最悪の黒-077_魔物の森への対策
「お、戻って来たな」
森の下見を終えて野営地へと帰ると、椅子代わりの木箱に腰かけたバーンズが焚火に飯盒をかけ、夕食の準備をしながら火の世話をしていた。
その隣にはティルダ――の入った木箱がそのまま置かれている。
「……出て来なかったか」
「まーな。知らん奴が多いからな」
タズウェルが呆れたように腰に手を当てるとバーンズは肩を竦めた。しかし箱の中からハクロたちの声がするのを聞きつけ、蓋がほんの僅かに持ち上がった。
「お、お帰りなさい……」
「おう。そんな狭い所に長時間いて辛くないか?」
いくら小柄なドワーフとは言え、小さいのは背丈だけでティルダは割と肉付きがいい。そんな彼女がよくまあ長い間箱の中に潜めるものだと苦笑しながら案じると、「大丈夫……」と答えが返ってきた。
「……むしろ……落ち着く……狭いところ、好き」
「そうか。ところで今この場には俺とタズウェルだけじゃなく『ロバーツ先遣隊』のマウロって奴もいるんだが」
「……!!」
ガシャン! と大きな音を立てて木箱の蓋が閉じられる。
そして野営地に戻ると同時に突如木箱と会話をし始めたハクロを奇異な目で見ていたマウロは腹を抱えて笑い出した。
「へっへっへ! なんだその子、人見知りか!? 傭兵ギルドじゃ珍しい奴だな!」
「正確には『太陽の旅団』お抱えの技師だ」
「どっちにしろだな。職人ギルドは商人ギルドほどじゃないにせよ人付き合いが上手い連中が7割だ」
「残り3割は?」
「人の話をろくに聞きやしねえ頑固者」
マウロがそう吐き捨てる。マウロが偵察役として傭兵ギルドに所属する前は商人ギルドにいて計算仕事をしていたと言っていたが、その時の苦い思い出が甦ったようだ。
「んじゃ俺はその子の邪魔にならねえように退散すらぁ。飯食ったら作戦会議すっから顔出してくれ」
「分かった」
ひょいひょいと砂利だらけの地面を素足で駆けながら去っていくマウロ。その小さな背中を視界の端で捉えながら、ハクロは木箱に改めて声をかける。
「いやあ、悪い悪い。もう行ったぞ」
「……うぅ……ほ、他の人が……いるなら、教えてよ……!」
「黙ってたらびっくりすると思って」
「いじわる……!」
「はっはっは」
悪びれもなく笑いながらバーンズの向かい側、木箱の横の木箱に腰を下ろす。自然とタズウェルも木箱の向かい側の空いている木箱に座った。
「飯食いながら明日の作戦について話しておくか」
「おう。ほい、皿」
「どーも」
バーンズが木彫りの皿と匙を全員分回し、飯盒の蓋を開ける。
中身は米に塩漬け野菜と燻製肉を刻んで入れた具だくさんの粥だった。野営地とは言え久しぶりに腰を据え落ち着いて食事ができるということで、いつもの保存用の携帯食料ではなく、この場で調理加工された物だ。
ティルダの分もハクロがよそってやると箱からにゅるんと腕だけがはみ出て皿を受け取る。それを確認するとハクロは膝の上に一度皿を置き、手を合わせて軽く一礼した。
「いただきます」
「いたっきまーす」
「いただこう」
「えっと……いただきます」
元々ハクロが一人でやっていた食事前の挨拶だが、フロア村を発ってからはリリィも真似するようになり、ジルヴァレでバーンズが合流してからは彼も同じように始めた。そしてルキルの拠点で食事に同席するようになったタズウェルも興味深そうにそれに倣い、全員での食事の場に滅多に出てこないティルダもラキ高原までの道中ですっかり板についた。
翻訳の魔導具を介してどのように発声されているかは分からないが、食材や食事を用意してくれた者に対する感謝の意思はきちんと伝わっているようだ。
それはそれとして。
「バーンズ、焦げくせえ。弱火で10分と強火で3分は違うぞ」
「バーンズ、塩辛いぞ。野菜の塩漬けは面倒でも水にさらせ」
「バーンズ……これ、野菜がちゃんと切れてない……繋がったまま……」
「ちくしょー!?」
文句を言うべきところは言う。これもまた旅の仲間の気の置けないやり取りであった。
「さて」
ひとしきり文句を並べてバーンズをボコボコにしたところで、匙で粥を掬いながら話題を切り出す。
「樹木系の魔物の対処法って具体的にはどんなのがある?」
「ごふっ。……単体か群れかによるな」
自分で作った粥を一口噛み締め、言い逃れできない塩辛さにむせながらバーンズが答える。
「植物の形してても基本は魔物だからな。単体だと割とアグレッシブに襲ってくるから、それをかいくぐりながら中核器官を破壊するのが普通だ」
「だが種によって中核器官の位置が明確に判明していないのが樹木系種討伐の難しい所だ。幹の中だったり、果実だったり、花部だったり、厄介なものでは地中の根に抱えている場合もある」
バーンズの説明にタズウェルが補足を加える。
「なるほどな。じゃあ群れの場合は?」
「樹木系種の群れは基本的に森林に紛れて獲物が通りかかるのを待つ擬態型が多い。発生したその場から動けないという特性上、周囲から人海戦術で一本一本切り倒していくことがほとんどだな」
「却下だな。人が少なすぎる」
今この場にいる戦闘職はハクロとバーンズ、タズウェルの3人だけだ。あとは技師のティルダと調査支援の専門傭兵団しかいない。
「増援は期待できないんだろ?」
「ああ。そもそも樹木系の突発魔群侵攻は襲撃型と擬態型が入り混じるせいで脅威度が跳ね上がってAランク指定されてるくらいだからな。傭兵ギルドも下手なランクじゃ接近すら禁止されてる」
「そんなところにB以下3人に突っ込ませるな」
「……仕方ないだろう。仮に人手をかき集める許可が出たとして、ルキルの農地を放置すればあの森に生息地を追い出された火食鹿に更地にされてしまう」
つまりはそういうことだ。
低ランク帯は接触禁止、かつ人手は農地の防衛にかかりきりということで対応できるのがルネに委任されたこの場の3人しかいないのである。
「さて、どうするかなー」
顔を顰めたままガツガツとバーンズが粥を掻き込む。
本来ならば人手に物言わせて人海戦術で対処するべき樹木系種の対処だが、人手は望めない。かと言ってこの人数でちまちま伐採していくなど現実的ではない。
そんなある種の堂々巡りに陥りかけたところで、ハクロはふとずっと疑問に思っていたことを口にする。
「なあ、そもそも燃やしちゃいかんのか?」
「「…………」」
バーンズとタズウェルがきょとんと呆け、そして「うーん」と唸りながら難しい顔をした。
「……いや……いや、燃やせないこともない……というか、一応対処法の一つではある」
「けど相手は生木だぞ? ちょっとやそっとの火力じゃ燻りすらしねえんじゃ……」
「生木じゃねえ、魔物だ。水と地属性の魔力の塊だ」
「それは……いや、そうだが……」
いまいち釈然としないのか、二人の返答の歯切れが悪くなる。
ただしそれはどちらかというと「ハクロの疑念を否定したい」というよりも「そう言えばどうして誰もやらないんだ」という感情の方が大きいように思えた。
「バーンズ。炎属性魔力が希薄な場所で魔術によって大火を起こそうとするとどうするのが一般的だ?」
「……水と地を混ぜ合わせて木と見立てて、炎属性の魔石を使うか、ほんの僅かの炎と風で雷を発生させ火種として着火、風で威力を上げる……」
「それをさらに大火力にしようとするならどうする?」
「……薪をくべるイメージで、水と地を混ぜた魔力を注ぎ込む……」
「で」
と、ハクロは「森」のある方向を指さした。
「そこに大量の水と地属性の魔力の塊があるわけだが」
「ま、待て、待ってくれ! そうだ、樹木系を燃やしちゃいけない理由! うっかり普通の森に燃え広がったら山火事、に……」
自分で口にし、バーンズは自分で気づいたのかどんどん口調が弱くなる。
確かに樹木系の魔物が本来発生する場所は水と土の魔力が潤沢で、恐らく周辺環境も森林が広がっていることだろう。そんな場所で火を放つなど、大規模な火災に繋がりかねない愚行だ。
だがしかしここはラキ高原――岩と礫しかない荒涼とした砂漠地帯だ。
周囲に飛び火するような草木は一本も生えていない。
「方針は決まったな」
ニィ、とハクロは軽薄に笑った。
「ティルダ」
「うぇっ!?」
と、ずっと箱の中で話を黙って聞いていたティルダに声をかける。
「例の魔導具の調整はできてるな?」
「う、うん……試作品だけど、計算上では安全性も確保できてるよ……?」
普段のおどおどとした口調はそのままだったが、彼女は「多分」「はず」といった不確定要素となる言葉は使わず、はっきりと安全と述べた。
なるほど、こういうところがルネのお気に入りたる由縁なのだろう。
「早速明日試し撃ちだ。全員で玩具で遊んで来ようぜ」





