三話:火山の変態
くあぁあ、と思わず漏れてしまったあくびを噛み殺す。
窓からは柔らかな光が差し込み、必要最低限の家具――ベッド、イス、テーブル、タンス――を柔らかく照らしている。
一夜明けて早朝、日が昇ると同時に起床したユウは、食後の紅茶を楽しんでいた。コーヒーもあるのだが、アレは来客用だ。苦くて飲めない。
と。
脳内に文字板が表示された。掲示板だ。
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五>>System
13th ケン=ノインズ 死亡
死因 トラックに撥ねられる
六>> ネ申ラ☆ス☆タ☆リ(神界)
アハハハハハハ、アハハハ、ヒィーヒィー、トラ、トラックに撥ね、ぶふっ、撥ねられて死ぬ、とか、アヒヒヒヒ、イヒヒヒ!
バッカじゃないの?
せっかく命の危機にあった女の子を助けて、自分が死ぬとか――虫唾が走るじゃないか!
何様だ! 一体何様のつもりだ! 13th、お前は死んで当然だ!
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「ブフッ! ……ぇほ、ゲホ」
1st、ユウ=クロドアは、紅茶を思いっきり吹き出した。
それはもう見事なまでに吹き出した。
そして吹き出た紅茶は、ユウの背丈のゆうに倍はありそうな――もちろん比喩だが――長大で巨大な楯にかかった。
「あーっ!?」
楯の材料は、龍の鱗、爪、骨だ。持ち手の部分のみ、唯一革のベルトが使われているが、それ以外すべては龍、それも白銀龍皇だったモノでできている。紅茶などかかったところで痛くも痒くもないのだが、それでも濡れることには抵抗があった。
もっとも、ただ単に吹き出してしまった紅茶がもったいなかったという理由の方が大きいのだが。
さて、ユウが紅茶を吹き出してしまった理由だが、それは、トラックという単語がチャットに表示されたことに起因する。
この街を見るに、時代、というか文化レベルは中世どまりだ。ということは、トラックなどというものが存在していてはならないことになる。
なのに今、トラックの存在が浮き彫りになった。
ユウは、記憶を持っているわけではないものの、知識としてのトラックを知っている。
トラックとは、アスファルトの路面を走る長距離輸送車両だ。そんなものがなぜ最終世界に? と思い当たり、疑問が浮かぶ。
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七>> ネ申ラ☆ス☆タ☆リ(神界)
これで残りは15人だね
まだ最終世界Ⅰ群に存在する転生者は
八>> ユウ=クロドア(タネチコの街)1st
ねえ
もしかして最終世界の文化レベルって、かなり無茶苦茶なんじゃない?
中央大陸……っていうかタネチコの街は中世なんだけど
九>> ネ申ラ☆ス☆タ☆リ(神界)
そうだよ
一番進んでるのはクズ13thが産まれた地――スカロ帝国
君が元いた日本の概念で言い表すなら、近現代だ
えーっと、君がいた世界は――西暦だったよね。
大体2015年くらいだよ
十>> ユウ=クロドア(タネチコの街)1st
つまり、俺が元いた時代の二十年前、ってことだよね
合ってる?
十一>> ネ申ラ☆ス☆タ☆リ(神界)
そういうことだね
一二>> ユウ=クロドア(タネチコの街)1st
なんでそんなことが起きてるの?
おかしいでしょ?
一三>> ネ申ラ☆ス☆タ☆リ(神界)
え? なにが?
だって――我が最終世界は、ボクが生み出した神々、そいつらが生み出した世界の、すべてを踏襲した世界なんだよ?
何もおかしいことはない
ドラゴンが高層ビルをなぎ倒すし、バルカン砲がクラーケンを貫く世界だよ、ここは
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そんな馬鹿な。
ユウは控えめにそう思った。
もっとも、転生というもっと意味不明なことを経験しているからか、あまり動揺しなかった。
どうやら自分のネジは何本か外れてしまっているらしい。
そう結論付けて、ユウは紅茶(※二杯目)に口を付ける。
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一四>> ネ申ラ☆ス☆タ☆リ(神界)
ただ、人型種族に空を飛ぶことは許していない
文化が交流しちゃうと面白くないでしょ?
いろんな文化があるから面白いんだよ
例えば、魔法使いと帝国軍の化学兵器の戦争とか
何人死んだと思う?
ヒント:レギオノーレス大陸が焦土と化したよ!
ぶっぶー、時間切れ
答えはー、なんと、三十億七千八百万人!
当時のレギオノーレス大陸の知的生命体はざっと四十億くらいだったから、3/4が死んだんだ!
あれは傑作だったよ!
一五>> ネイト=ベラ(クリンス集落)12th
相変わらず狂ってるなぁ、神
おい、1st
爆龍だろ?
一回だけ見たことがあるぞ
十六>> ユウ=クロドア(タネチコの街)1st
本当にー?
どんなの?
教えて教えて
一七>> ネイト=ベラ(クリンス集落)12th
えーっとだな、うちの集落が一度襲われかけたことがあってな
オレ様は逃げ回ってただけだろ、あまり知らねーんだがな、近づいただけで蒸発するらしい。
十八>> ユウ=クロドア(タネチコの街)1st
うん、(あんまり参考にならなかったけど)ありがとうね
近づかないようにするよ
一九>> ネイト=ベラ(クリンス集落)12th
()の中見えてるだろ!?
PM>> ユウ=クロドア(タネチコの街)1st
うん、(あんまり参考にならなかったけど)ありがとうね
近づかないようにするよ
PM>> ネ申ラ☆ス☆タ☆リ(神界)
おーい?
ボクだけに見えるようにしてどうしたの?
どれだけ12thをバカにしたいの?
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ユウは、そこでチャットの魔法を切った
☆☆☆
「いってきまーす」
タネチコの街正門で、ユウは誰に言うでもなく呟いた。
火山に行こうとしているのに白いコート、黒の革手袋、ショートブーツの出で立ちは、見ているだけで暑苦しいのだが、幸い彼を見ている者はいない。
否――いなかった。
「奇遇ね、ユウ。私と一緒に愛の逃避行でもしようか」
ユウから見て死角――門の影からファゴッドが歩み出てくる。
愕然とした。一応中央大陸最強という看板を背負っている身として、気配に気付けなかったことに。
「ああ、気配遮断は情報屋の必須スキルなの」
そんな馬鹿な、というかなぜ服を着ていない、と言おうとした口を、その真っ赤な唇で防がれそうになったので序列91桁の力を全力で解放して逃げる。
百メートルほどタネチコの街の外壁に沿って移動し振り返る。
ファゴッドの姿は――
「見ぃつけた」
真後ろにいた。背後から手を伸ばし、片方はユウの顎、もう片方は股間に届かんとしている。逃げられない。
と、敵に襲われた時の癖で楯に手を伸ばすのだが――。
ファゴッドは、横幅がユウよりもある楯の背後からどうやって手を伸ばしている――?
「っ!?」
首だけを後ろに向ける。
「うわぁぁっ!?」
思わず悲鳴が口から漏れ出るも、無意識のうちだ。
楯の内側にファゴッドがいた。全く気付かなかった。
「なにかしら? 私の顔になにかついてる?」
「い、いや、違、違うけど、なにゃなんで俺と楯の間にはさ、挟まってるの!?」
「だって逃げたじゃない。それに――ホラ」
そういってファゴッドは体を押し付けてくる。
今まで意識していなかったがファゴッドの肉感的すぎる体――主に胸と太腿がユウの背中いっぱいに感じられ――。
「ってなんで俺の服の中にいるの!? さっきは服よりは外にいたのに!?」
「潜入調査に必要なすり抜けのスキルは情報屋の必修スキルなのよ」
「しかもなんで裸――ってうわ、やめて、今はダメ!」
止まっていたファゴッドの魔手が動き出し――ユウの股間と首を襲う。
☆☆☆
「うぇ……ぐすっ、レイプだ……。あれは絶対そうだ、俺は被害者なんだそうに違いないいやきっとそうだいやそうだ被害者なんだ……。うぅ、俺もうお婿に行けない……」
「なによ、結局逃げたじゃない。それに、何もしてないんだからいいじゃない。ってかどうして逃げるのかしら? こんな美人とセ」
「ストップ! それ以上は俺の心の傷が広がりすぎちゃうからストップ!」
タネチコの街正門を出ると、すぐに山がある。天辺が五千メートルはある大きな火山で、麓から六合目くらいまではまばらに低木が生えている。
その火山の麓に、両手両膝を地面につき、頭を垂れながら地面に涙の雨を落とすユウと、近くの切り株に腰掛けるファゴッドの姿があった。
ユウの着衣は乱れており、瞳には光が映っていない。
反対に、ファゴッドの肌は血色がよく艶々と輝いていた。
「それで、私のユウはどこに行こうとしていたのかしら」
「もう突っ込まない俺は突っ込まない何も突っ込まない」
「そうよ、もう突っ込まないの。ユウは私以外のどの女にも突っ込まないの」
「やっぱり突っ込ませて! ツッコミがいないと会話が成立しない!」
「あら、積極的ね。いいわ、好きに突っ込ませてあげる」
そういってファゴッドは股を――
「ちょっと待ってっ!? なんでまだ裸なの!? 服はどうしたの!?」
「そんなことはどうでもいいじゃないの。ほら、私に恥をかかせるつもり?」
「お願いだから服を着て――ッ!?」
叫ぶと同時に、ユウは着ていたコートを脱ぐとファゴッドの肢体を隠す。
「あら、全裸の上にロングコートって……。なかなかマニアックな趣味を持っているのね」
「もう殺して! いっそ殺して! いややっぱいいや自分で死ぬ! ゼ=メリヤ! 《自ば――」
「やめなさい」
手で口を塞がれる。
柔らかい……と一瞬力が抜けるが、すぐに飛び退く。
その反応速度たるや、もはや反射だった。感覚神経でファゴッドから受け取った刺激を、脳で考えるよりも早く脊髄が運動神経に指令を出しているのだ。
本来、反射とは、熱せられた鉄板に触れたときに無意識に手が退いたとか、風で目にゴミが入り思わず瞬いたとか、身体に危機がある場合に一瞬でも早く回避しようと、脳で考える時間を省いた反応のことだ。
それがファゴッドに触れられただけで起きるということはつまり。
ユウの体は、ファゴッドは鉄板や風に運ばれるゴミと同じ――身体へ仇なすものだと認識するようになった、ということだった。
「それで、何の用事?」
深呼吸して、少し落ち着いたユウが言う。視線は緩む事無くファゴッドを睨んでいるのだが。
「私、そんな目で見られると興奮しちゃうわ。……いいえ、発情しちゃうわ」
「発情してるのはいつもでしょ!?」
「違うわ。ユウといる時だけよ」
ユウのロングコートを全裸の上から羽織ったファゴッドが言う。
「羽織るだけじゃなくて、ちゃんと前も閉じてよ!」
「嫌よ。胸がきついもの」
「手で隠すだけでいいから! せめて! 全部丸見えだから!」
「まあ、閉じてあげるわ。あんまりいじめちゃ可愛そうだし。…………それに、ちょっと恥ずかしくなってきちゃったし……」
「小声でつぶやくの禁止! なんか聞こえないと余計怖いから!」
ファゴッドはロングコートの前を閉じた――のだが。
豊満な胸はロングコートの胸の部分を閉じることを拒否させ、結局閉まっているのは上から五つあるボタンのうちの下から二つだけであり、下腹部は隠れたものの、へそから胸の谷間、鎖骨と、上に行くに連れて大胆に開いている。
何が言いたいのかというと――。
「あぁ、こっちのほうが全裸より余計扇情的ね。いいわ、ユウが望むから今日はこの格好でいることにするわ」
「あぁ……、もう、それでいいよ……」
「それとはい、これ」
「ん? 何?」
ファゴッドは、木の洞から何かを取り出すと、ユウに手渡した。
「私の服。ユウのカバンに一緒に入れといてくれるかしら」
「持ってるんなら着てよーっ!」
ユウの絶叫が低木の林を揺する。
「嫌よ。こっちのほうがユウの目をひけるもの。その変わり――」
ファゴッドの怪しげな発言に、ユウの喉は無意識に上下運動する。
「――それ、私の下着をあげるわ」
そう言って、さっきユウに渡した衣服が入っているカバンを指差した。
「というか、ここに服があったっていうことは、もしかして」
「ええ、そうよ。門でユウを待ち伏せしている間中、ずっと全裸だったから」
「痴女だ! 痴女がいる!」
「誰かに見られるかもしれない、あんなはしたない格好をしているところを誰かに見れれているのかもしれない、そう思っただけで――すごく興奮したわ」
「ド変態がいる!」
ルパソ酸性さまより、イラストを描いていただきました!
ユウくんです!
ありがとうございました!
私も書いたんですが、どうもポーズをつけると不自然になってしまうんですよねぇ……。
ルパソさんからは技術を盗ませていただきます。またいずれ。
http://twitter.com/rupasosannsei/status/289754774386143232/photo/1
注釈:実際にユウが持っている楯はもっとでかいです。
この楯も、機会があれば登場する……かもしれません(((o(*゜▽゜*)o)))
今度暇があれば、フルカラーの「神龍燐の双楯」も投稿します。
現在、1stユウと、2ndのイラストを「絶対神ラスタリのメモ帳」に投稿中です。
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