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こぼればなし  作者: やまやま
壱 こぼればなし
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とある真夏の酒飲み共

時系列:

「ひゃくものがたり」八年前

 ゴンゴン!

 年季の入った古びた門扉を拳で叩き、儂は中にいる者に呼びかける。

「おおい、儂じゃ。来たぞい」

 しばしの沈黙。

 しかしすぐにカランコロンという高下駄の軽やかな音が聞こえてきた。

「は~い、ホムラちゃんいらっしゃ~い!」

「おう、ミオ。来たぞい」

 真夏の直射日光が庭先に降り注ぐ中、ミオはいつもと変わらぬ藤色の羽織袴に高下駄という服装で門扉を開けた。よく見れば夏仕様の生地が薄い物らしいが、それでも胸元を少し開いて風遠しをよくしている。それでも若干汗ばんでいるようではあるが。

「今日はホムラちゃんがお酒用意してくれたのよね~?」

「うむ。これじゃ」

 言いながら、儂は手にした一升瓶を掲げて見せてやった。

「あらあらあら~! ひょっとして『月波のどんぺり』? さっすがホムラちゃん! い~チョイスね~!」

「うむ。こうも暑い日が続くと冷燗でキュッといきたかろうと思ってな」

「分かってる~! ……あら~? そっちの手に持ってるのはひょっとして~……」

「ああ。これはじゃな」

 反対側に持っていた物を見せてやる。

 それは葦の茎で口を結わえられた、まだビタンビタンと跳ねている活きのいい岩魚じゃった。

「ここに来る途中、ちょいと桜河おうかの所によって来てな。そしたら釣れ過ぎたとか言って何匹かくれたんじゃよ」

「わあ~! ナイス桜河ちゃん! でもどうせなら桜河ちゃんも連れてくればよかったのに~」

「仕方なかろう。彼奴は極度の下戸じゃからのう……」

 前に一度飲み会に誘ったことがあるが、あの童姿の橋姫は一口人間用の酒を舐めただけで潰れてしまったのじゃ。無理に誘うわけにもいかぬ。

「それにあの絵描きが近くまで来ておったからのう。邪魔するわけにもいかんじゃろ」

「……それもそうね~。あの娘はまだまだ若いし~」

「じゃのう」

 喋りながら、儂らは瀧宮家の屋敷を進む。

 途中ですれ違う家人たちは一瞬ギョッとしたように儂の顔を見るとすぐさま頭を下げて道を譲る。

 土地神という立場上仕方がないことなのだが、どうにも何百年経ってもこういう態度には慣れぬな……。儂が守護する者たちはもっと親しげに接してくるだけに、のう。

「あ、卯月うづきちゃ~ん!」

 と、廊下の奥から着物姿の女がこちらに小走りでやって来た。

 現瀧宮家当主の紅鉄あかがねの妻である卯月であった。

「ちょうど良かったわ~。はいこれ、ホムラちゃんからのお土産~。これで塩焼きか何か作ってくれないかしら~?」

「……………………」

 ミオから渡された岩魚を受け取り、ニッコリと、卯月は笑って厨房のある方へ小走りしていった。

 そう言えば……。

「彼奴もかなりいける口であったのう」

「そう言えばそうね~。旦那は飲むとすぐに赤くなるけど~」

「となると、羽黒はくろの奴は母親似なのかのう」

「あ、分かる~。顔もちょっとお母さんよりじゃない~?」

 などと他愛もない話をしているうちに、いつもの定位置である庭園を眺めることのできる縁側に着いた。

「さて、と……。ミオ、分かっておろうな?」

「……もちろ~ん」

 視線を交えると、ミオの朗らかな瞳に真剣な光が宿る。

 手には、この屋敷の門扉と同様に年季の入った碁盤が。

「酒が冷えるまでの間に囲碁で一局じゃ」

「負けた方が次のお酒を用意する……分かってるわよ~」

「前回は不覚を取ったが、次は負けぬ」

「うふふふふ~。い~の~? フラグ立てちゃって~。ちなみにこれまでの戦績はわたしが二万三千百十五勝、二万二百八十二敗ね~」

「何を言っておるかボケ! 儂が二万三千百十五勝じゃろうが!」

「も~、細かいわね~。器が小さいわよ土地神のくせに~」

「なあに言っとるか! 三千勝差のどこが細かいか!」

「正確には二千八百三十三勝差ね~」

「御主の方が細かいわ!」

 言い合いながらも、儂らはすでに各々の石を碁盤に打って行く。

 それからしばらく、儂らの戦況は拮抗しておった。

 いや、じわじわと儂が押しておるか?

 このままだといける。

 そう確信したその時。

「ん~? あ~! 卯月ちゃ~ん! 何もうできたの~?」

「あ! ミオ貴様! まだ途中じゃろうが!」

 座布団から立ち上がり、やって来た卯月へと駆け寄るミオ。

 彼奴め……負けそうじゃからって卑怯過ぎやせんか?

 不承不承儂も立ち上がり、二人の側に近寄る。

「ねえホムラちゃん見て見て!」

「んー?」

「まだお酒冷えてないからこれでもどうぞ、だって~」

「ん? ……んん!?」

 卯月が持ってきたもの……それは、カラッと揚がったかき揚。そしてキンキンに冷えたビールの瓶じゃった。

「おお、これはこれは!」

「ね~! 先に頂きましょ~」

 それらを受け取り、縁側に戻るミオ。

 その後を儂も追い、瓶の栓を開けてグラスに注ぐ。

 コッコッコという音と共にグラスに注がれる黄金水。

 泡との比率は七対三で。

「それじゃ~、少しお先に~」

「うむ。乾杯!」

「かんぱ~い!」

 グラスに注いだビールを、一気に飲み干す。

 炭酸と特有の苦みの刺激が喉を走り、非常に心地良い。

 さらにビールもグラスも冷やされており、この暑い日には美味さが二割増しじゃ。

「ぷはぁ~っ!」

「かーっ! 冷えていて美味いのう!」

 空になったグラスに今一度ビールを注ぎ、今度は一口かき揚を齧る。

 ザクッという歯ごたえの後、天つゆの香り、海老や烏賊など海鮮の旨味が口一杯に広がる。

「……!」

 その旨味が口の中に残っているうちに、また一杯を飲み干す。

「くぅっ!!」

「も~最高ね~!」

「うむ。ビールもこうして飲むと捨てたもんではないのう!」

 普段儂らは日本酒ばかりじゃし、一番美味いと思っておるが、此彼らも飲み様によっては上回る部分もある。

「いやあ、美味い美味い!」

「ホントにね~。も~、卯月ちゃん最高!」

 ザクッと一口かき揚を齧りながら卯月を称えるミオ。

 それにしても美味いかき揚じゃのう。

 全ての食材が調和しておるようじゃ。

「……………………」

 かき揚全て食べてしまわぬよう少しゆっくりと頬張るうちに、卯月がお盆を持ってやって来た。

「お、来たようじゃの」

「わ~! 待ってたわよ~!」

「……………………」

 ニッコリと笑って儂らの前にお猪口と徳利、そして桜河からの土産であった岩魚の塩焼きが並べられた。

 岩魚は儂ら好みの少し濃い目の味付けにしてあるようで、荒塩が尻尾にこびり付いておった。

「これはまた……!」

「美味しそうね~!」

「……………………」

 卯月が恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに微笑む。

 此奴はいくつになっても、こういう幼子のような仕草が実に可愛らしいのう。

「どうせじゃ、卯月。御主も一杯どうじゃ?」

「……!」

「あらいいわね~。久々にどうかしら~?」

「……………………」

 しばし悩んだように沈黙した後、卯月は静かに立ち上がった。

 そしてすぐに自分のお猪口を手に戻ってきた。

 にんまりと笑うミオ。

「さてさてそれでは~、改めてまして~……」

「うむ。ほれ、卯月も」

「……………………」

 徳利を傾け、卯月のお猪口に静かに注いでやる。

 今回儂が持ってきた『月波のどんぺり』は冷やすと美味い濁り酒じゃ。

 米の香りが強く、甘口なのが特徴で儂もミオも気に入っておるのじゃが、さて卯月は気に入るじゃろうか……。

「乾杯!」

「かんぱ~い!」

「……………………」

 儂らはお猪口をそっと合わせ、中身を舐めるように口に注いだ。

 瞬間。

「……!」

 卯月がハッと目を見開き、グッとお猪口に残っておった酒を飲み干した。

「「……………………」」

 儂ら二人が見守る中、静かに瞳を伏せる卯月。

 そして顔を上げ――

「……………………」

 ニッコリと、幸せそうに笑った。

「気に入ったようじゃの」

「卯月ちゃん、お酒にはわたしたち以上にうるさいもんね~」

「……………………」

 ちょっと恥ずかしげに俯く卯月。

 しかしすでに二杯目の酒をお猪口に注いでおる辺り、さすがは『瀧宮』に嫁いできた元天才陰陽師じゃと感心する。

 儂ももう一杯お猪口に注ぎ、口に含む。

 うむ、美味い。

 先程少し残しておったかき揚と岩魚の塩焼きによく合う味わいじゃ……。

 そこでふと、儂は縁側の外の庭園を見やった。

 強い日差しが降り注ぎ、遠くから蝉の声が聞こえてくる。

 そして時折、どこからか風鈴の涼しげな音が届く。

「……すっかり夏じゃのう」

「ね~」

 酒と岩魚の塩焼きを交互に口に含みながら、ミオも縁側に視線を向ける。

「……そう言えば」

 この季節、瀧宮家の屋敷は夏の長期休暇の課題に取り組む童共で溢れておるのが常のはず。

 じゃが今日は誰も見ておらぬ。

「あ~、それはね~」

 ほんのりと頬を赤く染めたミオが苦笑しながら答える。

「み~んな、羽黒ちゃんの『知り合いのプライベートビーチに連れて行ってやる』の一言に釣られて行っちゃったの~」

「……………………」

 それは……まあ、何と言うか……のう。

「彼奴、今度は何を企んでおる……?」

「さあ~?」

「……………………」

 無責任にグイッと一杯飲むミオと、ゆっくり口に含む卯月。

 こ、此奴らは……。

「……………………」

 まあ、よいか。

 彼奴も連中を死なすようなことはすまい。

 ……その一歩手前までは行くかもしれぬが。

「……夏じゃのう……」

 儂は連中の身の無事を祈りつつ、岩魚の塩焼きと酒の味を堪能したのじゃった。

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