第5話 紅い髪は嵐のように
大変な事が起きてしまった。
またか、しかも今回は飛び切りときた。
ここ最近、私の周りでは不思議な事ばっかり起きる。昨日は迷子の子供の親探しをした。
普通ならここで、いいことをしたと自分を誇らしくなって終わるはずだ。でも……十人。たった一日で、十人もの子供の親探しをした。
異常でしょ?
ちゃんと親を探して感動の再会を複数目撃した。
お腹いっぱいだよ。
他にだって財布が落ちてたりしたな、十回。これも一日で。もちろん交番に届ける。自分で言うのも何だけど、こういった事には正義感があると自負しておく。
他にも色々とあったな。
話が脱線した、大変な事が起きた。
公園の真ん中に人が倒れている。
「……死んでる?」
落ちていた木の棒を拾い突いた。チョンチョンとつつくとピクリと動く。
しまった、私は何をしているんだ、こんな事をしている場合じゃない。助けないと。
「大丈夫ですか!」
「う~ん~……は!」
その人は気付き、起き上がって私の顔をじーっと見詰めてた。
「……大丈夫ですか?」
「あなたが助けてくれたのですか?」
「え? 私は何も……」
「ありがとうございます! いやあ嬉しいです!」
彼はサッと起き上がる。紅く長い髪、紅い瞳に黒いスーツ姿。高い鼻と切れ長の目、日本人離れした顔。
何処をどう見てもホストにしか見えない。
なんだか怪しい。
睨んでやると、ニコリと笑ってきやがる。
「まさか、キミ見たいな美人に助けて貰えるなんて、夢を見てる様ですよ! どうですか? これから二人でお食事でも?」
やっぱりおかしい、目茶苦茶怪しい。どう見ても、さっきまで倒れていた人の反応じゃないと思う。
これってもしかしてナンパ?
「結構です、さようなら」
そう言ってその場を離れようとした。すると彼は急にしゃがみ込んで、痛いと苦しみ出したのだ。
「え! だ、大丈夫?」
「じ、持病が……痛い~」
「大変! き、救急車!」
「あ、少し休めば大丈夫です……あそこの公園のベンチに」
彼は公園のベンチへと指をさしている。急いで肩を貸し、ベンチへと移動させてゆっくりと座らせる。
すると、座った途端に元気になった。
「あ~、よくなりました。ありがとうございます!」
なんなのこの人?
さっきの絶対に嘘だよ。まったく、人を馬鹿にして、もうこんな人知らない。
私はすぐにここを立ち去る決意を固める。
「じゃあ私、おつかいの途中なんで、さようなら!」
「待って下さい~! かまって下さい~!」
私の服を掴んで離さなかった。ああ、もう駄目だ、優しく接して来たけど、もう駄目。
「一体何なんですか! いたずらか何かですか?」
「お話ししましょうよ。……皆川真さん」
なんで私の名前を知っているんだこの人?
怪しい、本当に怪しい。記憶に無い、この人にあった事なんか無論ない。これだけ目立つ髪なら忘れるはずないんだけど。彼は一体何者なんだろうか?
頭の中で渦巻く謎。
「名前、なんで知ってるんですか?」
「実は私、あなたのストーカーさん何です!」
身の危険を感じ、後退る。
ストーカーって私に? まさか、そんな馬鹿な。
もしかして私、そんなに魅力的な女なのかな?
ちょっといい気分だった。
「嘘ですよ、冗談ですよ!」
「い、いい加減にして下さい! 怒りますよ!」
魅力的な女? あんな事を考えた私が馬鹿だった。すごく恥ずかしくなって来た。
もう、からかわれて、疲れちゃう。そう思っていると、彼は予想しない事を話し出す。
「本当は、友達なんです、彼、佐波 峻のね」
「え! 峻くんの友達?」
「はい、あなたの事は彼から聞いていましたから知っていた訳です」
峻くんの友達? 本当だろうか? 怪しいのは変わりない。まぁ、どうあれ、油断しないようにしなくちゃならないな。
取りあえず信じるとして、何で倒れていたかそれを尋ねる。
「それはですね、面白いからです!」
「……はい?」
「だって、倒れているイケメンを助ける美少女、ほら面白いでしょ?」
「いえ、ぜんぜん……」
何こいつ、自分の事をイケメンって言ってるよ。馬鹿みたい。でも、美少女はよし!
「そうだ、名前を教えますね! 私の名前はルベスって言います!」
「ルベスってそれ本名?」
「ええ、本名です。ハーフなので」
ハーフか、じゃあ、その紅い髪は地毛かな? まぁいいか、そんな事。
さて、そろそろ気になって来たな、私に接触して来た理由。何故かと私は問うた。
「私はこの一週間、あなたを試させてもらいました」
試すって何の話?
「ん~、色々やりましたからね、例えば……迷子の子供を助けましたよね?」
「ち、ちょっと待ってよ! どうして迷子の事を知っているのよ!」
「あはは、あれは私が仕組んだ事ですから。いや~凄いですね、文句も言わずにみんな助けるなんて」
「こ、この馬鹿!」
私の手の平がバシっと彼の頬にビンタする音を奏でた。彼の頬は赤く腫れ、ビンタをした手はまだ痺れている。
「あんたね、何様か知らないけど、まだ小さい子供から親を離れさせて……その子がどんな気持ちで泣いていたか分かってるの!」
許せなかった。子供たちの気持ち私は知っているから。
小さい頃、商店街で迷子になった事がある。寂しくて、怖くて、もうママに会えないような気がして震えていた。
あれを無理矢理小さい子供に体験させた彼が許せない。
「あなた、考えた事ないの? その子の気持ちを! 母親の気持ちを! 答えて!」
気持ちをぶつける。これでもかってほどに。さぁ、なにか言いなさいよ、相手になってやるわ。私は強くルベスを睨んだ。
でも、彼の反応は予想とは違った、私の顔を見るなり、ニコリと笑うのだ。
「なるほど、峻が気にいる訳ですね……ごめんなさい、あの子供達は、人ならざる存在です。つまり私が創りあげた人形ですよ、無論母親もね」
「……え? 何を言ってるの? 人形?」
「つまり、私は人間じゃないって事です」
人間じゃない? この人は何を言っているの? 本当に何者なんだろう。私の中で疑問が渦巻いていた。
「私は向こう側の存在です。こっちの言葉で地獄ですね」
「地獄? あ、じゃあ……」
「勘がいいですね、そう、私が佐波 峻にあそこを守るように言った者です。峻に力を与えた存在ですよ、元々あの能力は私の一部なんです」
この人が峻くんに力を授けた人物。でも、なんで私を試す様な事をするんだろうか? その疑問だけが残っていた。
「あなたは何者なの?」
「向こう側のヘルズゲートを守護する存在、向こう側の名はケルベロス」
「ケルベロス? ん~、何かの本で読んだような気がする、えっと……地獄の番犬だったかな?」
「よく知っていましたね! そうです。三つの頭をもつ地獄の番犬、それが私の真の姿です」
「でも、人間の姿をしているけど?」
「姿を変えてるんですよ、だって三つの頭の犬なんて嫌でしょ?」
確かに嫌だね。そんなのが出てきたらパニックになってしまう。
「私は知りたかった。キミという存在を、どんな人間なのか」
私の事を? 一体、ルベスの目にはどう見えたの?
「観察の結果、惚れました!」
「はい?」
「ふふふ、混乱しないで下さい。あなたに興味が出たって事ですよ?」
な、なんだ、びっくりしたな。惚れた何て言われたら誰だって混乱しちゃうよ。まったく、人騒がせな人。あ、人じゃないんだっけ。
「最初はどうしようか考えてました。あなたは危険な場所に自ら進んで飛び込んだ。正直びっくりです……なぜこんな事を続けるんですか?」
言葉に詰まる。なぜって、それは……峻くんに会うためだ。私はありのままの事を語った。自分勝手な理由だけど、それでも私は……。
彼はどんな事を言って来るのだろうか? 不安が纏わりつく中、予想外に彼は笑っていたのだ。
「ふふ、なるほど……なら、余計に死なせたくなくなった」
そう言うと、彼の右手は白い光を放ち始め、その光は私を優しく包んでいく。あたたかくて、優しい感覚が広がる。
私の中に光が染み込んで行く。何これ!?
混乱の中、徐々に光がおさまって行く。身体をあちこち触って異常がないかを調べた。
一応、大丈夫そうだけど、一体何だったの?
「私の一部を貸してあげます。その名も『拒絶の白』! 身を守るだけですけど、取りあえずこれで死にはしないでしょう」
「……何で私に?」
「言ったでしょう? 興味を持ったと。あ、峻には内緒ですよ? あなたには、内緒で会いに来ていますので、知ったら殴られそうです」
「……あ、ありがとうございます」
これで峻くんに迷惑かけなくても良くなったとかもしれない。今まで私は邪魔をしているんじゃないかって思っていたから、嬉しかった。
「彼は、迷惑なんて思ってませんけど……まぁいいでしょう」
「えっと力はどうやって使うんですか?」
「そのうちに分かりますよ、それまでのお楽しみです!」
何それ。
「それではまた来ます。もちろん彼に内緒でね!」
「また来るんですか?」
あからさまに嫌な顔をしてやる。でも、彼には通じて無いみたいだ。
「もちろんですよ~、じゃあまた会いましょう!」
彼はそう言い残し風景と同化してながら消えて行った。
嵐が過ぎ去ったみたいに静かだった。今の夢じゃないよね?
夢なら困るかな、自分の身を守る術を貰っているのだから。
幸福な感情を感じている時、異様な視線を感じた。
殺意に満ちた視線の先、そこに居たのは……。
「あらあら、まことさん、お買い物はどうしたのかしら? もしかして、おサボりですか?」
そこに立っていたのはママです! この後は、お約束の展開です! ヤバイよ、どうしよう、何とか言い訳をしなければ。
「待ってよママ! 違うの……って何でここにいるの?」
「問答無用です!」
ニコリと笑ったかと思ったが、ママがこの世のものとは思えない顔をして近付いて来る。例えるなら鬼。
「や、やめて! グーはやめて、ごめ……」
ただ今、とてもグロテスクな事になっております、しばらくお待ち下さい。
何てナレーションが流れてもおかしくない状況におかれている。
すべてが終わる頃、元に戻ったママは手を振りながら。
「じゃあ、行ってらっしゃい!」
ブンブンとママは手を振る、満面の笑顔で。さっきまでの事が嘘だったかの様に。
「行って、きます……」
私は倒れそうだった。
この後の買い物がきつかった事は言うまでも無い。