最悪の黒-091_街型工房
「「お待ちしておりましたぞティルダ氏ぃ!!」」
関所から馬車を走らせること30分ほど――ハスキー州に存在する「太陽の旅団」拠点へと辿り着く。すると待ってましたとばかりに黒光りするエボニー材の扉が勢いよく開き、中から2人の人影が浮かれまくった鬱陶しい笑顔で飛び出してきた。
「……ぅゎ……」
しかし名指しで出迎えられた当の本人はさっとハクロの陰に隠れ、抱き着かんばかりに駆け寄ってきた2人組を拒否する。
「お呼びだぞ?」
「……圧が強い……から、苦手……仕事以外で話しかけないで欲しい」
「「ティルダ氏ぃ!?」」
言葉の上でも完全に拒絶された2人は地に這いつくばるように頽れた。
「まあ気持ちは分かるけどな」
バーンズが馬車の荷台から木箱を引っ張り降ろしながら苦笑を浮かべる。
拠点から飛び出てきたのはエルフとドワーフの男だった。
エルフの方は長身の者が多いエルフにしても背が高く、ハクロと同等。そのくせ吹けば折れてしまいそうなひょろりとした体格をしていた。長く伸ばした黒に近い紫色の髪の毛をオールバックにし、後ろで無造作に結んでいるが所々留め切れておらず飛び出している。そばかす顔に出っ歯、分厚いレンズの丸眼鏡が何とも言えない味を醸し出していた。
もう一方のドワーフはというと、こちらもドワーフと言うことを差し引いても背が低く、それを補って有り余るでっぷりとした樽のような腹を抱えている。ついでに団子っ鼻にぬるりとした脂顔は暑苦しい上に野暮ったい。ドワーフにしては髭が薄く無精ひげ程度しかなく、それよりもクリンクリンによじれた黒い髪の毛が頭部の大きさを2倍に増幅させているのがとても目を引いた。
さらに2人とも煤と油で薄汚れたしわくちゃの白衣を作業着の上から羽織っているため、清潔感の欠片もなかった。こんな2人にダッシュで駆け寄ってこられたらハクロなら蹴りを入れるところだ。今からでも蹴り飛ばしてもいいかもしれない。
「こんな絵にかいたような凸凹コンビいるんか」
「細いのが付与魔術師のオデル・アンダーソン、太いのが技師のセス・パターソンだ」
「絶妙に覚えにくい」
なんでよりにもよって家名がソン被りしているのか。あとこれはハクロの完全な私見であるが、オデルという名前の響きで細いというのがしっくりこない。逆ならまだすんなり受け入れられたかもしれないが。
「……玄関先で鬱陶しいぞ」
扉が再び開き、中からエルフの女性が顔を覗かせた。
先に飛び出してきた2人と同様に白衣を羽織って入るが、こちらはピシリとしわなく整えられており清潔感が感じられる。……咥え煙草で気だるげな退廃的な雰囲気さえなければ完璧だった。
「あ……テレーズ先生」
ずっとハクロの背中に隠れていたティルダがひょこりと顔を見せる。声音から多少なりとも警戒心が和らいだということは比較的心を許している部類なのだろう。
「テレーズ、テレーズ……ああ、傭兵大隊所属の医術師か」
聞いた名前だと思い出し記憶を辿る。メッセージでのやり取りはあまりないが、確か医療班の責任者をしていたはずだ。
「あ! 初めまして! 薬師のリリィ・メルです!」
同じく気付いたらしいリリィが進み出てきっちりとした角度で頭を下げる。それを見たテレーズは「あー……」と気まずそうな顔をしながら煙草の火を消した。……指先で。
「医術師のテレーズだ。よろしく、リリィ先生」
「は、はい! ……あの、指、熱くないんですか……?」
「特には」
涼しい顔でケロリとそう答えるが、煙草の燃焼は700度程に達する。普通は火傷するはずだ。
破天荒が過ぎる。
「聞いてると思うが今日からしばらくハスキー州での依頼を割り振られたハクロだ。よろしく頼む」
「ああ。君たちを直すのが私の仕事だが、あまり無茶はさせてくれるなよ」
「あいよ」
「直す……あの」
リリィがテレーズの言葉に引っ掛かりを覚えたらしく、恐る恐る訊ねる。
「もしかして、ジルヴァレのミルザ先生と――」
「チッ!!」
「うぇっ!?」
「…………。すまない」
その名を聞いた瞬間テレーズは気だるげな目つきをこめかみまで持ち上がる勢いで吊り上げ、咥えたままだった煙草の吸い口を噛みきるほどに葉を食いしばり舌打ちした。すぐに正気に戻ったようだが、謝罪を口にしてもなお目尻がピクピクと痙攣している。
「久しぶりに嫌な名前を聞いたから取り乱してしまった」
「は、はあ……」
ミルザと言えばジルヴァレで負傷者を実質的に一人で診ていた医術師だが、過去に因縁めいたものがあるようだ。エルフは外見からは年齢が分かりにくいが、流石に同年代ではないだろうから兄妹弟子か師弟関係なのかもしれない。
「なー、とりあえず中に荷物運ぼうぜー」
両肩に木箱を抱えたままだったバーンズが不満をこぼしたところでようやく玄関先での挨拶を切り上げ、一行はそれぞれ協力しながら積み荷を拠点内へと運び入れた。
ハスキー州の拠点はルキルと同様に工房をそのまま転用した建物だった。
かつては毎日鉄を叩いていたであろう鍛冶場の炉は炎こそ燈っていないもののいつでも稼働できるよう整備され、空いた空間で作図や簡単な細工加工ができる作業スペースとして利用されている。
それに付随した居住スペースは意外と快適な状態で整えられていた。工房を兼ねた住居と言うとルキルのように申し訳程度に部屋がいくつかあって、そこの男女別に押し込められるのかと思っていたが、1人一部屋あった。
しかも一部屋一部屋の壁に防音と適温化の術式が彫り込まれている。
「ああ、これがないと夜うるせぇのか」
自分に割り当てられた部屋で荷解きをしながら窓を開けて換気をすると、途端に外からけたたましい金槌と鉄の音、職人たちの怒号と笑い声が飛び交うのが聞こえてきた。この様子だと日が暮れてもこの街はずっとこのような喧騒に包まれているのだろう。
換気もほどほどに窓を閉めると室内は静寂に包まれる。というか窓を開けたことで若干の煙臭さが侵入してきた。
耳をすませば辛うじて外の音も聞こえるが、よっぽど強固な術式のようだ。外音が聞こえないというのはそれはそれで防犯の上では不便なのではと思い、荷解きの片手間にもう少し術式を深く探ってみたところ、家屋の外部からの破損に対し警報が発せられる式が見つかった。流石にその構築内容まではセキュリティの都合もあるのかがっちりとプロテクトで守られていたため解析できなかったが、よくよく考えたら工房と言う技術秘匿の塊のような場所ではこれが標準仕様なのかもしれない。
「……いや待て、このレベルが州都全体にかかってるのか?」
だとしたらこの街の防犯に係る費用は間違いなく王都を越えている。居住都市としての規模としては王都の方が大きいが、民家一軒一軒は鍵と鍵穴によるアナログなセキュリティが主流だったはずだ。
「面白いな……!」
ティルダはこの州都を「1つの工房」と言っていたが、それと同時に1つの魔導具と称しても差し支えないように感じる。
生産、加工、販売という全てを1つの施設内で完結させることをハクロの元居た世界では六次産業と呼んでいた。ハスキー州は食糧生産については弱いものの、この規模の街の食いでを確保できるだけの流通販路を確保することで補っていることからその一歩手前の段階に達しているようだ。
これはある意味においてルネが――「太陽の旅団」が目指している「船」のモデルケースになりうるだろう。この街の構造を船の大きさまで縮小することが出来れば、きっと、面白いことになる。
「ハクロさーん。俺先に終わったからタマを集合畜舎に預けてくるわ」
「おう」
ふと手が止まっていたところに扉の隙間からバーンズが声をかける。
街中は常に作業音が響き続けていることもあってか、州都内に移動用動物を置ける畜舎はない。代わりに郊外に巨大な共用畜舎が用意されており、外から来たものは馬や竜馬をそこに預けるのが一般的らしい。
金を払えば世話と放牧も代行してくれるという。流石は職人ギルドの本拠地だけあって王都とは別のサービスが行き届いている。
「今度ティルダに案内してもらおうか」
特に目的もなく街を見て歩くだけでも楽しそうだ。
もちろんその時はリリィも一緒に連れて行こう。薬師として役立つものがあるとは限らないが、彼女はなかなかに好奇心が強い。自分の仕事に直接役立たないものであっても楽しそうに見て回るのが傍目から見ても心地好かった。
そんなことを考えながら、ハクロは荷解きの作業を終えた。





