最悪の黒-043_大金貨
「こちら、今回の突発魔群侵攻対応に対する報酬となりまーす」
「あ、あわわわわわわ……!」
「…………」
突発魔群侵攻騒動から夜が明けて、翌昼。
医薬ギルドの仕事の合間を縫ってリリィが傭兵ギルドを訪れるのを待ってから、ハクロは報酬の受け取り手続きを行った。
共に旅をする者として互いの資産は最低限把握しておいた方がいいだろうということで彼女を呼んだのだが、正直なところ、馬鹿みたいな大金が手元に舞い込んでくるのを一人で見ているのが嫌だったというところもある。
旅は道連れ死なば諸共、お前の同行者はこれからこんな金を背負って歩くことになる――そう巻き込むつもりだったが、受付で提示された金額に流石のハクロも顔を顰めるしかなかった。
「大金、貨……さ、んムグゥ」
「馬鹿野郎読み上げるな」
咄嗟にリリィの口を塞ぐ。
当然ながら現金で支払われているわけではなく、口座へ振り込まれたことを示す書類を手渡されただけだ。とは言えここは傭兵ギルド正面ロビー。荒れくれ者がひしめき合い、中には昼間だというのにもう酒の注文をしている輩もいる。
こんなところで大金を手にしたことが知られたら、絶対に絡まれる。
「す、すみません……」
「気持ちは分からんでもないがな……」
ハクロも思わず声の音量が抑え気味となった。
Cランク傭兵 ハクロ殿
5024年6月18日発生カナル地区突発魔群侵攻対応報酬として以下の通り支払う
大金貨 3枚
金貨 50枚
傭兵ギルド ギルド長
「…………」
「そしてこっちがオセロットさんの分ねー」
「あいよ」
と、何故か一緒になって受け取り手続きを待っていたオセロットがハクロの背後から手を伸ばし、書類を受け取る。彼は書面の内容をざっと確認すると特に驚くこともなく懐へと仕舞い、そしてバンとハクロの背を軽く――オーガの基準で軽く小突いていつものテーブルへと向かい、昼飯の注文をウェイトレスにしていた。
「…………」
それを恨めしそうに睨むが、もうどうしようもない。
ちなみに突発魔群侵攻を報告した若手三人組にも報酬が支払われたらしく、彼らはいつもよりも豪華な昼食に舌鼓を打っていた。
「……はあ」
諦めの溜息を吐き、そっとハクロは書類を折り畳み、ポケットの奥深くへと突っ込んだ。
この世界では最も安定した収入を得ているのは文官と武官を除けば商人ギルド職員と言われており、ハクロの年頃だと年収は大金貨2枚から3枚程度だそうだ。
それをたった一晩で稼いでしまう――稼ぎ得るのが傭兵稼業ではあるが、流石にこれは居心地が悪い。
「こ、これ、しばらく仕事しなくても生きていけますよ……」
「馬鹿、依頼は受けねえと傭兵ランク下げられる」
「というか、これから大変だと思うよー」
そう言って笑うのは受付嬢――の制服を着たアイビー。どうやらまたぞろ支部長室の掃除のためにジャンヌに追い出されたそうだ。
「流石にねー、突発魔群侵攻の単騎鎮圧は王都本部に報告しないわけにはいかないからさー。本当はこつこつ実績積んでもらいながらランク上げられたらよかったんだろうけどー、多分何かしら声がかかると思うんだー」
「だろうな……」
やってしまったのもう仕方がないとは思いつつも、どうしても口からこぼれるのは溜息か悪足掻きだった。
「どうするリリィ、俺は王都に立ち寄らずにぐるりと大陸一周するのもアリだと思うぞ」
「ハクロさん……」
「残念ながらそうもいきません」
そう言って奥の扉からギルド職員の制服に身を包んだジャンヌが現れた。いつも通り几帳面そうに背筋を伸ばし、眼鏡の奥の瞳は相変わらず感情が読み取りにくいが、頭に巻いたレースのフリルがあしらわれた三角巾がとてつもなくシュールな絵面になっている。しかしそのことをロビーにいる傭兵は誰一人気にも留めないため、この支部ではよくある光景なのだろう。
彼女の肩に、尾の長く青い羽根が美しい鷲のような鳥がとまっていた。
「つい先程、王都本部より通達が来ました」
「あらはやーい。……待って、何で私じゃなくてジャンヌの方に伝書鷲が行ってるのー?」
「こちらです」
「…………」
ごちゃごちゃと文句を並べるアイビーを無視し、ジャンヌから差し出された巻かれた羊皮紙を受け取り、そしてポーズとしてリリィに見えるように封を切って中身を確認する。
「……Cランク傭兵、ハクロの王都ギルド本部への招集を命ずる。傭兵ギルド ギルド長」
翻訳魔導具の視覚機能を切って現実逃避したかったが、残念ながらリリィから日々教わっている語学の知識により通知文の内容は否応なしに目に飛び込んできた。
もはや読み書きが不得手という設定をかなぐり捨て、逃げ道を探す。
「いや待て、期日が書いていない。ずるずると先延ばしにしてしまえば――」
「ギルド長名義の通達は『速やかに』が基本です。また招集命令を無視すれば、最悪の場合賞金首として取り扱われます」
本来ならば動向が怪しい人物に対する規則なのだが、どちらにせよ招集無視は罰則が懸けられる。傭兵ギルドに所属してしまったハクロが抗う術など、端から存在しないのである。
「はあああああ」
「――刃に宿りし栄光を心に」
「…………。――盾に燈りし賞賛を背に」
無慈悲に下されたジャンヌからの見送りの挨拶に、ハクロは力なく返答の言葉を口にするしかなかった。





