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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-056_アイスサーペント

「本日合流された方もいますので、改めて現在のジルヴァレについて整理させていただきます」

 ギルド支部内の会議室に通されたハクロはぐるりと室内を見渡す。リリィは薬師としてギルドに駐在していた他の医薬ギルド(エミリア=グループ)関係者から説明を受けているため不在だが、それを差し引いてもこの場にいる傭兵が少ない。

 進行役のオルティス、ハクロとバーンズの他には4人しかいない。各傭兵団(チーム)の代表者が集まっているのだとしても、「太陽の旅団」の他には4組しかいないことになる。

「まずこちらの保有戦力としましては、騎士団所属グラハム隊6名、Aランク傭兵大隊(クラン)『太陽の旅団』2名、Bランク傭兵団(チーム)『ロバーツ先遣隊』7名、同じく『風の旅人』5名、同じく『瑠璃の雫』5名、ソロのBランク傭兵3名、以上28名となっております」

「……それだけか?」

 出発前に聞いていた話よりも明らかに少ない。

 隣の椅子に腰かけるバーンズに耳打ちすると、渋い顔を浮かべて「さっきも言ったが」と返した。

「隣の集落……つっても馬車で3日かかるんだが、補給に行った傭兵団(チーム)が三つほど大雪で道が埋もれて帰還困難になった。他にも騎士団が避難民の炊き出しに駆り出されたまま戻って来れてないから、今ここに残ってるのは小隊1つだけだ」

「なるほどな」

 このままだとAランク依頼へと引き上げられるのも時間の問題だろうと考えていたが、そうなると今度は今ジルヴァレに逗留している主戦力であるBランク傭兵団(チーム)では対応できなくなってしまうのかと察する。外界から遮断されてしまった以上、気軽に増援を寄越すのも難しいのだろう。「太陽の旅団」の転移魔方陣も一度に移動させられる量には限りがあるだろうし、コストを考えればこれから人数が増える期待はしない方がいい。

 オルティスの説明が続く。

「また戦力の内訳としましては、盾兵(タンク)5名、戦士(ファイター)4名、遊撃手(レンジャー)6名、射手(アーチャー)4名、魔術師9名です。魔術師の詳細は攻撃魔術師(アタッカー)2名、支援魔術師(バッファー)4名、治癒魔術師(ヒーラー)3名となっております」

 さらに言うなら騎士団6名のうち5名が盾兵(タンク)、1人が治癒魔術師(ヒーラー)だという。いささか偏りを感じるが、魔物の脅威からの「守護」を担う彼らとしてはそのような配分となっているのだろう。

「思ったよりも後衛が多いな」

「ああ、『瑠璃の雫』がいるからな。連中はバックアップを専門にしてる魔術師だけで構成された傭兵団(チーム)だ。目に見える功績が少ないからBランク止まりだが、支援(バフ)治療(ヒール)だけでBにまでのし上がったやべー奴らだよ。……絶対に怒らせるな」

 当然ながら戦闘中「うっかり」支援が途切れるなどということは起こりえない……と信じているが、前に立って戦う身としてはご機嫌伺いしたくなるのが心情というものだろう。

「続いて討伐対象についてです」

 一言挟み、オルティスが窓一枚分の大きな紙に記された地図を部屋前面に貼り出した。

 昨日サンセットから見せられたジルヴァレ周辺の地図と同じものだったが、いくつもの走り書きが記されており今日までの激闘と苦戦の跡が見て取れた。

「ターゲットは北方海域に侵入した海蛇(サーペント)種――本作戦では便宜上『アイスサーペント』と呼称します。海蛇(サーペント)系種は本来は水属性、稀に炎と風を含有することで雷を発生させることが知られていますが、本種は炎属性を持たず、水と風により氷を扱うことに特化しています」

 ここまでは王都本部でも聞いた話だ。問題は、現場の肌感でしか分からない細かい部分だ。

「アイスサーペントの攻撃手段は大きく分けて二つ。ジルヴァレ沖20キロから湾口に至るまで凍結させるほど高密度な魔力を用いた各種氷攻撃、そしてその巨体を用いた肉弾戦です」

 こちらをどうぞ、とオルティスがハクロへ一枚の資料を渡す。魔術によって転写された記録画(写真)だったが、そこに映し出されていたアイスサーペントの姿にハクロは眉を顰めた。

「……でかいな。細身で分かりにくいが、海面に出てる部分だけで30メートルくらいはないか?」

 比較対象物とした大盾を構え騎士団の鎧を着込んだ盾兵(タンク)がまるで小人だ。そのジョブの性質上小柄ということはないはずであるため、おおざっぱに身長2メートル弱としても少なくとも太さは2倍、長さは15倍はある。実際は写り込んでいない海面下にさらに胴体が続くため、全長はもしかしたらその倍はあるかもしれない。

 ハクロの呆れ半分の感嘆に、オルティスとバーンズを含む全員が苦々しい表情を浮かべた。

「ええ。元々大型化の傾向にある海蛇(サーペント)系種ですが、ここまでの大きさの個体は約200年前に西方海域に発生したAランク(ネームド)『雷鳴王蛇』に次ぐかと思われます」

 そして現在は諸事情によりBランクにカテゴライズされてはいるが、討伐後はこのアイスサーペントもAランクとして記録されることになるだろう。

「氷の下から奇襲を仕掛けてくると聞いたが?」

 本部でサンセットから聞いた情報を確かめると、バーンズが眉を顰めながら頷いた。

「奴はあえて氷が薄い部分をいくつか残してんだ。つってもあくまで他と比べて薄いってだけで、オーガが乗ってもビクともしねえ厚さで、見ただけじゃ違いが分からん。近くを通ると的確に下から突き上げて、運が良ければ吹っ飛ばされ、悪いとそのまま海中に引きずり込まれる。……既に何人も犠牲者が出てる」

 そう吐き捨てるバーンズの表情は暗い。「太陽の旅団」メンバーでジルヴァレに来ているのはバーンズ一人だけのはずだが、もしかしたら知った顔か、こっちに来てから親しくなった者が喰われたのかもしれない。

「一応、一度顔を出した穴の位置は記録してある。そこだけは絶対に踏まないよう頭に叩き込んでおけ」

「穴は固定されてるのか?」

「ああ。つっても、未確認の穴があとどれくらいあるかは分かんねえけどな……。普段はそこを空気穴代わりにして日に二回くらいの頻度で突き破って顔を出してる」

「魔物も空気がないと生きられないのか?」

「いや、空気っつーか、風属性の魔力を補給しに出てるんじゃねえかって話だ。海中の魔力は当たり前だが水属性しかねえからな」

「ああ、なるほど」

 魔物は生き物の形体をしていることが多いが実際は魔力の塊だ。口はあるが牙を以って噛みつくためだけの器官、鼻腔も大気中の魔力を取り込むために効率がいいから備えているだけだと聞く。アイスサーペントも例外ではなく、自身の存在を維持するために定期的に空気中の潤沢な風属性の魔力を補給するために海上に顔を出すが、空気そのものを必要としているわけではないようだ。

「あと厄介な点と言えば……」

 と、さらに頭が痛くなる要素があるらしく、バーンズが頭をガシガシと掻く。

「氷から頭を出した直後はそうでもないんだが、長時間……つっても30分くらいか? それくらい経つと纏っている水が凍って鎧みてーに硬くなるんだ」

 しかもただの氷ではなく、アイスサーペントが発する魔力によって発生する氷鎧である。強度は同じ厚さの氷の比ではなく、どれだけ打撃を加えても跳ね返されてしまうという。

「まあその分、奴も身動きがしにくいのか動きは急激にとろくなって、すぐに海中に戻っていくけどな。そうなると半日は潜ったままでこっちからは手も足も出せなくなる」

「ああ、実質日に二回、計1時間しか討伐のチャンスがないのか」

「そういうこと」

 標的の発見から今日まで2か月弱、ずるずると討伐作戦が長引いている原因はその生態も大きいのだろう。

 これはいよいよ厄介な仕事になりそうだ、とハクロは内心肩を竦める思いだった。

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