二話:掲示板魔法
二話が完成したので予約投稿です。
首長室がある街の南部の路地裏。
石が敷き詰められており、ジメジメとした昼間でも薄暗い夜の通路を、コツ、コツ、と足音を鳴らして歩く少年がいた。
白い髪に赤のメッシュ――ユウ=クロドアだ。
ユウ=クロドアは、転生者である。
しかし、前世の記憶はない。この世界に持って生まれたのは真っ白な何もない空間と、神ラスタリの言葉、そして前世の知識と――。
「ゼ=リブランシェ。《神の視点》」
神から与えられたこの世に存在しないはずの魔法語「リブランシェ」である。
その魔法語の意味は「閲覧」または「繋ぐ」であり、要は離れたところと離れたところを繋ぐ魔法だ。
しかし近未来日本の知識を持つユウ=クロドアは、この魔法のことを知識として知っていた。
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一>> ユウ=クロドア(タネチコの街)1st
今誰かいるー?
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脳内に直接浮かぶ画面に、ユウはそう書き込んだ。
初めてこの魔法の使い方がわかった時には驚いた。『うおっ、掲示板じゃん』と、自分の口から出たのは未だに記憶に新しい。
と、画面がスクロールする。
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二>> ネ申ラ☆ス☆タ☆リ(神界)
ボクがいるよー
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神に無理やり転生させられた転生者の原則として、皆神に対して大なれ小なれヘイトの感情を持つ。
当たり前である。いきなり人生がシャットダウンされたと思ったら右も左もわからない異世界に転生させられたのだから。
ゆえに、神が掲示板に出没するたびに、画面が実体を伴っていたならば叩き割ってやりたいと思うのだが、残念ながらモノは己の脳内に有り、そういうわけには行かない。
だから返信する。
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三>> ユウ=クロドア(タネチコの街)1st
あ、神しかいないのか
じゃあいいや、誰か次にここ見た人へ
誰か「爆龍ドゥール・グリード」についての情報持ってない?
明日くらいに多分また来るから、その時に知ってたら教えてくれない?
じゃーねー
四>> ネ申ラ☆ス☆タ☆リ(神界)
ぶー、もっとお話しようよー、君たち転生者が何もしないから暇なんだよー
あぁ、そうだ
面白そうなこと思いついちゃった
うふふふ、アハハハハハ
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この掲示板は、一五年前に神が異世界から無理やり転生させた一八人にのみ閲覧可能だ。
ユウは主に情報を得るためだけに使っており、それは他の転生者にしたって同じである。
そして今回ユウが書き込んだ「爆龍ドゥール・グリード」とは一体なんなのか。
話は、数刻前にさかのぼる。
☆☆☆
「序列91桁最上級王宮騎士、『銀の龍殺し』ユウ=クロドアさん」
目の前のバニッシュートが口にした名は、ここタネチコの街では知らぬ者のいない、中央大陸最強の名を冠する騎士の名前だった。
この世界では、中央大陸の中心やや南よりを中心に太陽の通り道が有り、タネチコの街はちょうど、一番その太陽の通り道――赤道――から遠い場所にあった。
中央大陸から東に進むと英雄大陸、さらに東に進むと暗黒大陸、その東は北西大陸、その北西大陸の南にレギオノーリス大陸があり、北西大陸とレギオノーレス大陸の東に中央大陸、というふうに一周する。
しかしいまだに世界一周を成し遂げた破天荒な人物はおらず、このように世界は球体で、丸くなっている、というのは伝聞の伝聞の伝聞をつなぎ合わせた結果でしかないのだが。
さて、その中央大陸だが、ちょうど赤道に沿うように南北に伸びており、タネチコの街は北部に、南端部には砂漠が広がっている。
そしてタネチコの街から砂漠がはじまる少し北の部分にかけて、造山帯が広がっている。世界をほぼ半周する長い活断層だ。この活断層をタネチコの街では「オルギノスの怒り袋」と呼称している。
造山帯に沿う火山の噴火が激しいがゆえのネーミングである。命名は今の首長バニッシュートであり、三賢や秘書マッキンは「そのような可愛らし……ふざけた名前ではいけません」と止めたのだが、彼女は聞く耳を持たなかった。その後バニッシュートが実は少女趣味だったことが判明するが……彼女もまだ二一歳であるから、としてユウがお茶を濁したのは別の話である。
盛大に話がそれたが、「B-ドルトレイク」討伐任務から帰還したユウに早速与えられる任務が、
「最近、ここタネチコの街から南東に三キロメートル程進んだところにある『マールの大口』で、龍種を見たという報告があります。龍殺しであるユウさんには、討伐は楽勝ですよね?」
「多分……楽勝じゃないかなー?」
ユウは首肯した。
「地元猟師の証言によると、赤い体をしており、火を噴いたそうで、火龍種だと推測できます。名前は確か……えっと、『ルーちゃん』です」
「首長。『爆龍ドゥール・グリード』です」
秘書マッキンのツッコミが入り、バニッシュートは沈黙する。
「そいつを倒せばいいんだよね? 俺が。うん、ちょっと行ってくるよ」
「待ってユウくん」
バニッシュートの口調が、首長たらんとする敬語(かなり危ういものだが)から、お姉さんが近所の男の子に接するそれに変わる。
「なにかな、お姉ちゃん」
それに合わせて、ユウの口調も変化する。
別に血が繋がっているわけではないが、ユウの両親が若くして亡くなって以来、バニッシュート家に引き取られた幼きユウは、バニッシュートと一緒に暮らしたのだ。姉弟といっても誤りはない。
「今度も――絶対に無事に帰ってきてね」
「うん、わかってるよ、お姉ちゃん」
言って、ユウは部屋を後にした。
☆☆☆
再び時間は戻って、薄暗い路地。
爆龍ドゥール・グリード、とは、最終世界黎明期の頃に神ラスタリが作り出した火を司る神龍、龍王種神龍科霊聖目「朱血龍鳳」の眷属である。
眷属といっても下っ端の下っ端であり、人型ですらない低位の雑龍で、猟師とそこそこの重火器があれば無傷で討伐できる雑龍なのだが。
しかし、ドゥール・グリードの恐ろしいところはマグマに潜み、その潜行期間中は体の皮膚中からマグマを吸い込んで自分の体を強化していくところにある。
吸収は生まれてから死ぬまで、マグマの中にいるときは半永久的に行われるために、何十年もマグマの中で眠りについていた爆龍は、非常に強大な力を持つといっていい。
生まれて数年から十数年かそこらの若い爆龍なればたいした驚異ではないのだが、もし今回現れた爆龍が何年も眠りについていた古龍であった場合はいかなユウといえども身の危険を感じずにはいられなかった。
そこで。
ユウは行き先もなく歩いていたわけではない。
路地を抜けた先にあるちょっとした噴水広場に、とある人物を呼び出していたのだ。
「やあ、ファゴッド。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
中央大陸では珍しい燃えるような灼熱の長髪に双眸、童顔でありながら長身で、男の目を捉えて離さないプロポーションを誇る彼女の名前はファゴッド=リレイ。
表の顔は痴女であり、裏の顔はこっちの世界では知らぬ者のいない「情報屋」である。
私の知らない情報は神すらも知らない、という大げさなキャッチコピーを掲げており、事実、ユウが何を聞いても答えられなかったことは今まで一度たりとも無かった。
「何を教えて欲しい? 好きな体位かしら? それとも私の味? 良いわ、今から私の家に行きましょう」
ファゴッドの大きく開いた胸元からかすかに香る淫靡な香りに少しクラっとなりながらも、ユウは言葉を紡ぐ。
「それは今度にしておくよ。今日は情報屋としてのファゴッドに話しかけているんだ」
瞬間。ファゴッドのまとっていた色気が、見るものの目を見開かせる妖艶なオーラに変貌する。
「ほう、どんな情報が聞きたいのかね?」
女性にしては低い、耳朶をくすぐるような甘いハスキーボイスは変わらないが、声が急激に硬質化する。
「爆龍ドゥール・グリードが、マールの大口――えっと、『マール火山』に過去何年出現していなかったか教えて欲しいんだ」
「四二年だ」
ユウは、調べて欲しい、ではなく教えて欲しい、と言った。
そして答えることができたファゴッドが、いかに凄腕の情報屋であるかは一目瞭然だ。
「それで、お代なのだけれど、」
「タネチコ通貨金弊で良いよね!」
ファゴッドの声が再び軟化したのを敏感に感じ取り、ユウは彼女の声を遮ってタネチコ通貨金弊を叩きつけるようにして手渡した。
タネチコ通過金弊は金色の金属を薄っぺらく引き伸ばしたものであり、叩きつけたりなんかしたらそこそこに威力があるものなのだが、ファゴッドの手には傷一つない。美しい手だ。
「こんなものはいらないわ。お代は、ユウの童貞の方が良いのだけれど」
「それはまた今度ね」
今度が来た試しはないのだが。
「それじゃあユウ、筆おろしして欲しくなったらいつでも私に言って頂戴ね。すぐに駆けつけるから」
言うと、ファゴッドは歩いて行ってしまった。
ユウは肩肘に込めていた力を抜く。危なかった。どうして彼女は会うたびに自分の貞操を奪おうとするのだろうか。
恋愛感情に疎いユウにはよくわからなかった。
まあ、ファゴッドの感情表現は露骨すぎるような気もするのだが。
ファゴッドが歩み去り、残されたユウは、双楯を背負い直すと、そろそろ灯りが消え始めた夜のタネチコの街に身を紛れ込ませた。
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返信は遅くとも三月中には致しますんでよろしくです。
なお、この小説は大体2000文字~4500文字程度で続いていきます。
(2013,2,22:文章改正)炎煌龍王→朱血龍鳳