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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-076_森

 ラキ高原にはルキルの街を出立して9日目の夕刻前に到着した。

 馬車では10日かかるとされていた旅程だが、竜馬の体の頑強さに物言わせて1日短縮させる強行軍に成功した。その代償として最後に御者席で手綱を握っていたバーンズがタマの断角された頭部で吹っ飛ばされる程度にどつかれたが、その程度の犠牲で済んで何よりだった。

「うお、随分と早いお着きだな。到着は明日になると思ってたぜ」

 ラキ高原に急造された野営地で調査隊として先行していた傭兵団(チーム)と合流したハクロたちだが、その見覚えのあるわざとらしい薄汚い笑みにバーンズ共々「あっ」と声を上げた。

「あんた、『ロバーツ先遣隊』のマウロじゃねーか!?」

「へっへっへ、ジルヴァレぶりだなお二人さん。バーンズ、あんたAランク降り立って聞いたけどマジかよ?」

 野営地に視線を向けると、ジルヴァレで見かけた顔ぶれがそのまま作業をしていた。

「あんたらもルキルに来てたのか」

「まあな。俺たちは支援メインの傭兵団(チーム)だがルキルの鹿狩りは偵察の手も引く手数多だから、いい稼ぎになんだよ。それがいつの間にかこんな荒れ地の調査に出されちまったわけだが、おかげであんたらと再会できたわけだな」

 相変わらず小汚い笑みと指で硬貨を形作る仕草は胡散臭いが、その偵察の技量は疑うところは一つもない。タズウェルも特段の抵抗感も見せずにマウロに手を差し出した。

「『太陽の旅団』で遊撃手(レンジャー)をやっているBランク傭兵のタズウェル・ハミルトンだ」

「おう、『ロバーツ先遣隊』のマウロだ。偵察役一本でやらせてもらってるぜ」

「お噂はかねがね。あなたの偵察技術は遊撃手(レンジャー)として以前から勉強させてもらいたいと思っていた」

「へっへっへ、よしてくれ、俺はそんな褒められるような奴じぇねえよ」

 タズウェルの手を握り返しながらマウロは薄汚く笑う。褒められた時くらいその演技やめればいいのに、と無言のバーンズの顔に書いていたが、恐らくその歳まで続けてきた仕草はすっかり定着し自分でもどうにもできないのだろう。

「マウロ。日が暮れる前に『森』を見ておきたい。案内頼めるか」

「おう、いいぜ。いいけど、俺を馬に乗せてくれ。ちょいと安全のために野営地は距離取ってんだ」

 マウロは野営地を指さすと、人用の天幕とは別に寝藁が敷かれたものがあった。そこには馬車を引くための体格の良い馬が1頭、さらに騎乗用の細身な馬が2頭、餌桶に頭を突っ込んでいる。マウロはホビットであるため背丈がハクロの腰ほどしかなく、この体格では1人では馬に乗れないのだろう。

「んじゃ、俺とバーンズで行くか。タズウェルは荷下ろししといてくれ」

「あー、いや、行くならハクロさんとタズウェルで行ってくれ。俺は残る」

 とバーンズが申し訳なさそうに頭を掻いた。

「ほら、あいつがいるから」

「……ああ」

 バーンズが指さした木箱を見て思い出す。そう言えばティルダが野営地到着前に木箱に引きこもってしまっていたのだった。「太陽の旅団」の中でティルダと最も仲が良いのはルネだが、この数日で急速に距離を詰められたハクロを除くと次点はバーンズだ。

 ギルド証のメッセージ機能で「バーンズ_技師の方」という名称を使用する程度には良好な関係だが、強面のタズウェルとは未だに緊張してしまうらしい。よくそんなのでハクロたちが到着するまでルキルでタズウェルと生活していたなと思ったが、タズウェル曰く「寝泊まりする場所が同じなだけでほとんど別々に暮らしていた」とここではない遠くを眺めていた。

 タズウェルは人相こそ悪いが、存外子煩悩である。流石に今年で70になる反抗期真っ最中の実娘とティルダを同列に扱うことはないだろうが、それでも年頃の少女に警戒されているのは心に来るものがあるらしい。

「そういうことならタズウェル、一緒に来てくれ。マウロを頼んでいいか、俺は二人乗りに慣れてない」

「……ああ、構わない」

 直接的にそう言われたわけではないが、ティルダが警戒してしまうために野営地から追い出される形となったタズウェルは若干の陰りを湛えた表情で馬を止めてある天幕へと向かった。




 ラキ高原は岩と礫によって形作られたある種の砂漠地帯で、水資源が豊かでなだらかな平地が大半を占めるルキル平野とは様相が全く異なる。高原と名がつく通り目立つ山岳や峡谷のような地形はないが、その資源の乏しさからカニス大陸でも開拓地として利用された歴史すらない。生息する生物相も乏しく、雨期の前後に多少生い茂る低草を火食鹿が独占しており、その子鹿や死骸を狙って大型の猛禽類がたまに遠征に来るくらいだ。

 しかし今のラキ高原はその火食鹿の1頭どころか枯草一本見当たらない。

 雨期が開けてしばらく経つとは言え、そもそも火食鹿の強個体はここで繁殖を行っているはずなのだ。ここまで植生が死んでいることなど通常ではありえない。

「こりゃ鹿共もこぞってルキルまで来るわな」

 道らしい道もない荒野をぐるりと見渡しながらハクロが呟く。

 そのまま馬の脚に負担がないようできるだけ平坦なルートをぐるりうねうねと辿り、迂回しながら進むこと小一時間、ようやく目的のものが見えた。

「……驚いた。本当に荒れ地の真ん中に森ができてやがる」

 やや盆地気味の地形の底部分に、突如として青々とした葉が生い茂った森が出現した。

 一見すると砂漠のオアシスにも見えなくもないが、周囲には自分たち以外の生き物の気配は皆無。さらに森全体から淀んだ魔力の気配が漂っており、まだ相当な距離はあるが不快感が伝わってくる。


 これがAランク(ネームド)に指定された樹木(ウッド)系種魔物個体群――侵略魔森。


「一応、もう少し近付いたところに見張りで一人配置してる。野営地からでもギルド証でやりとりはできっけど、話聞きに行くか?」

「ああ、そうしよう」

 タズウェルに抱えられるように乗馬していたマウロの申し出に頷く。

 資料上で森については頭に叩き込んではいたが、実際に目前にするとそのあまりの異質さに気圧されてしまった。もう少し近付けるのであれば、その感覚を肌で感じておきたいというのが本音であり、タズウェルも異論はないようで馬の腹を足で蹴った。

 そこからさらに10分ほど馬を歩かせ、森へと近付く。

 森まで100メートル程手前に個人野営用の天幕が張られ、魔術師らしきローブのエルフの女性が手持無沙汰に焚火を突いていた。

「あら、交代は明日の朝じゃなかったかしら」

 馬の足音に気付いて顔を上げる。彼女もジルヴァレで見た覚えがある。確かアイスサーペントの空気穴を凍らせるために配置した支援魔術師(バッファー)の一人だったはずだ。

「討伐担当が一日早く着いたんだよ。下見に連れてきた。ハクロ、タズウェル、こいつはシシリー。ハクロはジルヴァレでも会ってんだろ」

「ああ、覚えてる」

「討伐担当ってあなただったの。ジルヴァレでは世話になったわね。改めて、『ロバーツ先遣隊』の支援魔術師(バッファー)やってるシシリーよ。よろしく」

 馬から降り、差し出されたシシリーの手を握る。柔らかな手のひらと、インクとペンだこで硬くなった指先が対照的な魔術師らしい手だった。さらに直前まで魔術を使用していたのか、彼女の周囲をうっすらと魔力が周囲を渦巻いているのを感じる。

「森を見張ってるって話だが、これ以上近付くのは危険か?」

「いえ、距離を保てば問題ないわ。もう少し近付く?」

「ああ」

 天幕の杭に馬を括り付け、シシリーを一行に加えて見張り用の野営地を発つ。

 少しずつ森に近づくにつれ、全体が放つ異様な密度の魔力にハクロは眉を顰めた。

 だがそれ以上に、その魔力の質が不可解だった。

「……本当に水と地属性が混ざり合っているな」

 タズウェルもそれを感じ取ったのか、怪訝そうに呟く。

 ラキ高原一帯は地属性の魔力に偏っており、雨期でもないこの時期は特にその偏りが顕著だ。しかしどういうわけか、森の周辺だけ水属性が地属性と同程度の密度で滞留していた。

 それ以外にも自然由来ではない動きをしている風属性が森の内側に向かっているように感じるが、これはシシリーによるものだろうか。

「ここで止まって」

 と、先頭を歩いていたシシリーが森との境界10歩ほど手前で歩みを止める。

 景観としては異質だったが、近くで見ると魔力が淀んでいる以外は普通の森と大差がない。青々とした下草や幹に巻き付いたツル植物、小さな花を咲かせているものまであった。

 これら全てが魔物だという。

「この先は危険よ。無策で突っ込むのはお勧めしないわ」

「具体的にどう危険なんだ?」

 タズウェルが訊ねると、シシリーは「見てもらった方が早いわ」とローブのポケットに手を突っ込んだ。

「タズウェルだっけ? あなた、見たところ遊撃手(レンジャー)よね。投擲術は?」

「心得ている」

 シシリーの問いかけにタズウェルは頷く。心得どころかタズウェルのメイン戦術なのだが、他人の戦法をむやみに開示するのはマナー違反であるため黙っていた。

「これ、投げてみてくれる?」

「これは……水属性の魔石か?」

「ええ。見張り用の野営地で洗浄用の水を生み出すための魔石だけど、魔力一滴残さず使い終わった後のクズ魔石よ。これを森に向かって投げてみて」

「ああ」

 言われるがままタズウェルは指先で魔石を摘まみ、腕をまっすぐに伸ばして指弾の構えをとる。

 そしていつもの礫と同じ要領で術式を形成しながら中指と親指で魔石を弾いた。

 タズウェルの卓越した技術により亜音速に到達しながら飛んでいった魔石はそのまま森へと到達し――バキバキと音を立てて伸びてきた蔦に搦め捕られ、砕けた。

「なっ……」

「あれが近付けない最大の理由。水属性の魔力に乏しいラキ高原で何故か発生した樹木(ウッド)系はその存在維持のために水属性に飢えに飢えてる。元々生えてた火食鹿の主食である低草から搾りかすのクズ魔石まで、貪欲に捕食しようと虎視眈々よ」

 人の体は60%が水分でできているという。基本的に人体から発せられる魔力はその者個人の属性に偏っているが、それでも水という物質から発せられる魔力は容易に水属性へと変異しうる。魔力保有者が生きているうちは、例え血液だろうが尿だろうが本体の魔力と同等の属性を纏っているが、死亡後魔力制御を離れると個人差はあるがいつかは水属性となる。

「つまりあの森に一歩でも踏み込んだら俺たちの体液目当てに一斉に襲われて干物か」

「そういうこと。水がないおかげで森はあれ以上広がりを見せてないけども」

「そうだ、そもそも原因は分かったのか?」

 ハクロたちが出発前、ラキ川上流に森が発生した原因があるのではと仮説を立て、ギルドから追加調査の指示が出ていたはずだ。ここに到着するまでの9日間で何か分かったことはないかと問うと、シシリーは申し訳なさそうに首を振った。

「それが分からないの」

「……未だ原因不明か」

「原因不明というか……調べれば調べるほど、ここに樹木(ウッド)系が発生するわけがないことが分かったの」

 シシリーは地図を取り出し、ハクロとタズウェルに見えるよう広げる。

 地図には調査の走り書きが羅列されているが、その多くが二重線により打ち消されている。

「確かに森のある位置は盆地で魔力が溜まりやすいわ。でもラキ高原全体が地属性に偏ってる以上、この盆地に溜まるのは地属性。仮に他の属性が流れ込んだとしても地属性に引っ張られて変異してしまうはずなの」

「そうなると、雨期でできた水溜まりの残留魔力という可能性はないか?」

「だとしてもラキ高原の雨期は6月から7月よ?」

「流石に2か月も水溜まりが残ってるわけないか……」

 タズウェルが周囲の砂礫を一摘まみ手に取る。表土はさらさらとした乾燥した礫であり、その下はこうしてただ立っている分には問題ない程度の岩盤だが、長期間水が溜まるような地質ではない。

「そもそもここ、ラキ川からかなり離れてんだよな」

 長身組が地図を覗き込んでいるため下の方で待ちぼうけをしていたマウロが呟く。言われて地図上の等高線に注目すると、雨期になると出現するラキ川のエリアからかなり離れていた。さらに丘を二つほど挟んでいるうえに、森の発生地点の方が標高が高い。こちらから水が流れることがあったとしても、ラキ川から流れ込むことはまずないだろう。

「一応原因解明と再発防止も依頼に含まれているが、これはどうしようもないな」

 調査支援が専門の「ロバーツ先遣隊」でさえお手上げ状態である以上、そういった分野に特化しているわけでもないハクロたちにできることはない。さっさと森をどうにかして安全を確保するだけだ。

「確認だが、森の『種』の拡散を防止しているのはあんたか?」

「ええ。よく分かったわね」

 シシリーに訊ねると、彼女はやや目を丸くしながら頷いた。

 先ほど握手した時に感じた魔力の属性は風だった。そしてあの森周辺を魔術由来の風が内側へ向かって吹き続けているのは到着した時に何となく感じていた。

「あなたがアイスサーペントを氷漬けにしたときの作戦を応用してみたわ。ラキ高原が地属性に偏ってるからと言って空中は風の独壇場だもの。内側に向かって吹かせて『種』が広がらないようにしてみたわ」

「ほう」

 まさか「進展」の概念がないこの世界の魔術師が、ハクロの案を参考にしたとは言え、自分から既存の魔術を別の用途に使うことができるとは思わず、素直に感心した。

 それにジルヴァレでも思ったが、この規模の魔術を長期間維持できるというのもなかなかの手腕だ。それに彼女は四六時中この見張り拠点にいるわけではなく、交代で後方の野営地に戻ることもあるだろう。その距離に関係なく維持し続けているのだとしたら、この世界の魔術師はそもそものポテンシャルは高いのかもしれない。

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