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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-084_収穫祭

「お、お、お、おー!」

 リリィが歓声を上げ、ぐるりとルキルの表通りを見渡しながらふらふらと歩く。

 完全に口をぽかんと開けて前方不注意になっている彼女の肩を抱き、ハクロもまた人の波に飲まれないようあっちこっちに足を動かしながらなんとか前へと進む。

「元々人が多かったが、今日はまた凄まじいな」

「ああ。もうこの時期になると収穫作業も目途がつくからな。急ぎの作業をしなければならない農夫を除けば職人ギルド(レオン=ファクトリ)もほぼ全員がこちらに収穫祭に参加しているそうだ」

「なるほどな」

 隣を歩くタズウェルの言葉に頷く。

 彼は長身に加えて控えめに言って近寄りがたい人相をしているためか、この人混みの中においても若干のソーシャルスペースを確保しながらゆったりと歩けている。本人はそのことにも気付いていないようだが、わざわざ指摘してやるほど意地悪くもない。

 ちなみに、比較的小柄な部類のバーンズは散策開始数分で人の波に流されてどこかへと消えた。ギルド証を通じてメッセージのやり取りはできるし、そもそも元Aランク傭兵であるため滅多なことは起こりようもないため誰も心配していないが。

 なお、当然のようにティルダは来ていない。


『う、ウチはちょっとやることがあるから……!』


 朝の出発前に工房に顔を出して誘ってみたが、なにやら工具箱の中身を出したり仕舞ったりするという謎の作業を理由に断られてしまった。まあハクロとは面と向かってかなり喋れるようになったが、極度の人見知りと言う根本が変わったわけではない。このような場所に無理やり引っ張り出すのも気が引けるため、露店で何か美味い物でも見つけたら土産に買って帰ってやれば多少なりとも収穫祭の雰囲気を感じられるだろう。

「タズウェルさん、何かお勧めの美味しい物ってないですか!?」

 リリィがキラキラとした笑みを浮かべてタズウェルに向き直る。

 気付けば周囲には食べ物の匂いが様々入り混じる混沌としたエリアへと変わっていた。ルキルの拠点近くに多かったアクセサリや日用雑貨を取り扱う露店のエリアからかなり遠くへ来てしまったらしい。

「朝食ったばっかりだろう」

「早めのお昼御飯ですよ!」

「はっはっは。そうだな、ルキルの名物と言えば火食鹿のケバブだろうな」

「……鹿かあ」

 タズウェルの答えにハクロは渋い顔をする。

 この街に来てから肉と言えば鹿しか口にしていないのではないかと言うほど市場は鹿肉で溢れていた。ハクロたちが大量に狩っているのだから当然なのだが、折角の収穫祭なのだから鹿以外の物も食べたいというのが本音だった。ルキルは穀倉都市だが休耕地区では牧草も生産しているため、畜産も盛んだったはずだ。

 火食鹿は美味いことは美味いのだが、肥育された家畜と比べるとどうしても硬いのだ。

 しかしタズウェルは何やら意味深な笑みを浮かべながら首を振った。

「俺たちが普段食べていたのは狩ってきたばかりの新鮮な肉だっただろう。しかし収穫祭の時期になると最初の方に加工した熟成肉が出回るようになる」

「熟成肉……聞いたことがあります! 柵肉にした後、低温で保管することで肉そのものが持つ分解作用を利用して旨味を引き出すんですよね!」

 と、早くもすっかり口が鹿肉になったらしいリリィがフンスフンスと鼻息を荒げる。ここが人混みの多い表通りでなければ尻尾も盛大に振り回していただろう。

「その通り。適した環境で寝かせた火食鹿は牛肉にも引けを取らない旨味と柔らかさが引き出されるんだ」

「おおー! ハクロさんハクロさん、探しに行きましょう! 熟成肉絶対食べるんです! ティルダさんにもお土産に買って帰りますよ!」

「分かった分かった、引っ張るな」

 腕を引きながら小走りしようとするリリィに苦笑を浮かべ、ハクロは人混みへの奥へと足を踏み入れた。




「完全にはぐれた」

 バーンズは右手に綿菓子、左手にキャラメル味のポップコーンを抱えながら「うーん」と唸る。

 むし、と綿菓子を一口齧ると一瞬にして舌の上で溶けて消えた。とても美味い。

「ハクロさんたちは……あー、北側の食い物エリアかー」

 服に綿菓子がつかないようポップコーンの入った紙バケツの上に避難させてからギルド証をポケットから引きずり出すと、リリィから行先の連絡が来ていた。

 バーンズが今いるのは同じ食品を扱うエリアだが、街の南側の子供が好みそうなメニューが多い家族連れ向けのエリアだ。全くの正反対に流されてしまったらしい。

「『こっちは南側にいる。甘い物が多いけど希望があれば買っていくぞ』……っと」

 魔力操作の応用でギルド証からメッセージを送る。

 ハクロの旅にジルヴァレから同行したバーンズだが、彼の言いつけ通り魔力操作が必要な場面では自分自身の体から発せられる人体魔力を使うよう意識していた。人体魔力の使用は魔力切れと言うリスクはあったが、自然魔力を用いて魔術を発動させるよりかなり扱いやすく感じる。

 それはギルド証に刻まれた術式の起動にも同じことが言えた。それまでは指先で文字を書き込むイメージで入力していたメッセージも、今となっては念じるだけで滑らかに文字を綴ることができるようになった。

 こういう日々のちょっとした積み重ねでさえ、今のバーンズにとっては修行のように感じられて、とても新鮮だった。

「まだまだハクロさんには追い付けねえけどな……」

 思わずそう独白しながら肩を竦める。

 傭兵としてのランクも経歴も自分の方が上である。体格はあちらが恵まれているが、魔術による強化を含む身体能力では負けているとは思えない。

 しかしいざ組み手をしてみると、バーンズはこの3か月の間に一度もハクロに有効打を入れられたことがなかった。しかもこちらは武器の使用も認められているが、あっちは素手だ。

 文字通り、赤子の手を捻る様に毎回景気よく投げ飛ばされる。

 しかしそれでも、着実にハクロとの戦闘時間は伸びている。

「俺はまだまだ強くなれる……!」

 バーンズはそれがとても楽しく感じた。


「おやぁ? オニーサン、何やら嬉しそうデスねー」


 ふいに、声をかけられた。

 顔を上げると、家族連れが多いエリアには不釣り合いな建物と建物の間の薄暗い狭い路地裏で、申し訳程度に雨を凌げる大きさの粗末な天幕の露店が一軒、ぽつんと建っていた。

「ナニカ良いことでもあったんデスかー?」

「どちらさん?」

「見てのトーリ、飴屋さんデスよー」

 声をかけてきた店主に目を向けると、黒い髪色に金色の瞳の獅人系の獣人の女が色とりどりの果実を模った飾り紙に包まれた飴を指で摘まみながら笑っていた。

「マ、もう売り切れ間近ナノでそろそろ店仕舞いしようってトコなんデスがねー」

「ふーん」

 収穫祭は今朝から始まったが、それ以前から露店の出店許可は下りている。この辺りは甘味を求めて来る客も多いだろうが、祭りの期間でなくとも買える飴など売り切れるほど繁盛するものなのだろうか。

「オニーサン、当店の売り上げと店仕舞いに貢献する気はアリませんかー?」

「つっても飴だろー? 飴って一度食ったらしばらく他のもん食えなくなるから苦手なんだよな」

「イエイエ、ただの飴ではありませんヨ。当店の飴はその名も『占い飴』でゴザイます」

「占い飴?」

 聞きなれない言葉に首を捻ると、飴屋はわざとらしい仕草で胸を張りながらテーブルの上に売れ残った飴を並べた。

 その数5個。包み紙から察するに、苺、柑橘、葡萄、甘瓜の味のようだ。残る1つはバーンズには馴染みがないが、確か南部で主に好まれている果実だった気がする。

「ワタクシ、占いを嗜んでおりマシてネ。その日どの飴がどんなオキャクサマの手に届くか1つ1つ占って、包み紙の内側に書いているんデスよ」

「そんな手の込んだことしてんの!?」

「デスデスー。でもおかげで量が作れなくて、しかも言うても飴デスので値段を高くすることもデキず、今になって『もしかしてこれ美味しくないのでは』って気付きマシて。あ、飴はちゃんと美味しいデスよ?」

「アンタ商売の才能ないんじゃねーの?」

「ヨヨヨ~」

 わざとらしくしなを作る飴屋にバーンズは肩を竦める。

 ふと、すっかり飴屋のペースに乗せられ、適当にいなして去るはずだったのにすっかり露店の真ん前に立っていることに気付いた。商品の選択する才能はないようだが、話術は巧みなようだ。

「まあいいか。いくらだ?」

「おお、おお! お優しいオニーサンにワタクシ、涙がちょちょ切れてしまいそうデス!」

「そんな大げさな……」

「あ、お値段1個銅貨1枚デス」

「安いなあ……」

 飴1つとしては割高だが、祭り価格としてはそんなものだろう。しかし一つ一つ占いの内容を手書きして作っているのだとしたら、もう少し値を吊り上げても良いだろうに。

「じゃあ残り全部買ってやるよ」

「おお、おお! お優しいオニーサンは太っ腹なオニーサンでもあったようデス! ちょいとお待ちくださいネ、今包みマスから!」

「ああ」

 ウキウキと言う語感がぴったりなほど浮かれた様子で飴屋は髪の毛と同色の細くしなやかな尾を揺らし、卓上に残っていた飴を紙袋に収めていく。そしてまんまと買わされてしまった己の財布の紐の緩さに苦笑しながら、銅貨を5枚取り出して飴屋へ渡した。

「はいドーゾ! ちゃんと1人1個ずつありマスからねー。欲張りしちゃ駄目デスよ?」

「分かった」

 紙袋を受け取り、中身を覗き込む。

 するとふわりと果実の甘い香りが狼人の鋭い嗅覚に届いた。普通の飴ではここまでの香りはしないため、もしかしたら飴その物も上等なものなのかもしれない。

「じゃーな。次はもっと儲かるモン売れよー?」

「ハイハイー。毎度ドーモー!」

 受け取った銅貨をチャリチャリと鳴らしながら、飴屋はにこりと笑みを浮かべた。


「またドコカでお会いできるといいデスねー」

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