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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-046_降参

「君が個人的に受けているそちらのメル嬢の旅の護衛任務は聞き及んでいる」

 そう前置きしてロアーはハクロの瞳をじっと見つめる。

 ロアーの猛獣そのものの瞳と視線が合うと流石に居心地が悪いが、ハクロはあくまで軽薄な笑みを崩さず受けて立つ。

「本来ならばCランク以下での個人依頼の受領はグレーなのだが、それはまあいいだろう。いちいち目くじらを立てていたら口約束による得意先もなくなってしまうからね」

「そりゃどーも」

「だからまあ、君がメル嬢と共に旅をしながら行く先々で依頼を受けるというスタンスは尊重しようと思う。だがその行先及び依頼内容について、ギルドからある程度口出しさせてもらう」

 提案ではなく決定事項。

 そう述べるロアーの口調はきっぱりとしたものだった。

「またアイビーが君を悪目立ちさせないようあえてCランクから登録させたという意図も汲もう。無用な諍いはギルド長として望むところではない。だが力ある者には相応の肩書を、という方針を譲るつもりもない。だから君には1年以内にBランクへの昇級、さらに3年以内のAランクへの昇級試験を受けてもらう」

 1年か、とハクロは内心呟く。

 一般的に見習いからギルドへ正式加入すればFかEでスタートし、そこから10年の実績を積む頃合いにはD、早ければCに到達する者もいるという。そこからさらにBランクへの昇級にはそれまで以上の努力と才覚が必要となると言われている。Bランクが最終目標ランクと言われているのは、時間をかけて研鑽を積み、コツコツと実績を背負っていけば到達可能な「手が届く程度の高み」であるからだ。

 そこに1年で辿り着けというのもなかなかハードルの高い要求だが、さらにその先――日々の研鑽だけでなく才覚や運といった自分の力だけではどうしようもない要素も必要になるAランクへ3年以内に到達せよという。


 面倒くせぇ。


 それがハクロの偽らざる本音であった。

 ハクロの目的おいて、定住地を持たずに自由気ままに旅ができるということで傭兵を選択したのだが、こんなところで不要な物を背負わされるのは本意ではない。さらに高ランク帯に就いたら就いたで面倒な依頼に振り回されるのは目に見えている。

 もちろん、いつかは高ランク帯でのみ受けられる依頼に挑み、資金の足しにするというのは考えていたことである。しかしこの世界にやってきて二か月弱という情報収集すら始められていない段階で肩書に縛られるのは尚早だ。

 とは言え。

「……はあ」

 ロアーの視線から逃れるように目を伏せる。

 こうしてこの部屋に呼び出されている時点でハクロの敗北なのだ。どうしたって断ることもできない。元はと言えば突発魔群侵攻(スタンピード)に単身突っ込んでいったハクロの自己責任である。

 いっそ盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)にでも寝返ろうかとも一瞬考えたが、リリィを放って行方をくらますわけにもいかない。

「分かったよ」

 故に諸手を挙げて潔く降伏宣言し、要求を受け入れるしかなかった。

「3年以内にAランクまで行ってやる」

「期待しているよ」

「ただし、駆け足による昇級で降りかかる面倒事は全部ギルドで処理しろ。依頼を受けた後の妨害はご法度とは聞いているが、昇級を前提として依頼を贔屓にするってんならそれくらいはやってもらえるんだろうな」

「表立ってはできぬが、まあ気配り程度は約束しよう」

 この辺が今できる精一杯の妥協点だろう、とハクロは内心舌打ちする。

 実際、今後資金繰りについて頭を悩ます必要がなくなるというのは利益として大きい。面倒事(やっかみ)をギルドで対処してくれるというなら全部丸投げしてしまえとようやく決意を固めた。

「それで、具体的にはどうすればいい」

「そうだな。Bランクへの昇級というと、一般的にはCランク依頼の年間完了数50件以上、もしくはBランク以上の依頼への年間同行数20件以上及びBランク以上の傭兵からの推薦が必要になる」

「年50か……」

 実数値で聞くとなかなかにシビアだなと改めて頷く。

 カナルの規模の街ではCランク傭兵はおおよそ20人程度滞在しており、日々新たに発令されるCランク依頼は多くても10件程度だった。ハクロがカナルに滞在していた10日間で達成したCランク依頼は2件であり、他は余っていたDランク以下をいくつかと、二度ほどオセロットに同行してBランク依頼を受けただけだ。

 年間50件の依頼達成というと、なるほど意識して貪欲に足を運ばなければ達成は困難だろう。特にハクロのように定住地を持たずに旅から旅への生活を続けるならば移動に係る日数も考慮しながら計画的に依頼を選ばなければならない。

「……ちなみに、Bランクに上がれなかった場合はどうなる?」

「失望する」

「そうか」

「具体的には失望により君のランクを一つ下げ、さらに年間受領可能依頼数に上限を科す」

「ペナルティが重い」

「それほどに期待しているということだよ」

 ランク落ちとなった場合、下手をしたら依頼者側に拒否される可能性すらある。また上限が科せられると旅費のやりくりも面倒になるだろう。一攫千金を狙うためにまたぞろ突発魔群侵攻(スタンピード)に単身突っ込み報酬を独り占めし……という悪循環まで想像して考えるのをやめた。

 ギルドで依頼を贔屓して回してくれるというのであれば、件数未達成による昇級失敗は考えなくていい。

「後は傭兵団(チーム)に所属するのが盤石だろうね」

「やっぱり傭兵団(チーム)か……」

 オセロットにも勧められたが、やはり高ランクを目指すのであれば傭兵団(チーム)に加入する後うのがセオリーなのだろう。

「ソロでは受けられない傭兵団(チーム)専用依頼もある。もちろんそれも依頼にカウントされるし、Bランク以上の者と組めば後者の条件も捗るだろう。メンバーならば推薦も受けられやすい」

「だが前提として、俺はリリィの旅の護衛をしなけりゃならん。大所帯でぞろぞろと移動するのはかえって非効率だ」

 ポンと隣に座るリリィの肩に手を置く。ずっと緊張しながらハクロとロアーのやりとりを横で聞いていただけだが、突然話を振られて驚いたのか「私!?」と上ずった声を上げた。

「もちろん承知している。その前提にとやかく口を挟むつもりはないため、あくまで例として提示したに過ぎない。それに傭兵大隊(クラン)という選択肢もある」

傭兵大隊(クラン)?」

 聞きなれない言葉に疑問を返すと、ロアーは一つ頷き説明を続ける。

傭兵大隊(クラン)とは百人規模で構成された大規模傭兵団(チーム)の事だ。その全員が全員常に行動を共にしているわけではなく、平時ではソロないし小規模傭兵団(チーム)として依頼を受け、旅先の支部で傭兵大隊(クラン)メンバーと落ち合ったら優先して傭兵団(チーム)向け依頼に臨むというものだ」

「移動のためだけに傭兵団(チーム)を組む奴らもいると聞いたが、それとの違いはなんだ?」

「まず大きいのは所属する傭兵が多いため運営基盤が整っていることだろうな。ソロや傭兵団(チーム)では本来自分たちで依頼や金銭の管理をしなければならないが、傭兵大隊(クラン)商人ギルド(セロ=カンパニー)から会計管理人を雇うことが多い。大所帯なところでは医薬ギルド(エミリア=グループ)職人ギルド(レオン=ファクトリ)と契約を交わして専属の医術師や薬師、技師を抱えているところもある。もちろんその組織形態の都合上、達成した依頼の報酬がそのまま全額懐に入るわけではないため、一長一短ではあるがね」

「なるほどな」

 マネジメントを専任させることで自分は依頼に集中できるということか。

傭兵大隊(クラン)であればメンバーの動向を把握しやすく、依頼選びも効率的に行えるだろう。まあこれに関しては傭兵大隊(クラン)を運営しているリーダーの素質によって左右される。傭兵大隊(クラン)という選択肢をとる際は慎重に選びたまえ」

 さて、と言葉を挟みロアーが紅茶のカップを持ち上げる。

 随分と話し込んでしまったためだいぶ温くなってしまっているようだが、むしろロアーはそちらの方が好まし気な表情で一口含んだ。猫舌なのだろうか。

 ハクロもカップの中身を傾けると、これはこれで美味だった。サンセットはギルド長補佐のはずだが、職人(バリスタ)の経験でもあるのだろうか。

「私からは以上だ。君が実力に見合ったランクに期限内に到達するのであれば、過程は問わない。もちろん過去もね」

「りょーかい。まあ期待に沿えるようほどほどに頑張るわ」

 適当に相槌を打ち、話は終わったとして席を立つ。

 それを見て一応は身元保証人として同席していたリリィも続き、「紅茶ごちそうさまでした!」と軽く頭を下げた。


「お、お待ちください! ギルド長は現在来客対応中で……!」


 その時、廊下の方からそんな慌ただしい声が聞こえてきた。

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