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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-090_工房都市ハスキー州

 ルキルの街を発って一月半が経過した。

 進路を南東に取っているとは言え12月も半ばを過ぎると朝晩の冷え込みはぐっと厳しいものとなってきた。

 だからと言うこともあるのだが。

「……またか」

 朝の寒さに目が覚めたハクロが瞼を持ち上げると、右側にはくるんと腹部を隠すように体を丸めたリリィの背が、反対側にはティルダがピンと一本の棒のようにしながらも触れられる部分は全部くっつくよう密着した状態で眠っていた。

 寒いのは分かるが、年頃の少女が2人、異性の体で暖を取るようにくっつけて眠るのは如何なものなのか。もはやリリィについては半ば諦めつつあったが、気温が本格的に下がり始めた辺りでティルダまでこの状態になっていることが多かった。

「…………」

 そっと2人を起こさないよう立ち上がり、馬車の荷台から降りる。

 野営地の焚火では昨夜の不寝番担当のバーンズが欠伸交じりで燃えカスを木の棒で突いていた。

「ハクロさんもう起きたのか」

「ああ。流石にだいぶ寒くなって来たな」

 南下して久しいため吐く息が白くなるほどではないが、それでも毛布での野営はそろそろ厳しいというのが正直な感想だった。道中の商人宿で馬車の幌を厚手の物に替えたが、それでも寒いものは寒いのだ。

「起きててやるからお前は寝てもいいぞ」

「いやあの隙間に入って寝る勇気はねーんだわ……」

 苦笑しながらバーンズは馬車に目を向ける。

 大型の馬車とは言え4人分の生活物資に加えてティルダの魔導具関連の工具や部品を詰め込むとだいぶ狭くなる。リリィと2人で旅をしていた頃は資金面でも余裕はなかったこともあり、補給は最低限で回していたため広く感じられた。そこにバーンズが加わった後も行く先々で必要な分だけ物資を購入していたためまだ余裕はあったのだが、ティルダは欲しい物はどんどん買い込む癖があるため積み荷が際限なく増えていった。

 その結果、ルキル出発直時にティルダが潜んでいた木箱もあっという間に一杯になり、リリィと同室で眠ることに抵抗していた彼女もやむなく荷台で並んで眠ることとなった。そして限界までスペースを広げても3人が寝転がれば窮屈に感じられるほどの床面積しか確保できず、さらに今は女子2人がほぼ真ん中に陣取ってしまっている。

「そうなると思って俺は端で寝てたはずなんだが……」

「毎度毎度いつの間にか真ん中に追いやられてるよな」

 不可解そうに首を傾げるとバーンズは苦笑を浮かべた。

 恐らくはリリィのせいである。ティルダは一度眠ると微動だにせず直線の姿勢で死体のように眠るが、リリィは割と奔放に寝返りを打つ。それがどうしたらハクロを中央に追いやって反対側に移動するのかは分からないが、バーンズが不寝番の日はまず間違いなく目覚めると両手に花状態になっていた。

 これが妙なことに、左からハクロ、ティルダ、リリィの順番でティルダを中心に置いて寝ても、翌朝にはリリィ、ハクロ、ティルダの順でハクロが真ん中になっていることもある。もはや一度起きて立って歩いて移動しハクロと木箱の隙間に自分の体を押し込んでいるとしか思えない。

 ちなみに、ハクロが不寝番の日はバーンズが真ん中に追いやられる――ということは滅多にない。寝てから起きるまで並び順はそのままであることがほとんどだった。一体どうしてそうなるのか全く謎である。

「まあいい。それも今日までだ」

 うんと背筋と腕を伸ばしながらハクロは東の空を見やる。


 朝日が昇り始めたことにより朱色と藍色が入り混じったような独特の色合いとなった見上げるほどの山脈――ハスキー連峰。数日前からその姿は確認できていたが、その麓に広がる工房街の煙が見える距離までようやく辿り着いた。




「こ、ここがハスキー州ですか……!」

 街の関所で手続きをしながらリリィはぽかんと大きな口を開けて目の前に広がる巨大な工房街に圧巻される。どこを見渡しても塔のように高い煙突だらけで、街並みは耐熱煉瓦の赤や灰色しかないのではと言うほどの機能美最優先の統一感が感じられる。それが麓一帯に10キロ単位で広がっており、さらに上方向にも高い所では天高く聳える山脈の半ばほどまで続いていた。

 王都もルキルも圧倒されるような街の造りだったが、ハスキー州はさらに異質な雰囲気に包まれている。

 ハクロの感覚では「州」と言えば一つの地方全体を指す言葉だが、こちらでもそれその物は大きく違ってはいない。

 しかしことハスキー州に限っては意味合いが少々異なり、ハスキー連峰及びその周辺に広がる巨大な――それこそ、一地方面積に匹敵する工房街を指す。

 ルキルでもそうだったが、この大陸では都市の一極集中が顕著であるようにハクロは感じた。都市部はハクロの元居た世界の大都市に匹敵、もしくはそれを上回る発展が見られるが、それ以外の地域はよく言えば長閑、悪く言えば閑散としている。

 一日馬車を走らせて一度も集落を通りかからないなどざらにあり、それでいて輸送及び移動技術が発達しているわけでもない。

「……故意にそうしているのか」

 久しぶりに賢者とやらの意図が感じられ、思わず呟く。

 過度に技術が発達しないよう、仮にしたとしてもそれが普及しにくいような世界に整えられている――そんなところだろう。

「それにしてもこれが全て工房街か……」

 関所の手続きの締めくくりとして全員が各々のギルド証を提示したところでタマの手綱を操り、馬車を進めて改めて街並みを内側から観察する。

 街全体が発熱しているかのようにむわっと蒸し暑く、先ほどまで肌寒かったにもかかわらずじっとりと汗ばんできたため思わず上着を1枚脱いだ。

 正確にはここで働く職人たちの住まいや生活基盤となる施設も混ざっているだろうが、目の前に広がるほぼ全てが工房である。これまで訪れた都市部はカナル、王都、ルキルとその全てが各用途ごとの施設がある程度固まって栄えていたが、ここまで工房に偏っているのはルキルの農場くらいの物だろう。

「ふふ……! じ、実はちょっとだけ違うんだよ……!」

 と、ティルダが馬車の幌の隙間から顔を覗かせて意味深に笑った。

「ハスキー州は工房街じゃないんだ……!」

「なに?」

「工房街じゃないって、こんなに工房だらけなのにですか?」

 荷台に戻っていたリリィがティルダの言葉に首を傾げる。

 この一月半の旅路で物理的にリリィとの距離が近い生活を送ったことで、やや荒療治ではあったが、彼女とある程度は喋れるようになってきたティルダが「むふ」と鼻息を鳴らした。


「この州都全体で1つの工房なんだよ……!」

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