最悪の黒-078_試作品
翌日。
案内役として再度マウロを連れたハクロたち4人はタマの背に積めるだけの魔導具の試作品を積み込み、森の見張り拠点へやって来た。馬よりも頑強で傾斜地もするすると登っていく竜馬の足腰のおかげで、徒歩ではあったが前回とさほど変わらない移動時間で済んだ。
「あら、一人増えてるわね」
「……ぁぅ……」
前日から引き続き見張りをしていたシシリーが4人目――ティルダに目敏く気付き、ひょいと覗き込もうとする。しかし顔を髪の毛よりも赤くしたティルダはさっとハクロの陰に隠れてしまった。
「うちの技師のティルダだ。今回は魔導具の試運転のためについてきた」
「……一応これ、Aランク依頼なんだけど」
「近付かなければ襲われない樹木系の群れなんぞ案山子みたいなもんだろ」
「それは……まあ、そうなんだけど。豪胆と言うかなんと言うか」
はっきりと表情に呆れの感情を浮かばせながらシシリーが溜息を吐く。
Aランク指定されている樹木系種の突発魔群侵攻を舐めているわけではないが、警戒しすぎな気もするというのがハクロの感じるところだ。
いや、本来は彼らの方が正しいのだろう。普通の森林に紛れた樹木に擬態した魔物の群れなど、どれが本物の木でどれが魔物かなど一つ一つ判断しながら討伐しなければならないとか考えるだけでも気が滅入る。
しかし今回に限れば、目に見えている全てが魔物である。
対処は遥かに容易だ。
「つーわけで、こっからは技術の秘匿義務だ。マウロとシシリーはここで待っててくれ」
「あいよ」
「分かったわ。念のために言っとくけど、昨日の位置より先に踏み込んで襲われても責任は取らないからね」
「勿論だ。んじゃ」
タマの背に積んでいた木箱を下ろし、布で包んで隠した魔導具を一人何本かずつ持たせて森へと向かう。
「えと……歩きながらだけど、この子について説明するね……」
マウロたちとの距離が開いた頃を見計らい、ハクロたち長身組の歩幅に合わせようとトトトと小走りをしていたティルダが魔導具を包んでいた布を外す。
「つ、使い方は簡単……持ち手に初級魔術弾を形成する術式を付与してるから……狙いを定めて引き金を引くの……」
当初は建材程度の厚みしかなかった吹き矢に見立てた金属製の筒部分は厚みのあるものに交換され、さらに内側から生じるであろう衝撃に耐えられるよう外側から術式を彫り込むことで耐久面を向上させている。また外からは見えないが筒の内側には螺旋状の凹凸が刻まれており、発動する魔術に回転力を加えることで貫通力を付与させる造りになっている。
その魔術の起動は当初設計から変更なしのボウガンの引き金形式を採用。引き金を引くと矢が放たれるというイメージを術式として付与することで魔術発動時の負担を軽減させている。
そして発動による負荷を軽減させた分、筒の反対側に小さなハンマーを取り付けた。物体を後ろから付けば転がるという子供でも知っている理を術式として付与し、魔術の威力を増幅させていた。
「……いいな」
ティルダの魔導具を構えながらハクロが呟く。
ルキル出発初日に見た時よりも作り込まれた頑強な構造となっていた。大きめの木箱一つ分の部品と工具を持ち込んだとはいえ、馬車で移動しながら限られた物資でよくまあここまで完成度を高められたものだ。
「この基礎部分はルネの『腕』に使われてる合金か?」
「そうなの……! ウチの魔力に適合するよう配合は変えてるけど、ベースはルネちゃんのと同じ魔銀……だからウチだけはちょこっと魔力を通すだけで、あとは腕力で粘土みたいに加工できるんだ……!」
「なるほどな……ふんっ!」
試しに筒部分の両端を持って力を込めてみたが、軋みすらしない。厚さ相応の金属の塊だった。さらに魔銀主体の合金ということで見た目よりはいくらか軽く感じる。
「これ、一応魔導具なんだよな」
と、バーンズも抱えていたうちの一本の包み布を剥がしながら訊ねる。
「核になる魔石ってどうしてるんだ? 見たところどこにも出し入れするところがないけど、まさか入れ替えの度に分解するのか?」
「そ、それがこの魔導具のミソなの……!」
キラッキラの笑顔を浮かべながらティーダは魔導具に頬擦りをするように抱き寄せ、持ち手部分を指さす。
「ここに魔石を設置してるんだけど……交換の必要はないの……!」
「交換の必要がない? けど、魔力が切れたらどうすんだ?」
バーンズの得物である槍型の魔導具も石突部分に魔石をはめ込む機構が備えられている。ハクロと出会うまではその魔石を補助機構として槍の刃に炎を纏わせる戦い方をしていた。
アイスサーペント戦では周囲に地属性魔力がなかったことで炎属性を生み出せず苦戦を強いられ、ハクロの旅に同行してからは自分自身の炎属性魔力を使用して魔術を起動するよう心掛けているため今となっては飾りでしかないが、それでも一般的には魔石は使い終わったら都度交換するのが普通だ。
「魔力がカラになったクズ魔石って……どうしてるか知ってる……?」
「え? いや……職人ギルドが下取りしてるってことくらいしか」
「確か回収後は魔力を再充填しているんだったか?」
タズウェルが訊ねると、ティルダは「そう!」と笑顔を弾ませた。
「持ち手には魔力充填の術式を簡略化して組み込んだの……! あ、術式そのものは職人ギルドと魔術ギルドの秘匿技術だから聞かないでね……」
そう断りを入れながらもティルダは語りたくて仕方がないという風に体を揺らしていた。
それに苦笑し、ハクロが「なるほど」と魔導具を弄りながら頷く。
「魔導具なしで魔術を発動させるのと同じ原理か」
「ふ、うふふふ……!」
肯定はしないが否定もせず、ティルダは嬉しそうに笑った。
「バーンズ、身体強化の理屈を言葉にして説明できるか?」
「え? えーと、肉体を魔導具に見立てて運動能力向上と治癒能力向上の術式を形成するんだよな。発動は外じゃなく内側に向けてやるイメージで」
「そう。要するに魔導具なしで魔術を発動させるわけだ」
そこまでヒントを並べてやると、流石というかタズウェルは気付いたのかハッと顔を上げた。
「……なるほど。魔石を人体に見立て、魔力を外部から注いでやればいいのか」
「元々職人ギルドの工房で大規模な魔導具使って行ってる魔力充填作業を、この小さな持ち手の中だけで完結させてるわけだ」
実際に魔力充填作業を見たことがないため憶測でしかないが、一般家庭でも広く使われている魔石に一個一個魔力を注ぎ直しているとは考えられない。恐らくはある程度まとまった数に施設クラスのサイズの魔導具で一気に充填作業をしているのだろう。
しかし原理は同じだからと言って、それを手のひらサイズの機構に落とし込むことができるティルダの技師の仕手の手腕は世界的に見ても異常とも呼べるレベルだ。
「……ま、まだ試作段階で……これ以上大型化できないだけだけどね……安全のために、初歩的で単純な攻撃魔術に限定しないといけなかったけど……! で、でも――」
「安全性を維持したまま出力を上げることが出来たら、船の動力として使えるな」
「……ッ!?」
ティルダの言葉を横からかすめ取り、先んじてそう述べる。
彼女がルネから「魔石がいらない魔導具」の作成を命じられているのは聞いていた。しかしそれを何に使う予定であるかまでは傭兵大隊の機密に触れる部分であったためか、明確にはされていなかった。
「船の動力? え? 船って風か人力で動かすんじゃねえの?」
バーンズが呆けた口調でそんなことを訪ねる。
タズウェルも口には出さないが、表情から察するに恐らく「船=帆船」というイメージでいたのだろう。
「おいおい。ルネが目指してる『滅びの聖地』がなんで今まで未到達なのか知らないわけじゃないだろ」
「海流が複雑で、どれだけ帆を操っても流されてカニス大陸に戻ってきてしまうと聞いているが」
タズウェルがそう口にすると、ハクロは「分かってんじゃねえか」と軽薄に笑った。
「帆で進めないって分かってるのに帆船を造るわけねえだろ。恐らくルネが目指してるのは風の力に頼らず海流を突き抜ける速度で進むことができるような、全く新しい――言わば船型の魔導具だ」
ルネもティルダも、ハクロからすればこの世界にとって異質な存在であり、それ故に大変好ましく思っている。だからその野望に助力するのもやぶさかではない。
だがそれはそれとして、自分自身の目的を忘れたことなどない。
ハクロは「太陽の旅団」で公然と研究施設を持ち、己の目的のための地盤を整えるのが当面のやるべきことだった。
だからこそ、ハクロは多少わざとらしくとも、己の有用性をティルダを介してルネに提示できるチャンスを逃さない。
そしてティルダはと言うと。
「ふ、うふふふ……!」
肯定も否定もせず、眩い笑みを浮かべるだけだった。





