最終神話:序章
最終世界の神位争奪戦
「ねえ君たち。ボクの世界においでよ」
とある世界を治める神が言ったその瞬間。
異なる時間軸空間軸に存在する人間やエルフ、悪魔や天使、男に女、有知能生命一八人に、神の声は届いた。
少年少女は、真っ白な何もない空間にいた。気づいたら、いた。
誰もなにも喋れない。
脳が理解を放棄しているのだ。
☆☆☆
第15世界α線。そう、神が区分する世界がある。
少年――遠塔遊也は、朝、喉の渇きを覚えて目が覚めた。
ややかすむ頭で、寝ぼけた顔のまま一階におり、冷蔵庫のドアを開け、舌打ちした。水がなかった。一ヶ月前から水道が止められているのを忘れていたのだ。
それもそうだ。
世界を襲う地球温暖化のせいで南極の氷が全て解け、海面が上昇したのを第一段階として、更に気温は上昇。海の水はだんだんと干からびていき、その上、現在人間は特殊装備なしでの地上での生活が困難となっているのだ。
つまり、世界的な干ばつが起こっているわけである。
飲料水は最初こそあったものの、もちろんどんどんと減り、水の星と火星人から称された地球も、火星と同じ様な有様になり始めている。
火星人からの援助は受けられない。彼らは火星という過酷な環境に耐える為適応し、生活に水が必要なくなった地球人たちだからである。
よって、現在の主な飲み物は、家畜の乳、また、血、さらにひどいところでは尿などとなっている。
水分は貴重なのである。遊也は、少女の尿に六桁の値段がついているのを見たことがある。
少年にはそのような趣味はないため、冷蔵庫には牛乳が入っていた。
比較的飲みやすいものだが、遊也は牛乳が嫌いだった。あの口の中に粘ついてくる感じが嫌いなのだ。
しかし贅沢は言ってられない。
一番最近水を飲んだのは一ヶ月前だ。
喉の渇きは怖い。
遊也はひび割れたコップを取り出すと、牛乳を注ぎ、口をつけた。
そして。
その瞬間、遊也の生命活動は停止した。
☆☆☆
第15世界β線。そう、神が区分する世界がある。
少女――丸川来夏は、汗を流していた。
彼女は、空手少女である。
惜しくも一位は逃したものの、全国二位と、堂々たる結果を残している。
そして彼女は太極拳や柔術、徒手格闘術にも通じ、飛び道具なし一対一の近接戦なら世界クラスで見て稀に見る天才でもあった。
しかし、空手単体では日本の中ですら一位になれない。敗因は、油断によるミス。
コーチからも強く叱責され、翌日からは練習メニューが同門の少年少女の三倍になった。
最初こそ根を上げたものの、来夏は徐々にその練習についてくるようになった。
その来夏がロードワーク――もちろん他の同門より三倍の距離――を走り終わり、丁度良く見つけた自動販売機でスポーツドリンクでも買おうかと鉛色に鈍く輝く硬貨を取り出し、コイン投入口に入れ――。
そして。
その瞬間、来夏の生命活動は停止した。
☆☆☆
第2世界位相空間軸。そう、神が区分する世界がある。
少年、ペドゥーサ=グレゴイルは、教官からお叱りを受けていた。
少年といっても、ペドゥーサが生を受けてから一二八年が経っている。しかし、人間で言えば一二八歳は一二~一三歳といったところである。
そして、少年は悪魔である。
悪魔の主な仕事は死んだ生命の魂の、地獄への運搬。送る魂を間違えたり、送り場所を間違えたりなどした日には、閻魔の首が飛ぶ。
だから、悪魔の幼体――六五歳~二百歳――は、教導院で義務教育を受ける。
ペドゥーサは、一般的に言うと不良に分類される。
といっても、授業態度が悪いとか、同級生に理不尽な暴力を振るうとか、そんな生徒ではない。
むしろ、同級生からはヒーローとして崇められており、本人としてはそれをこそばゆく思っている。
自分が気に入らない人間を片っ端から殴っていたら自然にそうなった。
つまり彼は、人一倍正義感が強いものの、不器用がゆえ暴力という形でしか表現できないのである。
そんな彼は、教官から罰としてグラウンド十周を命ぜられた。
これはこの教導院で一番軽い罪に当たる。
教師だって、ペドゥーサが悪くないことは分かっているのだ。
ただ、殴った相手が悪い。なんだって上級悪魔の跡取りだからと威張り散らしてるバカばっかりを殴るのだ。お咎めなしにしたらこっちの首が飛ぶ。そういういろいろな思惑が混じって結局、一番軽い罰が与えられることと相成ったのである。
おとなしく彼はグラウンドを走ろうとして、靴紐がほどけていることに気がついた。
靴紐がほどけた状態で走るとせっかく父からもらったお気に入りの靴の靴紐が汚れてしまう。そう考えた彼は、靴紐を結ぶべくしゃがみ。
そして。
その瞬間、ペドゥーサの生命活動は停止した。
☆☆☆
第1世界α時間軸。そう、神が区分する世界がある。
少女――ラオ=セラフィムは、熾天使と呼ばれる種族である。
彼女は、毎朝学校へ行く前に、新聞配りの手伝いを日課にしている。
天使稼業はまずお手伝いから。なんとかいうえらい天使が言った言葉であるが、ラオはその言葉を鵜呑みにし、頼まれてもいないお手伝いを片っ端からやったりもしていた。
もちろんヘマはしないし誰にも迷惑はかけないので、彼女は良く朝礼で褒められる。
そして学校へ行き、天使としての仕事や基礎技能、歴史を学ぶ。
学校は、小学校と高等学校があり、小学校は七十歳から一二〇歳、高等学校は一二一歳から一八〇才の天使が通う。少女は、一四六歳なので王立ミカエル高等学校に通っていた。
朝のHRを聞き流し一時間目の授業が移動教室だったため数人の友達と連れ立って移動していたとき、急な尿意を感じ、友達に先に行くように言って足早にトイレに行った。
用を足し、ハンカチをくわえながら、手を洗おうと聖水の井戸から水を組み上げようと桶を放り投げた。
そして。
その瞬間、ラオの生命活動は停止した。
☆☆☆
第4世界平行時間群8群。そう、神が区分する世界がある。
少女――ミリムは、森の櫓にて敵――人間が迫るのを見張る番だった。
この番は、三時間ごとに交代され、ミリムの住むエルフの村民全員で行う。今日はたまたまミリムの番で、運の悪いことに深夜の仕事だった。
睡眠に抗おうと憧れのパン屋のお兄さんのことを頭に思い浮かべる。
ミリムは、今年八歳になったところだ。
近所のパン屋のお兄さんはミリムに優しくしてくれる。だから、ミリムはパン屋のお兄さんのことが好きだった。
そしてパン屋のお兄さんで思い出した。
今日は夜番だと言うと、パンをくれたのだ。
ミリムは横に置いてあったバスケットから、優しいエルフのお兄さんが焼いてくれた細長く固いパン――人間が言うにはフランスパン――を取り出すと、かじりついた。
そして。
その瞬間、ミリムの生命活動は停止した。
☆☆☆
第4世界並行空間軸8群。そう、神が区分する世界がある。
少年――ラクサ=マガツチは、ダークエルフだ。闇に紛れ闇に生き、闇に潜む。
肌は黒く、瞳だけは爛々と赤く輝いている。
彼は、二八歳。去年成人したばかりだ。
そして成人一周年の記念に、森のピソックという動物を狩りに来た。
ピソックは、柔らかい筋肉をしていて、森の中を縦横無尽に走る。エルフとダークエルフでもめた時にどちらがより早く仕留められるかに用いられるほどポピュラーな動物だ。
しかし、なぜかエルフはピソックのことをシカと呼ぶ。
人間がそう呼んでいたのを真似しているそうだ。
そんな雑念を振り払うようにして、一度弓の弦をはじき、矢をつがえる。引き絞って矢を放った。
そして。
その瞬間、ラクサの生命活動は停止した。
☆☆☆
第8世界99群α線。そう、神が区分する世界がある。
生物――ドラコ=ベリオネル=ミズルは、龍である。光を反射してきらめく水色の鱗を持ち、水を司る神として崇め奉られている。
ドラコは龍ではあるが、悪龍ではなく、世界の平和に貢献していた。
今日も今日とて、干魃に苦しむ地域に雨を降らせるため、寝床である神殿から出て、力を行使するための準備をしていた。
雨を降らせるのにはとても気を遣う。うかつに降らせでもしたら、環境が滅茶苦茶になってしまうからである。
ゆえ、ドラコは、空気中の水蒸気、湿度、風向きなどを計算し、どこに何時間雨を降らせても大丈夫かの計算をしていた。
そして干魃地域に雨を降らせる時間帯、場所を計算で出し、雨を降らせるための力を解放した。
そして。
その瞬間、ドラコの生命活動は停止した。
☆☆☆
第21世界α空間軸。そう、神が区分する世界がある。
少年――神鳴臣達也は、全部で八つある魔族八ッ柱のうち、雷を司る神鳴臣家の嫡男である。
魔族とは、魔法を行使することが可能な種族のことを差し、魔法が使える以外は人間となんら変わりはない。
しかし、魔族と普通の人間の関係は、貴族と平民であるため、魔族、それも八ッ柱の嫡男ともなると、政治に深く関わっていくことになる。ゆえ、八ッ柱名門中の名門、序列一位の神鳴臣家の後継がちゃらんぽらんとあっては一族の沽券に関わる。
だから、達也は言葉を話せるようになった時から英才教育を始めている。
今日は17歳の誕生日、そして成人として神鳴臣家を継ぐためのお披露目パーティ。
名門神鳴臣家の嫡男として、万に一つでも粗相があってはならない。
達也は緊張など忘れる位に緊張しきっていた。
辛うじて式の順序こそ覚えているものの、戴冠式で言う演説の内容が怪しい。だから、ポケットからとりだした演説の原稿を読み始める。
そして。
その瞬間、達也の生命活動は停止した。
☆☆☆
第13世界α線。そう、神が区分する世界がある。
青年――レ=オルトローレは、代々神に仕え、神のために一生を終える神任族の長であった。弱冠二三歳での長襲名は異例中の異例であり、最年少記録を五十歳近く更新している。普通は、老い先短い七十歳くらいの神任族が務めることからも、異例がうかがい知れる。
それだけ、オルトローレは優秀であるのだ。
一五歳にして水上を渡るための道具「船」を発明し、二三歳では神のお告げを聞いた。神任族では、神のお告げを聞けば一人前であり、一人前となれば長の役が与えられる。その時にはもう、先代の長は神の声を聞くことがなくなるという。
今日も神の御声を聞くため、瞑想を行っていたところ、「ねえ君たち。ボクの世界においでよ」という声を聞いた。今までの神とは違う声であり、内容も理解できなかったが、オルトローレは言う。「それが神の御心とあれば」、と。
そして。
その瞬間、オルトローレの生命活動は停止した。
☆✩☆
第7世界β空間軸。そう、神が区分する世界がある。
少女――メイ=クリフは、人鳥であった。人でありながら翼を持ち、空を駆ける種族。それが人鳥だ。
メイは村の大お婆さんの持病によく効く薬草――アノーテヘルという植物を摘みに、キカミハラという標高七千メートルの山に来ていた。人鳥にとって七千メートルはど苦ではなく、むしろ麓より生活がしやすい気もする。
アノーテヘルは標高が高く日当たりが良いところに群生する、可愛らしい白い花だ。この花を煎じて飲むと、どんな病気もたちどころに良くなるという、魔法の植物なのである。しかも、取りやすいところに大量に群生していて、繁殖力も強いので、人鳥はよくアノーテヘルを摘みに来る。
今日だって、吹雪もなくからっと晴れていて、順調に行けば三十分ほどで帰って来れるだろう――そう読んでいた。
メイはアノーテヘルを見つけると、それに手を伸ばす。
そして。
その瞬間、メイの生命活動は停止した。
☆☆☆
第6世界位相空間軸。そう、神が区分する世界がある。
少女――フゥシェンは、光司族という、太陽を司り、太陽から恩恵を受けて生活する超少数部族の一人だ。
光司族は光を操る魔法を行使できる。
魔法があまり認知されていないこの世界において、光を操る魔法というのは、奇跡の賜物であった。ゆえ、光司族を神、または神の御使いとして崇めうキリフト教なる宗教が誕生したりもしていた。
しかし光司族の本質はマイペース。崇められようがどうしようが自給自足のスローライフは崩さない。
フゥシェンもそうだ。今日も彼女をやたらとありがたがる人間たちの前で、ポーキーという棒状のお菓子を無表情にほおばっていた。フゥシェンの前に千は優に超すであろう人だかりができていても、表情一つ変えない。
彼女は無表情に次のポーキーを取り出そうと箱に手を突っ込んだ。
そして。
その瞬間、フゥシェンの生命活動は停止した。
☆☆☆
第3世界α線。そう、神が区分する世界がある。
青年――ベナートは、人間からドワーフと呼ばれる、一族全員が筋肉質になるという血を引く一族のうちの一人だった。体が筋肉質なだけで人間と何ら体のつくりは違わないが、ドワーフと呼ばれ、なかば精霊のように祭り上げられている理由は、筋肉質以外にももう一つある。一族に一子相伝で伝わる鍛冶技術が全世界シェア九五パーセントだからである。それだけ彼らの作る武具は出来がいいのだ。
ベナートも、二十歳になって成人した時から、もう鍛冶師として一人前と言える程度の技術は見についている。
最近は注文も増え、毎日てんてこまいの急がしさだ。日に二十は剣を打ち、鎧も十は作るが、予約は貯まるばかり。だから今日は溜まった分を返済しようと、気合を入れての鍛冶作業だ。
次は片手用直刃剣。ドワーフが鍛冶を習うときにまず作らされる、初級の武器だ。
細部を確認するべく注文書を手元に引き寄せる。
そして。
その瞬間、ベナートの生命活動は停止した。
☆☆☆
異軸独立世界26群。そう、神が区分する世界がある。
少年――インノケンティウスは、この世界を統べる王族である。趣味は狩猟、クレー射撃と、銃を使うスポーツがお気に入りであった。
この世界は一四歳のときにインノケンティウスが天下統一を果たし、今はインノケンティウスの名の元、民主主義で運営される大国となっている。
しかし、最近――インノケンティウスが二一歳――海を渡ればほかの大陸に行けることが発見され、そこの大陸にも同じような国々がたくさんあることがわかった。しかも向こうの国はこちらの国をものにしようと、進軍の準備までしているらしい。
インノケンティウスは賢王である。民に苦を押し付けず、征服した国はむしろ征服されてよかったとさえ思える政治を行っていた。この時の国王インノケンティウスの支持率は実に百パーセントだったのである。
しかし、このまま隣国が攻めてきては国に被害が出る。ゆえ、こちらから攻める。
総人口の七割まで膨れ上がっていた王宮騎士団をつれ、隣国に進行することが決まったその日。
インノケンティウスはのんきにも狩猟を楽しんでいた。といっても獣は殺さず、怪我もさせない。獣の餌を弾に、その獣のちょうど視線の先に落ちるように撃つのだ。並みの射撃の腕では真似できないような曲芸を、王は簡単にやってのける。
今日の獲物は狐だ。餌を固めてある程度の強度を持たせてある弾を銃に込める。
そして。
その瞬間、インノケンティウスの生命活動は停止した。
★★★
並行国家24世界独立γ線。そう、神が区分する世界がある。
少年――マルク=トゥーロは、義守族と呼ばれる、いわゆる義賊のようなことを生業とする一族の末裔だ。もちろん義賊家業は継続していて、今もその仕事の最中である。
今日の仕事は圧政を敷き民から税を貪り続ける独裁者の寝込みを襲い、殺して私財を国にばら撒く。簡単な仕事だ。
マルクに人を殺すことに対する禁忌というものはない。幼少の頃から人を殺して生きてきたためである。また、これ以外の生き方も知らない。
独裁者の無駄にでかい自宅の門の警備を黙らせて、通過。殺しはしない。気絶させただけだ。
殺すのは独裁者の男だけでいい。全ての元凶はそいつなのだから。
玄関のドアは門番が持っていた合鍵であけ、悠々と家に侵入する。
はたして独裁者の寝室は家の行き当たりにあった。
慎重にドアを開け、うっ、と顔をしかめる。立ち込める淫臭が不快だった。どうせ金で買った町娘だろう。親も独裁者から言われれば雀の涙のような値段で我が娘を送り出さなければならない。逆らおうものなら処刑だ。
マルクの手が握り締められる。
全裸の娘たちを肉布団に眠るでっぷりと太った独裁者の首に、マルクは手刀を突き刺した。絶命を確認し、踵を返す。こんなところで長居する意味はない。来た時と同じように部屋のドアを開ける。
そして。
その瞬間、マルクの生命活動は停止した。
☆☆☆
ドーレ=アジトテ独立世界。そう、神が区分する世界がある。
少女――エルメノ=ピアージュは、海に面した小さな漁村に暮らす9歳の女の子である。今日は、村の子供たちだけで船を出し、魚をとって神に奉納する海神祭りの本番であった。この祭りには九歳~一四歳の子供が参加するため、エルメノは初めての参加になる。
漁師である父について海に出、今日まで魚を取る練習をしてきた。少女の細腕で持ち上げられるような獲物なら、もうなんでも漁れる。
また、サメやワニ、シャチなどの出くわすと危険な動物はいないため、素潜りでもサザエやアワビ、ウニ程度なら採れる。まあ、日本国連邦の海にサメはともかくワニやシャチはいないのだが。それに、サメといっても小さな、子供の手のひら程度のサメである。
ゆえ、海での本当の危険は波であった。
しかし、ここ兵庫州の垂水で、泳げないような人間はいない。新生児はまず歩くことより先に水に慣れることから始めるくらいである。
それくらい、ここ垂水という小さな漁村は、海と密接に関わって生きてきた。少女エルメノの夏休みの絵日記は毎日、海に行った、海で泳いだ、であることからも容易に推測できよう。
さて、ひとつの船にだいたい三人~四人の子供が乗るわけだが、エルメノの船は早々にひっくり返ってしまったため、現在は素潜りでサザエやアワビなど、素手でも採取できる海産物を収集していた。
そして大きなサザエを岩陰に見つけ、手を伸ばした。
そして。
その瞬間、エルメノの生命活動は停止した。
☆☆☆
リビアンカ並行3群世界。そう、神が区分する世界がある。
少女――マリカ=カミカゼは、トラ耳トラしっぽを持つ人型の有知能生命、虎人である。
年は一二、何ら不自由なく、富裕層とは言わないまでも富裕層と貧民層の中間より少し上、といったところの父サラリーマン、母専業主婦のどこにでもありそうな一般家庭に生まれた虎人の女の子だ。
今日は、彼女の父の誕生日である。いつも二十の刻――現代日本で午後八時――には帰ってくる父のために、誕生日ケーキを作っていた。今は最終工程のワンステップ、スポンジの外側に生クリームを塗り広げる段だ。この次に上に切ったフルーツを乗せて、完成と相成る。
生クリームを泡立てていた手を休め、母のチェックを受ける。虎人の精神の成長は一般の人型とは違い、やや遅いため、生まれて一二年といえどマリカの精神年齢は、西方の大陸に住むという人間に当てはめると大体九~十歳程。母としては何かにつけて気になる年齢でもあるのだ。
母のOKをもらい、生クリームを塗り広げる。そしてパン切り包丁を大きくしたようなもの――マリカは正式名称を知らない――で塗り広げる。
そして。
その瞬間、マリカの生命活動は停止した。
☆☆☆
平行世界独立6群。そう、神が区分する世界がある。
少女――レミ=高山は日本天帝国独立国同盟という、欧米の植民地として分割されていた、もとは日本の県だった独立国たちが同盟をして成り立っている国の、東京独立国の首都、東都にて生活する大学生である。第三次世界大戦で独立を果たしてから、日本は急速に成長、戦後六十年の今やアメリカ=カナダ二国連邦や、E.U.国、A.U.国を凌ぎほぼあらゆる面で全国一位のシェアを誇る化物国家である。
今日の予定は大学の講義を受けた後に、友人数名とともに医学部の男性数人との合コンである。あまり恋愛に興味がないレミとしては、はっきり言って億劫だったが、友人関係との兼ね合いもあり、まさかないがしろにもできず、こうして真面目に出席しているのであった。
みな世間一般の基準からすれば美男子と呼んで差し支えない容姿ではあったが、やはりレミには興味がなかった。
だからそうそうにお花を摘みに、といってエスケープを決め込んだ。これで連絡が来るまで適当にぶらついていても大丈夫だ、とレミは人知れずホッとする。男どもと話なんぞしているよりはまだ、今開発中の人工知能としりとりでもしていたほうが断然楽しい。
レミは、そういう女だった。齢一九歳にして人工知能の基礎を開発し、今は人形ロボットに組み込んで日常生活を送るのに支障が無い程度の可動性を実現するべく日々邁進している。
見た目は街を歩けば男であろうと女であろうと心を奪われるような、TVの取材などうけようものならベテランであることが売りのリポーターが緊張して中止になるほどの美貌を持つレミであるが、残念なことに彼女には人工知能しか見えていなかった。
携帯端末から開発中の人工知能を呼び出す。「この人工知能は会話の中で言葉を学習してくタイプだから、暇を見つけると会話をしたくなるんだよね」、とは、レミの談である。
そして。
その瞬間、レミの生命活動は停止した。
☆☆☆
第198独立王都3群α世界。そう、神が区分する世界がある。
少女――ベルフローレ=友莉は今年中学校に入学した一三歳である。性格を一言で言い表せばお転婆、もう少し言葉を変えて言うなら「ガキ大将」だった。
学校にいじめがあれば、行ってそのいじめっ子が上級生だろうと張り倒し、困っている人があれば授業をエスケープしてでもその人を助ける。先生方の評価はつねにプラスとマイナスが同居していて、例を挙げるならば一学期の通知表には「困っている人やいじめられている人を助けてあげるところは美点ですが、もうすこし落ち着きましょう」と書かれている。しかしそのことを、友莉はまだ知らない。なぜなら、今日が終業式で、彼女が通知表をもらいすぐにカバンに突っ込んだからである。
勉強はできないけど、困っている人は助けてくれ、また、見た目も人並み以上に整っていたため、西岡東中学校とかいう西なのか東なのかよくわからない学校の生徒は、友莉のことを「西校のじゃじゃ馬姫」とよび、ファンクラブまで存在するというのだから意味がわからない。
終業式しかないのに、今日助けた人数は二人。止めた喧嘩は一。張り倒した上級生は三、その上級生から助けた二年生が一人、である。
その帰り道――。友莉は、木の上に丸くなり、降りられなくなっている子猫を発見した。人助け――この場合は猫助けだが――をまるで息を吸うかのように行う友莉が、それを放っておく訳もなく、木に手をかける。スカートの下に下着を隠す遮蔽物――ブルマや体操ズボン等――を履いていないことなどお構いなしである。
そして。
その瞬間、友莉の生命活動は停止した。
☆☆☆
真っ白い、上下左右どこを見渡してもただひたすらに真っ白い空間がある。
神に呼び寄せられた有知能生命が集められた空間だ。そこには、人間に、少し人間でないものから、明らかに人間でないものまで、その数総勢一八、みな一用に黙りこくっている。
口を開けば発狂しそうだった。
なんだって何もない空間に見たこともないような生命が――。
と、その時、空間が薄赤く発光する。
その光は人型に収束すると、光が弾けた。
口を開く。
「やあ、君たち。今日は僕の呼びかけに答えてくれてありがとう」
誰も無理やり連れてこられたんだけど!? というツッコミを口に出さない。普通に生活していて一瞬暗転したかと思うと、いきなりこの空間に出現したのだ。そのような疑問なぞ思いつこうはずもない。
「君たちには、ボクの主催するゲームに参加してもらう」
神の声は、定まらない。男の声だったり女の声だったり、老いたり若かったり。
「会場はボクが治める世界――最終世界。始める理由はこの世界で遊ぶのに飽きたから」
場は、何の反応も返さない。
「それじゃあルール説明の前に、最終世界の概要を説明するね」
場は、凍りついたままだ。身動きすらままならないプレッシャーがこの一二、三歳にしか見えない自称神から発せられているのだ。
「まず、ボクの世界には、序列というものが存在するんだ。序列イコールそのままボクの寵愛度。この序列っていうのは、最終世界にあるすべてのものにあって、自分より序列が二桁以上上のものには刃向かえないようになってるんだ。で、この序列はただ生きているだけでも変動するし、たとえば何らかの方法で自分より上の序列の人間――二桁以内だからね――を倒したとする。そうすると倒された方と倒した方の順位が入れ替わるわけだ」
場は、依然時を止めたように動かない。
「それで、君たちにはこの世界に転生してもらう。元の世界には何があっても戻れない。もう、君たちが死んだその瞬間、死体は消滅しているからね」
場は――「ふざけるな!」ベナートだった少年が声を上げた。「何を勝手なことを言ってるんだ!」
「いいんだよ、別に。ボクは全部の神の中で一番えらい神様だから。ボクが宇宙の真理であり全てなのさ」
神はさして気にした風もなく、
「ああ、そういえばまだ名乗ってなかったっけ。ボクの名前はラスタリ。『絶対神』ラスタリだ。よろしく」
名乗った。
「それと、君たちにはちゃんと賞品も用意している。このゲームの勝利条件は序列一位になること。優勝賞品は――」
場が再び沈黙の帳を下ろす。
そしてラスタリが口の端を持ち上げて笑った。
「――この世界の神の座。どの世界の神よりも尊く、どの世界の神よりもえらいボクの後継の座を上げよう」
場の沈黙の帳を破りさったのはペドゥーサだった少年だ。「つまり、俺たちは選ばれし悪魔――いや、人げ――」場を見て言葉を探す。ここに居る全員を説明する言葉が思いつかない。「まあいいや、ここに居る全員は、選ばれしモノ達、ってわけだ」
ラスタリは一瞬ポカンとした顔をすると一転、呵呵大笑する。大きく口を開けた、それはそれは楽しそうな笑みだ。
「これは傑作だよ、本当に傑作。君たちはね、選ばれたというのに間違いはないけど、この世界で一番いらない有知的生命は? って聞いたらそこの神がさしだした奴らなんだよ。――捨てられたんだ!」
再び呵呵大笑だけが響く。
「ふぅ。それじゃ、君たちには特別に、」
「ちょっと待つのだ」
水龍だったものの待ったがかかった。「我はどちらかといえば世界に貢献していたぞ。なぜ、神に捨てられようか」
「アハ、それはね、君たちが世界に貢献していた、または貢献する英雄、もしくは英雄を生む母だったりしたからさ」
「それがなぜ捨てられようか」
「あのねぇ? ボクたち神が君たちを生み出したのって、暇だったからなんだよ? 人間が殺し合うところが見たい! 悪魔が蹂躙するところが見たい! 天使が裁きを下すところが見たい! 龍が雑魚を食い散らかすところが見たい! ――それなのに世界に貢献なんかして、あまつさえ世界平和をもたらすような働きをのちにする君たちが自分の世界に必要なわけないじゃないか」
言葉を遮られたラスタリは、少し声に不機嫌の色をにじませる。
水龍は口をつぐんだ。
「それじゃあ、君たちの同時通訳も面倒くさくなってきたから、さくっと最終世界の公用語を決めようか」
操る言語が決まる――そんなことをさらっと口にするラスタリ。
「方法は公平にくじだよ。まあ、何故かこの中だと日本語が多いみたいだけど。十八あるうち八つもが日本語だよ。それじゃあいくよ」
そう言ってラスタリは、虚空からつまむようにして取り出した箱の中に手をいれる。
「んー、やっぱり日本語になったみたいだ。使う言葉が日本語じゃなかったみんなは、死ぬ気で覚えてね。まあ、生まれなおすことになるから簡単だと思うけど」
神としては予定調和だったため、声に落胆の色を隠せない。
しかし神は渋々と右手をあげ、クルリと振った。
「次に、先立つものとして、君たちには特別にひとつだけ魔法語を作成する権利を与えよう。生まれてから死ぬまでのあいだに一個しか作れないから、心して作るようにね」
魔法語、とは最終世界で魔法を行使するにあたり必要な言葉のことである。
そして、これは新しく作ることができないため非常に価値のある権利をもらったと言えるのだが――ここにいる者たちは知る由もなく、また、神も教えない。
「それともう一つ、君たちは最終世界にバラバラに転生するわけだけど――連絡手段とかあったほうがいいよね。というわけで、キミたちだけが使える魔法語もさずけよう。『リブランシェ』。使い方は自分で考えてね」
神はあえて突き放した。最終世界では、魔法の使い方は文字を覚えてすぐに習い始めるためわざわざ自分で考えなくともじきに分かるのだが、魔法を習い始めないしばらくはそのことを思って悶々とする者がこの中にいるかもしれないと思うと、ラスタリの胸は高鳴った。
「それじゃあ、君たちにはいよいよ転生してもらおう。――君たちに幸あれ」
瞬間、白いだけの空間がねじ曲がり、そこにいた神以外のものは、みな意識を刈り取られた。
残った神は言う。
「さあ、壮大な暇つぶしのスタートだ!」
アハハハハハハ、という心から楽しんでいるように聞こえる声が、虚空にこだまして書き消えた。
☆☆☆
1st 序列98桁 遠塔遊也
2nd 序列98桁 丸川来夏
3rd 序列98桁 ペドゥーサ=グレゴイル
4th 序列98桁 ラオ=セラフィム
5th 序列98桁 ミリム
6th 序列98桁 ラクサ=マガツチ
7th 序列98桁 ドラコ=ベリオネル=ミズル
8th 序列98桁 神鳴臣達也
9th 序列98桁 レ=オルトローレ
10th 序列98桁 メイ=クリフ
11th 序列98桁 フゥシェン
12th 序列98桁 ベナート
13th 序列98桁 インノケンティウス
14th 序列98桁 マルク=トゥーロ
15th 序列98桁 エルメノ=ピアージュ
16th 序列98桁 マリカ=カミカゼ
17th 序列98桁 レミ=高山
18th 序列98桁 ベルフローレ=友莉
プロローグの前、一番最初の部分です。
一万文字くらいありますが、ここから先は5000文字くらいで落ち着きます。多分。
プロローグ一話は書き終わってますけど、二話以降は更新未定ということで一つ。いわばお試し版ですな。