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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-088_前夜

「夕方、どこに行ってたんですか?」

 出立前夜の荷造りの手伝いと言う名目で女子部屋に呼び出されたハクロはリリィに詰め寄られていた。

 ティルダは引き続き工房に引きこもって何やらガチャガチャしている音が聞こえてくるだけで部屋にはおらず、男部屋のバーンズとタズウェルは収穫祭の活気に当てられて珍しく無茶な酒の飲み方をしたため早々に寝入った。なのでこの会話は2人にしか聞こえていない。

「ああ、盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)に呼び出されたから会いに行った」

 だから何でもないように、友人に声をかけられたから席を立った、くらいの調子でつるりとそう告げた。

「…………」

 これにはリリィはあんぐりと口を開け、一瞬だけ出かかった驚嘆の声をぐっと深呼吸で飲み込んでから改めてハクロに向き直る。

「……大丈夫だったんですよね」

「ああ、見てのとおりだ。本当にただ話してきただけだよ」

「何のお話だったんですか? フロア村で捕まえた傭兵崩れの件ですか?」

「それもないわけじゃなかったが、別に物騒な話じゃなかったぞ」

「そうですか……それは良かったです……」

「勧誘されただけだ」

「なんだ、勧誘…………勧誘!?」

 ほっと一息ついたのもつかの間、今度こそ抑えることもできずに大声と共にハクロを見上げた。

 その反応が楽しかったのか、ハクロは隣の部屋で寝ている2人を起こさないようリリィの口元に指を一本添えながら軽薄に笑った。

「おいおい、声がでかいぞ。何のために2人きりのタイミングで話してると思ってんだ」

「んぐ……っ。そ、それで……ちゃんと断ってきましたか?」

「いや、その場で頷いてきた」

「……ッ!?」

 再び大声を上げそうになったリリィに手指で印を形作り、一瞬だけ声を奪う。その感覚にさらなる混乱に陥りかけたが、リリィはハクロのいつもと変わらない軽薄な笑みを見て二呼吸ほど置いて多少落ち着きを見せ始めた。

 それを見てハクロも印を解き、声の封を解除する。

「……どういうつもりですか?」

「俺も今日初めて知ったんだがな」

 そう前置きしてから教会でザラから聞いた盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)のあらましをリリィに伝える。

 最初は不信感を隠そうともしなかったリリィだが、ハクロの言葉に少しずつ冷静になっていく。

「……組織ではなく、生き方……」

「俺からしたらあいつらの方がよっぽど組合(ギルド)の名に相応しい感覚なんだがな」

「でも、なんか納得です。名前だけはどこでも聞く犯罪組織だと思ってましたけど、表立って法を犯しているのは一部だけで、その他はただ不満を抱いて燻っているだけってことなんですよね」

「表沙汰になってないだけで実際は幇助と教唆が大半だろうがな」

「いくら捕まえてもいなくならないわけです……」

「なんなら捕まえる側にも()()可能性すらあるからな」

「……それは……」

「まあそんなことはとりあえずどうでもいいんだ」

 不安げにシャツの裾をきゅっと握っているリリィの頭にぽんと手を乗せる。

 貞操観念が独特な上にどちらかと言うと楽観的な性格であるためついつい忘れがちだが、そもそもリリィとの出会いは傭兵崩れの悪漢に拉致されたところを救出したのが始まりだ。その救ってくれた男が盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)に賛同したとなれば不安を抱かないはずがないのだ。

 少し無神経だったかと省みつつ、リリィのぷるりとした弾力のある耳を指先でつつきながら頭を撫でる。

「俺にとって重要なのは、傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)にいるだけでは手に入らない情報源ができたってことだけだ。傭兵としての生き方を変えるつもりはないし、わざわざ法を犯す馬鹿な真似をするつもりもない。当面はルネに協力して海の向こうを目指すってのも変わらん」

「で、でも……情報のためにちょっとは協力しなきゃいけないんですよね……?」

「それは傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)も大差ない。必要な物を手に入れるには対価を払わなければならない。連中が必要としているものを俺が不要として手放す機会があれば目をかけてやるだけでいい。目に余るような行為に走っている輩がいればこれまで通りぶちのめすしな」

「…………。分かりました」

 頭を撫でるハクロの手を細く小さな手で包み、そっと目の前まで下ろした。

「私にちゃんと教えてくれてありがとうございます」

「ああ。リリィは旅の仲間だ。隠し立てはしないさ」

「ふふ……なんだか嬉しいです! あ、でもルネ様には話していた方がいいかもしれませんね」

「だな。あの姫様なら盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)の裏の情報や技術は喉から手が出るほど欲しがりそうだ。……つーか」

 ふと、嫌な予感が脳裏をよぎる。

「ルネがそもそも()()である可能性もあるのか……」

「……ないって言いきれないのが……」

 この世界に生まれ落ちながら異物のような存在であるあの王女の高笑いを思い浮かべながら、2人は深い溜息を吐く。可能性があるどころか、段々とそうである気がしてきてならなかった。

「……まあいいか。次に会った時にでもそれとなく聞いてみるか……」

「で、ですね……」

 その言葉を区切りに、ハクロはリリィの荷造りに専念する。途中、下着類を含む衣類の詰め込みまで手伝わせようとしたのは流石に苦言を呈したが、それ以外はスムーズに作業は完了した。

 その後翌日の出立に合わせ、2人はそれぞれの部屋でいつもより早めに眠りについたのだった。

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