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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-049_師の軌跡

 傭兵大隊(クラン)「太陽の旅団」は傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)本部から馬車で30分ほどかかる位置にある旧い石造りの大型集合住宅(アパートメント)丸々一棟を本拠地としていた。立地としては工房街の北側の外れにあり、かつては職人ギルド(レオン=ファクトリ)の年若い弟子たちの住まいとして格安で利用されていたようだ。しかし工房街が南側に向かって発展していくにつれて居住者が少なくなり、王都全体の大型建造物を対象とした強度補修政策によって行われた大型改築に合わせ、住民が一斉退去したのを契機に「太陽の旅団」が買い取ったのだそうだ。

 周囲の街並みを見るに、元々は景観に合わせた青緑色の落ち着いた屋根色をしていたのだろう。しかし現在は家主の趣味に合わせてか、炎のような赤に金色の縁取りがされた目に優しくない、見るも無残なド派手な色に塗り潰されていた。

「馬車はその辺の空きスペースに適当に停めておけ。雇っている使用人が良いようにする」

 そう言いながらルネは丁寧に除草され踏み鳴らされた赤土の庭を指さし豪快に笑った。……ハクロたちの馬車の荷台で。

「ここから傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)本部まで結構な距離あったと思うんですけど、どうやって来たんですか……」

「徒歩だが?」

「嘘でしょ!?」

「すまん、嘘だ。見栄を張った。正確には走った」

「走り!?」

「俺たちがギルド本部についてからあんたが到着するまで20分もなかったと思うんだが、どうなってんだ」

「馬車で道に沿って移動するから時間がかかるのだ。屋根を飛び越えて直線距離で移動すれば数分で到着する」

「屋根の上を走って!?」

「つーか王女が護衛もつけずに移動すんな」

「余が余の傍に控えている。これ以上の戦力など今の王都には存在せぬ。それに二本の足があるのだから歩けばよかろう!」

「「…………」」

 ガイーン! とルネは鎧の掌で同じく鎧の脚部を叩く。硬質的な空洞音が響くが、触れていい部分なのか分からずハクロもリリィも無言を返すしかなかった。

「マリー、マリアンヌ! 戻ったぞ!!」

「はーい」

 馬車の荷台から飛び降りると、ルネは正面玄関を自ら開け放ちハクロとリリィを中へ案内する。そして呼びかけに答えるように邸の奥からコロコロと転がるように小柄な人影が小走りでやって来た。

 背丈はハクロの腰より僅かに高いくらいで、それに対し横幅が大きい老齢の女性だった。シンプルなエプロンドレスにひっつめにした白髪、深くしわが刻まれた顔には柔和な笑みが浮かべられており、なんだか幼児向けの絵本に登場する「おばあさん」そのものな風貌をしていた。

 唯一の違いは、女性でありながら顎周りに豊かな髭を蓄え丁寧に編み込んでいる点か。

「ドワーフの女性ですね」

 こっそりとリリィがハクロに耳打ちする。カナルの街では男のドワーフは何人か遠目で見かけたことはあるが女は見かけなかった。本当に女性も髭が生えるのだな感心する。

「紹介しよう。我が傭兵大隊(クラン)の胃袋を満たす料理長兼給仕長のマリアンヌ・フリーゲルだ」

「あらあら、まあまあ。急に飛び出したと思ったら姫様がお客様をお連れするなんて。今夜はお祝いにおっきなハンバーグを作りましょうか」

「はははは、それは楽しみだ! しかしマリー、彼らは客人ではなく傭兵大隊(クラン)の新隊員であるぞ!」

「まあまあ! それはようございましたねえ! それではお祝いにスパゲッティもお付けしなくちゃいけませんねえ!」

 ニコニコと笑いながら、ドワーフ――マリアンヌは小さな背丈で丁寧に礼をした。

「ご紹介いただきましたマリアンヌと申します。どうぞお気軽にマリーとお呼びくださいな」

「Cランク傭兵のハクロだ」

「は、初めまして! 医薬ギルド(エミリア=グループ)のリリィ・メルです!」

「……あら、薬師でメルと仰いましたか?」

 リリィの名を聞き、マリアンヌがひょいと眉を持ち上げ顔を下から覗き込む。どうしたのだろうと首を傾げながら「はい」と答えた。

「もしかして、リリアーヌ先生のご関係者かしら?」

「師匠をご存じなのですか? あ、えっと、リリアーヌ・メルは私の師で、育ての親なんです」

「あらあら、まあまあ!」

 それを聞いた瞬間、マリアンヌは大きく破顔しリリィの両手を包み込むようにそっと握った。

「もう80年も前になるかしら。まだ夫が生きてた頃に胸の痛みを診てもらったことがありましてねえ。出していただいたお薬がとても効いて、30年前に亡くなるまでピンピンしてましたの」

「え、師匠って王都にいたことがあったんですか?」

「いえいえ、80年前に私たちがお会いしたのはハスキー州の工房街でのことですよ。あの時リリアーヌ先生はお弟子さんを連れて修行の旅に出ている最中だったそうです」

「あ……」

「リリアーヌ先生はお元気かしら?」

「……はい! 師匠は今はフロア村っていうところでまだ薬師をやってます。私も今修行の旅の途中で、師匠は流石にちょっと年齢的に着いて来れないので、護衛のハクロさんと一緒に大陸を回ることになりました」

 思いがけずリリアーヌの名が出てきたことで郷里を思う気持ちが沸き上がったが、それをぐっとこらえリリィは笑顔でそう答えた。その一瞬の震えに気付いたのか、マリアンヌは「まあまあ」と優しく微笑んだ。

「それならたくさん世界を見て回って、リリアーヌ先生にお土産話をしないとですねえ」

「……! はい!」

「うちの傭兵大隊(クラン)は本当に色んなところに行きますから、リリィさんもたくさんのことを学べると思いますよ」

「…………」

 ぴしりとリリィが笑顔のまま硬直する。流れと勢いに押されてここまで来てしまったが、まだリリィは入隊について納得してはいないのだ。

 それを面白がってかハクロは隣で「ククク」と軽薄に笑っていた。

「良い縁じゃねえか。こんなこと早々ないぞ」

「ぐぬぬ……!」

 キッと睨むようにハクロを見上げるが本人はどこ吹く風。さらにルネが「素晴らしい!」と焚きつけるように鉄の手を叩いた。

「マリーの夫と直接面識はないが、素晴らしい鍛冶職人であったと聞いている。彼が生前に手掛けた剣は今なお大陸中の傭兵が求めているほどだ。彼の職人を病から救った薬師の弟子を我が傭兵大隊(クラン)に迎えられるとはなんたる光栄なことだ!」

「あらあら、姫様にそこまでお褒め頂けるなんて、夫もきっと今頃喜んでいるでしょうねえ」

「…………」

 快活に笑うルネと嬉しそうに笑うマリアンヌとは対照的に、リリィは視線があっちこっちへと泳ぎまくる。もはや「本当は入隊する気なんてなかったんです」などと言える雰囲気は塵一つ分ほどもない。

「年貢の納め時だ、諦めな。それに案外悪い話ではないかもしれんだろ?」

「しゃー!!」

 王都に入る前に交わした言葉をそっくりそのまま返され、リリィは申し訳程度に小さく尖った牙を剥き出しにしてハクロを威嚇する。

 もちろんその程度でハクロが怯むわけもなく、ただただ生温く軽薄に笑っているだけだった。

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