最悪の黒-047_乱入者
「な、なんでしょう?」
リリィが首を傾げながらギルド長室の扉に目を向ける。声の主は随分と慌てているため印象が違うが、どうやらサンセットのようだ。ハクロも不審に思いながらも、ちらりとロアーを見やる。
「…………」
彼は無言で両手を額に押し当て、俯いていた。心なしか、金色の鬣がへたっているようにも見える。
「……ギルド長への客らしいな、邪魔にならんよう俺たちはさっさと帰るぞ」
「え、あ、はい」
「待ちたまえ。もう一杯くらい茶に付き合っても良いだろう」
「気遣い不要、帰らせろ」
表情の読みにくい獅子顔を一目見てわかるほどに狼狽させながらロアーがハクロを引き留めようとごねる。しかし扉の外から漂う面倒事の気配にこれ以上こんなところにいてやる義理はなく、ハクロはリリィを小脇に抱える勢いで連れ出そうと扉へと向かった。
が。
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!
「おわっ!?」
「へぶっ!?」
ドアノブまで数メートルというところで、扉が――というか、扉を留めてある壁ごと爆音を立てて吹き飛んだ。反射的にリリィの頭を掴み床に転がることで飛来する扉は回避したが、危うく巻き込まれるところだった。
扉は爆風を伴い執務室の方まで飛んでいき、部屋中の書類や小物が辺りに散乱する。
「ロアーよ、余が来たぞ!!」
どどん!
そんな効果音が聞こえてきそうな声量と共にギルド長室の扉を吹き飛ばした不埒者は掲げていた右足を床に下ろし、仁王立ちしていた。
「なんだ……?」
パラパラと降ってくる木片や埃を払いながら不埒者に目をやる。
端的に言って、彼女は異様な出で立ちをしていた。
ノースリーブワンピースは一目見るだけで上等なものだと分かるほどの質感で、襟元に施された刺繍一つとっても職人の技量が感じられる。丈は短いがスカートの裾にも同様の意匠が施されており、その服装一枚だけならば深層の令嬢といった風にも見えるのだが――本来そこから窺えるはずの腕と脚がなかった。代わりに、まるで中に見えない部位が収まっているかのように重鎧の腕部と脚部が宙に浮いている。
目元は金糸のレース生地のフリルがあしらわれた赤いリボンで隠されているものの、見えている鼻立ちや口元だけでもその跳び貫けた美貌がはっきりと見て取れた。さらに髪色は金に燃えるような赤が混じることでさながら太陽を髣髴され、体内から溢れ出る魔力によってか風もないのに毛先がふわりとたなびいている。
「……今年に入って五度目です」
「む?」
少女は己の足のようにガシャガシャと鎧の脚部を動かしながら部屋へと踏み込み、ロアーは頭を抱えながら溜息交じりにそう告げた。
「貴女がその扉を『蹴破った』のは今年に入ってから既に五度目です」
「ロアーよ、我が師よ、耄碌するには早かろう。三度目は我が鉄腕にてこじ開けたのだ。故に『蹴破った』のは四度目である!」
「どちらでもよろしい!!」
ついに我慢できなくなったのか立ち上がり、ロアーはやけくそ気味に獣の牙を口元に浮かべながら少女へと詰め寄る。
「何故貴女は毎度毎度ギルド長室の扉を破壊するのです! 用があるならば受付にその旨申し付け、職員の指示に従い別室に待機なさってください!」
「そう他人行儀に扱わなくてもよかろう! 余とロアーの仲ではないか!」
「師弟の仲だとしても、師の執務室の扉を破壊して侵入ってくるのは筋違いであると何度申せば!」
「「…………」」
ぎゃあぎゃあと唾を掛け合うようなやり取りを横目に収めつつ、ハクロとリリィはこっそりと扉(があった大穴)へと向かう。そしてあと数歩で廊下へと出られるというタイミングで――
「時にロアーよ。単身で突発魔群侵攻を鎮圧せしめた新人傭兵が来ていると聞いたのだが」
「サンセット!」
「畏まりました」
「「……ッ!」」
老エルフに足音もなく回り込まれ、行く手を塞がれた。
「ハクロCランク傭兵、君に客人だ」
「…………」
「これよりギルド長室は改装工事で職人を呼ぶため、別室で、メル嬢と三人で、用を済ませてくれ」
「てめぇ!」
「なんで私まで!?」
「ほほう」
ガシャンと鎧を鳴らし、少女が鉄の指先を綺麗な形の顎に添えながら値踏みするようにハクロを覗き込む。……目はリボンに隠れて見えていないが。
「貴様が噂の新人であったか。ふむ」
「……なんだよ」
少女の意図が読めず、やむを得ずじっと睨むように出方を窺う。
近くで見ると、両手両足のない体に両目を隠すという異様な姿を差し引いてもなお溢れ出る美貌に多少気後れしてしまう。それに何か、己自身の奥底の本質をじっと見定められているような、そんな居心地の悪さも感じる。
「……?」
ふと、その横顔にどこか見覚えがある気がした。
昔馴染みの知人の誰かに似ているのだろうか――そう考えていると、リリィが「ひゅっ」と何かに気付いたのか息を呑む音がした。
「リリィ、どうし」
「気に入った!!」
どうした――そう訊ねようとしたところで、少女ががしっと鉄の腕でハクロの両肩を掴む。とんでもない馬鹿力で、ギリギリと食い込む指先はある種の拘束具と化していた。
「いだだだだだだだだ!?」
「貴様、余の傭兵大隊に入れ!」
「ハクロさん!? ちょ、力緩めてください!?」
額に脂汗を掻きながら頽れたハクロにリリィが慌て、全く話を聞いていないのか少女は「ははははは!」と高笑いをするだけだった。
それを力なく眺めていたロアーが深い溜息を吐き、「その前に」と少女との間に割り入った。
「せめて名乗って差し上げてください。彼は最近まで流れ者として生きてきたため世情に明るくないのです」
「む、そうか!」
「――っだぁ!?」
鉄の腕が肩から剥がれ、拘束から解放される。もう数秒止めるのが遅れていたら肩の骨を粉砕され、早々に傭兵稼業を引退する羽目になるところだった。
「だ、大丈夫ですか……?」
「なんなんだこいつ……!」
「あの、その、い、一応そのまま跪いていた方がいいと思います……」
「あ?」
と、何故かリリィまでもが崩れ落ちたハクロと同じように床に膝をつき、首を垂れる。何事かと改めて少女を見上げると、彼女は鉄の腕を胸の前で組み仁王立ちし、不遜な笑みを浮かべてその名を口にした。
「余は傭兵ギルド所属Sランク傭兵にしてAランク傭兵大隊『太陽の旅団』が首魁、ラグランジュ=ルネ・〝鉄腕姫〟・ツルギ――先王アルベルトの一人娘である!」
そう言って鉄の指先を器用に動かし長い髪を掻き上げると、エルフにしては短い耳が隙間から顔を覗かせた。





