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マッチ箱殺人事件  作者: 松永 幸治
一章 侵食
2/16

第一 の犠牲者

旅行の一週間前、僕は涸沢(からさわ)に電話をかけた。

招集は田辺の仕事なのだが、涸沢だけは僕が担当を引き受けていた。

彼とは僕が一番親睦が深かったのだ。


「やあ、梶じゃないか。久しぶりだね。」


受話器の向こうで涸沢は快活な声色を出した。

彼は気分屋なので、いつも連絡する時はすこしばかりどきどきするのだが、今日はどうやら<アタリ>らしい。


僕は事の行きさつを簡潔に伝えた。


「なるほど。ちょっとした同窓会というわけか。

そりゃもちろん行くとも。副部長の責任があるからね」


彼は確かに副部長だったが、その責任を果たしたところなど見たことがない。

彼は読書量と知識は部長で全く異論無しだったのだが、その偏屈な性格が原因となり副部長にとどまったのだ。


「して梶よ、行き先はどこだ?」

「山梨だよ。田舎中のド田舎の旅館があるそうだ。

といっても、浅香が買った山小屋を改装して、お手伝いを住まわせてるもので、言わば浅香の別荘だな。」

「彼はいったいいくら当てたんだ…」



こうして、僕は涸沢との約束を取り付けた。

山梨の旅館へは、駅まで迎えが来てるそうなので現地集合ということになる。

皆仕事の都合で、取れる休みが少しずつズレるらしい。


浅香は宝くじをきっかけとし退職したので(ほんとうにいくら当てたんだろう)一番乗りとなる。

続いて田辺と香奈が旅館に乗り込み、その2日後に僕と涸沢が到着する。さらに翌日に部長の桜井(さくらい)進藤(しんどう)、そして西島(にしじま)が到着する段取りだ。

帰るタイミングは皆同じで、田辺達が到着した1週間後とのことだ。

つまり桜井たちは3泊4日となる。


女性部員は香奈だけだが、その辺りの配慮はしっかりできるから心配しなくていい、との事である。

なにせあくまで旅館だから、女将もちゃんといるらしい。

そういうわけで、みな一様に楽しみにしていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「よう、涸沢副部長。久しぶりだね。」


彼は倶楽部時代、敬称として「副部長」をつけねば振り向いてもくれなかった。

そういうことで、僕は今でも彼をこう呼ぶ。


「ああ…。さ、いこうか。」


なんてことだ。当日に至って、彼は<ハズレ>の状態になっていた。

朝起きたら血圧が特に低かったに違いない。そして、行くのを辞めようかな。と思ったのだ。

だが誘われた時に、副部長の責任がどうのこうのと言ってしまったために、引くに引けなかったのだ。


彼は自分の言動と、森羅万象を呪いながら待ち合わせ場所にやってきたのだ。


「や、涸沢副部長、窓を見てみろよ。素晴らしい景色だぜ。

席を代わろうか。」

「……。」

「みろ、涸沢副部長。珍しい鳥だ。君、あの鳥はなんて言うんだ?」

「知らん。」

「知らん事はないだろう。君の読んだ本のなかに、あの鳥は1度も出なかったのか?」

「…。」

「……。」


まるで悠久の時を経て、ようやく目的地にたどり着いた。

僕は心底ほっとしたものだ。

待ち合わせ場所に行くと、やけに青白い顔をした浅香旅館のお手伝い(礼服姿に白髪の翁が背筋を伸ばしているところを見るに、お手伝いというより執事であった。)が待っていた。

青白いとは、どれくらい青白いかと言うと、僕は涸沢に「あそこにいる青白いのがたぶん迎えだね」と話したほどであった。


「涸沢副部長様と、梶様でございますね?浅香邸に仕える、船橋(フナバシ)と申します。」


涸沢の呼び方から察するに、浅香はよほどしっかり教育してるらしい。

青白い執事は、青白い理由をおもむろに話出した。


「浅香様が、今朝未明、遺書を遺し自殺なさいました。

警察の前に、涸沢副部長様へご通達することが遺書に記されておりました。

現場はそのままにしてあります。さあ、こちらへ…。」


船橋がそう言い終えたとき、僕は確かに見た。涸沢がわずかに、笑ったのだ。


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