込まれたけどさっさと憶えて遊んだ。
元々魔力は恵まれていたみたいで魔法も難なく覚えられた。でも。
「兄様…大丈夫ですか」
生まれつきの病気がついに俺を蝕んだ。ゆっくりと進行していたのは知っている。
自分の身体の中で何かがぞわっと動くような感覚がずっとあった。
確か…俺が十五の誕生日の時妹が太陽の模様が入ったカメオをくれた。
その時の顔が忘れられない。ずっとベッドの中にいたときだ。
「兄様…これ…」
と泣きじゃくりながら渡してきたのだ。俺はその時兄として仕様が無い自己嫌悪に襲われた。
自分が妹を泣かせているという事実。兄としてやってはいけない事。
それが俺の才能の開花に繋がった。その圧倒的な魔力で病魔を全て押しつぶしてしまった。
しかしその量ゆえ自分でも制御しきれない魔力を妹がくれたカメオに封じた。
それで何とか制御出来るようにはなったものの、それでも人と比べると圧倒的に違う。
それを手甲代わりに纏ってみた。するとこれは良いな、となりこれを戦い方の基本とした。
妹は俺をライバルと見たみたいで何回も魔拳で勝負を仕掛けてきた。
妹が強くなり三人しか入れない三角形の騎士団に入った時は嬉しかった。
「兄様!今日からよろしくお願いします!」
この時俺は最高峰にいた。手の甲に黒い三角形を埋め込まれていた。俺は汚れ仕事が専門だった。
テセウス、パーン、妹がパレードに出席している間俺はアサシンの暗殺という仕事をやっていた。
自分の心まで汚れないように気をつけていたら自然と重苦しい口調になってしまった。
「ソレイユ様、こちらを」
いつの間にか業務中に俺を兄とは呼んではくれなくなった。
俺も別段気にしなかったが今思うと寂しい思いをさせてしまったな。
「兄様!帰りましょう!」
しかし業務が終わり四人で帰るときは普通の自分に戻っていた。三人と笑いあうのは楽しかった。
今から五年前の事だ。王族が一人で戦争に行けと言った。俺に拒否権は無かった。
妹の誕生日を祝おう。
そう思って聖母をあしらったカメオを買ってきたところだった。だが結果から言えば勝った。
しかし胸に大きな傷と妹が作ってくれた魔法書を落としてしまった。
あの魔法書はまだ覚えていない部分があったからしっかりと覚えようと思っていたのだが。
傷は呪殺という類の魔法で出来たもので治すのに一年掛かった。
傷が治り一年越しだが妹の誕生日を祝おうとした矢先王族から手紙が届いた。
内容は、王都に近づくな。破ったなら妹の命は無い。とだけ書かれていた。
それで俺は王都から離れ町外れで何でも屋を開店させた。その時に俺は誓った。
必ず妹に会うのだと。
・・・
「今まで会えなくてすまなかった」
「…兄様」
「五年越しだが…誕生日おめでとうアムール」
アッシュがカメオを渡す。子を愛しそうに抱く聖母の模様。愛にぴったりだ。
「これも受け取っておいてくれ、今日作った魔法なんだ」
指先で魔法の光を発動させる。出てきたのは真っ白なバラ。アムールは目を輝かせた。
「兄様、私がこれを好きなのは兄様への想いからなんですよ?」
「花言葉とか何かか?俺はそういうのに疎いからなぁ」
「白いバラの花言葉はあなたを尊敬します、私の兄様への想いです」
尊敬します。アムールの言葉には含みがあった。それはアムールにしか分からない。
「(実は子供の頃兄様がままごとで結婚のプロポーズに使った花って言うのは黙っておこう)」
パーンとテセウスは業火の構えの時点で外壁まで吹き飛ばされていた。
アッシュ謹製の魔衣が無ければ身体が潰れていたのだからアッシュ様々だ。
「はぁ…はぁ…ソレイユ様、アムール終わりましたか」
足を引きずりながらやってきたのはパーンだ。テセウスは背負われている。衝撃で気を失っているようだ。
「なんで四十過ぎたおっさんを俺が背負っているんだ…」
「顔だけは少年だから許してやれ、テセウス!起きろ!」
「は、はい!起きました!」
パーンの背中を蹴飛ばしスタッと直立で立ったテセウス。五年が経った今でもアッシュはこの三人の心に居続けている。
「いってぇ!おっさん!このやろう!」
「おっさん?知らないなー」
「ほらほら、今日は俺んとこ寄ってけ」
五年前と同じ笑いながらアッシュのお店に行く。テセウスとパーン、アムールとソレイユ。
中に入れば魔法書のお出迎え。王都の図書館とは比較にならないほどの数が揃っている。
四分の一はアッシュが買ってきたり貰ったりしていたものだ。後はアッシュ直筆だ。
二人が来る前に読んでいたのは昨日買ってきた物だ。特にそそるのは無かったが。
「これは…多いですね兄様」
「暇だからいろんな組み合わせの魔法を試してたんだ」
「ソレイユ様の魔法…興味ありますね」
「じゃあそうだな…これなんてどうだ?」
アッシュが一つの魔法書を持ってきてページを開く。テセウスに見せた。
「えっと?…いたずらをするもの…わっ!」
出てきたのはビックリバコの中身だ。悪趣味なピエロの顔。しかもけっけっけという笑い声つき。
「ソ、レ、イ、ユ、様…?」
「あっはっは!まさか本当に引っかかると思ってなかった!ははは!」
アッシュは腹を押さえ笑いこける。パーンとアムールも必死に笑いを抑えている顔だ。
「ソレイユ様!許しませんよ!」
テセウスが魔法書に見ず魔法を使う。しかしアッシュはその光でどのような魔法か分かったようだ。
「「罪人を追い捕まえよ!」」
同時に束縛魔法を使った。しかしやはりと言うべきか魔力の差で比べるとアッシュが勝つ。
「もっと技を磨くんだな、しかし強くなったなテセウス」
せりまけ尻餅をつくテセウスを起こす。四十を超えているが顔は少年なので多少の罪悪感がある。
そこからはゆったりとした時間が流れる。魔法書を見たり昔話に花を咲かせたりした。
その時はらりと一枚の手紙がアムールが読んでいた本の間から落ちた。
「これは…」
王族の印が押されている手紙。なぜという疑問から中身を見てしまった。日付は四年前。
「(妹に会うな?妹とは私か…という事は五年も会えなかったのは…)」
原因にたどり着く。ここ五年ずっと書類しか仕事が無く、五日前の圧倒的な魔力を感知した時も、
そして今回王都の外に出るのも監視が凄かった。これは偽の手紙ではなく本物だと直感した。
「(でもどうして…)」
そして考える。暫く悩み気づく。元凶に。アッシュガルド家の当主の存在に。
「(もしお父様が自らの覇権のために私達を利用しているとしたら?)」
アッシュ、ソレイユとアムールの父親は王族になぞられる事を主として活動している。
つまり王族になろうとしているのだ。それに近づくために貰いたくもない養子を貰ったのだ。
息子も義理ではあるが娘も自らの覇権の道具に過ぎない。そういう父親だった。
「(なら兄様が一人で戦争に行った理由も…)」
負け犬はアッシュガルド家の人間ではない。これも父親が口々に言っている事だ。
もちろん父親の代から出来た事で過去にこんな文言は無い。
父親が負けを嫌うのは自分の覇権に関わるからだろう。ならば負けたアッシュは。
「(だから死んだ事にして響かないようにした…)」
全てを悟る。手紙にへばりつく悪意を。アムールを狂わせソレイユをアッシュにした悪意を。
「兄様、少しいいですか」
「あぁ、なんだ?」
耳元で囁く。手に持っていた手紙を見せる。アッシュは少し驚き尋ねた。
「これをどこで見つけた?」
「魔法書に挟まっていました、中身も読んでしまいました」
「そうか、聡明なお前の事だ大体の目星はついているのだろう?」
「…はい、これを渡したのはお父様だと思うのです」
「俺もそう思う、この字を見てくれるか?」
手紙を机に置きアッシュが指差す。本来は止めの部分がそのまま流れている。これは。
「親父の癖だ、分かっているのだが万一を考えるとどうしてもこれが破れなくてな」
ぽりぽりと頭を掻くアッシュ。万一と。アムールは万一という言葉がどういう事か分かった。
全てアムールの為に五年も近づかなかった。そう言ってる。気持ちを殺して。
「私はお父様に恩がありますが…それでもこの仕打ちは」
「俺は平気なんだが…」
いつの間にかパーンとテセウスもこの手紙を読んでいた。三角形の騎士団に入れるほどの人物が全てを悟るのに時間はかからなかった。
「ソレイユ様、俺はソレイユ様についていきます」
「僕もです、独り身なので家族がどう、とは言えませんが子をだしにするのは頂けません」
手紙を読みアムールと同じようにアッシュガルド家の当主の性格を知っている二人は結論が出た。
「勿論俺は上に行こうという心を否定するわけではありませんが他力、それも子供に頼るなど…」
パーンが憤慨するように言う。テセウスがそれに同調する。全ての判断はアッシュに委ねられた。
「ではどうする?親父を殺すわけではあるまい?」
「私達が抜ければいいのです、兄様と同じように負ければいいのです」
書類の中に入っていた。戦争に関する事象が。二日後に行なわれる秘密裏な戦争が。
「そこで私達が死んだ事にする、どうですか?」
「俺が死んだまま五年もいたのは顔が知られていないからだ、お前達は広く知られているだろう?」
そうこの三人は国の顔だ。アッシュは裏の仕事のため顔を知っているのは王都の人間のみだった。
そこでテセウスが思いつく。
「ちょっと待って下さい…あったこれだ」
テセウスが持ってきたのは最初アッシュが読んでいた魔法書だ。ぱらぱらとページを捲り指差す。
「これ、ソレイユ様の魔力でこの街全体に掛けられませんか?」
「『Manipulation de la mémoire』…記憶の操作か、顔を別のに摩り替える気だな?」
頷くテセウス。記憶の操作は思い描いた通りに記憶を摩り替える魔法だ。
通常一人にしか掛けられない。それだけ魔力を使うのだ。しかしアッシュならば。
「俺の魔力ではこの街の半分で手一杯だ」
その時アムールは気づいた。アッシュの片頬がつりあがっていることに。無理だと感じていない。
アッシュの胸元に光るペンダント。これで得心がいった。
「なるほど…そういうことですか兄様」
「気づいたか、ただこれを使ってもむらが出来てしまいそうだ」
ただ。アッシュはそう付け加えた。
「パーン、テセウス、アムール、そして今の俺の魔力を込めたなら多分」
カメオを取り机に置く。黒い太陽の模様がゆらゆらと揺れている。
「やります、俺の魔力の四分の三を」
「僕は十分の九を」
「私は…」
業火の構え。若火の構えもそうだが身体で練り上げ魔力を何倍にも引き上げる。
「この状態なら…!」
「アムール!二十分の九を込めろ!その技の危険域を下回る!」
三人でカメオに魔力を込める。黄のテセウス。青のパーン。赤のアムール。
この世界の伝説に残っている。
『赤き三角、愛ゆえに狂い黒き三角に戒められし』
『青き三角、力の何たるかを黒き三角に悟られし』
『黄色き三角、勇気の為に黒き三角に見つけられし』
これがこの世界の伝説だ。古来より三色の三角形を組み合わせた聖の三角形を最高としている。
しかし三色でこれは作れない。中心に黒を塗らなければいけないのだ。そしてその黒こそ原初の力。
色を合わせれば黒になる。愛を知り、力に溢れ、勇気を持って生きている。
神に祝福されたその人生。世界でたった一人の黒。その人物に三色は協力する。
「眩しいな、真の太陽のようだ」
「えぇ、白く暖かい太陽です」
カメオは数秒強く光り白い光を徐々に薄めていった。しかし完全に消える事は無く瞬いている。
「今ならどんな魔法でも使えそうだ」
「使わないで下さいよ?パーン」
「お前こそ、おっさん」
小突きあっている黄と青。それを見て笑いあう赤と黒。全ての決戦は二日後だ。
「さて、と俺のほうで勝手に顔を決めておくから」
「えぇ?兄様芸術性無いじゃないですか」
「あればっかりは憶えてもうまくいかないんだ…ってそんなことはどうでもいいだろう!」
「え?そうなんですか?ソレイユ様」
「知らないのか?六年前に似顔絵を描いてもらったんだが…今度見るか?」
「やめろぉ!それ以上言うな!全部纏めて吹き飛ばすぞ!」
うわー!と逃げ惑う三人。五年ぶりに感じる仲間の温かさ。それをしっかりと確認するように夜更けまで遊びに明け暮れていた。