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最終世界の神を  作者: たしぎ はく
1st program:白銀は穿ち
2/7

一話:酒場の楯士

 安酒場、とまではいかないが、十分に年季の入った酒場を、喧騒が満たしていた。


「ビール! もう一杯!」

「酒たりねーぞ!」


 と、酔っ払いたちの声が飛び交う中、入り口のドアを蹴破って入ってきた男達がいる。


「オラぁ、ザコどもは帰ンなァ!」

「さっさと出てけやァ!」


 十数人の男達は、椅子や机を蹴飛ばしながら、店内の客を追い出していった。いい営業妨害である。

 と、そんな中、席をたたなかった少年がいた。十五歳くらいの、赤いメッシュの入った白髪の少年だ。少年は男たちの声に気づいていないのか興味がないのか、目の前に山と詰まれた料理と格闘していた。


「あの、お客様。奴らは近頃この辺りを荒らしている「B-ドルトレイク」という山賊です。お代は結構ですので、お逃げください」


 少し焦った囁き声で、店主が少年に言うが、少年が返したのは、「今、食べてるんで」というジェスチャーだけだった。


 それを、男達の中の一人が目ざとく見つけ、罵声を叩きつける。


「オイ店主ゥ。オレらのバックには王宮騎士団がついてるんだぜェ? ……こんなボロい店、明日には畳ませることだって簡単だァ。さっさとそこのガキ追い出せやァ!」


 それに対する店主の対応は迅速で、再度少年を追い出しにかかる。

 「B-ドルトレイク」は、汚れ仕事をさせるために王宮が抱える山賊であるために、下手に反抗しようものならこちらが悪者扱いされてしまうのである。

 ゆえ、店主は必死だ。つとめていた魔法機器会社をやめ、酒場を開いて三年。経営がやっと軌道に乗り始めたところなのに、こんな所で路頭に迷ってたまるか!

 しかし、マイペースに目の前の料理を口いっぱいに頬張る少年に危機感は無い。それどころか、たいして高い食材を使っているわけでは無いもののそこそこ美味しい、としかいえない安酒場の飯を、さも世界で一番美味いものを食ってます! というような笑顔で頬張るのである。店主冥利にはつきるけど、今はそうじゃないんだって!


 と、ここで、さすがに痺れを切らしたか、男達の一人、ツルツルのスキンヘッドが少年のテーブルに歩み出た。


「ねぇ、君ィ。もう良い子はお寝んねの時間でちゅよ~? さっさと出ていきましょうね~?」


 男たちのグループから下卑た笑いが起き、店主が愛想笑いを必死に浮かべるなか、少年が口を開いた。


「おふぃふぁんふぁちほふぁかふぁったら、ふぁれふぁいひはんじょふぇつふぁたふぁいの?」

「飲み込んでから喋れやァ!?」


 スキンヘッド、最高のツッコミが入る。


 ごく、と口内のものを燕下した少年は、再度口を開いた。


「えーっと、お兄さんたちのなかで一番序列が高い人は何位?」


 序列、とはイコール神からの寵愛度を指す。これが高ければ高いほど神から愛され、また、世界に貢献していることを指す。

 そしてその序列は、この世界にあるものならあらゆるものが持っていた。

 例えそれが人間だけでなく、星や木の一本一本、海の砂の一粒一粒に至るまで。


「私だ」


 入口の柱にもたれかかって状況を静観していた優男が言う。

 ややワイルドに見える髪型が飾るのは、帝国あたりにゴロつくマフィアっぽくて、女性に人気のありそうな整った顔だ。青みがかった長髪を白く太いベルトで肩甲骨のあたりで無造作にくくっており、髪先は腿のあたりで揺れている。

 その服装は、落ち着いた格好良さの中に機能性を兼ね備えたポロシャツとスラックス。吟遊詩人かホストですと自己紹介されてもきっと誰も不思議に思わないだろう。

 青年が続けて言う。


「序列93桁だ。正式な数字も言おうか?」

「いえ、それはいいです。93桁もあったら大変でしょう? 無量大数を超過してますから」


 人間の平均序列は103桁だ。新生児は生まれてから五年くらいは生きるために序列が高めになっているのだが、それでも何もしなければ減少していく。

 そして普通の一般人が死ぬまでに上げれれる序列は平均して1桁ほど。

 ゆえ、この男の序列は相当に高いと言える。


「あー、じゃあいいや。うん、帰っていいよ(・・・・・・)


 序列は、自分より2桁以上上になればなるほど逆らえなくなる。

 といっても、2桁くらいでは大したこともないのだが、それが10桁も離れているとなるとまず命令に逆らうことはできないと考えていい。

 

 しかし。

 93桁だと名乗った青年に、見た感じ100桁を超えていないだろう少年は。

 あろうことか、帰ってもいい、つまりお前らに興味はないと言外に言いはなったのだ。

 取り巻きがキレた。


「テメェ、ギースティ様に向かってなんて口を!」「ふざけるな死ねコラぁ!」「いや待て、捕まえて売れば、このツラだ、好事家のジジィかババァに高く売れるぞ!」「……ナァ、売る前に俺に抱かせてくれよ、ハァハァ」


 少年の尻の危機が訪れたわけだが。

 彼はまるで気にした風もなく、食事を再開した。まるでB-ドルトレイクなど見えていないというかのように。


 ガッ!


 と、黙っていた93桁の青年――ギースティが少年の目の前の机を蹴った――否、蹴り飛ばした。

 机の序列は100桁かそこらである。

 机は吹き飛び、乗っていた数々の料理を撒き散らしながら、粉砕した。


「なぁ、小僧。俺の序列がなぜここまで高いかわかるか?」


 少し尖った口調に変化した青年が言う。


「――序列が高めな新生児や幼児を攫って来ては殺しを繰り返したからだ」


 続く。


「わかるか? つまり、私はお前を殺すことに躊躇いは無いってことだ」


 少年が口の中にあったチキンを飲み込んだ。そして息を吸う。


「最後通牒だ。死にたくないのなら――」

「お兄さんの馬鹿ッ!!?」


 喉よ潰れろと、天よ裂けろと、あらん限りの大声が少年の口で発せられた。気のせいか涙目になっている気もする。

 

 鼓膜が破れんばかりの大音響に、ギースティは耳を抑え顔をしかめる。

 93桁である彼の鼓膜が異常をきたすだけの大音量に、この場で一番序列の低い、ギースティ一味の下っ端数名が耳から血を吹いて倒れる。ちなみに、そいつらよりも序列の低い店主が倒れなかったのは、店においては店主が一番偉い、という神が定めたルールにより店主を傷つけることができないからだ。


「ッ! ッ!?」


 ギースティは驚きの声を発するが、果たして自分が何を言っているのか聞き取れない。


「ゼ=ゴーディ=スイ! 《癒しの水》!」


 しかしさすがは場数を踏んでいるだけの事は有り、咄嗟に治癒魔法を唱えて自身の耳を回復させた。


「食べ物をさぁ、粗末にするのはいけないと俺は思うんだけど、お兄さんどう思う? 今なら反省文三百枚で許すけど」

「ッ! 知るか!」


 一瞬少年の放つ気配に飲み込まれかけてギースティはしかし、己を保ち直して言った。


「ああ、そう。口で言っても聞かない奴は殴る、だっけ。いいよね」


 言って、少年は酒場の壁に立掛けてあった()を持ち上げた。高さはギースティ一味一番の大男であるスキンヘッドの身長を優に超え、横幅は少年の片腕くらいある巨大なタワーシールドだ。

 表面はなんの生物かわからない、傷一つない白銀の光を放つ鱗や爪が覆っている。

 そう、その楯は、楯であるにもかかわらず、傷が一つもついていなかった。それが意味するのは一つ。恐ろしく硬い素材で出来ている。


 ギースティの喉が無意識に上下する。


「お、おい坊主。そんなデカイ楯、振り回せるわけがないだろ?」


 声が震えるのも仕方がない。それだけ、その楯はものすごいプレッシャーを周囲に撒き散らしていたからだ。


「うん? 余裕だよ、軽いし」


 一枚でも心臓が止まりそうな威圧を放つその楯が、二つに分かれた。

 ギースティは己が目を疑った。

 分裂したのではなく、同じ大きさの楯が二枚重なっていたのを、はがして二枚にしたのだ。

 そんなもの、十五やそこらの少年が振り回せるはずもない。いや、人間でも、人型種族で一番の腕力を誇るオーガでさえも生身で振り回すのは難しいはずだ。


「お兄さんよりも軽いと思うよ?」


 その楯を、少年は肘から先の腕部にベルトで楯に固定する。世にも奇妙な、二刀流ならぬ二楯流だ。


「な、馬鹿な!」


 当たり前だ。縦二メートル、横七五センチメートルはある大楯を、持ち上げることすら不可能に見えるそれを、二枚も軽々と振り回しているのだから。ギースティが戦慄するのはある意味当然だといえる。


「これさ、龍王種神龍科霊聖目、白銀龍皇の鱗なんだ」


 龍とは、大きく三つの種類に分けることができる。序列が65桁~80桁程度の雑龍種、50桁~55桁くらいの龍種、45桁~50桁くらいの龍王種である。

 その龍王種の中でも白銀竜皇はかなりの高序列に区分される種族だ。

 一人(、、)で世界の半分を壊滅させられるだけの戦力を持つとされ、その鱗の硬度は絶対神ラスタリの作り出したものの中でも百番目以内には入る。

 そしてその鱗の驚異は、所有者に重さを感じさせないことである。


 例えば、鱗一枚でもギースティは持ち上げることはできないが、その鱗がふんだんにあしらわれた楯を少年は振り回している。


「この楯の序列は92桁。銘は『神龍鱗の双璧ルーズレス・フォートレス』。お兄さん、覚悟は?」


 ギースティはその言葉に対してなんのアクションも返さなかった。

 口から泡を吹いて失神している。


 少年はそれをチラ、と一瞥すると、つまんないや、とだけつぶやき、酒場をあとにした。

 しかしお代を忘れていることを思い出し、すぐに取って返してタネチコ通貨金弊を置くと、再び酒場をあとにする。


 あとには無力化された「B-ドルトレイク」の連中と、同じく失神した酒場のマスターが残された。


          ☆☆☆


 赤い絨毯に丁寧な金の刺繍、落ち着いたワインレッドの壁紙、シャンデリア、濃い桃色に染色されたなめし革のソファーがある。

 タネチコの街議会首長室だ。


「終わったよー、バニッシュートさん」


 少年の底抜けに明るい、ともすれば阿呆に聞こえるまるで場違いな声が、先ほどの酒場からほど近いこの部屋で発せられた。

 戒律や条例が厳しく、首長の命令は絶対であるこの街で、このような態度を取れば懲罰ものである。――が、少年をたしなめるものはこの場にはいなかった。


 いるのは首長バニッシュートと、その秘書マッキン、三賢と呼ばれる三人の幹部たちだけだ。

 この街で一番偉い立場にいる者たちが揃っているのに、少年が自由に振る舞えるわけは。


「B-ドルトレイクの連中を対峙する任務の完遂を認めます。お疲れ様です」


 続く。


「序列91桁最上級王宮騎士、『(しろがね)の龍殺し』ユウ=クロドアさん」


 非常識はほどに馬鹿でかい楯を背負った少年――ユウ=クロドアがこの場において一番序列が高い――つまり、この街で一番偉いからに相違なかった。




 

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