顛末
涸沢は田辺を食堂に連れてきた上で、食堂の椅子になげかけた。大袈裟な音をたてて、田辺が椅子に落ちた。
「種明かしといこうか。貴様のやったことを、すべて見通していることを僕が証明してやる。その上で、質問に答えてもらおうか…。
まず最初の遺体…。浅香氏だな。
彼はオクトモアを好んだらしいなあ?オクトモアとマッチ…。これは捨て置けない共通点がある。香りだ。
大方お前は…いち早くここにつき、浅香氏とのんだんだろう…。
読書好きの浅香氏は、君から贈られた本で潤った書斎が嬉しく、君に好感を抱いていたろうからな。」
「な…?なんだ涸沢副部長?なぜそこまでわかる。」
私は思わず前のめりになった。
「本棚を見ろ。あんなにお気に入りの書物がならんでいるのに…リトルマーメイド殺人事件が中ほどにあるのは可笑しいだろう。
そしてあの内気な浅香氏と打ち解けて呑もうと思ったら、なんらかの贈り物をせねばなるまい。
リトルマーメイド殺人事件は最近の流行りだ。3年前に母君を亡くした浅香氏がもっているハズは無いのだよ。
…そしてお前は「ノックビン」を口八丁で浅香氏に飲ませた。なぜすぐに毒殺しなかったかというと、遺書を書かせたかったからだ。
この動作は、先に到着していたお前しかできまい。
浅香氏は、併用禁忌の薬とアルコールを摂取して体調は最悪の状態。解毒剤でもちらつかせれば遺書も書くだろう。
いかにも裏があるような遺書を書かせたらあとは解毒剤をのませ…毒殺。
ちらつかせた解毒剤はヒ素かニコチンなんかだろうな?あるいは青酸カリか?
貴様が予想外だったのは、浅香氏の嗜好だ。
あんなに香り高いウイスキーを飲まれては、誰もが部屋に入った時に「酒をのんだな」と気づく。
貴様はオクトモアのフレーバーはなにかに似てるなと感じた。マッチだ。
大量のマッチをすり、散乱させ、口にも咥えさせた。
これで多少オクトモアが漂ってもマッチの香りと認識するはずだ。
一連のマッチ箱はこの事実を隠ぺいするために無理やりおいたものだな…?
次に香奈氏だが、まあこれは説明の必要もあるまい…。
おそらく浅香氏を釣る餌として使い、用が済んだら殺す。こんなとこだろう。
下山を提案したのも貴様だったね。皆殺しにするためだ。
西島や女将は出発前の帰った後殺害した。
動機は金か。この山奥でカタをつければそうそうみつからないものなあ。」
私は驚嘆した。涸沢の推理がここまで至っていたとは…。しかし…
「涸沢副部長、君の結論は納得し得るが、なぜ彼はこんなにボロボロなんだ?
血まみれになったのは争ったからか?」
「僕はね、桜井部長。犯人が戻ってくることを、金庫を開けようとした形跡からわかっていたんだ。
それに加えて現場検証をしたことによって、犯人は田辺だとわかった。
だから戻ってくる場所ーつまり書斎で、「犯人は間違いなく梶だ」と言う事で閃きを与えてやったんだよ。近くに犯人はいるだろうと踏んで、聞こえるように大声でね。
まさかここまでするとは思わなかったが、殺されかけた被害者を演じる事でわれわれを殺そうと目論んだんだろう。」
「田辺…!!ほんとうか!ほんとうにそうなのか!?
お前は私欲のために仲間を!恋人を殺したのか!?」
田辺はうなだれながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「ずいぶんだな、にわか名探偵さん。」
「なんだと…?」
「大きく間違っている点がひとつ…。俺は香奈を殺してなどいない。」
「!?」
まさか彼は、あの焼死体が香奈ではないというのか!?代理の誰かを?
そういえばあの死体は燃えすぎていた。あらかじめ燃してあったんだ!それを香奈と見せかけるために…。ではいったいあれは誰なんだ?
「そもそも浅香は宝くじなんかあてちゃいない。俺は学生時代、浅香の母が莫大な貯金をもっていることをひょんなことから知ったんだ。
そのは母が死んだっていうんで、これはと思い香奈を装って近づいたのさ。俺は最初から香奈を巻き込んじゃいない。
旅館を、つくろうと言ったのも、みんなで泊まり込みたいと提案したのも俺が演じる香奈だったんだよ。メールならなんとでもできる。
あの馬鹿根暗は、俺が撮った香奈の肌がなんかを送ってやると喜んで奴隷になったぜ。
あの手の男が盲目になるのはあっという間だったな…クク…。」
私は憤怒を堪え涸沢に向き直ると、彼は至って冷静沈着な表情をしていた。
「まだあるだろう?
金庫に金があるのはなぜわかった?そもそも君の命令で開けさせればよかったんじゃないか?」
「金庫はついでだ。ほんとうの動機は、お前ら全員、最初から皆殺しにしたかったんだよ。
読書倶楽部だかなんだか、学生時代から嫌気がさしてたんだ。反吐がでるぜ。
どうせ涸沢、お前
「涸沢副部長だ。訂正したまえ」
「うるせえ!気色わりいんだよこの陰気やろうが!!
お前ら全員、香奈目当てなんだろうが!!
汚い手で香奈に触れやがって…
ずっと殺してやろうと思ってたんだ!!あいつの親が死んだのは最高のタイミングだったのさ!」
「釣り合わぬ人間性ゆえの壊れた嫉妬か…。哀れで、惨めだな。田辺よ。
そしてあの死体が香奈でないのなら、一体誰だ?」
田辺の口から、私は予想だにしなかった事実をこの時知ることになる。
「あれは、進藤だ…。進藤の怨霊が俺には見える。
頭がおかしくなりそうだ…。」
田辺は尚もうなだれ、奇声を発しながら震えていた。
私にはもう、なにがなんだかわからなかった。