最悪の黒-085_占い飴
大通り広間に置かれた飲食用のテーブルに買ったものを並べていると、遠くにきょろきょろと周囲を見渡しているバーンズの姿が見えた。
「いたぞ」
「やっと来たか」
「バーンズさーん! こっちこっちー!」
リリィが椅子から立ち上がり手を振ると、向こうもハクロたちに気付いたのか小走りで近寄って来た。手には山盛りのポップコーンが入った紙バケツが抱えられている。
「悪い悪い! すんげー流されちまった」
「先に始めてるぞ」
「あ、ずりー!」
ハクロとタズウェルがタグ付きの木製ジョッキを掲げると、中に入っていたらしきビールは既に半分が消えていた。
「ほら、お前の分だ。1時間飲み放題で銀貨2枚、お代わりはそこの列にジョッキ持って並べ」
「サンキュー!」
ジョッキに紐で括られたタグには飲み始めの時間が記入されており、それから1時間以内であればこの飲食スペース周辺で取り扱っているありとあらゆる酒が飲み放題という仕組みだ。
バーンズになみなみとビールが注がれたジョッキを渡す。注がれてから多少時間が経ってしまったため泡はへたっているが、これに関してははぐれたバーンズが悪いということで我慢してもらう。
「それでは改めて」
「鹿狩りお疲れさん」
「「お疲れ様でしたー!」」
ハクロの掛け声と共に3つのジョッキとリリィのジュースのグラスが掲げられる。
そしてぐいと喉の奥に流し込むと、爽やかな酸味とほのかな苦みが淡い炭酸と共に舌の上に広がっていく。初めて飲むわけではないが、ルキルのビールはカナルの物と比べてあっさりとしていて飲みやすく、水のようにするすると入ってくる特徴があった。
それ単体では少々物足りないようにも感じるが、そこにルキル名物の火食鹿のケバブを合わせると途端に印象が変わる。発酵させていない平パンに切れ込みを入れ、そこに削ぎ切りにされた鹿肉と葉野菜、チーズとソースを挟んだ物だ。
このソースは酸味はほどほどだが辛みがとにかく強く、初めて口にした瞬間思わずジョッキに手が伸びた。そして口の中の刺激がビールで押し流されると再びケバブのソースで口を一杯にしたくなるのだ。
それでいて鹿肉がソースに負けないほど旨味が強い。ソースのインパクトで肉がかすんでしまうのではとも思ったが、むしろこれくらい強烈なソースでなければ鹿肉が強すぎるのだ。臭みや癖が強いというわけではないのにこの主張の強さが、火食鹿本来の味なのかもしれない。
「美味い」
「そうだろう、そうだろう」
「ビールが足りなくなる奴だよな!」
「ちゃんとお水も飲んでくださいね!」
薬師の忠告が耳に届いているか不安になる速度で3人のジョッキが空いていく。そして3人で交互に席を立ち、追加のビールを注いで戻ってくるというループに入り込んだ。
「お水を! 飲んで! ください! 飲め!!」
途中本格的なお叱りの声が降り注いだため、3人は大人しく果実水を間に挟んだ。
「ポップコーンなど久々に食べたな」
「酒に合わせるならこっちの塩バターだが、存外甘いのもイケるな」
「そーか? 俺甘いのツマミに酒イケるクチだけど」
ケバブの他、メインとなりえるこってりとした味付けの料理をひとしきり食い漁ったのち、バーンズが買って来たポップコーンに手を伸ばす。
トウモロコシと言えばハクロの居た世界では原種と改良種では見る影もないほど姿が変わった作物の一つだが、こちらでも似たような形に行きついている。その中でも爆裂種と呼ばれる加熱することで弾けて膨らむ品種も同様らしい。
さっくりとした食感とふわふわとした軽い口当たりの中間のような独特のトウモロコシに塩味の強いバターとキャラメルのソースがよく絡み合って思わず手が伸びる。
「そういやもう1つ買って来たんだった」
言って、バーンズはテーブルの脇に置いていた紙袋の中身を広げる。
中から転がり出てきたのは色とりどりの果実を模した包み紙に覆われた飴玉だった。
「占い飴だってさ。店主がどの飴がどんな客の手に渡るか1個1個占って包み紙に書き込んだんだって」
「へえ! 面白いですね!」
「……よくそんなの買ったな」
「胡散臭いことこの上ないな」
買って来たバーンズとリリィ、そしてハクロとタズウェルで綺麗に反応が二分された。
それを見たバーンズは慌てて首を振る。
「い、いや俺も占いなんて信じてねーけどさ! でも残り5個だっていうし、値段も銅貨1枚だっていうから、まあそれくらいならいっかって!」
「……安すぎないか?」
「占いの相場がいまいち分からんが、それでも祭りで飴を売るのとほとんど変わらん値段の時点で怪しいな」
「まあまあ良いじゃないですか!」
懐疑的な男衆に対し、リリィは笑顔で苺味と思われる飴に手を伸ばす。
「こういうのは中身を見てその場で盛り上がるのが楽しいんですよ! さーて、なんて書いてあるかなー」
がさがさと包みを開け、飴を摘まんで口に放り込む。
怪しい怪しいと訝しんでいたが、包み紙と飴の間にもう1枚薄紙を挟む仕事の丁寧さに少し見直してリリィの手元を覗き込む。すると翻訳の魔導具を介してこう記されているのが見えた。
仕事運:良好
ラッキーアイテム:新しい帽子
「え、これだけ?」
「まあこの大きさの紙に書ける内容なんてたかが知れてるよな」
「それはそうですけど……でも帽子かあ。そう言えば今持ってるの、ちょっと古くなってきたかも」
今度機会があったら探してみよ、とリリィは飴を口の中で転がしながら笑う。まんまと占いによって買い物欲を刺激されてしまっている。
「ほらほら、3人も開けてみてくださいよー」
「えー。飴って一回食べるとしばらく他のモン食えなくてそんなに……」
「ますますいいですね。さあ食べてください。食べてお酒を切り上げましょう」
「しまったそんな切り口から!?」
ズズイと圧をかけるように笑顔で飴を勧めるリリィに負け、バーンズとタズウェルがそれぞれ一つずつ手に取る。
「えーと、俺は『金運:堅実にすべし ラッキースポット:競馬場』……いや矛盾!?」
「はっはっは。確か収穫が終わった西農地でばんえい競馬をやっていたな」
「いいじゃねえか。バーンズちょっと財布の中全部突っ込んで来いよ」
「ぜってーヤだよ!?」
懐の財布を死守するように抱えながらバーンズは口に柑橘系の色合いの飴を突っ込んだ。それを見てタズウェルも包み紙を開けた。
「何々……俺は……。…………」
「どうしました?」
「えーと?」
何故か固まってしまったタズウェルの手元をバーンズが覗き込む。
「……『家内安全:不和 自ら動くべし』……」
「「「…………」」」
「……娘に手紙でも書くか……」
「……返事、ちゃんと返ってくると良いですね……」
占いはあまり信じていなかったはずのタズウェルに見事にクリティカルヒットする内容だった。
そして残る2個の飴のうち、何となく、ハクロは黄色の何の味かよく分からない包み紙の方を手に取った。
「これ何味だ? レモン?」
「あ、それは多分トルル味ですね」
「なんて?」
「トルルです。南部でよく食べられてるビワの仲間ですね」
「未知の味か……」
所詮飴、されど飴。このサイズの飴を食べ切ろうと思うと20分はかかるだろう。普段なら冒険心に駆られて手を出すところだが、何となく、ハクロはそれを一度置いて隣の甘瓜を模した包み紙の飴に手を伸ばした。
「こっちでいいか」
包みを開き、飴を口の中に放り込みながら裏面を確認する。
口いっぱいに甘いメロンに近い風味を感じながら包み紙のしわを伸ばし――右端に書き込まれたマークを反射的に親指で隠しながら読み上げた。
「『待ち人:来る ラッキースポット:教会』だとよ」
「教会……僧侶ギルドですか」
「待ち人来るってのはどういう意味だ?」
「自分にとって生き方が大きく変わるような出会いがあるということだな」
「へえ! なんだかロマンチックですね!」
「いい加減戸籍登録しろって催促じゃねえの」
「……そう言えば傭兵ギルドに登録したままずっと放置してますね……」
「「それだ」」
バーンズとタズウェルが笑いながらジョッキに手を伸ばしかけ、口にまだ飴が残っているのを思い出して誤魔化すように頭を掻く。その動作が綺麗に重なったためリリィは思わず笑みを浮かべ、ハクロもフンと鼻を鳴らして包み紙をポケットに突っ込んだ。





