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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-089_ティルダ・バーンズ

 翌日。

「太陽の旅団」ルキル拠点の門扉前でタズウェルは口元に小さく笑みを浮かべながら軽く手を掲げた。

「世話になったな」

「いや、こっちこそ」

「ありがとうございました、タズウェルさん!」

 最後の荷物を馬車に積み終えたハクロが手を差し出す。タズウェルはそれを握り返し、次いで差し出されたリリィの手を握る。

 初対面時には引き腰しだったリリィも、この2か月にも及ぶルキルでの生活ですっかり彼に慣れ、目と目を合わせて別れの言葉を口にできるに至った。

「結局、ティルダは見送りなしかー」

 タマの首筋を手のひらで撫でながらバーンズが玄関扉に目をやる。

 ティルダは今朝の食事の場になっても工房から出てこず、中でガチャガチャと作業をする音だけが聞こえるだけで顔を見せることはなかった。

「呼びかけても『うん』としか返ってきませんでしたね……」

 リリィが寂しげに呟き苦笑する。

 後半の方は魔導具の調整に夢中になったティルダが工房にこもりきりだったということもあるが、結局リリィと部屋を共にすることは一度もなかった。これが今生の別れと言うわけでもないが、もう少し仲良くなれると思っていたため寂しいのだろう。

「まあいつか仲良くなれるさ」

「そーそー! 俺なんか二つ名もらって名前被りするまで口利いてもらえなかったからな」

「……不安しかないんですけど」

 バーンズの言葉にリリィは深く溜息を吐く。

 とは言うもののハクロが完全に懐かれているため、その同行人であるリリィともそう遠くないうちに親しくなれるだろうと期待はしていた。そもそも面と向かって話すのが苦手ではあるが、ティルダはギルド証上でのメッセージのやり取りではかなりの饒舌だ。まずはそこが第一歩だろう。

「さて、いつまでもダラダラしててもしゃーないし、そろそろ行くか」

「ああ。俺はルキルを中心に北部での依頼を請け負っているから、こちらの方面に立ち寄ることがあれば呼んでくれ。助けになろう」

 お互いに頷くと、ハクロはさっと荷台へと足をかける。それを見たバーンズも御者席に乗り込み、馬車のブレーキを外した。

「じゃあな、タズウェル。――刃に宿りし栄光を心に」

「――盾に燈りし賞賛を背に。また会おう」

「タズウェルさんもお元気で! ――花びら一枚分の祝福を!」

「ああ、メル嬢も道中気を付けて。――揺らがない天秤と薬匙に敬意を」

 最後に荷台に乗り込んだリリィが挨拶を口にし、手を振る。

 それに合わせてバーンズが手綱を操り、馬車はゆっくりと進みだす。リリィはしばらく遠のいていくタズウェルの姿を眺めていたが、馬車が道に沿って折れ曲がったところで「ふう」と溜息交じりに馬車の中へと首をひっこめた。

「見送りって、いつまで手を振ればいいのか分からなくなりますよね」

「あー、分かるかも」

「道曲がって見えなくなるならともかく、直線だと気まずいよな」

 中身の薄い会話を交えながら3人はゆったりとした気持ちで各々馬車に揺られた。

 ルキルの東側の関所を通り、手早く手続きを済ませた後は特に何かするわけではない時間が過ぎる。来る時は辺り一面収穫を控えた農地が広がっていたが、祭を終えた今となってはもうほとんどが収穫を終えてしまっている。早い農地では既に収穫作業後の葉茎のすき込みや牧草の播種作業が始まっているようだった。

 2か月ですっかり様変わりした風景を眺めながら馬車はひたすらに東へと進む。


 そのまま何事もなく数時間が経過し、日が天高く昇りリリィの腹から「くぅ」と小さく可愛らしい音が聞こえてきた辺りで、一行は農道沿いの休憩地点で馬車を止めた。

 来る時もそうだったが周囲一帯360度見渡す限り農地が続くため距離と時間の感覚がおかしくなってくるが、腹は等しく減るのだ。

 行先であるハスキー州では長期の依頼が待ち構えてはいるものの、ラキ高原の時のように急かされている旅路ではない。3人は積み荷の木箱から食材と調理器具を取り出し、昼食の用意を始めた。

「お腹すきましたねー」

「出発直後はまともな食材で飯が食えて良いよな」

「……保存食がまともじゃないみたいな言い方やめねー? ハスキー州まで1か月半もあるんだぞ」

 ハクロのぼやきにバーンズが思わず突っ込む。

 そうは言うもののやたらと塩辛かったり水分を持っていかれるような物ばかり口にする日々が続くと辟易してしまうのはどうしようもない。事前に旅程を確認し、可能な限り宿がありそうな集落や商人ギルド(セロ=カンパニー)の宿泊施設があるルートを設定してはいるものの、どうしようもなく野営することも多いだろう。

「ん? お鍋の蓋がありませんよ?」

「あれ、別の箱に紛れたか?」

「探してくるわ」

 ふとリリィが作業の手を止める。鍋そのものはあるがそれに付属していた蓋がどこかへ行っていた。

 立ち上がり、ハクロは荷台へと戻る。

「やっぱ缶詰、缶詰の開発が急がれるな」

 雑多な物品を入れていた木箱の蓋に手をかけ、誰に言うでもなくそうハクロは呟き――


「…………あ」


「…………」

 ぱちりと目が合う。

 ハッとするような赤髪に少し鼻先は丸いが可愛らしい顔つきのドワーフの少女がそこにいた。

「……あう。すみません、入ってます……」

「あ、すまん」

 なんだか覚えのあるやり取りをそのままなぞるようにほんのり顔を赤らめ俯かれ、反射的に謝ってしまいハクロはぱたんと蓋を閉じる。

 よく見たら、雑貨品を入れていた木箱と全く同じデザインの物が2つある。もう一方を開けるとそちらの方に鍋の蓋が押し込まれていた。

 そしてスゥゥゥゥゥと大きく息を吸い、ポケットからギルド証を取り出した。


▽――――――――――――――――――――――――▽

 5024/11/1 12:06 [ハクロ_B]

 タズウェルへ。

 拠点にいるなら工房を確認してくれ。


 5024/11/1 12:06 [タズウェル・ハミルトン]

 忘れ物か? 少し待っていろ。


 5024/11/1 12:07 [タズウェル・ハミルトン]

 ……おい、ティルダの姿がどこにもないんだが

△――――――――――――――――――――――――△


「まあいないだろうな……」

「ティルダあああああ!?」

「ティルダさあああああん!?」

 調理の準備を始めていたリリィとバーンズがギルド証を見たのかダッシュで荷台に上がり込み、内側に取っ手でも付けているのか強固に閉じられた木箱の蓋をガタガタと揺らした。

「『ティルダが積み荷に紛れていた。こっちでどうするか考える』……っと」

 タズウェルにとりあえずのメッセージを送り、ハクロは「はあ」と深い深い溜息を吐きながら木箱の蓋を指の背で叩く。

「何してんだお前。まさか一晩荷台に潜んでたのか?」

「……うん」

「ちょ、ま、え!? どういうことだ!?」

「出発直前に工房に声かけましたけど返事がありましたよね!?」

「ふ、ふひ……」

 箱の内側から悪戯に成功した悪ガキのような笑い声がこぼれ、僅かばかり蓋の隙間が開いて中からにゅるんとティルダの腕が伸びた。

 そこに握られていたのは細長い鉄板を丸めていくつか組み合わせたような球体だった。ただしその一つ一つに術式が刻まれている。

 魔導具――だが、そこに魔石は組み込まれていない。

「……まさか」

「し、自然魔力を吸収して……完全に魔石なしで動く魔導具……! まだ自然環境下にありふれた風と光にしか対応してないけど……でも音や声を溜め込んで、条件を満たした時に再現するようにしてるの」

「風と光の混合……なるほど、波の概念付与か」

「てことは工房でずっと鳴ってたガチャガチャって音と生返事はその魔導具ってことか!?」

「なんだかよく分かりませんがとってもすごいことなのでは!?」

「三枚の札……」

 思わずぽつりと呟いたハクロの言葉はリリィとバーンズの耳には届かなかったようだが、そんなことはとりあえずどうでもいい。

「ティルダ」

「……うん」

「やったな」

「……! うん!」

 ひょいと蓋が開き、そこから顔を覗かせたティルダが顔を真っ赤にしながら頷いた。それは恥じらいによるものではなく、歓喜と興奮による紅潮だった。

「ま、まだ小さな魔導具でしかないけど……でも、成果は成果だから、いったんウチもハスキー州に戻って造船班に合流しようかなって。それで、一緒について行こうと思って……」

「なるほどな。けどわざわざ潜り込むような真似せんでもいいだろ」

「ふひひ……!」

 問うと、ティルダははにかむような笑みを浮かべた。


「……だ、黙ってたらびっくりすると思って!」

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