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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-055_北端の港ジルヴァレ

 ――拝啓、師匠へ。


 お元気ですか? 私がフロア村を旅立ってもうすぐ2か月になりますね。

 高地で比較的冷涼だったフロア地方も随分と暑くなってきたのではないでしょうか。師匠は夏だろうが関係なくうっかりするとお昼まで寝ているので、しっかりご飯を食べているのか少し不安です。


 私はカナルを経由して王都に到着しました。

 元々はハクロさんのギルド証のためでしたけど、そっちはカナルの(ちょっといい加減な)支部長さんの取り計らいのおかげで早々に発行されました。なので本当は王都まで行く必要はなかったんですけど、ハクロさんがカナルで突発魔群侵攻(スタンピード)を単騎鎮圧するという大手柄を立てたおかげで、王都の本部に呼び出された形になります。


 王都ではギルド長さんに「さっさと実力相応のランクに上がれ」って注意されました。それはまあいいんですけど、びっくりしたことに私たち、王女様の傭兵大隊(クラン)「太陽の旅団」にスカウトされちゃいました! 最初は気後れしちゃったんですけど、話してみたら王女様……ルネ様はとっても話しやすくて面白いお方でした! ハクロさんも結構乗り気で、私も流れでルネ様の傭兵大隊(クラン)に入隊することになりました!


 これからは傭兵大隊(クラン)所属の薬師として色々な依頼に同行して見聞を広めようと思います。早速明日には依頼として大陸最北端の地、ジルヴァレに向かうこととなりました。ジルヴァレは今魔物の影響で夏なのに雪に閉ざされてしまっているらしく、きっと体調を崩している方も多いと思います。薬師としてどれだけ力になれるかは分かりませんが、頑張りたいと思います!


 それでは、師匠もお体にお気をつけて。

 朝はちゃんと起きて、ご飯もしっかり食べてくださいね。


    5024年7月24日、王都「太陽の旅団」本拠地にて

                       リリィ















「は、は、は、はっくしょーん!?」

「手本のようなくしゃみだな」

 馬車の荷台でモコモコのファーが取り付けられた防寒着に身を包み込み、リリィは奥歯をガタガタと揺らしながらズズッと鼻水を啜り上げた。

「さ、寒すぎですよ!? ついさっきまで半そで半ズボンだったんですよ私!?」

「昨日説明受けただろ。雪に閉ざされてるって」

「気温差が想定を軽く上回ってるんですよ!?」

 ぎゃあぎゃあと文句を垂れているのを見るに意外と余裕はありそうだな、とハクロは肩を竦める。

「ふ、冬毛が生えそう……」

「冬毛が生えるのか」

「……すみません、獣人の鉄板ジョークです」

 確定した。結構余裕だ。

「ていうかハクロさんはなんでそんな平気そうなんですか……? コート一枚上に着ただけで、下はいつもの黒シャツと黒ズボンじゃないですか……」

「身体強化の応用だ。本当はコートすらいらん」

「ず、ずるい!」

 極論全裸で雪山に放り込まれても全く問題ないが、それだと見ている側の精神がイカれるため、機動性と視覚情報の折衷案がコート一枚の追加である。


「お、あんたらが例の新人だな?」


 リリィと声を交わしていると近くに見えていた建物の扉が開き、声をかけられた。

 そちらを見ると、赤い瞳に焦げ茶色の髪の毛に赤いメッシュを入れた青年が手を振っている。エルフ――かと思ったが、腰からは髪の毛と同色の獣の尾が生えている。獣の体構造が極端に薄いタイプの獣人のようだ。よく見ると耳輪の辺りが毛深くなっている。

「『太陽の旅団』、Cランク傭兵のハクロだ」

「同じく薬師のリリィです! 目いっぱい補給物資積んで来ましたよ!」

「助かるぜ! あ、俺も同じく『太陽の旅団』のバーンズ・ウォーカーだ、よろしくな! そっちの薬師の姉ちゃんも! 耳はエルフ寄りだけど一応これでも同族だから」

「あ、はい!」

 青年――バーンズがふわりと尻尾を揺らすとリリィもまた尻尾を揺らして返した。狼人同士の挨拶なのだろうかと視界の隅で観察しながらハクロは荷台後方を縛っていたロープを外す。

「とりあえず言われた通り水と食料、暖房魔導具の交換用の魔石を詰め込めるだけ持ってきた」

「いやあ、マジで助かったわ。隣の集落に物資補給に行った連中が大雪で馬車進めなくなって戻ってこれなかったからさあ」

「転移魔方陣で王都から補給すればいいんじゃねえか?」

 ハクロは馬車の足元に展開された魔法陣を指さす。

 丁寧に除雪されたギルド宿と思われる建屋の裏手に、何枚もの石畳を既定の位置に置くことで複雑な術式が組み込まれた魔法陣として形成されている。「太陽の旅団」の虎の子である転移魔術であり、ルネ曰く一方通行であるとのことだったが、これがあれば物流豊かな王都から必要な物をいくらでも送り込めるのではないかと疑問に思った。

 だが魔術を用いた便利な物にはやはり相応の対価が必要なようで、「いやいや」とバーンズは苦笑しながら肩を竦めた。

「これ一回の発動にかなりの量の魔石を消費しちまうんだ。今回あんたらが増援として来てくれるって話だからついでに物資も持ってきてもらったが、いちいち補給に使ってたら一瞬で赤字だぜ」

「なるほどな」

 昨日ギルド本部で依頼の受領手続きをした後、ギルド証のメッセージでバーンズから持ってきてほしい物資のリストが送られてきたのだ。ハクロとしては特別何か必要な装備を整える予定はなかったためその日一日を物資の買い付けで王都を回り、馬車ごと転移魔術でジルヴァレまで来たわけだがそういった事情があったようだ。

「とりあえず物資をギルドに運び込もうぜ。他の傭兵団(チーム)の連中にも割高で売り付けてやる」

「あ、しっかり料金取るんですね……」

「当たり前だ。傭兵は慈善事業じゃねえ、物資の管理は自己責任が基本だ。逆の立場でも俺はしっかり金払って受け取るだろうな。そこんとこしっかり線引きしねえとタチの悪い連中が集まってきて、あっという間に丸裸だぜ」

「そういや港の住人はどうした?」

 ぐるりと周囲を見渡すも、雪に閉ざされているということを差し引いても人通りがない。除雪されているのはギルドの周辺だけのようで、その他は屋根にこんもりと深い雪が積もり、窓には板が張り付けられていた。

「ああ、魔物が確認されたばかりの雪がまだ薄かった頃に全員まとめて隣の集落に避難したよ。あっちはまだ魔物の影響は薄いからな。……このままだと時間の問題ではあるだろうがな」

「そんな深刻な状態なんですね……この港の漁師さんたち、大丈夫でしょうか……」

「実際厳しそうだな。本当なら今頃短い夏の間にガンガン船出して漁をする時期なんだろうけど、流石にそれどころじゃねえしな。今は騎士団が設置した仮説住居で身を寄せ合って、知り合いがいる奴らは船に乗せてもらって多少の手伝いはさせてもらってるらしいけど、魔物のせいで海水温が上がらなくてろくに捕れやしねえってよ。今年の夏の収入は絶望的だってくらーい顔してたわ」

「……だろうな」

「まあ王家から補助がでるだろうから飢え死にすることはないだろうが、さっさとあの魔物片付けて秋までには船出せるようにしてやらねえとな」

 よいしょ、とバーンズは荷台から木箱を抱え上げてギルドへと運ぶ。年若くハクロといくらかも変わらないように見えるが、その歳でAランクに数えられているだけあり、息をするように相当な強度の身体強化を発動させている。リリィが五人いても持ち上げられないような重量の荷物をひょいひょいと運び込んでいた。

 それにハクロも続き、リリィは無理しない程度の小箱を抱えてギルドへと入る。

 外よりは幾分かマシ程度の肌感覚だが、それでも寒いと感じる室内では既に何人かの傭兵が補給物資に目を輝かせていた。

 と、受付カウンターから一人のエルフが出てハクロたちの元へと近付いてくる。

 眼鏡をかけた、几帳面そうに背筋を立てた中年の男だった。

「初めまして。傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)ジルヴァレ支部の副支部長を任せられております、オルティス・ブランシュと申します」

「はいはい、知ってた知ってた。今度は親父か? 叔父か?」

「は?」

「す、すみません! 私たち、フロア支部のロックさんとカナル支部のジャンヌさん、あと本部のサンセットさんにお世話になりまして……」

「ああ、そういうことですか。サンセットは母方の伯父に当たりますので、ロックとジャンヌは従甥従姪となりますね」

「ブランシュ家、傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)の要職に就きすぎだろ」

 それもトップではなくナンバーツーないしそれに準じる立ち位置にいるのが尚更タチが悪い。サンセットは「彼らの研鑽の賜物」と言っていたが、流石にこれは何らかの力が働いているとしか思えなかった。

「ともかく、物資の補給大変助かりました」

「タダじゃねーぞ?」

「当然です。王都での購入価格にこれくらいプラスしてギルドで買い取らせていただきます」

 念のために断りを入れたバーンズにオルティスが頷き、サラサラと書類に金額を書き込み提示した。それを確認すると「まあいいか」とバーンズはペンを借りて引き渡し人として署名する。

 傭兵たちに直接売りつけようとしていた金額よりかは安いが、必要なのは無償で引き渡したわけではないという事実であるため、ここで吹っ掛けることに意味はない。これが商人ギルド(セロ=カンパニー)であれば絶対にそんな真似はしないだろうが、傭兵の物資共有に関しては儲けを出すことが目的ではないのだ。

「さて、補給が必要な傭兵団(チーム)は代表者を一名寄越してください」

 パンパンと手のひらを打ち、ギルドロビーに疲弊しながらたむろしていた傭兵たちがむくりと起き上がり、数名がカウンターへと並びだす。この逼迫した状況での物資供給は多少の混乱がつきもののはずだが、ここに集まっているのは全員Bランク以上の傭兵団(チーム)だ。中にはハクロのようにCランク以下もいるかもしれないが、対応の迅速さと冷静さは流石高ランク帯に数えられているだけはあった。


「さて、とりあえず俺たちの分の物資を部屋に運び込んだら、他の傭兵団(チーム)も交えて明日からの作戦会議だ」

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