最悪の黒-042_報告
若手傭兵三人組――ジョッシュ、アニー、ミラはカナルの街から北東方面へ伸びる街道の見回りの依頼を受けていた。
本来、都市集落の警護に係る見回りは衛兵や騎士団の仕事だが、出没する魔物のランクが低く脅威度が低いエリアの見回りは傭兵ギルドに依頼として委託されるのが通例となっている。こうした依頼を通じて見どころのある傭兵を衛兵にスカウトするという目論見もあり、そういった役職を目指す若手傭兵たちは積極的に受注し、三人もそういった意向でこの依頼を選んだのだった。
とは言え、この春にようやく見習いの肩書が取れてEランクから始めたばかりのド新人である。今回受けた依頼も街道を歩いて隣の集落まで移動し、街道沿いの魔物除けの魔導具が正常に作動しているのを確認しながら帰ってくるだけの簡単な内容だった。
依頼にもこなれてきて、多少の冒険心が燻り始める時期である。
だから街道から離れた小さな森へと入っていく二人組に気付き、追いかけてしまった。
「なるほどねー」
先週掃除したばかりだというのに既に汚部屋の兆候が見え始めている支部長室に呼び出された三人は、気だるげに苦笑を浮かべるアイビーと、何やらぶっとい魔術書の背表紙をポンポンと手のひらに打ち付けるジャンヌに報告をする――という体で、事情聴取を受けていた。
当然のように椅子は用意されておらず、床に膝を折るように座らされている。
時刻は深夜。ハクロによる突発魔群侵攻の鎮圧報告が入り、各所に対する諸々の緊急連絡が一段落した頃合いだった。
「とりあえず、三人とも無事で何よりだねー。ミラも、足止めご苦労様ー。おかげで農場への被害も最小限で済ん――ぴぎゃっ!?」
ごっ。とアイビーの脳天にジャンヌの魔術書が振り下ろされる。脈絡ないジャンヌの行動に、三人は自分が食らったわけでもないのに喉の奥から悲鳴が漏れかけた。
「支部長は甘やかしすぎです。無事に対する労いは既に私がかけています。今この子たちに必要なのは反省です」
「は、はいー……」
執務机に突っ伏しながらアイビーが力なく答える。そしてカツンと威圧するように靴のヒールを鳴らしながら三人に振り返り、眼鏡の奥の瞳を冷たくしながらじっと見下ろす。
「まず自分たちの行動の何がまずかったか答えなさい。ジョッシュ」
「えっと……」
「ぎゃふん!?」
ジョッシュが言い淀んだ瞬間、魔術書が再度振り落とされた。……アイビーの頭上に。
「なんでー!?」
「今ここであなたたちに体罰を加え反省を促すのはとても簡単です。ですがより深く反省していただくため、言い淀むたびに支部長をぶちのめします。自分たちは傷つかず、代わりに目上の人物が痛い目を見るという状況を経験してもらいましょう。これは拷問でも使われる手段ですので、精神面の鍛錬とでも思いなさい。ああ、ちなみに当然ですが、実際の拷問では絶対に情報を漏らさないように」
「「「イエス、マム!!」」」
背筋がピンと伸び、アイビーはしくしくと涙を流した。
「それで、ジョッシュ。自分たちの行動の一番の問題点は?」
「はい! 依頼で指定されたルートを独断で離れたことです!」
「アニー。都市集落外で不審人物を発見した時、身柄拘束が可能なのは?」
「はい! 衛兵及び騎士団、もしくは武官から許可が下りたBランク以上の傭兵です!」
「それを踏まえ、君たちが本来取るべきだった行動は? ミラ」
「はい! あの地点であれば集落の衛兵屯所が近かったため、一人をその場に残し、残りが衛兵に報告をすべきでした!」
「よろしい。椅子に座る許可を出します」
ジャンヌがぱらりと手にした魔術書のページを捲ると三人の背後に魔法陣が浮かび上がり、床から生えるようにシンプルな椅子が出現した。それを見て各々――アイビーも含めほっと息をこぼした。
それほど長時間そうしていたわけではないが、慣れない姿勢のおかげで滞っていた足の血流が戻っていきびりびりとした感覚に歯を食いしばりながら椅子にやっとの思いで腰かける。
「それにしても、森に不審人物ですか……」
「あの森は確かに魔力溜まりになりやすい地形はあったけどー、突発魔群侵攻が起こるのはだいぶ先って話じゃなかったー?」
「はい。定期巡回している衛兵隊からもそう伺っております」
「その二人組、どんな感じだったー?」
アイビーが訊ねると、代表してジョッシュが答えた。
「フードを被っていたので顔や性別は分かりませんでした。体格はどちらもエルフ程度でした」
「日の暮れた森を妙に軽い足取りで進んでいたので、獣人の可能性もあるかと思いますー。匂いが分かるほど近づけなかったので、断言はできないですけど……」
アニーがしょんぼりと耳と尾を垂れさせる。獅人族は狼人族よりも身軽だが、嗅覚では幾分か劣る。
「あの森では魔術の使用は禁じられていたので探知も控えて身体強化……聴力にリソースを割いて探ったんですけど、遠くから何か瓶のような物が割れる音がした気がします」
そしてミラがそう言って森で起こったことの報告を締めくくる。その後はアイビーも把握している通り、突発魔群侵攻が発生し、足が速いジョッシュとアニーが先行してギルドに駆け込み、ミラが道中に魔術トラップを設置しながら続いたのだった。
「…………。なるほどー」
うーんと困ったように笑みを浮かべ、アシビーがひらひらと手を振った。
「今夜はもう大丈夫だよー。また何かあったら呼ぶけど、休んでいーよー」
「あ、はい」
「「失礼しました」」
アイビーに見送られ、三人は椅子から立ち上がり支部長室を後にした。
それを見届けた後、「んっ」と腕を伸ばしながらアイビーは気だるげにジャンヌに声をかける。
「どー思うー?」
「どうもこうも、十中八九盗賊ギルドでしょう」
「だーよねー。でも気になるのはさー」
突発魔群侵攻が発生する直前、ミラが聞いたという何かが割れる音だ。
「連中、人為的に突発魔群侵攻を起こせる何かを持ってるってことにならないー?」
「手元の情報だけを組み合わせるなら、そうなりますね」
「そんな話聞いたことないけど……」
「……盗賊ギルドは魔術ギルドを追放された怪しげな魔術師を囲っているとの噂もありますが」
「だとしても何のためにそんなことするのー? カナルは連中の拠点はないとは言え、尻尾を掴まされるリスクを払ってまで襲わせる意図が分からないなあ。火事場泥棒とかー?」
「今のところ、そういった被害報告は上がっていませんが」
もっとも、街が防衛のために慌ただしくなる前に鎮圧されてしまったため、そんな暇がそもそもなかっただけかもしれないが。
「そもそも火事場泥棒が目的なら、突発魔群侵攻を発生させるなんてまどろっこしい手段をとる意味が分かりません。火を放てば済む話です」
「警備の目がある街中で騒ぎを起こすのと、突発魔群侵攻を発生させるのと、どっちがリスク低いかはいまいち比べられないけどねー」
仮に突発魔群侵攻を魔導具一つで簡単に引き起こせるのなら、放火よりも断然低リスクだ。しかし傭兵ギルドにも騎士団にも今までそのような事例は一つも聞こえてきていないため、早々手軽に取れる手段ではないのだろう。
現段階では、という但し書きはぬぐえないが。
「それ以外で考えられるとしたら、報復でしょうか?」
「……私ー?」
心外だなー、とアイビーは面倒くさそうに机に肘をついた。
「もう何十年前の話なのさー。この街の盗賊ギルドの拠点潰して回ったの、若い子はもう誰も知らないでしょー」
「連中は恨みは忘れませんよ。ですが今回が報復行動だとしたら、恐らく支部長は無関係かと」
「んー?」
「いるでしょう。直近で盗賊ギルドに恨みを買っていそうな人物が」
「……? あ、あー」
言われてようやく気付く。
この街に盗賊ギルドから特大の恨みを買ったばかりの新人傭兵がいたことを思い出した。
「この地域周辺で暴れていた盗賊ギルド関係は『明星の蠍』です」
「ハクロくんが全滅させたあいつらかー」
「下っ端がこの街から王都の監獄へ向けて送られたのが6月6日――12日前の事です」
「王都にはまだついてないだろうけどー、まあ収監馬車がぞろぞろと移動したら、そりゃ調べるかー。ちなみに収監馬車への襲撃はー?」
「目立った動きはないようです」
「まあ無能は容赦なく尻尾として切り捨てられるから、本体がわざわざ回収しに来ることはないかー」
「それはそれとして、報復はしっかり行うのが厄介ですね。尻尾を切ってそのまま逃げればいいものを、わざわざ一度戻って噛みついてくる」
「はー、やだやだ」
「念のため、警邏を強化するよう衛兵隊に進言しておきます」
お願いねー、とアイビーが本気で疲れたように突っ伏しながら手を振る。
それを見たジャンヌが静かに低頭し、支部長室を後にした。





