最悪の黒-054_傭兵大隊としての初任務
翌日。
二日酔いどころか現在進行形で酒が回っているのを感じながら、ハクロはリリィに補助されながらギルドの一室にて傭兵大隊入隊手続きを行った。
ちなみにルネはというとハクロに飲ませるだけ飲ませて自分は嗜む程度に止め、数時間の仮眠を挟んでピンピンしながら日常業務に戻った。やはりあの王女の適性ジョブはホステスなんじゃなかろうかとハクロは酒臭い己の呼気に嫌気が差しながら最後の書類に署名を済ませた。
「これにて手続きは完了となります」
ギルド長補佐のサンセットがぱらぱらと契約のための羊皮紙を確認し、ギルド長の承認印を代押する。すると羊皮紙が端から炎を上げて燃え上がり、後には魔力の文字が浮かび上がる。
そこにハクロとリリィがそれぞれのギルド証をかざすと吸い込まれるように消え、「所属傭兵大隊:太陽の旅団」と追記された。
「便利なものだな」
「これで私も正式に『太陽の旅団』所属の薬師になったわけですね」
「ええ。以後はギルド証を通じて隊員内で簡単なメッセージのやり取りが可能となります。傭兵大隊代表者からの依頼の割り振りや行先の伝言などに使われております」
なるほどグループチャットか、とハクロは自分にしか理解できない言葉で頷く。
▽――――――――――――――――――――――――▽
○ハクロCランク傭兵が入隊しました
○薬師リリィが入隊しました
5024/7/23 9:20 [タズウェル・ハミルトン]
お。
5024/7/23 9:20 [イルザ・レイド]
あら、噂の新人さん?
5024/7/23 9:20 [余である!!]
うむ、二人とも無事に入隊手続きが完了したようだな!
5024/7/23 9:21 [バーンズ_傭兵の方]
新人キタ――――(°∀°)――――!!
5024/7/23 9:21 [バーンズ_技師の方]
姫様! 新しい技師はまだですか!?
5024/7/23 9:21 [マルグレート・ケリー]
流石に5人じゃもう限界です!
5024/7/23 9:21 [余である!!]
いない!!
5024/7/23 9:21 [バーンズ_技師の方]
(´・ω・`)ソンナー
5024/7/23 9:21 [テレーズ医術師]
>リリィさんへ
医療班板と女子会板の招待をしたので参加お願いします。
△――――――――――――――――――――――――△
ひゅぽ、ひゅぽ、と気の抜けるサウンドエフェクトと共にギルド証から魔力の文字が次々と浮かび上がった。
「…………」
「わ、わ、なんかいっぱいメッセージが来た!?」
「ほほほ。『太陽の旅団』は多忙で王都を離れている方が多いですからな。メッセージ機能も十二分に活用されているのでしょう」
そんなことよりも顔文字の概念あるのかよ、とハクロは渋い顔をする。念のため翻訳魔導具の視覚機能をオフにして確認してみたが、近い形の記号や文字を組み合わせてほぼ同じ表情が表現されていた。
流石にこんな文化まで異世界人が持ち込んだもとの決めつけるのはよくないとは思うが、収斂進化だとしたらそれはそれで何とも言えない気持ちになる。
▽――――――――――――――――――――――――▽
5024/7/23 9:23 [余である!!]
早速だが貴様らに依頼を授けよう!
△――――――――――――――――――――――――△
ひゅぽ、とメッセージがまた一つ浮かび上がる。明確に誰からのメッセージかは書かれていないが、この赤い縁取りに金文字の[余である!!]という表記はどう見てもルネである。
▽――――――――――――――――――――――――▽
5024/7/23 9:23 [余である!!]
依頼管理番号5024.05.21.002247
これをギルドの受付にギルド証と共に提示すれば傭兵大隊で受注している依頼に参加することができる。詳しい内容は受付から直接確認したまえ。
まあ簡単に言えば北方の地でのBランク魔物の討伐だ!
5024/7/23 9:23 [バーンズ_傭兵の方]
っしゃああああああああああ!!
増援きたあああああああああああ!!!!!
5024/7/23 9:23 [〝焔蜥蜴〟]
バーンズ貴様!!!!!!!
5024/7/23 9:24 [〝風舞踏〟]
姫様、こっちにも増援ください!
5024/7/23 9:24 [余である!!]
貴様らの武運長久を祈っている!
5024/7/23 9:24 [エーリカ・ロス]
あああああああああああああああああああ
△――――――――――――――――――――――――△
「「…………」」
その後も阿鼻叫喚のメッセージが絶え間なく流れ続けたが、二人はとりあえず通知機能をオフにい、懐へと仕舞い込んだ。
「えー、5月21日の2247……ああ、こちらの依頼ですね」
サンセットが受付でも使用している板型の魔導具を操作し、ギルドに記録されている依頼書を遡る。依頼の受付だけでなくそういった使い方もできるのだなとハクロは感心しながら眺めていた。
魔導具から魔力が文字となって浮かび上がり、ハクロとリリィの前に表示される。
「大陸最北端の街、ジルヴァレ港からの依頼となります。元々ジルヴァレは大陸の中でも特に寒冷な地域として有名なのですが、それでも5月にもなれば雪解けは終わるものです。ですが半ばを超えても氷雪に閉ざされたままということで傭兵ギルドに調査依頼が出されました」
「……もう7月だぞ? 2か月経ってもまだ未解決なのか?」
脳内にこの大陸の地図を思い浮かべる。
カニス大陸は北、東、南に頂点を持つおおよそ三角形の形をしており、南端付近は赤道直下だが北端であるジルヴァレはかなりの高緯度に位置している。それでも5月半ばを過ぎても雪解けの兆しがないというのはおかしな話だ。
「原因自体は調査後間もなく判明しておるようです」
と、魔導具に表示された依頼概要に目を通しながらサンセットが前置きする。
「どうにもジルヴァレ沖に氷を操る魔物が発生したようです。その討伐に苦戦しているとか」
「そ、そんな長期間居座っているなら、それはもう騎士団派遣案件なのではないですか?」
ごくりとリリィが息を呑む。
王家は騎士団と衛兵隊を戦力として保有しており、衛兵は治安維持、騎士団は要人警護や都市の安全確保が主な任務である。基本的に人の居住エリア外へ積極的に赴き脅威を打ち払うのは傭兵ギルドに割り振られる任務ではあるが、それでも一つの街が雪に閉ざされるという異常事態は「都市の安全確保」の領分として騎士団が招集されるべき事案だ。
そう問うと、サンセットもまた「そうですね」と頷いた。
「当然王都から騎士団も派遣されており、現在ジルヴァレでは彼らを主軸に複数の傭兵団が50人規模で討伐に向かっているとのことです。ですが先週行われた第三次討伐戦に至るまで全て失敗しているようです」
「……そんな大規模な作戦の参加がBランク依頼?」
とっくにBランクの範疇ではないように感じるのだが、何か事情でもあるのか。
「魔物自体はそこまで脅威ではないようです。討伐対象は海蛇系種で、出現記録の中では最大級ではあるものの、それでもBランクの域は出ないと判断されます」
「じゃあ何が問題なんですか?」
「…………」
魔物自体の脅威度は高くないが討伐困難、となると考えられる要因はいくつか思い浮かぶ。
そうか、とハクロは頷いた。
「沖合に出現したのが問題なのか」
「その通りです」
一度サンセットは席を立ち、棚から一冊の地図集を取り出した。
開いてテーブルに広げるとジルヴァレ周辺の海域が示されていた。
「今回魔物が出現したのはジルヴァレ港から沖合北東方向へ20キロ地点。元々冬季は港口付近まで流氷で覆われる地域です。流氷の漂着が観測されると禁漁期となり沖へ出る船もなくなるため、発見が遅れたようです」
「つまり半年近くのうのうと魔力を喰い溜めて強大化したと。眷属は?」
「幸いなことに観測出来ているのはこの一頭のみです。元々海蛇系種は増殖よりも大型化を優先する傾向にあり、眷属を生み出せるまで魔力を溜めようとすると数年単位の時間がかかるのです」
「えっと、それで何が問題なんでしょう? いえ、問題しかないのは分かるんですけど……」
リリィがうーんと唸りながら首を傾げる。
それを眺めながらハクロは苦笑し、一つヒントを出す。
「リリィ。この海域は冬になると氷で閉ざされる。それは単なる自然現象だが、今現在海が凍っているのは魔物の発する魔力によるものだ」
「は、はい」
「氷を操るということはこの魔物は恐らく水と風の魔力を秘めている。当然有効となる魔力属性は炎、もしくは地だ」
「そ、そうですね」
「だが魔力の属性ってのはどこにでも満遍なくあるわけじゃねえんだ。強風吹き荒れる海の上は当然ながら水と風の独壇場だ」
そこまで言われ、なるほど! とリリィは手を叩いた。
「そうか、有効打となる炎と地属性の魔術が使えないんですね!」
「ああ。それに海が氷で閉ざされているのも厄介だ」
行きは氷の上を歩いて行けば問題ないだろうが、魔物を討伐した途端海を凍てつかせていた魔力は霧散し、討伐隊全員まとめて海の藻屑だ。凍結の原因は魔物とは言え、氷の下の海水は人が容易に凍死する温度になっているだろう。
「つまり戦闘中は邪魔にしかならない人が運べる程度の小舟をえっちらおっちら引き摺って行き、魔術は使えず物理で殴るしかないと」
「大型船の運搬となるとオーガの人足さんか大型魔獣であれば可能でしょうけど……帰りに乗せなきゃいけないから中途半端な大きさだと転覆、大きすぎると今度はそもそも運べないんですね」
「さらに標的の魔物は普段は海中にいて討伐隊が近寄ると氷を突き破って襲い掛かるようです」
「奇襲まで仕掛けてくるとか八方塞がりだな。今までこんなこと起きなかったのか」
「海蛇系種は本来南方海域に発生する魔物です。その含有魔力は基本的に水属性で、極稀に炎と風を含むことで雷を発生させる個体が要警戒対象として発生早々に討伐されます。北方での海蛇系種発生事例は記録に残る限り存在せず、この海域でもせいぜいが大鮫系種が海中に発生する程度でした。魔術ギルドの魔術師は他海域からの流れ個体が北方海域の魔力によって変異したと考えているようですが」
「どこのどいつだ、討ち漏らした馬鹿は」
まあそんなどこの誰とも分からない誰かを責めても仕方がない。
肩を竦め、ハクロは一度仕舞ったギルド証を提示した。
「まあいい。とりあえず受けよう」
「そもそもルネ様からの指示なので拒否権もないですしね……」
「なんにせよ大変助かります」
「だが今から発つにしても移動だけで時間がかかるぞ。王都からジルヴァレってなると、この距離なら馬車だと2か月か? 夏どころか秋に入っちまうぞ」
「その点は安心せよ!!」
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!
ハクロたちが説明を受けていた部屋の扉が壁ごと吹き飛び、廊下から鉄腕の傭兵王女が侵入してきた。リリィはハクロが庇い、サンセットも死んだ目で魔術防壁を張って瓦礫を払いのけたため無傷だったが、上の階から「殿下ああああああああああああ!!」とロアーの咆哮が聞こえてきた。
「既にジルヴァレには我が傭兵大隊からAランク第捌拾伍位階〝爆劫〟・ウォーカーを派遣している! 奴にはジルヴァレのギルド宿の一室を『太陽の旅団』の仮拠点として押さえさせており、転移魔方陣も設置済みだ! コスト削減のために一方通行ではあるが、行きは一瞬である!」
「……そうか。だが連絡事項ならギルド証のメッセージ機能を使えばいいだろう」
「走って来れる距離にいる相手へポチポチとメッセージで伝えるのは性に合わん!」
「だとしても扉を破壊するのは本当に意味が分かりませぬ!!」
ズドドドド! と鴬張りの階段など知ったこっちゃねえと言わんばかりの足音を立ててギルド長室からロアーが駆け込んでくる。しかしその時には既にルネは反対側の窓を開け放ち、鎧の脚部でサッシを踏みしめていた。
「それでは余は先に戻っておる! 準備が出来次第貴様らをジルヴァレへと送る故、必要な物を買い揃えておけ! ああ、きちんと領収書は提出するのだぞ!」
「お待ちください! 殿下! 殿下あああああああああああ!!」
ロアーの静止などどこ吹く風。ひょーいと自宅の玄関から外に出る気軽さで窓から飛び降りると、ルネは「はははは!」と高笑いしながら「太陽の旅団」本拠地へと去っていった。
「「…………」」
今更だが傭兵大隊の経費が徒に嵩んでいるのはルネの破壊癖にも原因があるんじゃなかろうか、とハクロとリリィの脳裏に疑念が過ったが、台風被害に対し誰が責任をとるのかという次元と同等の論題である気がし、考えるのを放棄した。





