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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-086_ただ一つの理念

 そのギルドに所属する職員が僧侶と呼ばれているのは、ギルドが冠婚葬祭と言った催事の執り行いを担っているからだ。

 さらにそれらに付随して出生届から死亡届までありとあらゆる申請の窓口を兼ねているため、この世界に生まれた者は文字通り、ゆりかごから墓場まで世話になる。ハクロの感覚としては後者の仕事は役場の住民課に相当するところだが、こちらの世界ではギルドその物が他と同様に王家の直轄組織であるため、仕組みとしては大きな違いはないのだろう。


 だがギルドの拠点を「教会」と呼ぶのはずっと不可解に思っていた。


 この世界には「神」という概念が存在しない。

 それどころか宗教の考え方さえ曖昧だ。

 神話も存在しなければ、それに付随した「死後」と呼ばれるような教えもない。ここでは人々はただ生きて、死んで、それで終わりだ。

 世界のシステム上、一直線にただ死に向かっているということは流石にないだろうが、世界の異物たるハクロには推し量ることなどできない。

 また世界を耕し整えたとされる七賢者を各ギルドの呼称に掲げ敬ってはいるものの、崇拝しているとはまた違う。


 法に則り機械的に生まれた赤子に名を与え、連れ行く伴侶と誓いを立て、死を悼むだけのその広間を教会と呼ぶには――ハクロには居心地が悪く感じた。


 そのくせ、シンボルには十字架が使われている。

 彼の聖人など存在しないのに外部から持ち込んだのであろうその概念を僧侶の象徴として掲げ、白々しくもそれを背に祈りを捧げる少女の姿をギルドの紋章に使用しているのは、いっそ笑いを誘っているかのように滑稽だった。


 ルキルの教会もまた、そんな平凡で滑稽な雰囲気の建物だった。

 都市の大きさに相応しい広さはあったが、街全体が祝日ムードのためか建物内に人気はほとんどない。そもそも収穫「祭」なのだから、もしかしたら主催が僧侶ギルド(リディア=セクト)でほとんどがそちらに従事しているのかもしれない。

 ともかく。

 数人の警備のための衛兵が入り口に立っているくらいで、その衛兵もギルド証を見せればすんなりと中に入れた。元々教会は催事がない日は憩いの場として開放されているため、警備など飾りのようなものだ。

 街中の華やかさと喧騒が心地好く入り混じった雰囲気とは打って変わり、厳かと清貧が混在した独特の空気感の広間の長椅子に1人の尼僧が腰かけていた。

 夕刻の日差しが窓ガラスを通り広間全体をほんのりと赤く染める中、彼女は何をするでもなく鼻歌でも歌いだしそうな様子で体を左右に揺らしているだけだった。

「待たせたか?」

「イエイエ。ちょうどワタクシも今来たところデスよ」

 黒い僧服に黒い頭巾を被った、猫を彷彿とさせる顔つきの獣人だった。髪も黒いが瞳だけは金色で、まさに黒猫と言った雰囲気を全身に醸し出している。

 逢瀬を楽しむ恋人同士のようなやり取りが交わされ思わず鼻で笑った。当然ながら初対面だ。

 もっとも、向こうはハクロのことを一方的に知っていたようだが。

「あんたが『飴屋』か」

「ンフフ、占い飴を扱う商売下手な飴屋とは仮の姿デス。この場所、この僧服を身に纏っている時はただの尼僧でゴザイますよ」


「ただの尼僧が盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)の紋章を送り付けてくるとは不敬な奴だ」


 ポケットの中から飴の包み紙を取り出し、そこに描かれた紋様を改めて見やる。


 鎌首をもたげた脚の生えた蛇。

 先日ラキ高原で発生した樹木(ウッド)系種の突発魔群侵攻(スタンピード)の原因となった謎のコインに彫られていた刻印と全く同じものだ。

「俺はこれでもBランク傭兵だ。悪党の逮捕権を保持している。今ここであんたを捕縛してやってもいいんだぞ」

「おお、おお! 怖い怖い、怖いデスねえ!」

 言葉とは裏腹に尼僧姿の無法者は肩を揺らしながら広間に声が響くほど笑った。周囲に人影はないが、この女が人払いでもしたのだろうか。

「デスがこうしてワタクシの手足と口が自由に動いているというコトは、少なくともお話をする気はあるというコトですよねえ? しかも愉快なオトモダチを連れずにお1人で来られたということは、ワタクシとの邂逅もヒミツになさるおつもりデショウ?」

「…………」

 フンと鼻で笑い、ハクロは長椅子に腰かける。

 それを見て尼僧は嬉しそうに、にっこりと、濁った笑みを浮かべた。

「それで何の用だ」

「端的に言いますと勧誘デス」

 尼僧はひらひらと手を振るうと一度握り、再び開く。すると指と指の隙間に1枚のコインが出現した。

盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)に入りませんカ?」

 くるりと指先で器用にコインロールをしながら尼僧は世間話でもするかのようにそうハクロに持ちかける。

 それに対しハクロは軽薄に笑い、鼻を鳴らした。

「はっ。Bランクまで昇ったってのに早速ヘッドハンティングか? 随分と名が売れちまったようだ。だから駆け足での昇進は嫌だったんだ」

「ンフフ、アナタのご活躍はフロア村でワタクシたちの同胞がまとめて処断された時から聞いておりマス。その実力を考えたらBランクでさえまだまだ途上というところデショウ?」

「んで、その末端を潰した本人を誘うのか? よっぽど盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)は人材不足らしい」

「ンン~、その表現は正確ではアリませんねえ」

 困ったような苦笑を浮かべながら首を傾げ、尼僧は言葉を続けた。

盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)はギルドと名乗っておりますが組織ではゴザイません。首魁となる主要人物もおらず、同胞同士でも誰が()()なのかはっきりとは分からないのデスよ。今盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)が何人で構成されているのか、恐らくは誰も知らないのではないデショウか。ナノデ人材不足かどうかはよく分からないのデス」

「……組織じゃない?」

 これは流石に初めて聞く情報であり、ハクロは思わず目を見開いた。

 それに対し尼僧は満足げににこりと笑みを浮かべる。

「ええ、ええ。ワタクシたちを言葉で言い表すならば組織ではなく概念、生き方なのでゴザイます。己を()()だと認識したらその時から()()なのデス。その理念はただ1つ――」

 尼僧はピンと指を立て、ハクロに指し示す。メダルはいつの間にかどこかへと消えていた。


「この世界に不満を持っているということ」


「…………」

 小さく笑い、悪戯に成功した悪ガキのように目を細めながら尼僧は続ける。

「不満と大きく括りましたがその中身はそう大したことでなくとも良いのデス。ギルドのトップが気に食わないトカ、収入が少ないトカ、ご飯が美味しくないトカ――なんだっていいのデス。どんな小さな不満でも心に抱えているのであれば、盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)に入る資格がアリます」

「…………」

「そして加入後にやっていただくこととはいたってシンプルなのデス」

「……なんだ」


「自由に生きること」


 尼僧は笑って差し出した人差し指を振るう。すると指先にどこからともなく再びメダルが現れ、指に沿って手の甲へ向けて転がり始めた。

「不満を解消するために自分の力で何とかするもヨシ、強引な手段に出て無法の道に走るもヨシ、なんなら不満を諦め飲み込んで、元通りの生活を送ることすら自由なのデス。ただ別の選択肢もあったはずだとたまに思い出してくれたら嬉しいデスけどね」

「そんなのでよく成り立つな」

「別に成り立たなくてもそれはそれでいいんデスよ。むしろ成り立たないことこそが本懐とでも言いマショウか。成り立ってしまったらそこに不満を抱き、どうにかしようと動くかもしれないし動かないかもしれないのが盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)デス。困っている同胞がいたら手を差し伸べてやり、それが自己責任で自壊したらさっさと見切りをつけ、それでいて報復だけはきっちり払うというのが昨今の風潮ですが、それすらも義務なんかじゃアリマセン。そのやり方を好む方々が多いというだけで、自由にしていいんデス」

「……ふん。矛盾だらけだな」

「矛盾を楽しむのもまた自由なのデス」

 尼僧の言葉にハクロは肩を竦める。

 どうりでしょっ引いてもしょっ引いても消えないわけだと納得する。自分たちでさえ誰が仲間か分からない連中を捕らえることなど不可能だし、親しい隣人でさえ実は()()である可能性を疑い出すのもきりがない。

 この停滞と安寧が薄気味悪いバランスの上で成り立っている世界において、何かに不満を抱き、それを変えようと意識を向ける蛇足(余計な存在)の集団とも言えない者たちの総称――それが盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)ということか。

「それで、イカガなさいます?」

 ぴん、と尼僧が指を弾く。

 重力を無視するように手の上を縦横無尽に転がり続けていたメダルが再び指の間に収まった。

 それを見て、ハクロはただ端的にこう答えた。

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