最悪の黒-066_穀倉都市ルキル
その日の夕刻までには一行はルキルに到着した。
「わあ、ここがルキルですか……!」
関所で手続きを済ませて馬車を走らせているとリリィが顔を輝かせながら荷台から顔を覗かせた。
街の規模としては王都は比べるまでもないが、それでもカナルの街よりは大きく感じる。ただしカニス大陸最大級の穀倉地帯を有した街というだけあってか、そこに立ち並ぶ建物は商業施設よりも貯蔵庫や加工場が多く見られる。
王都では全く気にならなかった獣臭も流石にいくらか漂っていた。浄化の魔導具が配置されていないというよりも、それを上回る家畜や魔獣が飼育されているようだ。
「人が多いな」
確かに多少臭いは感じるが、それ以上に人通りの多さにハクロは目を見張った。商業施設は少ないが、それを補って有り余る数の露店が道沿いに所狭しと出店しており、その商品を求めて多くの人だかりが出来ている。
「この時期は収穫、加工、運送に護衛と何かと人手は入用だからな。噂じゃ人口は農閑期の10倍に増えるらしいぞ」
「10倍!?」
「拠点に荷物置いたら露店回ってみようぜ! ここの飯と酒はなんでも美味いからな!」
リリィのお手本のような驚愕のリアクションに気を良くしたバーンズは気前よくタマの手綱を操り歩速を上げる。タマも久しぶりの大きな街で他の馬車を引く馬に対抗心が湧いたのかいつもより景気よくスピードを上げる。
そのままルキルの街を眺めながら数十分後、東部の工房街の外れにある一軒家の前でバーンズは馬車を止めた。
「着いたぜ」
馬車のブレーキを固定し、バーンズが御者台から降りる。そのまま馬車後方へ行くとハクロとリリィが立ち上がるよりも早く幌を止めていた紐をほどき、降りやすいよう木箱を差し出した。なんとも甲斐甲斐しい後輩ぶりにリリィは「むふー」と満足げに鼻を鳴らしていた。
「ここがルキルの拠点か」
改めてその建屋を見上げる。
古いがよく手入れされているレンガ造りの一軒家で、正面から窺える床面積の割に大きな煙突が一本伸びているのを見るに、恐らく元々は工房だったのだろう。夏の盛りも過ぎたとは言えまだまだ暑い気温の中、今もそこから白い煙が上がっている。どうやらルキルに駐在しているらしい「太陽の旅団」所属の技師ティルダによって現役で稼働しているようだ。
「荷物を下ろしたら馬車とタマを納屋に置いてくる」
「分かった」
ハクロとリリィで馬車の積み荷を運び出す。と言っても今日ルキルに到着する計画で必要な物資だけを道中で揃えながら来たため、身の回りの品をまとめた木箱と鞄がいくつかしかない。
手早く荷物をまとめていると、表の物音を聞きつけたのか拠点の扉が開いた。
「来たな」
出てきたのは浅黒い肌のエルフの男だった。エルフらしい高い背丈に、膨れすぎずに程よく引き締まった体つきを見るに前衛職というよりも射手か遊撃手だろうか。目つきは鋭く、さらに左の目元から左耳にかけて大きな傷があり、耳輪が途中で千切れている。赤黒い髪はツーブロックとドレッドヘアーに組み合わせ、頭の上の方で一つにまとめており、それもあってか単純な背丈や体格ではハクロの方が上だが、総合的な威圧感ではあちらの方が優位だろう。
「『太陽の旅団』Bランク傭兵のタズウェル・ハミルトンだ。遊撃手を任されている」
「ああ。俺はハクロ。登録としては一応戦士ってことになってる」
「姫様から話は伺っている。ジルヴァレではバーンズ共々始末書レベルで派手に暴れたそうじゃないか」
「……そこまで伝わってんのかよ」
「有望な若者が入ったと年寄り共で話題になっていたぞ。私も期待している」
自ら年寄りと自嘲するということはタズウェルはそこそこの年代なのだろう。やはりエルフは外見から年齢が分かりにくいなと、ハクロはタズウェルが差し出した手のひらを握り返しながら内心頷く。
「そしてバーンズ」
「うぇ!?」
ハクロがタズウェルと挨拶を始めたためリリィと共に荷物をまとめていたバーンズが肩を震わせる。そしてタズウェルの射殺すような眼光から逃れるように視線を泳がせるが、構わずタズウェルは続ける。
「お前、Aランクを自ら退いたというのは本当か」
「お、おう」
「はあ……お前のAランク推薦は姫様と〝鋼の断崖〟爺の連名だったろう。姫様は気にしておられないようだが、あちらは相当お怒りだぞ」
「うげ!? メッセージで何も言われないから気にしてないかと思ってた……」
「あの老兵が細々としたメッセージ機能を使うわけがないだろう。今は南部で魔物討伐依頼を受けているはずだが、あそこからここルキルまでギルド経由で憤慨伝報が届いているぞ」
「ひ、ひぇっ……あ、明日確認しに行きます……」
「そうしろ」
そして、とタズウェルはリリィにも向き直る。そして自らの威圧感を自覚しているのか、にこりと柔和な――恐らく、本人は柔和なつもりな――笑みを浮かべて礼儀正しく低頭した。
「お初にお目にかかります、メル嬢。我らが傭兵大隊は万年人手不足ですので新たな薬師の入隊は心強く思います」
「ひぇっ……び、びびび、微力ながらご期待に沿えるようががが頑張ります……!」
「む……?」
ガタガタと震えるリリィに困惑するように首を傾げるが、傍目から見れば栗鼠を前に舌なめずりをしている豹か何かにしか見えない。
ハクロはやれやれと肩を竦める。
「とりあえず荷物運ぼうぜ」
思いがけず作業の手が止まってしまった二人を急かすようにパンパンと手のひらを打ち鳴らした。





