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あれから一か月。
「ふぁ~、よく寝た」
朝の光は私の体温を上げ、気持ちいい目覚めをくれる。晴天の世界、私はとても気分がよかった。部屋の窓を開け放ち、朝の町並みを目で堪能。
「いい天気、日曜日の朝はやっぱりこうでなくちゃ!」
パジャマを脱ぎ、私服を纏う。一階に降りて、洗面所に行き顔を洗い、歯磨きをする。朝起きてからのいつもの日課だ。
「まこと~、おはよ~」
弟の心が両手を愛くるしく、ブンブン振りながら走ってくる。私は挨拶を返した。
やっぱり可愛い! 私も両手をブンブン振り返す。
「おはようございます、まことさん、心ちゃん」
「「ママおはよ~」」
二人同時に挨拶を言う。何の変わりも無い、いつもどうりの朝だ。朝ご飯はトースト、ハムエッグ、ミルクにサラダ。
いただきます、一口トーストをかじる。うん、いいコゲ具合でおいしい!
「まこと~、マーガリン塗って~」
「こ~ら、心はもうお兄さんでしょ? 自分でやらなきゃ」
「う~」
目を潤ませだだをこねる。そんな目で見られたら、私、もうダメ、可愛い! 可愛過ぎる!
「仕方ないな~」
「コラ! まことさん、甘やかしはダメですよ! ほら心ちゃん自分で……ね?」
「う~、はぁい」
心はしぶしぶマーガリンを塗り始める。下手くそな塗り方だけど、一生懸命にやってる。その姿が、健気だよ。
「うん……しょ、うん……しょ」
私は頑張れ~、と心にエールを送りながら、心の勇姿を見つめる。時間は掛かったが、何とか出来き、心も満足げだった。
「まことさん、今日は何か予定ありますか?」
「ん~、別に何もないよ」
「申し訳ないんだけど、心を歯医者さんに連れて行ってくれますか? 今日、急なお仕事なの」
「いいよ、どうせ暇だし」
了承した途端に、心がぐずり始めた。体をクネクネ動かしながら叫んでいる。
はは~ん、歯医者が怖いんだな?
「い~や~だ~、行きたくない~」
「心、行かないと虫歯ひどくなるよ~、痛いよ~、すごく痛いよ~」
「う~、どれぐらい痛いの?」
そう言うわれて、私は腕で大きな円を空中に描きながら、これくらいだよと言ってやった。
すると見る見るうちに、心の顔がこわばった。
「うわ! いく、はいしゃいく!」
ふっ、単純だ。でもそこが可愛い!
「それじゃ、よろしくお願いしますね」
「了解!」
「りょうかい~」
私のマネをする心。可愛い~! たまんないよ! よく私の弟になってくれたよ! ……今、何回、可愛いって言ったかな?
朝ご飯を食べ終え、しばらくしてから、歯医者へと向かう。天気が良かったから、太陽の光が気持ち良い。歯医者までの道を二人、仲良く並んで歩いていく。
「まこと~、やっぱり行かなきゃダメか~?」
目を潤ませながら、心が返答を求めて来る。やっぱり怖いんだな、本当は痛い思いをさせたくないけど、虫歯じゃ仕方ないか。心を鬼にして答えた。
「イエス、そのとおり! 行かないと、もう、しりとり一緒にしてやんないよ~?」
「別にいいもん!」
あれ? マイブーム終了したか? 私は、じゃあ、今は何にハマってるの? と、質問して見た。すると妙な答えが返って来る。
「うんとね~、えっとね~、わかんない!」
「へ? あ、今、探してるんでしょ!」
「……たぶん」
たぶんか、我が弟よ、時折、何を考えてるか、分からない時があるよ。でも、そんなところも可愛い! 親バカならぬ姉バカだな私。
心にメロメロになっている時だ、聞き覚えのある声が私の後ろから聞こえて来る。
「まこちゃん~」
「この声は……峻くん! な、何してんの?」
そう、佐波 峻が後ろから歩いて来るのだ。満面の笑顔で。
「こんな所でいいの? マンション離れて!」
「あれ? 言ってなかったっけ? ヤツらは夜しか出ないんだよ?」
「初耳! それを早く言え!」
一か月も気付かないとは。何してたのかな私。
「まこと~、こいつ誰~?」
峻くんの事を心になんて言うべきかな? 何とも説明しづらい関係だから。う~ん、悩むな。悩んでいる時だった、突然、叫び声が発生する。
「わかった~!」
ビクっと、心の急な大声にびびってしまった。な、何が分かったんだろう? 心は目をきらきらさせている。何を考えているんだろう? そう考えていると、峻くんが心に話しかけて来る。
「お、小っちゃいの、俺とまこちゃんの関係が分かったのか?」
「えっとね、こいびと!」
はい? 今、なんて言いましたか、私の可愛い弟くんは? ち、違う、違う! 心ちゃん、違うんだよ!
一気にゆでだこ状態になる。し、峻くんが私の恋人だなんて、そんな、恥ずかしい。
「まこと~、どした?」
「そっか、心って言うんだなお前、よく分かったな! そう、何を隠そう、まこちゃんは俺の女だぁー!」
「は? ……誰が、いつから、あんたの女になったー!」
私の右手は峻くんのみぞに食い込む! 食い込んだパンチは、峻くんに不快な顔をさせ、歪ませてやった。
「ひでぶ! ほ、本気でな、殴ったでしょ? ま、まじで痛いよ~」
「あははは~、こいつおもしろ~」
心はすごく峻くんが気に入ったらしい。指差して笑ってる。失礼だよ!
「お、俺の名は佐波 峻だ。し、峻と……よべ!」
「峻か~! 峻か~!」
心が名前を二回言った。心はすごく興味のあるものは二回繰り返して言う。そんなに気に入ったの?
「峻~、いっしょに、はいしゃ、行こ~」
「あ、心は虫歯があるから、今通ってるの」
「は、歯医者だと? ……い、嫌だ、歯医者は嫌いだ! 敵だ! 居なくなれ!」
「あはは、峻くん冗談が……」
あれ? 目がマジだ。脂汗をかいて、目がキョロキョロしてる。え! マジで嫌いなの? 怖いの? と、聞いてみたらこんな解答が返って来た。
「ああ、奴等は嘘つきだ。痛かったら手を上げてって言ったのに……上げたって、何も変わらなかったんだ!」
そんな理由? そりゃ、私だって経験があるよ? 手を上げたけど無視されたし、気持ち分かるけど、そんな事を考えていると、心が突然叫んでいた。
「てきかぁ! はいしゃはてきだ!」
「そうだ! 敵だ!」
な、なに、この二人、メチャクチャ仲良くなってない? 同志にでもなったの?
「にげろ~!」
心が走る。
「逃げろ!」
峻くんが走る。
「足早いな二人とも……って、どこ行くの? コラー!」
私も走る。
何このコント、怒られるのは私なのよ? ママのお・し・お・き、が脳裏を霞める。
ひぃ、ま、待ちなさ~い! 私はそう叫びながら走って追いかけていくしかなかった。
「はぁ、はぁ……疲れた」
あれから、一時間近く追っかけた。私の家の近くに公園がある。この場所は、心のお気に入りだ。そこで心と峻くんが遊んでいた。どうやら隠れんぼをしているらしい。
「峻~、どこかくれた~? あ! み~っけ!」
見つかった場所は木の上だった。なんだか間抜けな格好、蝉みたいに木に抱き付いてる。
「き、気のせいだ……俺は峻じゃない」
子供の言い訳だ。負けず嫌いだな。取りあえず峻くんと心を、ちょっと来なさいと言って呼び付けた。
「うわ、まこちゃんキレてるよ」
「あわわわ、まこと、おこった。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
心は許す。……別に甘やかしじゃないからね! 素直に謝ったからだ。
「心、いいか、こう言った時はガツンと……ひぃ!」
自分で言うのもなんだけど、私はママの血を受け継いでる。
何が言いたいかと言うと。
「まこと~は、おこるとママのつぎ怖い~」
そう、怖いのです。
「峻くん……あなたは子供じゃあないよね?」
すごくトーンを下げてささやく。
「ま、まこちゃん……は、話せば」
「まこちゃん?」
にらみ付ける!
「まこさま! 申し訳ありませんでしたー!」
土下座する峻くん。分かればいいの、分かれば……と、わざわざ彼の耳元でささやいてやった。
「ひぃ! ごめんなさい、ごめんなさい」
「もういいよ、さぁ、心ちゃん、歯医者に行くよ?」
心は観念したらしく、は~いといい返事を返しながら私のもとに駆けて来る。ああ、その姿も可愛い! おっと、また弟にメロメロになってたな。
「峻くん、今日も行くから待っててね」
「うん、待ってるよ」
「まこと~、峻のおうち行くの~?」
まさか、行きたいって言い出すつもりかな? それは駄目! 心に何かあったら私、生きて行けないよ。どうやって説得しようか? そんな葛藤の中、心が変な事を言い始める。
「まこと~は、かよい妻だ!」
……どこでそんな言葉を知るんだろうか? 通い妻って、それって、うわぁ、想像しちゃった、ええい、と、とにかく歯医者に行くの! 心の手を掴んだ。
「まこちゃん……顔、真っ赤だよ?」
ギロリと睨らみ付ける!
「ひぃ! ごめんなさい、ごめんなさい」
どうにかこのあと、心を歯医者に連れて行けた。やれやれ、疲れた休日だ。
時が進み夕方、私は峻くんの部屋にいた。窓の外は夕焼けが綺麗で、その光が部屋を明るくしている。
「峻くん、訊いてもいい?」
「ん? ふぁに(なに)? モグモグ……」
私が持って来たバナナを食べている。今まで聞かなかった事、家族はいるの? という質問だ。
「いるよ、父親と姉がいる」
「お母さんは……いない?」
「ああ、俺が小さい頃心臓が悪くて……今は天国」
「ごめんなさい、無神経だった」
「いいよ、気にして無いからさ」
「前にも話したよね、俺の父親は貿易関係の会社の社長だ。まぁ、勝ち組ってやつだな」
「うん、聞いたよ」
「姉の事はまだ言って無かったな。姉は今年で二十歳になったばかり。女優を目指してるんだ」
へぇ~、女優さんかぁ。なんだかすごいな峻くんの家族って、一体どんな人達なんだろう?
「母は……優しかったよ。料理はダメで家事もダメ。それでも、手をバンソウコウだらけにして料理していたな……その手で作ってくれたカレーライスはうまかったっけ」
懐かしそうな顔をする、峻くんがそこにいた。お母さんの事、大好きだったんだね。もし、私のママがいなくなったりしたら、嫌だ。彼は強いな。
彼の話を聞いていたその時、あの感覚が走る、身体に絡み付く様な恐怖。
「来たな、ん?! ……これは、ヤバイかも」
「峻くん、どうしたの? すごく怖い顔」
「いつもと感じが違うんだよ。……なんて言うか、ケタが違うって言うのかな。まこちゃん、ここを動かないでね?」
そう言うと、彼はすぐに部屋を飛び出して行く。気がつけば、彼の名前を叫んでいだ。いつもと違う彼を初めて見た。不安な顔。この一か月、あんな彼を見た事無かったのに。
「し、峻くん……」
どうしよう、不安が私を締め付ける。いてもたってもいられない。
私は走った、彼のもとへ。なんだか嫌な予感がしたから。
闇が静けさを生む世界で俺、佐波 峻は何時もと違う感覚を感じていた。
何時もの感覚ではない。この圧倒的な威圧感は、息苦しい。俺はこの発生源へと向かう。それは屋上! 駆ける。勘が当たっていない事を望む。
「はぁ、はぁ、……あそこだ」
屋上の中央、紅い渦が発生している。まさか、S級か? ソレが渦からこちらを見つめていた。ゆっくりと姿を現し始める。
「マジかよ、本当にS級じゃないか!」
S級、地獄の住人で一番の強さを表す位。だが、力だけならA級となんら変わらない。なぜS級と分かれるかと言うと。
『ココガ、ニンゲンカイカ……』
そう、高い知能があるのだ。やつらは位が低い奴はそんなに高くない知能だが、S級は話が別だ。そのため、A級以下の動きは単調だったが、こいつはそうはいかない。
ヤツの姿、形は人間とほぼ変わらない。だが、長いしっぽがあり、全身はどす黒く、目が青白く光を放っている。不気味だ。くそ、簡単じゃないな今夜は。
『キサマハ、ゲートノモンバンカ?』
「そういう事だ! 貴様はたまたま来たわけじゃなさそうだな!」
『ニンゲン、クウ! バリバリクウ! ハラワタガ、ドノセイブツヨリ、ウマイ!』
「そんな事させるか、貴様が世の中に出たら、世界の秩序が崩壊する!」
結晶の碧を発動する。全身を冷気が包んでいく。瞳が碧く染まって行く。
「いくぞ、黒野郎!」
無数の氷の結晶を身体の周りに発生させていく。一つ一つの結晶を針のようにとがらせ、それを一斉に発射する。
轟音! 結晶はヤツを目掛けて飛ぶ。さらに轟音! 避ける暇は与えない。
「どうだ! ……な!」
理解しがたい事が起こる。ヤツはあの長いしっぽで全ての結晶を防いでいた。無論、無傷だ。
『グゲ、ソレジャダメダ』
奴が動く。疾風のごとく動く。速い! あっという間に俺のすぐ側に現れ、ヤツの爪が俺を目掛け襲う。
「がぁ!」
スレスレだ。間一髪で心臓は守れた。
だが、左腕にヤツの爪が食い込む。
『グゲゲ! ニギリツブソウカ!』
奴は力を込める。すると爪が更に食い込み、痛みが全身に走った。くそ、痛いじゃないかよ。
負けるかよ、俺は負けられない、負けられない理由があるんだからな。
「くそ、……は、放すなよ、その手を!」
腕に碧い冷気を発生させ、食い込んだ爪が凍り始める。腕を伝いヤツの胸まで凍っていく。
奴は苦痛の声をあげる。爪が離れて。赤い俺の血が飛び散る。ヤツの右手はもう使えない、これで戦いやすくなる。
これは運がよかった。ヤツは楽しもうとした、俺が喘ぐのを楽しんだ。それが奴のスキだ。一気に潰されていたら、もう死んでいたろう。
「くそ、痛って~」
今まで傷を負った事は無かった。それだけヤツは動きが早く、強い証拠だ。さて、これから反撃してやる。
『グゲ、グゲ、コロス、コロス!』
「こいよ、黒野郎! カチンコチンにしてやる!」
『ガアアアアアア!』
咆哮! 鳴く。ヤツは勢いよく空へと飛ぶ、口を開け、鋭い牙は俺を睨む。
そして轟音、攻撃を避け、奴から距離をとり、氷の結晶を発射する。だが、奴はしっぽですべてをたたき落とす。くそ、しっぽが邪魔だ。
「くそ、こうなったら」
俺は精神を集中して冷気を広げていく。この屋上をすべて、碧色に包まれていく。
この技は、力の消費が激しい。本当は疲れるからあまり使いたくないが、今はそんな事を言ってられないからな。
『ナンダ?』
「四方八方からの攻撃、かわせるか?」
奴の周りに数多の結晶が出現していく。頭上、前方、後方、右、左、結晶は針へと姿を変えた。いけ! と、掛け声を放つ。すると針はすべて奴に目掛け、凝縮していく。
しっぽでも、すべて防ぐ事は出来ないようだ。苦痛の雄叫びをあげている。尻尾でふさぎ切れなかった攻撃を受け、その部分は次第に結晶化していく。
『ガアアアアアア! キ、キサマ……』
「はぁ、はぁ、……やっぱり体力使うな。しっぽも凍った。なら、後はお前を帰すだけだ!」
『グウウ……ガア!』
突然、奴の目が強く光り出した。光は俺に向かい放たれる。真っ直ぐに赤い線を描きながら空間を進む。
「な! 目からビーム? 反則だ!」
『ヒヒヒ、キリフダハ、サイゴニダスモノダ!』
ビームを連射する。俺は避けるだけで精一杯だった。くそ、近付けない! ヤバイなこのままでは体力が持つかどうか。
その時だ、この場にいて欲しくない存在が現れる。
「峻くん!」
「な、まこちゃん!」
「大丈……あ!」
奴はまこちゃんに攻撃の照準を合わせて来た。ヤバイ! このままじゃ、危ない! 気が付くと、まこちゃんと彼女の名を叫んだ!
『バカナオンナダ!』
閃光、光は真直ぐに目掛けて伸びて行く。彼女は動揺して動けないで悲鳴をあげている。
俺は、彼女の前に出て大きく腕を伸ばし、大の字となって盾となる。攻撃が当たった瞬間、背中が熱く感じる。
「ぐぅうううう……」
背中を激痛が取り付く。痛い、焼ける痛み、体の肉が焼けるに匂いが立ち上ぼる。彼女は愕然と今の光景を見ていた、震えながら。
「あ、ああ、……峻くん」
「……ケガ……無い?」
「ごめんなさい、私、峻くんが心配で……それで……」
「はは、平気だよこれ……くらい」
俺、全体を支える足は壊れたブリキの玩具のように震え、膝を地面へと落とす。彼女が俺の名を叫んで駆け寄って来る。
そんな中、奴が俺に照準を会わせ始めていた。やらせるかよ。
「おい、化け物!」
『ナンダ、コレカラ、シヌヤツガ』
「お前、降参したほうがいいぞ?」
『ガハハハハ! ソレハ、オレノセリフダ!』
「準備OKだ! もう、俺の勝ちだ」
奴は今気付いた様だ。俺と奴の間につながった碧く透き通った結晶の道を。
俺の足から蛇の様な氷が、奴の動きを束縛している氷と連結されていた。俺から離れた氷は操縦出来ないが、手から出ている氷が、他の氷と連結していれば操れる!
『ナ二! ガアアアアアア!』
結晶は全体を瞬時に覆って行き、奴のすべて飲込み、沈黙。ようやく戦いが終了した、疲れて息が荒い。
「言ったろ、カチンコチンにしてやるって?」
終わった。こんな奴、今まで出てこなかったからな、本当に疲れた。そうだ、まこちゃんは? 彼女に視線を向けると、泣いていた。悔しくて、非力で、そんな感情であふれていた。
「グスッ、ご、ごめんなさい、……私は馬鹿だ、峻くんが出るなって言ったのに……それを守らなかった、だから……ケガをしたのは私のせいだ」
「そんな事ないよ、あの時は確かに驚いたよ、でも、まこちゃんを見て、戦う意欲が生まれたんだ。まこちゃんを守る! ってさ、だから勝てた」
彼女が泣く。そんな世界を見たくない。そう思う自分がここにいる。泣かないでよ、俺は生きてるんだから。
そう思っていると、彼女は涙をゴシゴシと腕でふき、俺を見つめる。
「……手当てする」
「え? でも時間が遅いよ? 帰らないと」
「私が手当てする、じゃないと気がすまないの!」
「分かった、じゃ、お願いするよ」
「……うん」
おっと、忘れるとこだった、奴を向こう側に帰さないとな。
悲鳴をあげる身体を起こし、奴まで近付く。紅の帰還を発動し赤き世界へ帰した。
あんなのがもう来ない事を祈るよ。
「さってと、行こう、まこちゃ……あ」
足がふらつき倒れそうになる。すると柔らかい感触が俺を支えた。
とてもいいにおいがする。感触の場所を見ると、まこちゃんが俺を支えてくれていた。
「部屋まで肩をかすよ、行こう」
「あ、血が付くよ、それに汗臭いし」
「そんなの気にしない……だから」
「え? 今、なんて言ったの?」
「な、何でもない、忘れて!」
彼女の顔が赤い。何を言ったんだ? 気になるな。
峻くんに言える分けなかった。だって恥ずかしいもん。私が言いたかった言葉は……。
気にしないだって、峻くんのだから。
この感情は何? 峻くんを考えると胸が締め付けられる様に苦しい。まさか、これって恋ってやつ?
そんな感情に戸惑いながら、部屋まで戻り、手当てを始める。彼の上半身、裸を直視。顔を真っ赤にして見つめる。
「結構、筋肉あるんだね」
「まぁ、暇なとき鍛えてるからね……痛てて」
傷を消毒して包帯を巻いて行く。包帯を巻くなんて初めてだったから、あまり綺麗にできなかった。下手くそ、こんな事なら、練習しておけば良かったよ。
「下手くそだね、私あんまりやった事なくてさ」
「そんな事無いよ、俺より上手だ」
時計は九時を過ぎている。峻くんの手当ても終わり、私は帰る事にする。
「じゃあ、また明日ね……次はちゃんと言う事聞くから」
「もう気にしないでよ、笑ってよ、俺、いつものまこちゃんの笑顔が好きだよ?」
「……うん、ありがとう」
ちょっとだけ心が軽くなった気がした。
夜が黒く支配する中、私は家の前につく。この時、私はある事を忘れていた。
ただいまと言いながら家には入る、すると心が出迎えてくれた。
「まこと~おかえり~」
心は満開の笑顔で私を出迎えてくれた。
「ただいま、心」
その時、忘れていた事を思い出す。
「しまった!!、心、私はさっきから帰ってるって事にして!」
「まこと~、もうおそい~」
「あらあら、まことさんお帰りなさい、随分とお・は・や・い・お・か・え・り、ですね!」
私の背後にママがいた。いつの間に? とにかく言い訳を言わなくちゃ。
「あのね……」
「うふふ~、口答えは無しよ?」
例のごとく、ママの部屋に連れて行かれ、ドアを閉められる。止めて、私、まだ死にたくないよ!
「あーーーーーーーーーーーーーーー!」
叫びが夜空に響いていく。