四話:ヘタレ非難
予約投稿ですよ、と。
多分これが掲載される頃には僕はテスト期間ですね、ハイ。勉強してんのかな。
とりあえず置き土産に、第四話です。
実のところ、ユウ=クロドアは、別にファゴッドのことが嫌いではなかった。
それどころか、初めてあった時には心を奪われたとさえ思ったほどだ。
『坊や。お姉さんと、良いことしない?』
この一言がなければ、ユウはファゴッドを苦手に思うことはなかったに違いない。
普通に、あこがれのお姉さんとして、好きであったはずだ。その点、ファゴッドは初見の時にしくじったと言える。
ユウの気を惹こうと躍起になる行為――セクハラとか痴女的発言とか――をするたびに、ユウの警戒心は高まっていると言えるのだから。
では、なぜファゴッドはそこまでユウに過激すぎるアプローチを行うのか。
それは――。
☆☆☆
「で、一体何の用事?」
「そんなの、私が愛するユウに会いに来たに決まってるじゃない」
「冗談はいいから、早く言ってよ。……忘れてたけど、急いでるんだ」
「そうかしら? とてもそうは見えなかったわ。私とこうして絡んでいるくら――絡んで? 卑猥ね、ユウ」
「ごめんね、ファゴッド。それじゃ!」
低木が生い茂る林のあいだを、獣道が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。そのうちの一本、タネチコの街正門からまっすぐ東北東に伸びる道は、比較的人間の通行があり、道幅も大きい。といっても、数百メートルも進めば脇道に分岐してしまうのだが。
そんな中央の道に、ユウとファゴッドは、まだいた。まだ、滞在していた。
街正門を出てから一時間は経過しているというのに――まだ、百メートルも進んでいなかった。
ユウにとってはとんだタイムロスだ。
そろそろファゴッドの相手をするのも面倒くさかった。一度一目惚れした相手とはいえ。
「そうか。それでは、本題に入ろう」
ユウが背を向けて歩き出し、本当に帰ってくる気配がないことを悟ると、ファゴッドは纏う雰囲気を急変させた。妖艶な美女の色香から、無機質で鋭角的なプレッシャーへと。
それに伴って口調も変わる。
ユウも毎回、本当は二重人格なんじゃないかと思うほどの切り替えだ。情報屋モード、とユウは密かに呼んでいた。
渋々、といった体でユウは体をこちらに向ける。
「私も、爆龍討伐に連れて行ってくれないか」
「――」
断ろうとした雰囲気を察してか、ユウの言葉を遮ってファゴッドの言葉は続く。
「――なに、邪魔はしない、さ」
言葉尻、最後の部分『さ』だけは、ユウの背後から聞こえた。
「ぁ……な……」
背後を取られていた。
いつの間に。全く気付けなかった。というか何故。さっきまで正面の、十メートルは離れたところに立っていたのではなかったのか。移動はいつした。というかなぜ序列91桁である自分が気付けない。いや、気付けないはずがない。受ける印象から、ファゴッドの序列はそんなに高くないはずだ――。
ユウの脳内を、「?」が埋め尽くした。
通常、序列というものは、相手から受ける印象でだいたいわかる。だが、それは自分よりも五桁以上離れてしまうと感知できないのだ。
例えば序列100桁のものが居たとする。そいつは、序列105桁までなら、相手の序列がどんなものかがわかるはずだ。
ユウの序列は91桁。この理論で行けば、96桁までは、受ける印象――というかわかりやすく言い換えると気配――で、相手の居場所や序列はだいたい読めるはずなのだ。
それとも、97桁より下なのか?
「いや、ただのハイディングのスキルだ。無意識魔法なんだがな、常に発動しているんだ。自分では強弱しかコントロールできない」
無意識魔法とは、血筋や種族などによって受け継がれる、スペルが無い魔法のことだ。詠唱で似たようなこともできるが、無意識魔法の方が効果は高い。
また、一般に無意識魔法といえば術者に関係なく発動しているようなイメージがあるのだが、実際は完全に任意発動だ。
学ばなくとも無意識のうちに習得、使用可能な魔法――それがつまり、無意識魔法なのである。
無意識魔法の起源は、その血族ないしは種族の祖先が使い続けた魔法を、世界の理が覚えて体の一部にしたもので、血に魔法が定着しているのだ――などという根拠のない噂が流れているが、あながち間違いでもない。
例えばファゴッドを例にすると、ファゴッドの祖先が、ハイディングの魔法を多用し続けたのだろう。そして、その魔法は血に書き込まれ、最適化する。
魔法が、その血族に適応したのだ。
そのため、本来己の魔力を消費して世界を捻じ曲げる行為である魔法を、空気中にわずか含まれている魔力で発動できるのだ。ちなみに、空気中の魔力の方がより純度が高いため、効果が高くなる。
無意識魔法の習得には、もちろんそれ以外の方法もあるし、ファゴッドが必ずしも血の無意識魔法習得者である証拠はないのだが、ユウには関係ない。
「だが、一箇所にとどまっていると、空気中の魔力がどんどん消費されてしまうのでな。さ、早く行こう」
ユウの中で、ファゴッドに対する疑問がさらに増えた。
そこまで完璧に気配遮断ができるのなら、強すぎじゃない? と。
なにせ、自分――序列91桁――でも気付けなかったのだから。
ファゴッドが情報屋たる所以を、垣間見た気がした。
☆☆☆
「火口だわ」
しばらく歩くと、遥か先に火口が見えた。ファゴッドは、もうとっくに素の口調に戻っている。
ここまでは緩やかな道で、先は三叉に分かれている。
火山の北側を迂回して東側に到達する臨海ルート。
火山の南側に進み続けて南方砂漠に至る大陸縦断ルート。
そしてこれからユウ達が進まんとするのは、東にまっすぐ急勾配の火山強行軍ルート。
一般人が通るには、それなりの装備と体力、知識がいるこのルートだが、片やタネチコの街を代表する序列91桁、片や中央大陸を代表する変態である彼らにとって、これくらいどうということはなかった。
「まだまだ先でしょ。喋ってたらヘバるよ」
「あら、私のことを心配してくれるのかしら?」
ファゴッドが言の端にからかいを乗せてそう答えると、ユウはぷいっ、と顔を背けてしまった。耳が赤くなっていることから察するに、照れているのだろう。可愛いものだ、とファゴッドは思う。
「……別に、ファゴッドのことを心配してるわけじゃないし。足手まといになられたら鬱陶しいってだけだし」
ユウがファゴッドから顔を背けたままボソッとつぶやく。おそらく聞こえないように言い訳しているのだろうが、ファゴッドの耳にもばっちり届いていた。情報屋の必須スキルの一つ、というやつだ。
「ふふっ」
「な、なんだよー」
「いえ、なんでもないわ。行きましょう」
ファゴッドは、男のツンデレは需要がないわ、と心の中でつぶやくだけにとどめ、あえて言及しないことにする。
山肌から吹き降ろす風が、山歩きで少し熱を帯びる体に心地よかった。
☆☆☆
「よし、今日はここで休憩にしよう」
火山の七合目あたりまで登ったころ、ユウが言った。あたりはちょうど木々がまばらで開けており、地面も多少の凹凸はあるものの、水平だ。野宿をするのに多少の文句はあれど、問題はないといえる。
本当のところは今日中に山頂まで行くつもりだったのだが、思わぬ邪魔が入ったせいで、予定していた位置にたどり着くまでに太陽が西に傾き始めたためである。
「そう。わかったわ」
ファゴッドも小さく首を上下させ、肯定の意を示す。ともに野宿に慣れた二人だ。今更日没よりかなり早くにテントを張り始めたからといって、疑問を持たない。
ただ、二人の場合、一般的な理由――「夜になると獣が活発になる」や「足元が見えない」、「日が完全に暮れるとテントを張れない」など――で火山強行軍をやめたわけではない。
「夜目が効かないんだ、素のままだと」
「明るいうちから始めるのね。良いわ。恥ずかしいけど……優しくして……」
鳥目と痴女の声がかぶった。
みるみるうちにユウの顔が真っ赤に染まる。
ファゴッドはあまり表情を変えないが、普段より表情に羞恥の色が滲む。
「……実は……なの……」
「え?」
ファゴッドはゴニョゴニョと何かをつぶやくが、もちろん聴覚は一般的であるユウには聞き取れなかったので、聞き返した。つい、反射的に。
聞き返してから、やってしまった、と頭を抱える。多分これは爆弾だと悟ると同時、背筋を冷たい汗が伝う。
「実は……めて……。初めてなの!」
「な……なに……が……?」
――なんで聞き返したんだ俺の馬鹿――ッ!
爆龍を討伐しに来て、まだ山頂火口付近に到達せず、火山の七合目にして、ユウはピンチだった。
――もう、ラスボスはファゴッドでいいと思うんだ……。
「その……実は私、処女なの。それはもう、ものすごい耳年増なの」
「へ、へー、そう、なんだ……」
もちろん、ユウには、うまい言葉が見つからなかった。
「と、とりあえず、先にテントを張ってしまおう!」
「え、ええ、そうね。さすがに初めてなのに地べたでその……スするのは、嫌よ」
「墓穴掘った――ッ!」
ユウはついに、こらえきれずに叫んだ。
「ユウは、私のことがキライ?」
「うっ……」
いくら奥手といえどもしっかり性的欲求を持っている十五歳は、言葉に詰まった。どちらかといえばファゴッドのことは好きだし、間違っても嫌いではない。苦手だが。
――いや、待って。俺は一体ファゴッドの何が苦手なの?
そういえば、どうしてユウはファゴッドを苦手だと思っているのだろう。
――発言が痴女っぽいから?
そうかもしれない。
「私は、ユウのことが好きよ」
ファゴッドの瞳の奥が怪しく光った。
――でも、それは俺へのアプローチだったとか?
そうかもしれない。
「私、今まで十五年生きてきたのだけど。人を好きになったのはユウが初めてよ」
少年は懊悩する。前世の記憶がない以上、男女交際は初めてとなる。前世の知識はあるが、役に立たない。
――もしかしてもしかすると、俺がファゴッドを嫌い……というか拒む理由なんてないんじゃない?
そうだ、その通りだ。
ファゴッドはユウのことを溺愛していると考えていい。ユウも、ファゴッドは好きだ。それならばもう、言うことは一つしか――。
結論が、出た。
「ファゴッド」
呼びかけると、ファゴッドの肩がビクッと跳ねる。可愛らしい反応だが、ユウにそんな細かいことを気にする余裕はない。
「な、なにかしら」
「ファゴッドって、俺と同い歳だったんだね」
結局。ユウには、ファゴッドに思いを伝えることができなかった。
完全完璧にヘタレだった。仕方がない。学院に通わず、修行や任務に明け暮れていたユウにとって、異性の知り合いといえばタネチコの街首長バニッシュートくらいなものだったのだから。
前世の知識はあれど記憶はないユウにとっては、これは初めての恋愛なのだ。奥手になってしまうのも――頷ける。
ファゴッドは少し性急過ぎたのだ。奥手な純情少年に、エロいお姉さんポジション(実は処女)でモノを言っても、通じるはずがないのだから。
「…………、」
ユウは、ファゴッドの非難の視線とともに、石を投げつけられるという憂き目にあった。
☆☆☆
――――神界、絶対神ラスタりの居住区画
「うふふ、順調順調☆」
この前掲示板で、「面白そうなこと思いついちゃった」と言っていた件である。
今ラスタリは、とあるモノを火山に向かわせていた。
そう、ユウが爆竜退治の任を受け向かった火山――マール火山の山頂へと。
「ふふふふ」
思わず、笑みがこぼれる。思わず写真で切り取りたくなるような無垢で無邪気な笑顔だったが、その笑顔の本質は、果てしない無機質。
まるで、幼い子供がアリを踏みにじって喜んでいるような――純粋で無垢であるが故の、残酷な笑みだった。
ファゴッドの魅力をうまく引き出せたでしょうか?
彼女を好きになってくれた人が多ければ多いほど、私は皆様に恨まれます。
本当はもうちょっと先になるはずだった展開が、ラスタリが勝手に動いて、ファゴッドがユウに告白(まがい)をしやがったせいで、早まりました。
先に謝っておきますよ。
ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
本当にもう、ごめんなさい。
では、皆様に不安を与えつつ、また。