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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-073_安息日の朝

 ルキルに到着し、2週間が経過した。

「はあ……ねっむ」

 珍しく一番に遅れて起床し、さらに珍しく大きな欠伸をかましたハクロにタズウェルが呆れながら水の入ったグラスを差し出した。

「安息日だからと夜更かしするからだ。体調管理は高ランク傭兵の嗜みだぞ」

「わーってるよ」

 受け取ったグラスを傾けて一口喉の奥へと流し込む。冷却と浄化の魔導具を介して蛇口から汲まれる水は雑味が少なく、また胃の腑が収縮するほどに冷えている。が、流石に昨夜は睡眠時間を削りすぎてしまったため、それでもいまいち集中力が戻らない。

「「…………」」

 と、二つの視線に気付き気だるげにそちらを向く。

 ハクロより早めに起床し食卓に着いていたリリィとバーンズだった。

「どうした」

「私最近、ハクロさんのお勉強会してません!」

「俺も、ハクロさんに修行つけてもらってねえ!」

 きゃんきゃんと駄犬二匹が吠えながら抗議する。リリィは獣の耳を前に向けており、バーンズも耳がエルフ寄りでなかったら同じようにしていただろう。

 はあ、とハクロが溜息を吐く。

 確かにルキルに着いてからはそれまで毎晩のルーティンのように受けていたリリィとの語学授業が疎かになっており、ジルヴァレからルキルまでの道中で時間が空いた時に行っていたバーンズとの組手もご無沙汰だった。

 その原因というのが――


「……ハクロさん……! これ、この機構……面白くない……!?」


 ドパン! と工房の扉が開き、ティルダが図面を抱えてコロコロとハクロの元へと駆け寄ってきた。初対面の時に被っていたバケツは脱ぎ捨てており、周りに他3人がいることにも気付いていないようにぐいぐいと朝食を押しのけ図面をハクロの前に広げる。

「ボウガンの、引き金を参考にした魔導具の起動スイッチ……! ボウガンを『発射』するイメージをそのまま概念として付与して、回路負荷を軽減させるの……!」

「ほーう、いいじゃないか。魔導具の基礎も従来のスタッフ型からボウガンに近い形にしたのか」

「うん……! でも威力と負荷軽減を両立させようとすると、どうしても弓の部分が省けなくて……持ち運びに若干邪魔かなあってなって……」

「吹き矢をイメージすればいいんじゃないか? あれなら基礎部分をただの筒に省略できるだろ。そこに引き金のスイッチを取り付ければいい」

「そっか……!!」

「そのままだとボウガンベースと比べると威力は落ちるかもしれんが、その分は別の機構を取り付けるんだ。例えば吹き矢で言う息を吹き込む場所に――」


「こほん!」


 リリィがわざとらしく咳払いをすると、ティルダがはっと顔を上げる。そしてハクロ以外の3人全員も自分に視線を向けていることにようやく気付き、一瞬で髪色に負けないくらいほどに顔を赤くした。

「しゅ、しゅみま……!?」

 食卓に広げていた図面を折り畳み、出てきた時の倍の速さで工房に引っ込む。扉の奥からガラガラと何かを蹴飛ばす音と共に「ひゃー!?」と悲鳴が聞こえてきたが、リリィは変わらずじとっとした視線をハクロにぶつけていた。

「いつの間にやら随分と仲良くなったようですね。毎晩毎晩遅くまでとっても楽しそうで何よりです」

「……なんか言い方に棘がないか?」

「そうですか?」

 ふん! とリリィはむくれたようにフォークを握り直し、朝食のサラダをボウルごと抱えてわしわしと口に掻き込む。食事のマナーには厳しい方の彼女にしては珍しい荒れ方だった。そしてリリィほどではないが、その横のバーンズも不機嫌そうにそっぽを向きながら朝食のベーコンをつついている。

 その様子を見て真っ先に思い浮かんだのは、「2匹目の犬を新たに飼う際は先住犬を意識的に可愛がること」という飼育のノウハウだった。

「……やれやれ」

 肩を竦め、一度タズウェルに向き直る。

「今日は予定通り安息日にするんだよな?」

「ああ」

 一般的には週7日のうち水の日が安息日として定められており、一部を除き都市部の中核機関は1日の休暇が挟まれる。

 傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)医薬ギルド(エミリア=グループ)はその例外の方に含まれ、週に1日以上かつ月に8日以上の安息日を設けることと規約に記されているだけで、具体的な曜日は指定されていない。両ギルド職員はシフト制によりギルド受付を年中無休で開き、旅から旅へという生活の傭兵の安息日は自己管理とされている。

 ハクロたちも元々は各々の都合に合わせて安息日のスケジュールを組んでいたが、リリィに合わせた方が買い出しなどの都合がいいということで最近は揃って休むこととしていた。

「リリィ、折角の休みだ。買い出しを済ませたら今日は拠点でゆっくりと語学の授業をしてくれないか」

「…………」

 ピクリと獣の耳が震える。我が旅の仲間ながらこんなに単純でいいのだろうかとハクロも思わなくもないが、色々と理由をつけて疎かになっていた授業に向き直りたいと問いのもまた偽らざる本音であった。

「リリィのおかげでだいぶ読み書きもスムーズにできるようになった。そうだな、今度リリアーヌに手紙を出す時に俺も一枚書いて同封したい。手紙に使える文言の書き方を教えてくれないか」

「し、仕方ないですね! 師匠もハクロさんの近況は気になっているでしょうし、いい機会なので教えてあげますよ!」

「助かる。あと、バーンズ」

「お、おう」

「手紙を書いたら稽古つけてやる。今日が安息日だってこと忘れるくらいボコボコにしてやるから覚悟しておけ」

「うげっ!? さ、流石にそれは勘弁してくれ!?」

 口ではそう言いつつも駄犬二匹は尻尾を振りながら各々朝食を食べ始める。それを横から呆れ半分で眺めていたタズウェルは食後の紅茶を嗜みながら肩を竦めた。

「大変そうだな」

「…………」

 あえて無視して改めて朝食に向き直り、ハクロはフォークを手に取った。

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