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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-050_ラグランジュ=ルネ・ツルギ

「ここが余の執務室だ!」

 そう言って案内されたのは最上階だった。

 執務室と言いながらそこに部屋はなく、ワンフロアの壁という壁を取り払い最低限の柱に天井と屋根が乗っかっているだけの、見る者が見れば「改築工事中か?」と首を傾げるような光景が広がっていた。


 なにせ外壁すらないのだ。


「なにこれ怖っ!?」

 その異様な風景にリリィは無意識にハクロの腕に抱き着いた。

 これには流石のハクロも呆れてフロアを見渡す。

「狭いのが嫌っつっても限度があるだろ。外から見た限りは普通だったが外壁どうなってんだ。雨風入りっぱなしだろこれ」

「心配無用。特殊な魔導具により機密性と風雨の遮断、さらに適温が保たれている。耐久面も問題ない。この区画ではこの建物が最も高い高層建築物であるからな、展望も素晴らしいだろう!」

「王城の天辺にでも住んでろ」

「そこは余の私室だ」

「既に住んでたか……」

 元居た世界で全面ガラス張りのタワーマンションの最上階に住みたがる成金の気持ちはハクロは理解できなかったが、きっとこの傭兵王女はそういった連中と同じような感性をしているのだろう。

 フロアには恐らく普段ルネが事務作業をしているのであろう大きな執務机が中央にドドンと置かれ、その周囲を取り巻くように書類が詰まった背が低めのキャビネットが城壁のように配置されている。徹底して見晴らしを優先したレイアウトはもはや狂気の域だった。


 そしてその執務机では金色の光を纏った一対の鎧の腕部が羽ペンを握り、サラサラと流れるように書類作業をしていた。


「な、なんですかアレ……」

「我が三対の鉄腕のうちの一対だ。號を『金剛腕』という。平時はこの本拠地にて事務作業を行っている」

 そう言って胸の前で組まれたルネの鉄腕に自然と視線が集まる。

 それに気付くとルネは「ふふん!」と誇らしげに笑った。

「現在余が使用しているのは『月長腕』だ。さらにもう一対、王城の執務室には『橄欖腕』を配し、公務を行っている」

「一度に六つの魔導具を使ってんのか」

「正確にはこの『鋼玉脚』と、『金剛』『橄欖』の作業を確認するため二対の『水晶眼』を使用している故、十二になるか」

「…………」

 これにはさしものハクロも開いた口が塞がらない。

 ここから王城までは数キロは離れており、その操作をこうしてハクロたちと談笑しながらルネは片手間という言葉も片腹痛くなるような手軽さで行っているのだ。

「さて」

 不遜な笑みを浮かべながらルネは鉄腕でかしわ手打つように合わせた。

「立ち話もなんだ。その辺に腰かけたまえ。我が傭兵大隊(クラン)について詳しく語る前に、そうだな、余のつまらない身の上話でも聞いてくれ」

 そう前置きし、ルネは己の生い立ちについて語り始めた。




 ラグランジュ=ルネ・ツルギは21年前の大嵐の夜、王城にて生を受けた。

 ロクサーヌ先王妃は元々体の弱かった上、エルフとしてもやや高齢でようやく授かった第一子の出産時に意識を失い、王家お抱えの医術師や薬師たちの懸命な治療も空しく産後間もなく一度も目を覚ますことなく息を引き取った。

 さらにアルベルト=レオン先王は愛する妻が亡くなり、さらに妻と引き換えのように生まれ落ちた我が子の姿に絶望した。


 ラグランジュ=ルネは生まれながらに両手両足がなく、エルフの特徴である長い耳も中途半端に短く、さらに両目は光を感じられない体をしていた。医術師の診断によるといくつかの臓器も不足しており、数か月と生きられないだろうとされた。


 先王はラグランジュ=ルネが生まれた後に気の病を患い、それが元で急激に老衰し王位を退き、10年前に大陸西部の療養地で妻の後を追った。

 これが貧しい家に生まれていたら下手をすれば即座に遺棄されていたかもしれない状態であったが、仮にも王家の生まれである。せめてその身が儚くなり大地へと還るまでは手厚く丁重に扱おうと乳母や侍女たちを中心に面倒を見ていた。

 その間にも手足のない王女の噂は瞬く間に市政まで広がり、王位継承権を自ら破棄して久しかった文官長の地位にいた王弟アルバーノが混乱を治めるため、空席となった王座を緊急的に継ぐこととなった。


 しかしそういった騒動が数年に渡って起こった裏側で、どういうわけかラグランジュ=ルネはまるで健全な幼子のようにすくすくと育っていった。


 ラグランジュ=ルネは手足もなく目も見えないにもかかわらず、否、手足がなく目が見えないからこそか、生まれながらにして異様なほど卓越した魔力操作を身に着けていた。

 その精度は物や己の体を浮かせるといった分かりやすいものに留まらず、自身の体の中の足りない臓器の代替となる器官を魔力をもって形成させ、四六時中一秒たりとも休むことなく呼吸や鼓動のように維持させるほどだった。

 視力についても同様に魔力探知の要領で周囲の状況を感じ取っているらしく、3歳になる頃には同じ年頃の幼子よりも早く読み書きを覚えて教育係の度肝を抜かせた。


 そうなると、いつ儚くなられても笑って次の生へと旅立てるよう、砂糖をまぶした焼き菓子よりも甘く、蝶よ花よと育てられた弊害というのも出てくる。

 幼少期は現在より輪をかけて傲岸不遜かつ我が儘で横暴、王家の教師たちはその小さな暴君に毎日毎日手を焼き、その職を辞して田舎へと夜逃げ同然に帰ってしまう者すらいた。


 さらにその奇異な外見からあまり表に出ないよう育てられたのも良くなかった。

 抑圧された生活と言えば多少は聞こえはマシだが、その実は軟禁同然である。狭い子供部屋――本人曰く、狭い――に閉じ込められ、欲しい物は命じなければ手に入らない生活に暴君が耐えうるはずもなく、ついには王城の一角を魔力操作で丸ごと吹き飛ばして脱走に成功する。


 周囲が上へ下への大騒ぎとなり、騎士団の魔導隊まで駆り出されて捜索が行われる中、彼女は城の塔の一番高い屋根の上まで駆け上り、城の外、王都とさらにその先に広がる世界を目の当たりにした。


 東の空の果て――大陸最高峰のハスキー連峰の頂から昇る太陽を全身で浴び、ラグランジュ=ルネは思わず涙が零れ落ちるのを感じ、こう思った。


 嗚呼。


 世界は。


 世界はこんなにも。

















 ――こんなにも狭いのか。

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