最悪の黒-048_鉄腕姫
情報量が多い!!
ハクロは出かかったその言葉をぐっと堪える。
そして彼女をどこで見かけたか思い出した。この世界で出回っている四種の硬貨のうち、銀貨に描かれていた少女の彫像画と瓜二つだった。銀貨では目を伏せ儚げに微笑んでいたため、目の前の傲岸不遜な少女とすぐに結びつかなかったのだ。
「あわわわわわわ……!」
そして横でガタガタ震えながら跪いているリリィを見るに、本当にラグランジュ=ルネ王女で間違いないのだろう。
ハクロも下手に動けず、とりあえずリリィに倣って頭を下げたまま様子を窺う。
「そう畏まらずとも良い!」
と、ハクロたちの内心を知ってか知らずかラグランジュ=ルネ王女は鉄腕を操り二人の襟首を掴み、ぷらんと子猫でもぶら下げるように立たせた。
「余のことについて知らしめるべく止むを得ず血筋を名乗ったが、ここ傭兵ギルドにおいては一介の傭兵でしかない! 故に低頭無用である!」
「……前提として、なんで王女殿下が傭兵やってんだ」
しかもSランクと名乗った。
傭兵ギルドに加入する際に「ランクはAまで」と説明を受けていたのだが、アレは何だったのか。
ロアーに視線を向けると、彼はやれやれと首を振りながら弁解する。
「Sランクは殿下が勝手に名乗っているだけです。傭兵としての本来の通り名はAランク第参位階〝鉄腕姫〟・ツルギです。そもそも何故Aの上がSなのですか」
「ロアーよ、貴様も少しは古典を嗜んだらどうだ。古の時代においてはAの上はSと相場が決まっている」
「…………」
思わず視線を泳がせる。「すごい」という形容詞をこの世界の言語で表すと「BRIY」となるため、Sというサブカルチャー的なランクは浸透しなかったのだろう。
それはともかく、Aランク傭兵であるというのは真実らしい。
ついでに位階という耳馴染みのない単語も聞こえてきたため記憶を掘り返す。
直ちには関係ないだろうとジャンヌからギルド規約について説明を聞いた時は詳しくは省略していたが、Aランク傭兵はさらにその中で順位付けがなされいるという。ただでさえ化け物揃いのAランクの中でも彼女はトップスリーの実力者――正真正銘の化け物とうことだ。
「ともかく、Sランクという肩書は存在しません」
「ふふん、余は既存のランク程度に収まる器ではない」
「それならばせめて上二人に格付け試合で勝利してから名乗ってください」
「余がSランクならば他二人もSランクで良かろう。奴らは余に並び立つに値する猛者である! 一度も会ったことなどないがな!」
「……まああの二人も殿下に負けず劣らぬ自由人ですからなあ。依頼の完了報告は上がっているのでどこかで生きてはいるのでしょうが」
「余としては第肆位階の貴様もSランクでよいも思っているのだがな」
「不要です」
ともかくだ! とラグランジュ=ルネは強引に話を戻す。
「余が何故傭兵をやっているかと聞いたな? 理由は至極明確!」
ラグランジュ=ルネは鉄腕を胸の前で組み、わざとらしく脚部のかかとをカツンと鳴らした。
「城が狭いからだ!」
「駄目だ、全く意味が分からない」
遠目から王都を眺めるだけでも眩暈がするレベルの巨大な王城はどれだけ語彙力を搾り尽くしても「狭い」という感想は出てこない。
しかしラグランジュ=ルネはハクロの呟きなど聞こえていないかのように話を進める。
「余はいずれ、父にして先王アルベルトの跡を継ぎ女王となる。今は叔父上に王座を託しているが、そう遠くないうちに譲り受けるつもりだ。しかし余が治める城、都、大陸――それらはあまりにも狭すぎる!!」
カツン、と鎧のかかとが鳴る。
「故に余は王座に就くまでに、余に相応しい統治を目指すため大陸の外――俗に『滅びの聖地』や『龍の墓場』と呼ばれる海の向こうを目指している! そのために自由に大陸中を駆け回ることができる傭兵という身分に就き、日々研鑽を重ねているのだ!」
「…………」
そう語るラグランジュ=ルネにリリィは呆気にとられ、パクパクと口を動かすだけで言葉が出ない。そして一度大きく息を吸い込み、吐き出し、ラグランジュ=ルネに向き直る。
「目視で存在が確認できている『滅びの聖地』はともかく、僧侶ギルドの伝承にしか登場しない『龍の墓場』なんて本当にあるんですか?」
「ふむ。狼人の少女よ、貴様の疑念は尤もである。だが貴様は考えたことはないか?」
すっと顔の前に鉄の指が突き出され、リリィは思わず注視した。
「何故伝承は存在する? 誰が何を根拠に言い出した? ただの妄言を、頭でっかちの僧侶共は大切に大切に数千年も抱えているというのか?」
「そ、それは……」
「存在しないのならばそれでも良い。笑い飛ばしてやればいいのだ。だがもしあるのならば、そこは今この瞬間にも余の統治を首を長くして待っているのだ!」
「…………」
語る間にも興奮してきたのかラグランジュ=ルネの頬はほんのり紅潮し、息遣いも荒くなり始めている。対してハクロは冷静に、そして努めて背筋に一本の氷柱を突き立てるようイメージしながら慎重に言葉を選んだ。
「ラグランジュ=ルネ王女殿下」
「ルネで良い。敬称も不要だ」
「……ルネ」
リリィやロアーだけでなく、その場で瓦礫の撤去を進めていたサンセットまでもがぎょっとしてハクロを見る。いくら本人がそう呼ぶように命じたとして、本当に愛称で呼び捨てするとは思わなかったようだ。
しかし当のラグランジュ=ルネ――ルネはその呼び名に一層機嫌を良くし、口角を吊り上げた。
「本気で海の外を目指しているんだな」
「無論だ。王女の我が儘な道楽などではない。本気で海の外を余の統治下に置くため動いている。当然、王族の勤めも疎かにしておらぬ。今こうしている間にも我が魔眼と残る二対の鉄腕は執務室で書類仕事を行っている」
「そうか」
一つ頷き、すっと右手を差し出した。
「さっきあんたは傭兵大隊に俺をスカウトすると言っていたな。その話、受けよう」
「うむ、即決とは美しい決断力だ! 我が『太陽の旅団』は貴様を歓迎する!」
「ハクロさん!?」
ガシッと握手を交わすハクロに思わずリリィが声を荒げ、二人の顔を交互に見やる。そしてロアーも目元を指先で押さえながら苦々しい口調でハクロに確認した。
「……ハクロ君、本気かね?」
「ああ。ルネが海の外を目指す準備のために大陸中を駆け回っているってんなら俺たちの目的にも合う。王女殿下の傭兵大隊なら下手に突っかかってくる馬鹿もいないだろうしな。ついでにリリィも薬師として傭兵大隊に雇われたらどうだ」
「私も!?」
「ほほう、貴様薬師であったか! 薬師など傭兵大隊に何人おってもいいからな! 当然貴様も歓迎しよう!!」
「あれよあれよという間に!?」
悲鳴を上げるリリィを高笑いしながらスルーし、そして鉄腕で小脇に抱えるとハクロを伴いギルド長室の扉(だった大穴)から廊下へと足を向けた。
「人さらいー!?」
「はははは! 元気があってよろしい! 詳しくは我が傭兵大隊の居城にて話そう! この部屋は余には少々狭いからな! まったく、壁と扉を取っ払ってやれば多少開放的になるだろうに」
「ギルド長室は決して狭くはな……お待ちください殿下。よもや毎度毎度扉と壁を破壊するのはそんなことを考えていたからなのですか!? 殿下、殿下!!」
去り際に何やら聞き捨てならない言葉が耳に入ったロアーはルネを呼び止めようとするも、嵐のように襲来した傭兵王女は迅雷のように去っていき――それと入れ違うように職人ギルドが修理のためにやって来たためそちらの対応をしなければならず、去っていく三人の背中を見送ることしかできなかった。





