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第3話 ランクS


 あれから一か月。


「ふぁ~、よく寝た」


 朝の光は私の体温を上げ、気持ちいい目覚めをくれる。晴天の世界、小鳥のさえずりが気分を良くした。

 部屋の窓を開け放ち、朝の町並みを目で堪能する。


「いい天気、日曜日の朝はやっぱりこうでなくちゃ!」


 パジャマを脱ぎ、私服を纏う。一階に降りて、洗面所に行き顔を洗い、歯磨きをする。朝起きてからのいつもの日課だ。


「まこと~、おはよ~」


 弟の心が両手を愛くるしく振りながら走ってくる。走る度に愛らしいほっぺが弛んだ。何この生き物可愛すぎる!

 私も両手で振り返す。


「おはようございます、まことさん、心ちゃん」


「「ママおはよ~」」


 二人同時に挨拶を言う。何の変わりも無い、いつもどうりの朝だ。

 朝ご飯はトースト、ハムエッグ、ミルクにサラダ。

 いただきますと一口トーストをかじる。うん、いいコゲ具合でおいしい。


「まこと~、マーガリン塗って~」


「こ~ら、心はもうお兄さんでしょ? 自分でやらなきゃ」


「う~」


 目を潤ませだだをこねる。そんな目で見られたら、私、もうダメ、可愛い! 可愛過ぎる!


「仕方ないな~」


「コラ! まことさん、甘やかしはダメですよ! ほら心ちゃん自分で……ね?」


「う~、はぁい」


 心はしぶしぶマーガリンを塗り始める。下手くそな塗り方だけど、一生懸命にやってる。その姿が、健気だ。


「うん……しょ、うん……しょ」


 私は頑張れと心にエールを送りながら弟の勇姿を見つめる。時間は掛かったが、何とか出来き、心も満足げだった。


「まことさん、今日は何か予定ありますか?」


「ん~、別に何もないよ」


「申し訳ないんだけど、心を歯医者さんに連れて行ってくれますか? 今日、急なお仕事なの」


「いいよ、どうせ暇だし」


 了承した途端に、心がぐずり始めた。体をクネクネ動かしながら叫んでいる。

 はは~ん、歯医者が怖いんだな?


「い~や~だ~、行きたくない~」


「心、行かないと虫歯ひどくなるよ~、痛いよ~、すごく痛いよ~」


「う~、どれぐらい痛いの?」


 そう言うわれて、私は腕で大きな円を空中に描きながら、これくらいだよと言ってやった。すると心の顔が強張っていく。


「うわ! いく、はいしゃいく!」


 ふっ、単純だ。でもそこが可愛い!


「それじゃ、よろしくお願いしますね」


「了解!」


「りょうかい~」


 私のマネをする心が可愛い。たまんないよ! よく私の弟になってくれたよ! ……今、何回、可愛いって言ったかな?

 などと姉バカ全開で朝ご飯を食べ終えた。しばらくして歯医者へと向かう。

 天気が良かったから太陽の光が気持ち良い。歯医者までの道を二人、仲良く並んで歩いていく。


「まこと~、やっぱり行かなきゃダメ~?」


 目を潤ませながら、心が返答を求めて来る。やっぱり怖いんだな、本当は痛い思いをさせたくないけど、虫歯じゃ仕方ないか。心を鬼にして答えた。


「イエス、そのとおり! 行かないと、もう、しりとり一緒にしてやんないよ?」


「別にいいもん!」


 あれ? マイブーム終了したか? 


「じゃあ今何にハマってるの?」


「うんとね~、えっとね~、わかんない!」


「へ? あ、今、探してるんでしょ?」


「……たぶん」


 たぶんか、我が弟よ、時折何を考えてるか、分からない時があるよ。でも、そんなところも可愛い! 親バカならぬ姉バカだな私。

 心にメロメロになっている時だ、聞き覚えのある声が私の後ろから聞こえて来る。


「まこちゃん!」


「この声は……峻くん!? な、何してるの?」


 そう、佐波峻が後ろから歩いて来るのだ。満面の笑顔で。


「……マンション離れて大丈夫なの?」


「言ってなかったっけ? ヤツらは夜しか出ないんだ」


「初耳! それを早く言ってよ」


 一か月も気付かないとは。何してたのかな私。


「まこと~、こいつ誰~?」


 不思議そうに第三者を見上げていた弟、さて峻くんの事をなんて言うべきかな?

 何とも説明しづらい関係だ、悩むな。

 悩んでいると、突然叫び声が発生する。


「わかった~!」


 心の急な大声にびっくりしてしまった。

 何が分かったんだろう?

 心は目をきらきらさせている、何を考えているんだろう? そう考えていると、峻くんが心に話しかけた。


「お、小っちゃいの、俺とまこちゃんの関係が分かったのか?」


「えっとね、こいびと!」


 はい?

 今、なんて言いましたか、私の可愛い弟くんは?

 一気にゆでだこ状態になる。峻くんが私の恋人だなんて、そんな、恥ずかしい。


「まこと~、どした?」


「そっか、心って言うんだなお前、よく分かったな! そう、何を隠そう、まこちゃんは俺の女だぁー!」


「は? ……誰が、いつから、あんたの女になった!」


 羞恥により放たれた私の右手は峻くんのみぞに食い込んだ。そのパンチは峻くんの顔を歪ませた。

 気がついた時にはとんでもないことをしたと顔の体温が急上昇した。

 だって俺の女とか言うから。意識しちゃうじゃないか。


「ぐはぁ! ほ、本気でな、殴ったでしょ? ま、まじで痛い」


「あははは~、こいつおもしろ~」


 心はすごく峻くんが気に入ったらしい。

 指差して笑ってる。


「お、俺の名は佐波峻だ。し、峻と……呼べ!」


「峻か~! 峻か~!」


 心が名前を二回言った。心はすごく興味のあるものは二回繰り返して言う。そんなに気に入ったの?


「峻~、いっしょに、はいしゃ、行こ~」


「あ、えっと心は虫歯があるから、今通ってるの」


「は、歯医者だと? ……い、嫌だ、歯医者は嫌いだ! 敵だ! 居なくなれ!」


「あはは、峻くん冗談が……」


 あれ? 目がマジだ。脂汗をかいて、目がキョロキョロしてる。


「えっと、もしかして怖いの?」


「ああ、奴等は嘘つきだ。痛かったら手を上げてって言ったのに……上げたって、何も変わらなかったんだ!」


 そんな理由? そりゃ、私だって経験があるよ? 手を上げたけど無視されたし、気持ち分かるけど。

 そんな事を考えていると、心が突然叫んだ。


「てきかぁ! はいしゃはてきだ!」


「そうだ! 敵だ!」


 な、なに、この二人、メチャクチャ仲良くなってない? 同志にでもなったの?


「にげろ~!」


 心が走る。


「逃げろ!」


 峻くんが走る。


「足早いな二人とも……って、どこ行くの!? コラー!」


 私も走る。


 何このコント、怒られるのは私なのよ? ママのお仕置きが脳裏を霞める。

 あれは地獄だ。


「ひぃ、ま、待ちなさい!」


 そう叫びながら走って追いかけた。


「はぁ、はぁ……疲れた」


 あれから、一時間近く追っかけた。私の家の近くに公園がある。この場所は、心のお気に入りだ。

 そこで心と峻くんが遊んでいた。どうやら隠れんぼをしているらしい。


「峻~、どこかくれた~? あ! み~っけ!」


 見つかった場所は木の上だった。なんだか間抜けな格好、蝉みたいに木に抱き付いてる。


「き、気のせいだ……俺は峻じゃない」


 子供の言い訳だ。負けず嫌いだな。

 取りあえず峻くんと心にちょっと来なさいと言って呼び出す。


「うわ、まこちゃんキレてるよ」


「あわわわ、まこと、おこった。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 心は許す。別に甘やかしじゃないからね、素直に謝ったからだ。


「心、いいか、こう言った時はガツンと……ひぃ!」


 自分で言うのもなんだけど、私はママの血を受け継いでる。

 何が言いたいかと言うと。


「まこと~は、おこるとママのつぎ怖い~」


 そう、怖いのです。


「峻くん……あなたは子供じゃあないよね?」


 すごくトーンを下げて優しく囁く。


「ま、まこちゃん……は、話せば」


「まこちゃん?」


 睨み付ける!


「まこさま! 申し訳ありませんでしたー!」


 土下座する峻くん。


「分かればいいの、分かれば……」


 彼の耳元で囁いてやった。


「ひぃ! ごめんなさい、ごめんなさい!」


「もういいよ、さぁ、心ちゃん、歯医者に行くよ?」


 心は観念したらしく元気なく返事しながら私の元に駆けて来る。うん、その姿も可愛い!

 おっと、また弟にメロメロになってたな。


「峻くん、今日も行くから待っててね」


「うん、待ってるよ」


「まこと~、峻のおうち行くの~?」


 まさか、行きたいって言い出すつもりかな? それは駄目だ、心に何かあったら生きて行けない。

 どうやって説得しようか? そんな葛藤の中、心が変な事を言い始める。


「まこと~は、かよい妻だ!」


 どこでそんな言葉を知るんだろうか?

 通い妻って、それって、うわぁ、想像しちゃった。


「そ、そんな訳ないでしょ! と、とにかく歯医者に行くの!」


 心の手を掴んだ。


「まこちゃん……顔、真っ赤だよ?」


 ギロリと睨らみ付ける。


「ひぃ! ごめんなさい、ごめんなさい」


 どうにかこのあと、心を歯医者に連れて行けた。やれやれ休日なのに疲れてしまった。





 時が進み夕方、私は峻くんの部屋にお邪魔していた。窓の外は夕焼けが綺麗で、その光が部屋を明るくしている。


「峻くん、訊いてもいい?」


「ん? ふぁに(なに)? モグモグ……」


 私が持って来たバナナを食べている彼に質問をした、気になっていた事を。


「家族はいるの?」


「いるよ、父親と姉がいる」


「お母さんは……いない?」


「ああ、俺が小さい頃心臓が悪くて……今は天国」


「あ、ごめんなさい、無神経だった」


「いいよ、気にして無いからさ……前にも話したよね、俺の父親は貿易関係の会社の社長だよ。姉の事はまだ言って無かったな、姉は今年で二十歳になったばかり。女優を目指してるんだ」


「へぇ~、女優さんかぁ」


 なんだかすごいな峻くんの家族って、一体どんな人達なんだろう?


「母さんは……優しかったよ。料理はダメで家事もダメ。それでも、手をバンソウコウだらけにして料理していたな……その手で作ってくれたカレーライスはうまかったっけ」


 懐かしそうな顔をする、峻くんがそこにいた。お母さんの事、大好きだったんだね。もし、私のママがいなくなったりしたら、嫌だ。彼は強いな。

 彼の話を聞いていたその時、あの感覚が走る、身体に絡み付く様な恐怖。


「来たな、ん? ……これは、ヤバイかも」


「どうしたの? すごく怖い顔」


「いつもと感じが違うんだよ……なんて言うか、ケタが違うって言うのかな。まこちゃん、ここを動かないでね?」


 そう言うと、彼はすぐに部屋を飛び出して行く。気がつけば、彼の名前を叫んでいだ。いつもと違う彼を初めて見た、不安な顔。

 この一か月、あんな彼を見た事無かった。


「峻くん……」


 どうしようと不安が私を締め付ける。いてもたってもいられない。

 私は走った、彼の元へ。

 なんだか嫌な予感がしたから。





 


 ◇



 闇が静けさを生む世界で俺、佐波 峻はいつもと違う感覚に困惑していた。

 いつもの感覚ではない。この圧倒的な威圧感は、息苦しく冷や汗を余儀なくされた。

 この発生源へと向かう。それは屋上、そこへと駆ける。勘が当たっていない事を望む。


「はぁ、はぁ、……あそこだ」


 屋上の中央、紅い渦が発生している。まさか、S級か?

 ソレが渦からこちらを見つめていた。ゆっくりと姿を現し始める。


「マジかよ、本当にS級じゃないか!」


 S級、地獄の住人で一番の強さを表す位。だが、力だけならA級となんら変わらない。なぜS級と分かれるかと言うと。


『ココガ、ニンゲンカイカ……』


 そう、高い知能があるのだ。

 やつらは位が低い奴はそんなに高くない知能だが、S級は話が別だ。そのため、A級以下の動きは単調だったが、こいつはそうはいかない。

 ヤツの姿、形は人間とほぼ変わらない。だが、長いしっぽがあり、全身はどす黒く、目が青白く光を放っている。

 不気味だ。簡単じゃないな今夜は。


『キサマハ、ゲートノモンバンカ?』


「そういう事だ! 貴様はたまたま来たわけじゃなさそうだな!」


『ニンゲン、クウ! バリバリクウ! ハラワタガ、ドノセイブツヨリ、ウマイ!』


「そんな事させるか、貴様が世の中に出たら、世界の秩序が崩壊する!」


 結晶の碧を発動する。全身を冷気が包んでいき、瞳が碧く染まって行く。


「いくぞ、黒野郎!」


 無数の氷の結晶を身体の周りに発生させた。一つ一つの結晶を針のように尖らせ、一斉に発射する。

 轟音、結晶はヤツを目掛けて飛ぶ。

 さらに追撃、避ける暇は与えない。


「どうだ! ……な!」


 理解しがたい事が起こる。ヤツはあの長いしっぽで全ての結晶を防いでいた。無論、無傷だ。


『グゲ、ソレジャダメダ』


 奴が動く、疾風の如く。あっという間に眼前に現れ、ヤツの爪が俺を目掛け襲う。


「がぁ!」


 間一髪で心臓は守れたが、左腕にヤツの爪が食い込む。


『グゲゲ! ニギリツブソウカ!』


 奴は力を込める。すると爪が更に食い込み、痛みが全身に走った。

 くそ、痛いじゃないかよ。

 負けるかよ、俺は負けられない、負けられない理由があるんだからな。


「くそ、……は、放すなよ、その手を!」


 ヤツの手に碧い冷気を発生させながら触れた、すると食い込んだ爪が凍り始める。腕を伝いヤツの胸まで凍っていく。

 苦痛の声をあげる。爪が離れた。赤い自身の血が飛び散る。ヤツの右手はもう使えない、これで戦いやすくなる。

 これは運が良かった、ヤツは苦しむ俺を見て楽しもうとした、それが奴の隙だ。


「くそ、痛ってぇ」


 今まで傷を負った事は無かった。それだけヤツは動きが早く、強い証拠だ。

 よくもやりやがったな、これから反撃してやる。


『グゲ、グゲ、コロス、コロス!』


「こいよ、黒野郎! カチンコチンにしてやる!」


『ガアアアアアア!』


 咆哮で空気を震わせながらヤツは勢いよく空へと飛ぶ。口を開け、鋭い牙は俺を睨む。

 ヤツとの距離が交じる刹那攻撃を避け、奴から距離をとり氷の結晶を発射する。

 だが、奴は尻尾で全てを叩き落とす。

 くそ、尻尾が邪魔だ。


「こうなったら!」


 俺は精神を集中して右の手の平から冷気を広げていく。この屋上を全てが碧色に包まれていく。

 この技は、力の消費が激しい。本当は疲れるからあまり使いたくないが、今はそんな事を言ってられない。


『ナンダ?』


「四方八方からの攻撃、躱せるか?」


 奴の周りに数多の氷の結晶が出現する。頭上、前方、後方、右、左、結晶は針へと姿を変えた。


「いけ!」


 針を全てヤツ目掛け、凝縮させる。

 対応しきれない針は尻尾でも、すべて防ぐ事は出来ないようだ。苦痛の雄叫びをあげている。尻尾を掻い潜り攻撃が穿たれた。その部分は次第に結晶化していく。

 邪魔だった尻尾も結晶と化した。


『ガアアアアアア! キ、キサマ……』


「はぁ、はぁ、……やっぱり体力使うな。尻尾も凍った。なら、後はお前を帰すだけだ!」


『グウウ……ガア!』


 突然、奴の目が強く光り出した。光は俺に向かい放たれる。真っ直ぐに赤い線を描きながら空間を進む。


「な! 目からビーム? 反則だ!」


『ヒヒヒ、キリフダハ、サイゴニダスモノダ!』


 ビームを連射する。俺は避けるだけで精一杯だった。

 くそ、近付けない! ヤバイなこのままでは体力が持つかどうか。

 その時だ、この場にいて欲しくない存在が現れる。


「峻くん!」


「な、まこちゃん!」


「大丈……あ!」


 奴はまこちゃんに攻撃の照準を合わせて来た。ヤバイ! このままじゃ、危ない!


『バカナオンナダ!』


 閃光、光は真直ぐに目掛けて伸びて行く。彼女は動揺して動けない。悲鳴をあげている。

 俺は、彼女の前に出て大きく腕を伸ばし、大の字となって盾となる。攻撃が当たった瞬間、背中が熱く感じる。


「ぐぅうううう……」


 背中を激痛が取り付く。痛い、焼ける痛み、体の肉が焼けるに匂いが立ち上ぼる。彼女は愕然と今の光景を見ていた、震えながら。


「あ、ああ、……峻くん」


「……ケガ……無い?」


「ごめんなさい、私、峻くんが心配で……それで……」


「はは、平気だよこれ……くらい」


 全体を支える足は壊れたブリキの玩具のように震え、膝を地面へと落とす。彼女が俺の名を叫んで駆け寄って来る。

 そんな中、奴が俺に照準を会わせ始めていた。やらせるかよ。


「おい、化け物!」


『ナンダ、コレカラ、シヌヤツガ』


「お前、降参したほうがいいぞ?」


『ガハハハハ! ソレハ、オレノセリフダ!』


「準備OKだ! もう、俺の勝ちだ」


 奴は今気付いた様だ。

 俺と奴の間につながった碧く透き通った結晶の道を。

 右手から細い氷を蛇のように動かし足へと伸ばし、そこから地面を這わせ奴の動きを束縛している氷と連結されていた。

 俺から離れた氷は操縦出来ないが、手から出ている氷が他の氷と連結していれば操れる!


『ナ二! ガアアアアアア!』


 結晶は全体を瞬時に覆って行き、奴の全てを飲込み、沈黙。

 ようやく戦いが終了した、疲れて息が荒い。


「言ったろ、カチンコチンにしてやるって?」


 終わった。こんな奴、今まで出てこなかったからな、本当に疲れた。

 そうだ、まこちゃんは? 彼女に視線を向けると、泣いていた。悔しくて、非力で、そんな感情であふれていた。


「グスッ、ご、ごめんなさい、……私は馬鹿だ、峻くんが出るなって言ったのに……それを守らなかった、だから……ケガをしたのは私のせいだ」


「そんな事ないよ、あの時は確かに驚いたよ、でも、まこちゃんを見て、戦う意欲が生まれたんだ。まこちゃんを守る! ってさ、だから勝てた」


 彼女が泣く。そんな姿を見たくない。そう思う自分がここにいる。泣かないでよ、俺は生きてるんだから。

 そう思っていると、彼女は涙をゴシゴシと腕でふき、俺を見詰める。


「……手当てする」


「え? でも時間が遅いよ? 帰らないと」


「私が手当てする、じゃないと気がすまない!」


「……分かった、じゃ、お願いするよ」


「……うん」


 おっと、忘れるとこだった、奴を向こう側に帰さないとな。

 悲鳴を上げる身体を起こし、奴まで近付く。紅の帰還を発動し赤き世界へ帰した。

 あんなのがもう来ない事を祈るよ。


「さってと、行こう、まこちゃ……あ」


 足がふらつき倒れそうになる。すると柔らかい感触が俺を支えた。

 とてもいいにおいがする。感触の場所を見ると、まこちゃんが俺を支えてくれていた。


「部屋まで肩をかすよ、行こう」


「あ、血が付くよ、それに汗臭いし」


「そんなの気にしない……だから」


「え? 今、なんて言ったの?」


「な、何でもない、忘れて!」


 彼女の顔が赤い。何を言ったんだ? 気になるな。







 峻くんに言える分けなかった。だって恥ずかしいもん。私が言いたかった言葉は……。

 気にしないだって、峻くんのだから。

 この感情は何? 峻くんを考えると胸が締め付けられる様に苦しい。まさか、これって恋ってやつ?

 そんな感情に戸惑いながら、部屋まで戻り、手当てを始める。彼の上半身、裸を直視。顔を真っ赤にして見詰めた。


「結構、筋肉あるんだね」


「まぁ、暇なとき鍛えてるからね……痛てて」


 傷を消毒して包帯を巻いて行く。包帯を巻くなんて初めてだったから、あまり綺麗にできなかった。下手くそ、こんな事なら練習しておけば良かった。


「下手くそだね、私あんまりやった事なくてさ」


「そんな事無いよ、俺より上手だ」


 時計は九時を過ぎている。峻くんの手当ても終わり、私は帰る事にする。


「じゃあ、また明日ね……次はちゃんと言う事聞くから」


「もう気にしないでよ、笑ってよ、俺、いつものまこちゃんの笑顔が好きだよ?」


「……うん、ありがとう」


 ちょっとだけ心が軽くなった気がした。





 夜が黒く支配する中、私は家の前につく。この時、私はある事を忘れていた。

 ただいまと言いながら家には入る、すると心が出迎えてくれた。


「まこと~おかえり~」


 心は満開の笑顔で私を出迎えてくれた。


「ただいま、心」


 その時、忘れていた事を思い出す。


「しまった!!、心、私はさっきから帰ってるって事にして!」


「まこと~、もうおそい~」


「あらあら、まことさんお帰りなさい、随分とお・は・や・い・お・か・え・り、ですね!」


 私の背後にママがいた。いつの間に? とにかく言い訳を言わなくちゃ。


「あのね……」


「うふふっ、口答えは無しよ?」


 例の如く、ママの部屋に連れて行かれ、ドアを閉められる。止めて、私、まだ死にたくないよ!


「あーーーーーーーーーーーーーーー!」


 叫びが夜空に響いていく。


 



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