スキンヘッドの男
授業が終わりバイトまで時間があるので梨花子は自宅に一旦戻る事にした。
「ただいまー」
一人暮らしなので、お帰りなんて言ってくれる家族も恋人もいない。しかし、
「おかえりー」
梨花子ははぁっとため息を吐いた。大学に入学し、夢見た一人暮らし。しかし、それは一ヶ月前に崩れさった。
「ノリ、おかえりとか言わなくていいから」
靴を脱ぎ、リビングのソファに座る。その隣には一人の男も座っていた。
スキンヘッドにおしゃれなスーツを着ている。耳の軟骨には厳ついピアスをしている。
「ただいまって聞こえたら、そりゃおかえりって言うだろ」
梨花子はまたため息を吐いた。
大学に入学して3ヶ月。今月に控えた期末試験を終えれば長い夏休みが待っている。友達も増え、旅行の計画もばっちりだった。帰省は9月にするので、それまではバイトと遊びに時間を使うつもりだ。充実した学生生活。しかし、梨花子は一つだけ悩みがあった。それが今目の前にいるこのスキンヘッドの男だった。
「梨花子、顔色悪いけど、大丈夫か?」
「あんたに言われたくない」
この男は一ヶ月前梨花子の前に現れた。見た目は厳ついが、顔は整っており、細身に長身。女に不自由したことないだろうと梨花子は思った。初めて見たときは、梨花子もその容姿に見とれていたが、すぐに我に返り驚いた。
梨花子はその日、いつものように自宅のアパートに帰宅した。レストランのウェイトレスのバイトが長引き、いつもは日付が代わる頃には帰宅できるのだが、この日は深夜1時を回っていた。
「はぁ。疲れた」
独り言を言いながら階段を上がる。
「わぁ!」
携帯を操作しながら上がっていたせいか、踊り場で何かに躓いて転んだ。
「びっくりしたぁ…」
梨花子の心臓がドクンっと鳴った。踊り場に一人の男が座っていた。スキンヘッドの男。その男はこちらを同じように驚いた顔で見ていた。
「す、すみません、よそ見してて。お怪我ありませんか?」
梨花子は急いで立ち上がり、振る舞いを正すと、男に近寄った。
「あんた…」
男はまだ驚いた表情をしている。梨花子は暗くても分かる、男の整った顔に少し見とれながらも気遣った。
「あの、本当にすみませんでした。大丈夫ですか?」
男はやっと、表情を和らげると、
「ここの辺りに来たのは初めてで、道が分からないだ。少し、あんたの家にお邪魔してもいいか?」
と、言った。
「え、えっと…」
「あんたが俺の足を踏んづけたから、痛いんだよね」
「…うちで良ければどうぞ」
「うん、ありがとう」
梨花子はしぶしぶ了解すると、男はすっと立ち上がった。男は長身で、180㎝は軽くありそうだった。座っていて見えなかったが、男はおしゃれなスーツを着ていた。梨花子は男の容姿に畏怖すら感じた。しかし、了解したからには部屋に入れるしかない。梨花子はため息を吐きながらも、男を部屋に案内した。
「なんのお構いもできませんが、どうぞ」
梨花子はキッチンでコーヒーを入れながら、男にそう言った。
「あんた、学生?」
男は図々しくソファに座っていた。梨花子はムッとしながらも答えた。
「はい。あたなは?」
梨花子がそう聞くと、男は急に難しい顔をして黙りこんだ。何かまずいことでも聞いたかな?梨花子はコーヒーを二つ持つと、黙っている男の前に差し出した。
「ありがとう」
「そういうば」
梨花子は男の足を指さして言った。
「見せてください。私踏んづけちゃったみたいなので」
「大丈夫だよ」
「でも…」
男はニコリと笑って言った。
「あんたさ、名前は?」
「り、梨花子」
「梨花子ってもしかして男と付き合ったり、遊んだことないの?無用心だろ、知らない男家にあげるなんて」
梨花子はカチンっときて言い返した。
「あなたが足が痛いって言うからでしょ?もう平気なら、コーヒー飲んで帰ってください」
梨花子はそう言って、戸棚に閉まってあった地図を取り出した。
「これ、地図です。駅まで行けばタクシーもあるでしょ」
梨花子は男の手を掴んで地図を握らせた。しかし、
「ひっ!」
梨花子は驚いて地図を落とした。男は無表情で梨花子を見ている。梨花子は自分の手と男の手を見比べた。
「冷たい…」
男の手は氷のように冷たかった。よく見ると、男は白く、生気を放っていない。それはまるで、
「死んでる、みたい…」
梨花子はぞっとして、男から離れた。
「やっぱり気づいてなかったのか」
男はやっと口を開いた。梨花子は初めて襲ってくる恐怖に必死に耐えた。
「ど、どういうこと…?」
「俺、どうやら死んでるみたいだ」