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第6話 心配


 静けさの中から生まれる爆音、周囲に広がる衝撃は嵐のように激しく波打ちながら静けさを浸食していく。

 外も暗くなったマンションで俺は奴と好戦中だった。


「何なんだよ、デタラメな奴だ!」


 夜、静かなはずのマンションは、奴との戦いで騒がしさに侵されている。

 巨大で、脂肪だらけの肉体。小学校の運動会でやった大玉転がしを思い出すような、丸い体。そして……。


「臭い! なんだこの匂いは!」


 鼻がまがる異臭、例えるなら残飯の臭さの数倍に濃縮したようなもの。階段を降りながら涙目になっている。

 それだけでは無い、奴の嫌なところは。


『キュ~!』


「くそ! 何だあの可愛い鳴き声は!」


 声だけ聞けば愛くるしく愛おしい、ペットショップに売っていそうなくらい可愛い鳴き声だ。

 なので実に不愉快だ。

 奴は階段を転がりながら、俺を追い掛け回す。下手をすれば肉団子の下敷きとなり潰されてしまうだろう。不快な臭いと共に。

 嫌だ、あんな臭い奴に潰されてたまるか。


「ヤバイ! もうすぐ一階だ!」


 このままではいずれ潰される。なら、罠を掛ける事にした。

 一階、階段を降りたすぐの足場に結晶を張り巡らせる、凍った水溜りの如く地面を侵食する。奥へと進み、俺と階段の間に小さな結晶の道を作り水溜りから離れ奴を待つ。


「よ~し、来やがれ」


 階段から降りたてきたら、すぐに足場の結晶を発動して一気に飲み込む。まさにトラップ、さぁ、いつでも来い。

 奴の脂肪が壁に当たり、鈍い音が飛び交い、その音は次第に大きく迫って来る。


 何とも言えない緊張感、血液が体中を激しく回り、心臓は忙しく働いている。

 そしてその時がやって来た。

 視界が奴の姿を確認。

 焦るな、まだだ、まだ引きつける。

 水溜りの上空に差し掛かった。

 よし、今だ。


 だが、俺の予想は砕かれた。


 奴は足場に付く前にその脂肪を使い、弾んだ。足場を越えて落下位置は俺だ。


「……うそ」


 火薬の爆発並の音が辺りに木霊、そして奴の『キュー』と、鳴き声を聞く。目を閉じると可愛らしい。だが。


「ひぃいい、臭いー!」


 ギリギリでつぶされる事はなかったが、変わりに飛び交う強烈な異臭!

 ぐぅ、鼻が、鼻がもげる。そして再度『キュー』と鳴く。


「何がキューだ!」


 汗でドロドロの脂肪に嫌々ながら触る。ぬるりと全身を震わせる悪寒が走る。

 うわ、気持ち悪い。


「ちくしょう、凍ってしまえー!」


 手の平が碧く輝き、脂肪の塊を包み始める。


『キュー!』


 結晶は奴の身体を取り込んで行き、頭上まで全てを包み込んだ。

 やった。だが臭い。

 不意に手を見ると脂肪の汗でグチョグチョ、でも、ぬちゃぬちゃの表現が合ってるかも。って、そんなの考えてる場合か。


「ひぃいい! 臭いしキモいし……ある意味最強の敵じゃねーか!」


 サッサと脂肪を向こう側に送り返し、自分の部屋までもどる事にする。

 すぐに洗面所で手を洗う。

 ぐぅ、臭い! いろんなのと戦ってきたが、奴だけはもう二度と戦いたくない。

 くそ、なかなか取れない。

 気持ち悪さと戦っている時、脳裏である事が気に掛かっていた。


「そう言えば、まこちゃん今日も来ないな」


 まこちゃんがマンションに来なくなってもう三日目だ。どうしたんだろう?

 やっぱり怖いのかな?

 怖いのは当たり前だ、俺だって、今だに怖いのだから。


「……そうだ! 電話だ!」


 いや、ちょっと待てよ。いちいちこんな事で電話していたらウザがられるのでは?

 でも心配だ。


 意を決して、携帯電話を握る。そしてボタンを押す。出るだろうか?

 呼び出しの音がなり続ける。だが出ない。

 大丈夫かなまこちゃん。あきらめかけていたが、その時だった。


『はい……峻くん? どうかしたの?』


 よかった、出てくれた。

 でも違和感を感じた、何だか元気が無いな。


「うん俺。えっと、あのさ……どうしたのかなって思ってさ」


『あのね……ゴホゴホ……実は風邪ひいちゃって、今も寝てるの』


 何だって! 風邪だと? それは一大事だ。


「大丈夫?」


「……熱は少し下がったかな、まだ38度……」


「すごい熱じゃないか! 今から行くよ!」


『え! もう夜だから……それにいいよ峻くん大変なんだから無理しないで、本当に大丈夫だから……』


 心配だったが、まこちゃんにい余計な気遣いをさせるのも体に悪い。だから分かったとまこちゃんに伝える。

 もどかしい、何の力になってやれないなんて。


『うん、ゴホッ……峻くん、電話……ありがとう、なんだか元気が出て来たよ』


「いいよ、お礼なんか。安静にして寝てるんだよ?」


『うん、それじゃね、また今度』


「うん、おやすみ」


 風邪か……ふむ。

 俺はある事を考え込んでいた。よし、ある事を明日実行だ。


  

 



 峻くんの電話をもらった翌日、私はまだベッドで安全にしていた。

 隣りいるママが言葉を放つ。


「う~ん、まだ熱が下がりませんね、まことさん、お昼は食べれそうですか?」


 体温計を見ながらママは困った顔をする。まだ熱が下がらない。やっぱりきついな、風邪って。

 昨日はあまりご飯食べて無かったからな、少しは食べないと治らないかもしれない。


「うん、少しなら」


「じゃあ、お粥作りますね」


 しばらくして、玄関からチャイムの音が聞こえて来る。誰かお客さんが来たみたいだ。ママは、はーい、と言いながら下の階に降りて行った。

 ふぅ、風邪は辛いしだるい。それにしても誰が来たんだろう?

 しばらくすると、足音が二階に上がって来た。ドアが開き、ママが現れる。


「まことさん、お客様ですよ、ふふふ~、まことさんもそう言うお年頃なんですね!」


 ママは満面の笑顔だった。話が見えないな。お客様って誰かな? その人物が現れた時、私はびっくりした。


「まこちゃん! お見舞い来たよ!」


「な! し、峻くん!」


 まさか、目の前に峻くんがいる、うそ、何で! 混乱する私、それをよそにママはニコニコと笑いながら私に話し掛ける。


「あらあら、峻くんって……うふふ!」


「違うのママ、彼は……」


「はい、はい、分かってますよ!」


 またまた満面の笑顔、どうやらママは彼と私は“そう言う関係”だと思っているようだ。勘弁してよ。


「あ、これお見舞いのバナナだよ!」


 そう言いながら私に近付いてくる。

 あ、私、昨日お風呂に入ってないよ。ダメだ、汗臭いかもしれない。もし汗臭い女だなんて思われたら嫌だ。


「きゃあ! ダメ! ストップ!」


「ど、どうしたの?」


「わ、私……汗臭いから……峻くん悪いけどちょっと待ってて、着替えるから」


 そう言うと、分かったと言って外に出てドアを閉めた。危ないところだった。


「大変、ママ、私身体をふかないと!」


「あらあら、待っててね、濡れタオル持って来るわね」


 ドタバタしながら着替え終わり、峻くんを部屋に呼んだ。大丈夫かな? 汗臭くないはず。


「それじゃあ、邪魔者は消えますね? ふふふ!」


「だから違うの!」


「何が違うの?」


「何でもないよ! あはは~」


 本当にびっくりしていた。彼が来るなんて予想してなかったから。

 あれ? そう言えば、よく私の家が分かったね?


「……なんでここが分かったの?」


「ふっふっふ、一回後をつけたからね!」


「変態ストーカー!」


 突然ルベスを思い出してしまった。ストーカー繋がりで。まったくしょうがないな峻くんは。


 それからは普通の会話をして行く、でも不思議だな、私の部屋に彼が居るなんて。


「まだ辛い?」


「さっきよりは良くなって来たよ」


「それはよかった」


 峻くんが笑顔を見せる。ヤバイ、笑顔を直接見れないよ! 不意打ちだ、私の頬を赤く染めさせる笑顔は。

 彼は私の部屋をキョロキョロと興味津々に見回していた。


「へぇ、こんな部屋なんだね」


「あ、あんまり見ないでよ……恥ずかしいし」


 私の部屋は、ベットや勉強机、横に棚があって、その上にコンポなどが乗っかってる。どこにだってあるごく普通の部屋。

 彼は私の部屋に飾ってある大きなクマのぬいぐるみに興味を示している。


「あれ、このクマのぬいぐるみデカいね!」


「あ、それ? 私が小さい頃、誕生日にもらったの。当時は大きすぎて抱っこもできなかったっけ」


「高そうだな、誰に貰ったの?」


 えっと、パパだったっけ? ママだったっけ?

 あれ? 何で覚えて無いんだろう? 貰った相手くらい覚えていると思うのに。


「あはは、小さい頃だからね、覚えてないんだよ」


「なるほどね、小さい頃じゃしかたないね」


 この後もいろんな話しをした。好きな音楽の話しやTVの話。どうでもいい事をいっぱい。とても気持ちのよい時間が流れた。

 それから時間が過ぎて、ママが部屋にやって来た。


「まことさん、お粥できましたよ」


「うん、ありがとう」


「そうだ、峻さん、お昼食べて行ったらどうです?」


「え! いいんですか? 嬉しいな」


「うふふ、可愛いわね、峻さんは」


「私も一緒に食べるよ」


「歩いても大丈夫?」


「うん、だいぶ良くなったよ」


「じゃあ降りてらっしゃい、無理しないでね」


 私達は一階に降り、食卓についた。いただきますと三人の声がハモる。今日のお昼はカレーライス、でも私はお粥、これは仕方が無い事だもんね。

 彼は一口食べるとおいしいと叫んでいた。ママはその光景を嬉しそうに見ている。


「よかったわ、お口にあって」


「ママのカレーライスは特製で美味しいんだよ!」


「うん、うん、これは旨い、旨すぎる!」


「あらあら、嬉しいですね、まだまだありますからね、いっぱい召し上がれ」


 その後、カレーライスを三杯もおかわりしていた。すごい、私はあんなに食べられないな。

 それから色々雑談、ふと気が付くと時間がすぎて彼が帰る時間。


「それじゃ帰るな」


「うん、今日はありがとう、びっくりしたけど、本当に嬉しかったよ」


「また来て下さいね! あなたならいつでも大歓迎ですよ! うふふ!」


 小悪魔の様にいたずらっぽく笑うママ、すると彼の顔が赤くなっている。そして慌て出す。


「と、とにかくまたね、まこちゃん!」


 あっと言う間に帰っていった。私達は、ぽかんとしてそれを見ていた。


「あらあら? どうしたのかしら?」


 自覚ないんだね、ママは相当な美人です。私が思うほどだ、改めてママを見てみると、高校生の子供がいる何て到底思えない。


「峻さんか……うふふふ!」


 ママが私を見つめてニヤニヤしている。まったく、勘違いしないでよ!

 今日が過ぎて行く、早く風邪を治そう、彼、峻くんのために。




 

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