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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-075_積み荷

 翌日――朝日も昇り始めてすらおらず、まだ親子月と星々が夜空を照らしているような時刻に一行は出発した。御者席でタマの手綱を握る者以外は荷台で交代で休息をとりつつ移動を開始し、そのまま日が昇りきり秋の空が高く見渡せる頃合いにタマの休息のために一時馬車を止める。

 粗食に強く体が丈夫な竜馬と言えど、水は飲まなければ歩み続けることはできなくなってしまう。

 幸いルキル地方は収穫した農作物の運搬のため隅々まで農道が整備されており、それに伴った運搬動物用の給水所を兼ねた休憩所がいたるところに存在する。ハクロたちもタマががぶがぶと水を飲む傍らで休憩がてら遅めの朝食をとることとした。

「なんつーか、こんなのんびりしてていいのかよって思っちまうな……」

 秋の過ごしやすい気候、視界を埋め尽くす農地、時折吹く涼しい風――これがAランク依頼への道中であるということを忘れてしまいそうなほど穏やかな光景が広がっている。

「焦っても仕方ないだろう」

 長期保存のために限界まで水分を飛ばし、石と見まごうほどの硬さを誇るビスケットを少しずつしゃぶるように口の中でふやかしながらバーンズがそわそわと体を揺らし、溜息を吐いた。それを傍目にタズウェルもまたゴリゴリに乾燥させたカボチャと思われる薄切りの野菜を齧り、水筒を傾けて水を口に含む。

「確かに急を要する依頼だが、竜馬を急かして足を失うわけにもいかん。ここで無茶をさせたら下手をすれば収穫が終わって誰も通りかからない農地のど真ん中で立ち往生だぞ」

「う……」

 今年は火食鹿の出没が早かったこともあり、一部の農地では収穫が始まっている。今いる休憩所周辺はまだのようだが、道中の状況によっては人とすれ違うこともできない可能性すらある。

「……しかし食いにくいな」

 ハクロはナッツが混ざったべらぼうに甘い小麦生地を棒状にして焼き固めた保存食を齧りながら不平を口にする。確かにこの手の保存食は湿度に気を遣えば長期で持ち運び可能だが、一口食べるたびに口内の水分を持っていかれる感覚がする。

「やっぱ傭兵大隊(クラン)で保存食作ろうぜ。どれくらいかかるか分からん船旅で連日こんなもん出されたら暴動が起きるぞ」

「うむ……」

「ギルドの支援物資なんてこんなもんだよ。他も似たようなもんばっか」

 バーンズが肩を竦めながら荷台に積まれた木箱を開ける。釣られてハクロも覗き込むと、今三人で齧っている物と大差ない保存食が大量にビン詰めにされて並んでいた。

「ん? なんか多くねえか?」

 ふと気付く。人一人入れそうなサイズの木箱に入れられた保存食は明らかに片道10日、往復20日に余裕を持たせて1か月分だとしても倍以上の量が詰め込まれている。

「そうか? 先行してる調査組の補給も考えればこんなもんじゃねーの?」

「だとしてもこんな三箱もいらんだろ」

 大量の物資が積載可能なハクロの馬車だが、このサイズの箱が三つもあると流石に狭く感じる。

「こっちの箱もギルドからの物資か?」

 保存食を齧りながら隣の木箱の蓋に手をかける。鍵や釘の類は掛かっておらず、そのまま蓋を持ち上げれば中身が窺えた。


「…………あ」


「「「…………」」」

 ぱちりと目が合った。

 ハッとするような赤髪に、ここ数日でだいぶ見慣れた少し鼻先は丸いが可愛らしい顔つきのドワーフの少女――ティルダがそこにいた。

「……あう。すみません、入ってます……」

「あ、すまん」

 ほんのり顔を赤らめ俯かれ、反射的に謝ってしまいハクロはぱたんと蓋を閉じる。

 そしてスゥゥゥゥゥと大きく息を吸い、ポケットからギルド証を取り出した。


▽――――――――――――――――――――――――▽

 5024/9/16 8:27 [ハクロ_C]

 リリィへ。

 まだ拠点にいるなら工房を確認してくれ。


 5024/9/16 8:28 [リリィ・メル]

 え? はい、わかりました。


 5024/9/16 8:28 [リリィ・メル]

 ティルダさんどこにもいないんですけど!?!?!?

△――――――――――――――――――――――――△


「まあいないだろーな……」

「ここにいるもんな……」

「ティルダあああああ!?」

 タズウェルが絶叫しながら木箱の蓋に手をかける。しかし内側に取っ手でも付けているのか中から強固に抑えられ、蓋はビクともしない。

「『ティルダが積み荷に紛れていた。こっちでどうするか考える』……っと」

 リリィにとりあえずのメッセージを送り、ハクロは「はあ」と深い深い溜息を吐きながらもう一つ――ギルドからの物資とティルダが隠れていた箱の他のもう一つの蓋に手をかける。

 よっぽど慌てて詰め込んだのか、こちらも鍵がないただの箱だったが、中には各種工具や用途不明の魔導具の部品で一杯だった。

 そして。

「おい、この子どうする!? 流石にAランク依頼に技師を連れていけないぞ」

「いや、タズウェル。このまま向かう」

「何!?」

 箱の中から未完成の魔導具を一つ取り出す。

 原始的な吹き矢をベースとした筒状の魔導具に、起動装置としてボウガンの引き金、さらに威力を底上げするため吹き口に魔術を物理的に押し出す機構が取り付けられている。

「今から戻っても12時間のロスだ。迂回してどこかの中継集落に預ける手もあるが、それだけ突発魔群侵攻(スタンピード)の拡大のリスクが上がる」

「だが……!」

「それに何の考えもなしに潜り込むような奴じゃないだろ、そいつは」

 魔導具を構え、魔力は込めずに引き金を引く。

 カチンと音が鳴り、吹き口の金具が――撃鉄が弾かれ筒の中身を押し込む挙動をする。

 構造としては実に原始的で、元居た世界であれば少しやんちゃな子供が縁日で買うような物だが、それはまさしく銃だった。

「…………えっと……」

 木箱の中からティルダのくぐもった声が聞こえる。

「魔導具の試運転……したくて……動けない樹木(ウッド)系の魔物なら、いくらでも撃ち放題だから……」

「…………」

「お前なあ……」

 タズウェルが絶句し、バーンズも呆れる中、ハクロだけは「ふはっ」と噴き出し、そして軽薄に笑みを浮かべた。

()()な。やっぱお前、()()。流石はルネのお気に入りだ」

 ガタガタと蓋をこじ開けようとゆすっていたタズウェルを押しのけ、ハクロが代わりに手をかける。するとあれほど内側から強引に押さえつけていた蓋がすんなりと開き、中から期待に満ちた表情で赤毛の少女が顔を上げ、ハクロを見上げていた。

「ティルダ。このままだと一発撃つだけで筒が破裂して大事故になる。もう少し厚くするか、硬質化の術式を埋め込むかした方がいい。目的地まで10日かかるが、できるか?」

「……! うん! やってみる!」

「あと筒の内側に螺旋状の凹凸を入れてみろ。螺子の要領で貫通力が上がる」

「何それ面白そう……!!」

 おいしょ、とティルダが短い脚を懸命に持ち上げて木箱から這い出る。そして魔導具の試作品が詰められた箱に齧りつくように頭を突っ込み、そのままの姿勢でガチャガチャと部品を弄りだした。

「……どうなっても知らんぞ」

「まあまあ、戦闘が始まる前に調査隊に預けて後方にいてもらえばいい」

 もはや諦めたのかバーンズも肩を竦め、頭を抱えるタズウェルを諫める。

 その間にもハクロとティルダは部品を弄りながら議論を交わし、その一角だけ異質な盛り上がりを見せていた。

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