第13話 興味津々
「あれ? 私の眼鏡が無いよ?」
窓の外は日が昇り、世界に色がつき始める。
朝、起きたばかりの私、皆川真は眼鏡を掛けようとしたのだがどこにも無い。
「おかしいな、いつも机の上に置いているはずなのに」
とぼやきながら眼鏡を探す。
「眼鏡とは、なぜ目に掛けるんだ?」
「んっとね、視力が弱いから……って! なんでここにいるの!?」
私の後ろに声の主、スミスちゃんが居た。
しかも私の眼鏡を掛けているし、なんだか楽しそうにしている。
「暇だからだ! 佐波の奴、この時間寝ていやがる、つまらん!」
「それは仕方ないけど、何でここに?」
「面白そうだからだ!」
スミスちゃんらしい。まぁいいか、それより、眼鏡返してと懇願して見た。するとあっさりと眼鏡を返してくれた。
彼女は素直なんだよね。
「そんなに目が悪いのか?」
「ちょっとね、眼鏡が無いと周りがぼやけて見えるの」
「ふ~ん、じゃあ、あれは見えないのか?」
彼女がそう言うと、窓の外を指差した。
「あれだ、あのじじいだ!」
「ん~? どこ?」
外を見る限り、おじいさんはいないようだけど?
「あれだ! あの山!」
山? 確かに、遠くに山が見えている。
あの山が何?
「じじいが散歩してるだろ?」
「……え! あんな遠くが見えるの!?」
信じられなかった、どう見てもここから山まで3キロぐらいは離れてる。スミスちゃんは不思議そうにしている。
「見えないのか?」
「当たり前だよ! 人間はあんな遠くは見えないよ!」
「そうか……お、じじいが木を登ってるぞ」
げ、元気なおじいさんだね。
「あ、頭から落ちたぞ」
「え!? 嘘!」
「おっ、起き上がったぞ、なんともない様だぞ、その場をグルグル、スキップしてるな」
頭打って変になってる! 大丈夫かな?
「お、何だこれは!」
また何かに興味を持ったらしい。今度は何?
次に興味を持ったのは洋服タンスだった。スミスちゃんはタンスを勢いよく開けた。すると、彼女の両手にはタンスから引き千切った扉を持っていた。
「あーー! こ、壊しちゃった」
「何だ? 脆いぞこれ」
なんて馬鹿力だろう。
「ス、スミスちゃん、何かを触る時は、ゆっくり、優しく触ってね……あ、それはゆっくり横のカベに立て掛けといてくれる?」
「分かった!」
優しく、ゆっくりと、壊れた扉を立て掛けた。洋服タンスに私の服がずらりと並んでいる。
「おー、服がたくさんだな!」
目をキラキラさせながら眺めている。
「そんなには無いよ」
スミスちゃんはある服を凝視していた。それは、学校の制服だった。
「……着てみたいの?」
「いいのか?」
あはは、スミスちゃんも女の子なんだな。まぁ、制服は予備あるから大丈夫かな。
「いいよ着ても」
「本当だな、嘘だったら殺すからな!」
「嘘じゃないよ」
彼女は制服に着替え始めた。
制服に着替えたスミスちゃんは、何だか落ち着かない様だ。
無理もない、制服は短めのスカート、多分彼女は初めて付けるたのだろう。
「皆川、何だかスー、スーするぞ?」
「そっか、初めてスカートをはくんだよね? すごく可愛いよ!」
彼女は顔が赤くなっていた。
嬉しそう、可愛い、スミスちゃん可愛い!
彼女の可愛さに酔い痴れている時、下の階から声が聞こえてくる。声の正体はママだ。
「まことさーん、学校に遅れますよ?」
「はーい! 今、行くよー!」
急いで予備の制服に着替え、学校の用意をする。取りあえずスミスちゃんにはこの部屋にいてもらうしかないな。
「スミスちゃんごめんね、私、学校行かなきゃならないから。ママに見つからない様にしていてね?」
急いでドアを開け、下の階に降りて行った。
私はこの時知らなかった、スミスちゃんは学校と言う単語に反応していた事を。
「学校? ……面白そうだ!」
スミスちゃんの何かを企む嫌らしい笑いをしていた事に、私は気付く事は無かった。
遅刻せずに何とか学校へ登校出来た。教室へと入り、自分の席に腰を下ろす。
右隣りにいる親友のあいかに挨拶を言ってやる。元気よくおはようと言ってやったが、元気のない返事が返って来る。
「どした、元気ないぞ?」
「いやね……私さ、隣りのクラスの高橋と付き合ってたじゃない?」
「そうだね、やっと彼氏出来たー! って、叫んでたよね……まさか、別れたの?」
「イエス、……はぁ、だってあいつ、マザコンだったのよ?」
「えー! マジ? あんなにカッコいいのに」
高橋とはこの学校で上位に上がるイケメンくんだ。まさかマザコンだったとは。
「この前街でさ、偶然見掛けたんだ。そしたら母親にママ~って甘えてた」
「うわ、それはちょっと嫌かな」
「あれ以来ダメになっちゃって、別れた……で、例のまことの彼氏はどんな奴?」
急に話を変えたと思ったらこれだ!
「だから、彼氏じゃあないってば!」
私が叫んでいると教室のドアが開き、担任のヤマピーが入って来た。
「ほれ、ほれ、席つけ~」
ナイスタイミング!
「まこと、後で問いただしてやるからね?」
まったく、あいかの奴はどうしようもないな。いつの間にか元気になってない?
◇
同時刻、学校のどこかの廊下。
体育教師の田中が、ジャージ姿に竹刀を持ち廊下を歩いていた。
田中は生徒指導の筋肉質教師である。中肉中背、眉が薄く彫り深い顔立ちで見るからに暑苦しいとの印象だろう。
「ん? たくっ、まだこんなところをうろついているのか」
ホームルームが始まってるのに女子生徒が窓外を眺めて立っていた。
「おい、お前、何組だ? 早く教室に行け!」
女子生徒は無言のまま田中を無視していた。
それにキレた田中は絶対に懲らしめてやろうと心に誓った。
「こら! 無視してるんじゃない……あれ? こんな生徒いたか?」
その女子生徒は、銀色の短い髪をし美しくも可愛さを持った女子。
留学生っていたっけ? と田中は考えている。
「何組なんだ?」
すると拒絶の言葉が返って来る。
「うるさい、黙れ筋肉ダルマ!」
「な、何だと! 貴様、俺が誰か知ってるのか!」
そう言いながら竹刀を女子生徒に向ける。その竹刀を女子生徒は睨み付けている。
「これはケンカを売っているのか? 筋肉ダルマ?」
女子生徒は竹刀を力強く握り締めた。すると、それにびびる田中は情けない声を出した。
「は、放さないか! 聞いているのか!」
弱々しく叫ぶばかりだった。
一瞬の内に竹刀を取り上げ、女子生徒は握り潰した。
更に握り潰し、竹刀はソフトボールの様に縮んだ。
「お前もこんな風にしてやろうか?」
「ヒィイイイ! お、おお前は、な、何者だ!」
「オレは死神だ」
「はぁ?」
「今日からお前はオレの下僕だ!」
「ふざけ……」
ボールの様な竹刀を彼女の手はそれを握り潰し、粉々に飛び散らせる。
また田中の情けない悲鳴が廊下を駆けた。
「もう一度言う、お前は、オレの下僕だ」
「ひゃい(はい)! 下僕になります!」
田中は土下座をし、ガタガタ震えていた。
「おいダルマ、ここを案内しろ、……逃げたら殺す!」
「ヒィイイイ、逃げません、逃げませんから!」
「よし、行くぞ」
「ひゃい(はい)ーー!」
田中は考えていた、このままでは殺されるだろう、と。
「おいダルマ、何をボーッとしている?」
「ひぃ! 何でもありましぇん!」
辺りは静かだった。聞こえるのは教室の話し声だけだ。騒いでいる問題児ばかりの教室が一つある。田中はいつもならこいつらを叱りに教室に入って行くのだが、今はそれどころでは無い。
「くそ、なんとかスキを……あ! あれはなんだ!」
田中は窓の外を指差し叫んだ。
「何だ! 何だ!」
女子高生はしばらくキョロキョロと見回したが何もない。
「何もないじゃ……あ! ダルマめ、逃げたな!」
田中の姿がない、逃げ出した事に気が付いた。あの野郎とスミスは叫びながら奴を追いかけて行った。
「はぁ、はぁ、逃げられたぞ……くそ、なんなんだよあいつは!」
田中は体育館まで来ていた。幸い体育の授業がない、一人になれた。
辺りを見回し、誰もいない事を確認して自分のストレスを口から発散させた。
「まったく生意気な奴だ! 絶対に許さん! 今度あったらギタギタにしてやる!」
「ほう、オレをギタギタにするのか?」
「ひぃ!」
すぐに後ろを向いた。だが、あの女子生徒の姿がなかった。辺りを見回してもいない。
「どこを向いている!」
その声は上から聞こえて来る、見上げると田中は唖然とするしかなかった。
空中に翼の生えた女子生徒が浮いているのだ。
「ひぃいい! 化け物!」
「違う、オレは死神だ! 貴様はオレを怒らせた。罰を与えてやる!」
「な、何を! やめろ! やめて! わあああああああああああああああああ!」
田中の情けない声が響いた。
◇
昼休み、学校での楽しみの一つは、やっぱりお昼ご飯だ。お弁当を広げて食べようとしている時あいかが声をかけてきた。
「まこと、売店に行くから付いて来てよ」
「え~、一人で行きなさいよ」
「だって、あいつと顔合わせたら気まずいもん」
「あー、高橋の事か……仕方ないな~も~」
関係は無いのだけれど、あいかは私の親友だ、助けてやるか。
「さすがまこと! やっぱり良き親友を持つのはいい事だな!」
「駅前にあるケーキ屋のチーズケーキね!」
「……前言撤回」
私達は一階にある売店まで来た。そこは一年の下駄箱のすぐ近くにあって、カツサンドが美味しい。
不意に何だか嫌な感じを感じる。
何だろうこの感じは?
「まこと、どうしたの?」
「分かんないけど、嫌な予感がする」
その予感は的中する事になる。
「なんか男子達が向こうに集まってるよ?」
「へ? ……あ、本当だ」
見ると、男子達が校庭に集まっていた。
何してるんだろうか?
目を凝らして良く見ると、校庭の真ん中、多くの男子の大群の中に、銀色の髪の女子生徒がいた。
男子達は群がり、女子を質問責めしている。
「ねえ、外人の君、転校生? どこから来たの?」
「何だ、オレに話しかけるな!」
「うっひょ~、美人!」
女子生徒の周りにやじ馬達は群がっていた。
「うわああ!」
「うわ! 何叫んでんのよ!」
「ご、ごめん、ちょっと行くね!」
大群の中に飛び込んだ。人が多くてなかなか前に進まない。もし私の予想が当たっているのなら、あの女子生徒は彼女しか考えられない。
「ちょ、通して、痛てて……」
「お! 皆川!」
彼女は満面の笑顔で、手を振っていた。その女子生徒は予想通りスミスちゃんだった。
「やっぱりスミスちゃん! こんなところで何してんの?」
「探検だ!」
「探検? と、取りあえず、こっち来て」
無理やり引っ張って行った。すると嫌な視線を感じた。発生源は男共だった。メチャクチャ睨んでる。
「皆川、腹が減ったぞ!」
「はぁ……」
ため息しか出なかった。
どうにか体育館の裏まで連れて来れた。スミスちゃんは何か面白い事でもあるのかと訊いて来る。
「スミスちゃん、学校に来ちゃダメだよ」
「何でだ?」
「目立つから!」
そう叫ぶと、何とスミスちゃんは、しゅんとして、落ち込んでしまった。
言い過ぎたかな? 謝った。でも、返って来た言葉は予想と違った。
「皆川……オレ、腹が減ったぞ!」
「は?」
お腹空いたから落ち込んだの?
「はぁ、分かったよ、売店で何か買ってあげるよ」
「おお、メシだ!」
このあと、私のお小遣いが全て無くなった、涙が出て来たよ。
それから時々、スミスちゃんが学校に来る様になった。よほど気に入ったらしい。
はぁ、気が重い。
◇
その頃、体育教師の田中は絶望の崖におきざられていた。
「ヒィイイイ、いつまでここにいればいいんだーー!」
スミスのいたずらで、体育館の屋根の上に一人ぽつんといた。
それからスミスが来る度にいじめられた。