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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-058_偵察役

 会議室での状況確認を終えたハクロは、その足でジルヴァレ沖へと向かった。

 と言っても早速討伐に取り掛かろうというわけではない。作戦は負傷者の回復を待ってから再開することとなっているが、それでも定期的にアイスサーペントの様子は確認しなければならない。ジルヴァレ沖から移動の予兆があれば周辺の街や集落へ警報を発せねばならず、眷属が生み出され始めたら今いる戦力では到底手に負えなくなるため、本格的にAランク依頼としてさらなる増援を求めなければならないからだ。

「ここから先、気をつけろよ」

 今回の偵察を任されたのはハクロの他にもバーンズ、さらにBランク傭兵団(チーム)「ロバーツ先遣隊」からマウロと名乗った中年男――ハクロの腰ほどの背丈のホビットの遊撃手(レンジャー)だった。

「ホビットの傭兵とは珍しいな」

「確かに俺たちホビットはあんたらみたいに荒事には向いてねえさ。けど逃げ足だけはどんな種族にも負けねえつもりだよ。何より傭兵稼業は危険な偵察役が一番稼げる。ちまちまそろばん弾いてたガキの頃には戻れねえな」

 へっへっへと薄汚い笑みを浮かべながらマウロは指で硬貨の形を作った。

 元々ホビットは定住地を持たずに奔放に旅から旅への生活を送る者が大多数で、家族以外で集団行動をすることすら稀だ。彼らのほとんどが商人ギルド(セロ=カンパニー)の行商として暮らしており、そのせいか数少ない他者との交流に際しては貸し借りを嫌い損得勘定にがめつい傾向にあるという。

 マウロは傭兵団(チーム)に所属しているという点においてはかなり珍しい部類だろうが、それでも根底にあるのは商魂であるらしく、己の身を危険にさらすというリスクと偵察役に対し支払われる特別報奨を天秤にかけ、儲けが旨いと感じたから偵察役を続けているのだろう。

「それにホビットは足の裏が敏感だからな。こういう足の下に何かがいるタイプの戦場は俺の独壇場だ」

 言って、マウロは歳の割に軽快な身のこなしでその場でひょいと飛び跳ねた。

 マウロは凍った海上に立っているというのに靴を履かず、裸足で歩いていた。と言ってもホビットの足はフェアリーに次いで小柄な割に幅が広く、兎のように足裏が厚い毛に覆われている。

 なるほど足がセンサーになっているのか、とハクロは頷く。遠くにいる外敵も足音ではなく振動により察知できる構造になっているらしい。

「ああ、言っとくけど俺の忠告を聞かずに『穴』を踏んずけて喰われても、俺はどうしようも出来ねえからな。ま、俺の見落としで死んじまったら恨んでくれていいけどな」

「そこんとこは心配してねーよ」

 と、バーンズが肩を竦める。

「『瑠璃の雫』も大概だが、あんたら『ロバーツ先遣隊』もほぼほぼ偵察だけでBまで昇ったやべー奴らじゃねえか。そんな連中が寄越した偵察役がそんなヘマするか」

「へっへっへ。今を時めくAランク〝爆劫(バーンズ)〟様の覚えが頂けてるなら幸いでございつってね。なんか偵察役の手が欲しい依頼があったらうちの傭兵団(チーム)をサポートに指名してくれよな」

 マウロは薄汚い笑みを浮かべるが、ハクロはそれがどうにも演技であるように見えた。言っては何だがあまり清潔感のない見た目も、おそらくはわざとなのだろう。見た目だけで偵察役を軽んじるような輩には相応の対応をお見舞いするが、きちんと相手の技量を汲み取る相手には真摯に向き合う――そういうスタンスのようだ。

「さて、ここが最終地点だ」

 地図とコンパスを見ながら歩いていたマウロが足を止める。当たり前だが凍った海上は目印になる物が一切なく、出発地点の港からの距離と方角からしか現在地を知るしか方法はない。

「おう」

 バーンズが頷き、ここに来るまで背負ってきた荷物の紐をほどく。中身は金属製の大ぶりな杭に見えるが、その先端から頭の部分まで術式が刻み込まれた魔導具となっていた。

 杭を氷上に突き立てると足で踏み、深くまで埋め込む。同様の作業をここに来るまでに三度、計四カ所で行ってきた。

「おし、完了!」

「そんじゃあ記録しながら帰るか」

 再びマウロが先頭を進み、ここまで来る時とは異なるルートで港を目指す。杭はアイスサーペントが潜むポイントを中心に2キロ四方を囲むように配置してきた。

「ここと、ここ、あとここだな」

 マウロは周囲の状況を足の裏を使って探り、アイスサーペントの空気穴の場所を探しながらそこを避けるようにうねうねと蛇行しつつ進む。それと同時に地図へ魔力のこもった赤インクの染みたペンで書き記していく。

 すると氷上にぼうっと赤い魔力の印が浮かび上がった。

「おお、すげえ! この魔導具便利だな! 俺も長いこと偵察役やってきたが、こんなの見たことねえぞ! 危険地帯が一目で分かるっつーのは偵察の概念が変わるぜ!?」

 子供のようにはしゃぎながら次々に地図に印を書き足していくマウロ。調子に乗って丸印の中に笑顔をデフォルメしたマークを描くと、そのとおりの模様が氷上に現れた。それを見てさらにマウロは腹を抱えて笑う。

 一方、バーンズは肩を竦めて苦笑いを浮かべた。

「俺も初めて見た。うちの姫様が物資と一緒に送ってくれたんだが、フェアリーの魔法の地図だそうだ。全然解析が進んでなくて術式化されるのは当分先だろうってさ。どうやって動いてんのかも分からねーんだとよ」

「ああ、これラッセルの悪戯羽虫共のおもちゃか。なんだ、連中もたまには役立つもん作ってくれるんだな!」

 悪戯羽虫というフェアリーに対する蔑称はともかく、マウロは彼らが作った地図をいたく気に入ったようだ。


 フェアリー族は大陸東部に位置する最大の湖沼であるラッセル湖に「魔法」をかけ、異界を作り街を築いて生活している。

 その文化や考え方はかなり独自であり、一般的に「奔放」と言われるホビットよりも輪をかけて快楽主義的であると言われている。楽しいこと、好きなことにしか興味がなく、来る者は拒まないが馴染めなければ自分たちから追いかけることなど一切ない。

 彼らにとっての「楽しいこと」とは、彼らに古より伝わる「魔法」に他ならない。

 フェアリー族は日がな一日、数千年に渡り湖の異界にこもって自分たちの「魔法」で遊んでいる。

 古の時代――賢者が大陸を整える以前から存在していると言われるフェアリーの「魔法」は強力無比であるが、再現性が非常に乏しい。魔術ギルド(マグリナ=アカデミー)に所属する魔術師がよく使う言い回しとして、「幼い子供が積み木を組み合わせて立派な城を築き上げたとして、それを一度崩し再度同じ物を作らせようとしても全く同じものにならないのと同じ」という言葉すらあるレベルだ。

 そして今日までに極々稀に彼らの「魔法」の解析に成功し、術式に整理された物が、現在誰もが知識と技術があれば扱える「魔術」として普及しているのだ。


「杭はあくまで地図と実際の地形の座標を同期させるためのもので、『地図に書いた印が地形に浮かぶ魔法』とは別物だ。当たり前だが杭がそもそもずれてると印もずれる」

「それについては安心してくれ。俺の歩測の精度は何キロ歩いても最大誤差3センチ以下だぜ」

 しれっとマウロはそう口にしたが、それが真実ならばこいつはこいつで化け物だな、とハクロは呆れた。傭兵としてのランクはBだと出発前に聞いたが、一芸を極めたBランクは腕っぷしがAランクに劣るというだけらしい。

 そう考えると、フロア村周辺で暴れていた「明星の蠍」は下っ端がお粗末というだけで上位幹部全員がBランクというかなり危険な集団だったんだなと改めて感じる。生真面目なロックが上機嫌に報酬を大盤振る舞いして送り出したが、実際にかなりの大手柄だったようだ。

 この世界に降り立って直後の出来事であったため基準が分からなかったが、不意打ちが成功したことにハクロは今更ながら安堵を覚えた。

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