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妄想倶楽部  作者: 五葉ノート
第一輪
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向日葵の招待者

 五月十日。

 入学から一ヶ月が過ぎ、高校生活にも馴染んで来た翔真は、授業を聞く振りをしながら、これからの高校三年間を過ごす予定を立てようと、ノートに落書きをしていた。

 翔真のクラスを受け持つ、一年二組の担任は国語教師の小林先生。四十二歳独身、すらりとした長身で端正な顔立ち、熱血というわけではないが淡白というわけでもない。朝はすれ違う生徒一人ひとりに声を掛け、たわいのない事でもよく相談にも乗ってくれる、生徒からの信頼が厚い先生だった。この教師が担任でよかったと、翔真は心から感じていた。

 クラスにも馴染み、何人かの友達も出来た。親友の啓太とはクラスが違い離れてしまったが、朝の登校は一緒なので、中学校時代と比べても大きな変化はない。

 席は後ろから数えて二番目、クラス全体が見渡せるなかなかの場所だった。希望を言えば窓際の席がよかったが、五十音順に並べられた席順ではその思いは届かない。名前が『青木』とか『井上』ならよかったと思うこともあったが、それは僅か数秒程度で消え去る、どうでもいい妄想だった。

 校則でアルバイトは禁止となっていたので、ほとんどの生徒は部活に入っていた。

 翔真のような帰宅部はクラスの中で二人だけだったが、もう一人は家が遠い為、仕方なく早めに帰宅しているという理由からだった。

 高校生活のスタートは上々だった。何人かの友達を作り、面倒なので部活には入らない。成績は中の上を目指し、今のところ授業内容にもなんら問題は無い。順調な高校生活の始まりに、翔真はとても満足していた。

 一年生の間は目一杯に遊び高校生活を楽しもう。二年生になれば学業も頑張り将来に備えよう。三年生になれば同級生は受験や就職活動で慌しい年になるので、自分も実家の花屋を手伝い、来たるべく就職(跡継ぎ)に備えよう。

 そんな予定を書き終えると、翔真はノートの隅に菖蒲のイラストを描いた。毎日店で見ている花だったので、花の特徴をよく捉えており、彩色せずとも一目で菖蒲の花だということが分かる見事な絵だった。

 絵の右端には、雰囲気を出す為に調子よく自身のサインを書いたが、最後の線を引いたところで、頭の上に教科書が乗った。

「いたっ……」

「三鷹、聞いてるのか? 古文のテープを聴くだけだからって遊んでるんじゃないぞ。まぁでもその絵は中々上手いな、それはあやめか? 先生が美術教師なら満点をやったが、残念ながら今は国語の授業中だ。残念ながら、はい減点」

 小林先生は冗談交じりに指でバツを引くと、クラスの全員が翔真の方を向いて笑った。平凡な生活を送るのが目標の翔真にとっては、手痛い日常となってしまう。

「すいません……」

「正しくはすみませんだ。国語はそういう事を教える授業でもあるんだぞ。よし、二十八ページから音読しとくか」

「はい……」

 日常の生活には良い事も起これば悪い事も起こる。良い悪いの繰り返しで、それぞれが均等となり平凡な日常になっていく。

 翔真は国語の授業でミスをしてしまった。次の体育の授業は苦手なサッカーがあるだので、今日は厄日に違いないと翔真は感じてしまった。。

 日常には悪いことが続く日がある。どうにもならない一日だが、それを乗り越えなければ明日は来ない。翔真はそんな悪い気を払拭するかのように、大きな声で古文を読み始めた。



 昼休み。翔真は新しい友人と机を並べ、昼食を取っていた。

「さっきは最高におもしろかったよな! 翔真サッカー下手すぎ……くくっ」

「おうおう、俺も笑っちまったぜ。運良く誰もいないゴール前でボールキープしてんのにさ、シュートミスってバー跳ね返り、そんでもってボールは顔面直撃だもんな。ありゃギャグだぜ!」

「うるさいなぁ……僕は球技が苦手なんだから仕方ないだろ」

 前の席に座る松本健吾(まつもとけんご)と、後ろの席に座る村上泰助(むらかみたいすけ)は、四時限目に行われた体育の授業の話で大いに盛り上がっていた。

「お前、割と足も速いし体操も上手いのに、ほんと球技は駄目だな、変わってるよなあ」

 松本が袋の封を切ってパンをつまみ出すと、親指についた粉砂糖を舐めながら言った。

「昔からなんだよ。球技はどうも相性が悪いみたいなんだ。野球はバットにボールが当たったことないし、バスケットの時は毎回突き指、卓球とかバレーなんて、ボールが網を越えたことなんて無いからね……」

「ド球技音痴だな! あはははっ――ぶははっ、ごほっ!」

 村上は購買部で買ったサンドイッチを口一杯に入れながら豪快に笑っていた。

 青垣高校には食堂もあったが、生徒の間では購買部で販売されるパンが人気だった。数が限られているので手に入れることは難しいが、体育の授業が四時限目にある水曜日だけは、着替える時間を考慮して、授業がいつもより五分早く終わる為、購買部へは一番乗りに買いに行く事が出来、誰よりも先に人気のパンを手に入れることが可能だった。

 国語の授業では叱られ、体育の授業では痛い目に合ったが、学校生活の中で一番楽しいであろう昼休みに、おいしいと評判のパンを食べれたことは、翔真にとって良い出来事だった。

 悪い事の後には必ず良い事がある。昔からそう決まっているのだと感じつつ、翔真は大好きなコーヒー牛乳を口に含んだ。隣町から売りに来るヒロタのパンは、コーヒー牛乳にとてもよく合う。今日は最高の昼食だった。

「おーい三鷹いるかー、小林先生が呼んでたぞ、後で職員室に来いってさ」

 突然開いた教室の扉、顔だけを覗かせたのは委員長の杉本だった。

「え……なんで……」

 悪い事の後には良い事があり、そしてまた悪い事がやって来る。巡回する日常。翔真は嫌な予感を抱きつつ、残ったコーヒー牛乳を一気に流し込み、肩を落とした。

 翔真は日直でも無ければ、学級委員でもない。国語の授業では叱られたが、職員室に呼ばれるほどのことでもないと考えていたので、急な呼び出しに戸惑ってしまう。

 翔真は一度背伸びをして緩めたシャツのボタンを留めると、顔を二度叩いて椅子から立ち上がった。、松本と村上は「ご愁傷様」と鼻で笑い、軽く手を振っていた。

 教室には翔真たちの他に二組が食事をしているだけで、室内は閑散としていた。廊下を出ると生徒は一人も見当たらず、廊下の端と端までがよく見える。

 一年生の教室は北棟校舎の四階、職員室は南棟校舎の一階にあった。三階の連絡通路を渡って南校舎へ向かうか、一階まで降りて中庭を通るか、翔真はどうでもいいような事を考えた。今から嫌な事が起こるかもしれない、それならばせめて、中庭の花壇でも眺めて心を落ち着かせ、それから職員室へ向かう方がいいのではないかと決めた。

 階段を降りようとすると、グラウンドで遊ぶ生徒の声が聴こえた。サッカー、野球、バスケットなどボールが弾む音も混じっていたので、翔真は苦手な球技の数々に思わず首を横に振ると、足早に階段を降りていった。

 階段を降りたところで、バドミントンのラケットを持った二年生とすれ違った。翔真はふと立ち止まり、物思いに耽った。ラケットはテニスの物と似ているが、羽を打つ様は球技とは違う。玉は丸くないので自分にも出来るのではないかと考えていた。

 球技は苦手だが、あれが出来ればテニスも出来るかもしれない。そうやって慣れていけば、そのうち球技も出来るようになるかもしれない。しかしそう考えたところで、翔真は思い出したように歩き始めた。

「なんでこんなこと考えてるんだろ」

 別に苦手を克服する必要はなかった。球技は苦手だが別に困っている訳も無く、克服しても何も変わらない。翔真は自身で納得すると、歩みを進め中庭へと足を踏み入れた。

「お、芍薬だ。綺麗に咲いてるなぁ……おっと」

 中庭へ出ると、花壇にはたくさんの花が植えられていた。遠くで園芸部の生徒が水をやっている姿も目に入る。芍薬、皐月、ひなげしにベゴニア。花壇に並ぶ多くの花々は逞しく太陽を見つめて空を向き、誇らしげにそれぞれの色を現していた。

 この歳で花壇に咲く花の名前を全て言える男子生徒などいないだろう。こんな台詞を誰かに聞かれたら変に思われるのではないかと、翔真は思わず口を噤んだ。

「ほぉ、君詳しいね。花が好きなのかい?」

 一安心したのも束の間に、翔真は突然声をかけられた。翔真は思わず体を硬直させて、おそるおそる後ろを振り返った。そこにいたのは、人のよさそうな六十代ぐらいの男だった

「え、はぁ。僕の実家……花屋……なんで」

 翔真は緊張した様子で小さく数回頷いた。見たことの無い顔だったので、一瞬息が詰まり、声がうわずってしまう。

「はっはっは、ワシは用務員じゃ、そんなに緊張せんでもいいぞ?」

「そう……なんですか……すみません、僕びっくりしちゃって」

「気にすることはない」

 翔真は一度嘆息すると、どこか安心した様子で用務員に話しかけた。

「綺麗な芍薬ですね、中庭には光があまり入らないように見えますが、立派に咲いています。摘み芽が丁寧なんでしょうか……花は大型で色もいいです」

「おぉ、さすが花屋さんだな、中々見る目がある!」

「いえ……昔から親に小うるさく言われてたものですから……あ、奥にあるのは春牡丹ですか? 百合もあるようですが、花が咲くのはもう少し先でしょうか……三つも揃っているなんて素敵な花壇ですね」

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……か。中々風情のある事を言う生徒さんじゃ。はっはっは!」

「いえいえ、用務員さんが育てた花でしたら、うちはいつでも仕入れに参りますよ」

 翔真は普段母が使う営業用の冗談を拝借すると、用務員は更に大きな声で笑った。

「はっはっは! それは中々に面白い!」

 大きな笑い声に反応したのか、中庭の奥から生徒の声が聴こえた。

「水木せんせー!」

 中庭で作業をしていた生徒が、こちらへ向かってくるのが見えた。翔真は誰かいるのかと思い辺りを見渡すが、翔真と用務員の他には誰もいない。

「ん? ああ、ワシは用務員じゃが園芸部の顧問をやっておってな、まぁ半分は趣味みたいなもんなんじゃが、園芸部の生徒はワシのことを先生と呼ぶんじゃよ」

「なるほど」

「それよりどうじゃ? 今からでも園芸部に転部してみんか? 君みたいな生徒さんなら大歓迎じゃよ。今は何部に入ってるんだい? 運動部か?」

「あ、いえ。僕は帰宅部なんです」

「そうか、実家の手伝いをしておるんじゃな? むむぅ、なるほど。それならば仕方ないなぁ」

 翔真は塾に行くわけでもなく、習い事があるわけでもない。家に帰ってもする事といえばゲームか犬の散歩、部活のない日の友達と時々遊ぶぐらいで、毎日が特別忙しいことはない。

 たまに実家の手伝いをすることもあったが、それも夕方の一時間程度に店先に立ち、閉店前の掃除を手伝うぐらいだった。翔真の花屋は朝が忙しいので、夕方に特に手が欲しいという訳でもない。

「あ、えぇと、そういう訳でもないんですが……」

「まぁ気が向いたらいつでもおいで、園芸部は君を歓迎するぞ。そうじゃ、園芸部は女子生徒しかおらんから、芍薬も牡丹も百合も選び放題じゃよ。両手に花の高校生活になるかもしれんな。はっはっは」

 息を急き、駆けてきた女子生徒が水木先生に話し掛けた。

「水木先生楽しそうですね、どうかしたんですか?」

「おー、内海さん。花に詳しい有望な生徒さんを園芸部に誘ってたところなんじゃ。そうだ君、名前はなんと言った――ありゃ?」

 水木先生は振り向いたが、そこに翔真の姿は無かった。園芸部の女生徒は不思議そうに首を傾げ、水木先生に訊ねた。

「誰もいませんよ?」

 風に乗った花の香りが、翔真を追うように校舎の中へと漂っていった。

 水やり途中の中庭に入ったせいで靴底は濡れていた。濡れた足跡が校内へと続く中、翔真は早く足元が乾くようにと願いながら、歩幅を狭めた早足で職員室へと向かっていた。

「危なかった、園芸部に目を付けられるのはよくないよな。僕は帰宅部がいいんだ、平凡に……平凡に過ごすんだ……それにしても水木先生、あの女子は芍薬でも牡丹でも百合でもなくラフレシアです。ごめんなさい、人を悪く言うつもりはありませんが……ラフレシアです……」

 東南アジア原産、花径は一メートルに達し、重量は七キロに及ぶという、世界最大の花ラフレシア。図鑑でしか見たことは無いが、花屋と言えど、到底興味の沸く花ではない。

 翔真は急ぎ足のせいか、冷や汗のせいかわからない汗を拭いつつ、やっとのことで職員室の前へと辿り着いた。

 職員室には三つの扉があったので、翔真は一番端の扉を控えめにノックした。初めて入る職員室に緊張したせいか、またすぐに汗が滲み始めていた。

「失礼します……」

 恐る恐る扉を開くと、教室と同じように職員室も閑散としていた。室内を見渡すと、窓の向こう側で煙草を吸う先生と、電話を取りながらメモを取る事務員を見つけた。

 翔真は他に人がいないかきょろきょろと見渡すと、ソファから飛び出た二つの頭を発見した。恐る恐る覗き込んでみると、湯飲みを持った先生と視線が重なった。

「え……教頭先生と……校長先生……?」

 翔真の選んだ扉は職員室の一番端の扉だったが、職員室の直ぐ隣は校長室となっていた。職員室と校長室を区切るように置かれたソファは、校長と教頭が、いつもお茶をする決まりの場所となっている。

「うん? 一年生か、どうしたのかね」

「あ、すすすみません! こ、こ、こばやし先生はおらっしゃらりませられますでしょうか?」

 翔真は慌て驚き、思わず訳の分からない日本語を口走ってしまった。

「はいはい、ちょっと待ってね。小林先生ー生徒さんが来られてるよー!」

 教頭先生はそんな様子も気にせず、職員室に響き渡る大きな声で小林先生の名を呼んだ。

「はーい!」

 すぐに机の下から小林先生が顔を上げたので、翔真は助けを求めるかの如く、急いで先生の元へと向かった。

「はぁ……はぁ。すみません先生、僕……何かしましたでしょうか?」

 翔真は呼吸を整えることなく、息を荒げながら直立不動で小林先生に訊ねた。

「なんのことだ?」

「え、だって職員室に呼び出しって……」

「えーと? ああ、そうだったそうだった。いやさ、この前提出した部活の入部希望書があったろ、お前白紙だったからさ、忘れてんのかなぁって」

「え? 部活…………あぁ! 入部希望の紙は確かに白紙でした。でも僕は帰宅部を希望していまして……白紙で間違いありません」

「なんだ、せっかくの高校生活なのに部活無しか? なんでもいいから入っとけよー、青春時代は今しかないんだぞ。うちの学校は野球部とか将棋部とか、十のクラブが全国大会に行っているんだ。中々いい経験が出来るんじゃないか?」

「でも僕、球技はちょっと……他の部もあまり興味がもてなくて……」

「そうかぁ、勿体無いなぁ。他にも部活は多いんだし、少し考えてみたらどうだ? ほれ、部活募集のパンフやるからさ。先輩たちの手作りだぞー」

「いや、でもですね……」

 翔真は両手を振って拒否したが、小林先生は無理矢理パンフレットを翔真に押し付けた。

「ほれ、じゃあもう一回考えて今日の放課後持ってきてくれるか? まぁ部活は強制じゃないから、考えて見つからなかったら無しでもいいさ、っと、俺まだ昼飯食ってないからちょっと出てくるわ。校長先生ー! 私昼まだなんで表の蕎麦屋に行ってきますねー、外出許可貰っていいですかー?」 

「はーい。いってらっしゃーい」

「三鷹、じゃあそういう訳でよろしく」

 そう言うと小林先生はがま口の小銭入れを持ち、ぱたぱたと情けない音を鳴らしながら、サンダルのまま職員室から出ていってしまった。

「希望って言ったって……僕は何も入らないつもりなんですけど……」

 翔真は白紙の希望用紙を見つめため息をついた。せめて希望無しと書くべきだったか、部活には入らない旨を明記するべきであったか、などと後悔したが、ここに立っていても仕方がないので、しぶしぶ自分の教室へと戻ることにした。

 帰りは北校舎を三階まで上がり、連絡通路を通って教室へと戻って行くことにした。これならば帰りに水木先生に見つかることは無い。白紙の部活希望用紙を見られようものなら、確実に園芸部に勧誘されるに違いない。

 翔真は帰宅部しか有り得ないと思いつつも、歩きながら貰ったパンフレット開いてみた。

 手作りと言うだけあって、親しみ深い内容に興味を抱いた翔真は、軽い気持ちでパンフレットを捲っていく。

 最初のページは運動部の紹介だった。確かに高校生活に部活動は大きな項目だが、青春を謳歌する為に部活に入る、ということには、翔真はピンとこなかった。

 球技が苦手な翔真にとって、サッカー部や野球部は論外だった。テニス部は女の子にモテると村上から聞いたことはあったが、やはり球技ではどうにもならないと翔真は思ってしまった。とはいえ、剣道部や柔道部といった戦う部活も性に合わない。消去法でいけば水泳部や陸上部だったが、やりたいかと言われれば、やりたくないと答えるのは目に見えている。。

 続いて開いたページには文化部の紹介が並んでいた。吹奏楽部、軽音楽部、ギター部と、音楽系の部活が並ぶ。音楽関係の部活は人気があるようで、写真には多数の生徒が写っていた。翔真も音楽は好きだったが、楽器などは弾いたことが無い。それにどちらかと言えば、音楽はする方より聴く方いいと考えていた。

 次のページを捲ると演劇部、合唱部、映画部が並んだ。翔真はこちらもやはり観る方に回りたいと思ってしまった。

 文化部は部員数の少ないものが多いが、運動部に比べ圧倒的にクラブ数は多かった。だが、電子通信部、戯画研究部、将棋研究部、郷土研究部と、後ろのページに行くほどにマニアックな内容が広がり、翔真は思わず顔を上げた。

「部活名だけじゃ、もう何をやってる部活かわかんないよ……」

 もう残りのページは少ない。しかし続いて開いたページを見た翔真は思わず目を見開いた。そこには家庭科部、茶道部、陶芸部、放送部、弓道部、園芸部の紹介が載せられていた。一面全てが女子生徒ばかりだったので、かわいい女の子がいないかと、翔真はついつい探してしまう。

「うわー、茶道部って綺麗な人多いなー、着物を着るんだなぁ、やまとなでしこって感じだ。家庭科部って部員数多いんだ。ほうほう、文化部では一番の部員数なのか。おー、放送部の部長かわいい……ちょっとタイプかも…………うっ、ラフレシア先輩……」

 パンフレットに目を滑らせていた翔真は、園芸部の写真を確認し思わず身を仰け反らせた。

 そんな様子を廊下から見ていた松本と村上が、翔真に声を掛けた。

「翔真遅かったじゃん。怒られてたのか?」

「あ、いやー、先生が部活入れってさ。パンフレット貰ってきた」

 翔真はパンフレットを二人に見せると、松本がそれを受け取った。

「へー、こんなのあったんだ。そういやお前まだ決まってなかったよな、部活入らないのか?」

「うーん、出来れば毎日定時で帰りたいなぁ」

「お前、俺ん家のとーちゃんみたいなこと言うんだな」

 村上が呆れて目を細めた。

「二人は何部に入ったの?」

「俺は野球部、ムラちゃんはサッカー部に入ったぜ」

「へー、健吾って野球部なんだ。なら啓太と一緒かぁ。鈴乃って知ってる? 小学校からの友達なんだ」

「おー知ってる知ってる、あいつ野球うまいよなー、入部して半月でもう補欠に入ってるからな。いやーうらやましいよ」 

「補欠? それってだめなんじゃないの」

「バカ、何言ってんだよ。青高の野球部って相当強いんだぜ? 大会でも毎回ベストエイトだし、部員も百人以上いるんだ。それなのに一年で、いきなり補欠入りってすごい事なんだからな」

「へぇ、啓太ってそんなに上手かったんだ」

「翔真は中学校の時何部だったんだ?」

「野球部」

「ド球技音痴なのに野球部!? なにそれ、ネタ?」

「啓太が入りたいって言うからなんとなく一緒に入ったんだよ……ずっとグラウンド整備とか球拾いだったけどね。まぁ僕はそれなりに充実してたけど」

「球拾いとで充実してるなんて、お前変わってるなー」

「せっかくだし何か部活入っちまえよ、やってみるとおもしろいかもよ」

「部活ねぇ……」

 翔真は松本からパンフレットを奪うと再び目を通した。最後のページには部員五名以下の同好会と各委員会が名を連ねている。やはりどれを見ても翔真の興味を引く部活は無いようだった。

「はぁ、やっぱり帰宅部かなぁ」 


 放課後。帰り支度を済ませた翔真は、教室で一人、ノートを広げていた。

 小林先生は校門で下校生徒の見送りをする当番で、それを知っていた翔真は、見送りが終わるまで教室で時間を潰していた。

 ノートの隅に描かれた菖蒲を眺めながら、翔真は子供の頃の事を思い出していた。

 産まれた時から家にはたくさんの花が並んでいた。物心付く頃にはほとんどの花の名を記憶し、常連さんからは将来有望だと褒められたのを覚えている。

 花屋のミタカは近所でも有名な花屋だった。父と母は花がきっかけで結婚したせいか、花屋のミタカで扱う花にはこだわりをもっていた。

 花屋のミタカに並ぶ花はどれも美しく、見飽きることは無い。この世で一番美しい花は? と訊くと、人は桜や薔薇を連想する。しかし人それぞれに思い入れのある花は違う。穂美流活花の先生は梅が好きだと答え、菊選評会委員の橘さんはやっぱり菊が一番だと言う。母は父にプレゼントされた百合が好きだと言い、父は母が好きな花が一番だと言った。人それぞれ好みは違うが、心に残る花はどれも美しい。

 翔真の好きな花は菖蒲だった。父や母は不思議そう笑っていたが、誰がなんと言おうと、翔真にとって一番の花は菖蒲だった。

 菖蒲との出会い、それは旅行先で日本庭園に連れて行ってもらった時の出来事だった。

 庭園には色取り取りの花が咲き乱れ、小さな川の行く先には大きな錦鯉が泳いでいた。石に付いた苔は鮮やかな新芽のような緑を見せ、水辺を渡す小さな橋は蔦で覆われ、自然の渡り木のように佇んでいた。

 翔真は初めて見る庭園の様式に驚き、そこに咲き誇る草花の美しさに感動していた。

 中でも、そこで自生する菖蒲には目を見張っていた。触れただけで切れてしまいそうな感覚に陥る剣状の葉は艶やかで、開いた花は空のような青に染まりとても鮮やかに感じられた。それは店で見る菖蒲とは一味も二味も違い、まったく別の存在に思えてしまうほど、美しい姿をしていた。

 その日の夜。翔真は昼間の光景が忘れられず、旅館を抜けてこっそりと園内に忍び込んだ。閉園と書かれた看板をすり抜け、体が触れないように張られたロープを潜った。薄く光る外灯を見上げながら進むと、人の気配を感じた池の鯉が小さな水の音を立てて沈んだ。波紋が池の月を揺らす中、並べられた木板の橋を渡り、拙い記憶を頼りに菖蒲の咲く水辺へと向かうと、翔真は月明かりの中で静かに咲き誇る、菖蒲を見つけた。

 昼間の姿とは違う深い紫色をした花は、辺りを包む闇に溶けてしまいそうな暗さを持っていたが、決して闇に従うことは無い凛々しさと逞しさを放っていた。再び鯉が跳ねると、浮かんだ飛沫が葉を辿り、研ぎ澄まされた刃のような輝きを生ませ、花は一層の清艶さを見せつけた。

 翔真はその花の美しさに、一瞬で心を奪われてしまった。数ある花の中で、自分はどうして菖蒲を選んだのか、とても不思議な気持ちだったが、この世界で最も美しい花がそこにはあるのだと感じていた。

 そんな事を思い出しながら、翔真は紫の蛍光ペンを取り出し、授業中に書いた菖蒲の花に色を塗った。しかし思っていたような花の色は出ず、翔真は不服そうにノートを閉じた。

 時計の針は三時四十五分を示していた。そろそろ先生も戻っていると考え、翔真は部活希望用紙を持ち教室を後にする。

 三階へ降りると軽音楽部のベース音が聴こえ、廊下にはジャージに着替え終わった運動部の生徒が準備体操をしていた。もうどこの部活も始まっている様子だった。

 連絡通路を渡って南校舎へ入ると、突然教室のドアが開き、ドレスを着た女の子が飛び出してきた。

「許して下さいお父様、私はロミオを……ロミオを愛してしまったのです!」

 ロミオとジュリエットの演目を練習する演芸部の部員は、左手に台本を持ちながら、右手を高らかに挙げた。

 翔真は赤いドレス姿の女性に驚き、思わずその場で足が止まってしまった。

「今参りますわロミオ様! 私はあなたを愛して――きゃあっ!」

 綺麗にポーズを決めたジュリエットだったが、その瞬間、ドレスの裾が扉に引っ掛かってしまい、豪快に転んでしまった。

「あいたたたた…………ドレスなんて、教室で着るもんじゃないわね」

「大丈夫ですか?」 

 翔真は慌ててジュリエットに手を差し伸べた。薔薇を薄く塗ったような唇は大人の印象を与えるが、梅の花のような桃色のチークは、同時に幼さも感じさせた。光に反射する銀のイヤリングは、雨の日の白木蓮のように輝いていたが、翔真の視線はすぐに別の方へと向いた。

「うん? どうしたの、手を貸してよロミオさま」

 不思議そうに尋ねるジュリエット。一度は差し伸べた手だったが、翔真は思わず腕を引いてしまう。

 黒のリボンで飾られた赤のイブニングドレスは、生地のたっぷりとした長いスカートが特徴だったが、スカートの裾から膝の上まで、プリーツを入れたように綺麗に破れていた。

「いや……あの、スカートが、その……」

 翔真は頬を赤くし、片目を瞑りながら両手をばたつかせた。ジュリエットが自身の姿を確認すると、破れたスカートの隙間からは、淡いピンクの下着を覗かせていた。

「いっ――やぁぁぁぁぁぁぁぁ! 見るな変態! あっちいっけぇぇぇ!!」

「ごごごごめんなさい!」 

 慌ててその場を立ち去ろうとしたが、ジュリエットの投げた台本が翔真の鼻に命中した。

「げふっ!」

 翔真は痛みを堪えながら、猛スピードで二階の男子トイレへと逃げ込んだ。

 一日に二度も顔面に物が直撃する事はそうそうあるものではない。やはり今日は厄日なのだと悲観しつつ、翔真は上を向いて首元をとんとんと叩いた。

「あいたたた……これ以上鼻血出しちゃったら、僕貧血で倒れちゃうよ……でも、ちょっとラッキー?」

 翔真は悪いと思いつつも、先ほどの光景を目に焼き付けた。

 蛇口から溢れる水を口に含むと、がらがらとうがいをし、一度鼻をすすって、鏡の中の自分を確認した。

「早く持って行こう、今日はさっさと帰った方がよさそうだ」

 廊下に出ると校舎に掛けられた時計は丁度四時を示していた。時間丁度に鳴る機械時計のように、時刻に合わせて吹奏楽部の演奏が始まった。

 職員室に辿り着いた翔真は、入り口に置かれた水槽を覗き込んでいた。二度目とはいえ、やはり職員室は緊張する。ぶくぶくと泡立つ水泡を眺めながら、優雅に泳ぐ金魚のヒレを追いつつ、今一度心を落ち着かせた。

 翔真は小林先生に提出する入部希望の用紙を確認した。第一希望、特に無し。第二希望、とくになし。第三希望、トクニナシ。結局のところ特に何も無い訳だが、全てが同じ字で変化が無いのもどうだろうとくだらない事を考え、漢字、ひらがな、カタカナで、希望は特に無いと記載していた。

 たとえ、希望無しが通らない場合でも「家の手伝いをする」と適当なことを言って、クラブ加入を拒否しようと考えていた。翔真の希望は帰宅部ひとつ。受ける側としてはこれ程寂しい用紙はないだろうが、小林先生も強制ではないと言っていたので、何ら問題は無いと確信した。

「さてと、それじゃあ行ってくるよ、金魚ちゃん」

 水槽のすぐ横にある扉に手を触れたところで、翔真は思わず動きを止めた。

 この扉は三つの職員室の扉の中で、校長室に一番近い開けてはならない扉だった。心を落ち着かせたつもりだったが、翔真の動揺は、まだ消えていない様子だった。

「――っと危ない」

 翔真はそっと扉から手を離すと、ゆっくりと後退りをした。

「こっちの扉は行か――」

 踵を返したその瞬間、勢いよく額に何かがぶつかった。

 目に入ったのは黄色い塊。それを確認出来たのも僅か一瞬で、翔真はすぐに廊下の天井を仰ぎ、そのまま廊下にひっくり返ってしまった。

「痛ってぇ!」

「いったーい!」

 同時に響く男女の悲鳴。翔真は額を抑えながら体を起こし、衝突の原因を探した。

 目の前には自分と同じようにおでこをさする金髪の女の子。一見では外国人かと思われたが、名札は三年生を示す赤色で『天羽(あもう)』と書かれていた。

「いったいなぁ! どこ見てんのよバカすけ!」

「いたた……そっちがぶつかってきたんじゃないですか……先輩」

「うるさいうるさい! 後輩のくせに生意気だわ! あれ、なにこれ?」

 ぶつかった衝撃で、入部希望の用紙が天羽の足元に落ちていた。それを拾った天羽はふむふむと頷くと、ペンを取り出し用紙に何かを書き始めた。

 さらさらと進む筆、かばんから教科書やノートが散乱している事にも構わず、彼女は翔真の視線をよそに、最後までペンを進めた。

「これでよしと。はい! 落し物よ、受け取りなさい」

「え? あ……はぁ」

 翔真は呆気に取られ、言葉を返すことも無く始終を眺めてしまっていた。

「いっけない、あや待たせてたんだった! じゃあまたねしょーまちゃん!」

 天羽は入部希望の用紙をくるりと丸めると、翔真のシャツのポケットに挿し込んだ。金髪の女性は落ちた教科書を拾い上げると、乱暴に鞄に詰め込んで颯爽と廊下を駆け抜けていった。

 あっと言う間の出来事だった。快活ではっきりとものを言う気性、迷いの無い表情と意志の強そうな青い瞳。金色の髪も印象的だったが、その明るさはまさに向日葵を連想させるような女性だった。

 翔真が口を開いたままその場で固まっていると、間も無く、職員室から先生たちが飛び出した。

「なんだ、叫び声がしたが何かあったのか」

「あら、あなた転んだの? 大丈夫かしら」

 体育教師の斉藤先生が翔真を起こすと、数学教師の白山先生が汚れた服を払ってくれた。

「ふああぁっ……あん? 大丈夫か三鷹? 廊下は走るなって常日頃から言ってるだろうよー」

 遅れて登場した小林先生は、大きな欠伸をしながら翔真を覗き込んだ。

「は、はぁ……」

 翔真は天羽を探したが、既にその姿は無く、納得の行かない表情を浮かべるしかなかった。

「お、希望用紙持ってきたのか。どれどれ……ほおお……おお、なんとな!」

 小林先生は翔真のポケットから入部希望用紙を取り出すと、心底驚いたような表情を浮かべ、何度も翔真と希望用紙に視線を往復させた。

「ええ、そうなんです先生。やっぱり僕、クラブには……」

「そうか……そうだったんだな……いやぁ先生は嬉しいぞ! そうだったんだな三鷹!」

 翔真は申し訳なさそうに身を縮めたが、小林先生は翔真の肩に手を置いて、目をきらきらと輝かせた。

「は? 嬉しい? いや、僕はクラブには――ってまさか!?」

「本当にありがとう三鷹、俺が受け持つ陶芸部は部員がぎりぎりでなぁ、今年の新入部員は一人だけだと思っていたんだが、そうか、そうだったんだなぁ。うんうん。これはなによりだ」

 翔真が慌てて小林先生から希望用紙を奪うと、そこには第一希望から第三希望まで、大きな文字で『陶芸部』と記載されていた。ご丁寧に、第三希望の欄外には茶碗のようなイラストまで添えられている。

「えっ! 陶芸部!? 違います先生! これはさっきの人が――」

「フフフ、そうかぁお前は陶芸が好きなんだなぁ、先生もそうなんだよー、いやぁやっぱり陶芸はいいよなぁ、あの土をさわる感触、焼き上がりを待つワクワク感。うんうん、やっぱり陶芸は素晴らしい!」

 小林先生は一人で納得し、翔真の言葉など聞く耳を持たず、小林ワールドに没頭していた。

「よし、そうと決まればさっそくクラブ活動だ! ついてこい三鷹!」

「ちょ、ちょっと先生! 待って下さいってば!」

 小林先生は翔真の腕を掴むと、強引に陶芸部の部室へと案内した。

「お前を入れて部員は六人になった、これで三年生が卒業しても陶芸部は五人をキープ出来る! 本当に助かったよ、同好会にならなくて済むなぁ、嬉しいなぁ!」

 小林先生は楽しそうに笑い、翔真の腕を更に強く引っ張った。

 陶芸部の部室は、南校舎の二階にある視聴覚室が部室として使われていた。小林先生は軽快に階段を駆け上がり、鼻唄混じりに廊下をずんずんと進んで行った。

 部室に到着すると、小林先生は勢いよく教室の扉を開き、黒板に大きく翔真の名前を書いた。翔真はその勢いに圧倒され、部室の中へ入ることも出来ずに廊下で立ち尽くしてしまった。

「お待たせ諸君! 今日は進入部員を紹介するぞ! さぁ、恥ずかしがらずに入って来い、三鷹!」

 小林先生が、まるで転校生が来たかのように紹介するので、翔真は仕方なく部室の中へ入ることにした。

 教室の中央には五つの机が綺麗に並べられていたが、そこにいたのは男子一人、女子二人の三人の生徒で、金髪をした天羽という女生徒の姿は見当たらなかった。

「なんだ、あの二人はまだか?」

 小林先生が天羽ともう一人の生徒を探していたが、すぐに教室の扉が開き二人の女生徒が現れた。

「先生お待たせっすー! あや迎えに行ってたら遅くなっちゃった。へへ」

 颯爽と登場した天羽に、翔真は怪訝な表情を向けたが、天羽はそんな様子を気にすることもなく、からからと笑っていた。

「おーっ、先輩より先に部室に来るなんて後輩の鑑だねぇ! えらいえらい!」

「なんだ天羽、知り合いなのか?」

 小林先生が不思議そうに尋ねると、天羽が胸を張って言った。

「先生、その子は私が勧誘したんですよー、どうです! 中々いい仕事してますでしょ?」

 天羽は両手をひらひらと回し、得意気な表情を浮かべた。

「おお、そうだったのか!」

「先生待って下さい! 僕はあの人に無理矢理――」

 翔真は事の次第を伝えようとしたが、運悪くその言葉も最後まで言うことが出来なかった。

「お、夜行(やこう)も来たな、お前らさっさと座っちまえ」

 遅れて教室に入った一人の女性。翔真は思わず目を見開いた。

 あの長く美しい髪の色は決して忘れることは無かった。入学式の日に見つけた美しい花。あの時と変わらず、色褪せることのない輝きを見せるその女性は、翔真が心の奥底でずっと捜し求めていた人だった。

「あ……あの……え……っと……」

 まるで時が止まったかのような錯覚を覚え、翔真は言葉を失ってしまった。 

「あや、この子新入部員なの。今日から妄想倶楽部に入る三鷹翔真くんだよ。以後よろしく」

「ええーーっ!?」

 妄想倶楽部と聞いて、天羽と夜行以外の全員が同時に叫び声を上げた。中でも衝撃を隠せなかったのは、陶芸部の顧問である小林先生だった。

「ちょ、ちょっと待て天羽! 三鷹は陶芸部希望じゃないのか?」

「そうですよ、妄想倶楽部希望の陶芸部です。だってこの部活の正式名称は陶芸部ですよね? 妄想倶楽部って書いても受理されないじゃないですかぁ」

 天羽はこともなげに言うが、翔真は天羽の言っている意味がまったく理解出来なかった。

「いや、それは確かにそうなんだが……そうか、そういう事なのか……まぁ、部員が増えるに越したことはないが……」

 小林先生はどこか歯切れが悪く、残念そうに納得していたが、翔真はずっと混乱したままだった。

「あの……どういうことですか、陶芸部にもうそうくらぶ? 意味がわからないのですけど」

「ああ、そうか。ややこしいよな。よし、じゃあクラブの説明をしてやろう。いいか三鷹、ここは陶芸部だが、実際の陶芸部員はそこにいる(えい)(らく)の一人だけなんだ。部活動として認められるのは部員五名以上っていうのが条件でな、本当は一人だから陶芸同好会ってのが正しいんだが、同好会じゃ部費が出なくてなぁ……そこで陶芸部の顧問である俺は、他の同好会を集めて一緒にし、部員五名の部、陶芸部を作ったって訳だ。だから陶芸部の中には他のクラブも混ざってるってこった」

「……それじゃあ僕は、陶芸部所属の妄想部……ってことですか?」

「まぁそういうことになるな。ここにいる生徒たちは、やりたい部活が見つからなくてな、無いなら作っちまえって、それぞれがクラブの部長として活動してるんだ。実際は陶芸部、帝王学部、手芸部、妄想部の四クラブが参加している」

「な……なるほど――じゃなかった! 先生違うんです。僕は天羽先輩に無理矢理クラブに参加させれられたんです! 僕はクラブには入らず帰……」

 そこまで言いかけたが、ふと翔真の瞳に夜行が映った。

 入学式の日以来、見つけることが出来なかった名前の知らない花。またどこかで出会える日が来ることを願っていたが、入学から一ヶ月を過ぎ、ようやくあの人を見つけることが出来た。

 翔真にとって思わぬ出来事だった。悪い事の後には良い事がある。厄日だと思っていた一日は最後になって大きな転機を迎えた。たった一度、一目見ただけの女性だが、翔真の胸には、あの時の美しい姿が刻まれている。

 その美しさに魅了されてしまっただけなのか、不思議な雰囲気に吸い寄せられてしまっただけなのか、それとも、今まで味わったことのない、初恋という感情だったのか。

 翔真は夜行を前にして戸惑い、自身の感情がわからないまま迷いを見せていた。頑なに拒否をしていたクラブへの加入、一言断ればそれで終わるのかもしれない。だが、翔真はその言葉を言うことが出来なかった。

「なんだ三鷹、クラブに入らないのか?」

 小林先生が訊いた。入ると一言返事をすれば、あの人の隣に座ることが出来るのだろう。翔真は一度唾を飲み込むと、決意を固めて静かに頷いた。

「は――入ります、妄想クラブに」

 それを聞いた天羽がにやりと笑みを浮かべ、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。

「ふふっ。妄想、コンプリート」


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