最悪の黒-037_当面の予定
「そう言えば、お二人はこれからどうなさるおつもりですか?」
飲み始めてどれくらい経ったか――オセロットが饒舌になり、ハクロも首回りがほんのり熱を帯び始めていたため、そこそこ時間が経過したのだろう。その頃になってしれっとギルド職員の制服から私服のシャツとパンツに着替えたジャンヌが卓に混ざり、蜂蜜酒を飲みながらハクロとリリィに尋ねた。
なお、アイビーは支部長室の机に拘束してきたらしい。
「そうだな、しばらくはこの街に滞在しながら資金を貯めるわ。それからは……あーでも、別に王都には行く必要はなくなったのか」
「ですね。元々はハクロさんのギルド証の発行のために王都を目指してたんですもんね」
ハクロが持ってきた推薦状は本来であれば王都のギルド長に宛てたものだ。それをカナル支部長のアイビーが勝手に開封し、勝手にギルド登録してしまった。
ジャンヌ曰く、傭兵ギルドは通信魔導具により日々の業務の連携をとっているためハクロの加入は既にギルド本部に通達されており、問題はないと言えばないのだが。
「まあでも、王都のギルドには一回行っておきたいな」
義理を通すという意味もあるが、王都のギルドには大陸全土の依頼情報が集まっている。ハクロの旅の目的を追い求める……には、流石に地盤が脆すぎて時期尚早だが、どこにどのような依頼が出ているのかを把握しておきたい。
「それなら傭兵団に加入するというのも手だぞ」
と、グラスに注がれた蒸留酒をちびちびと舐めながらオセロットが提案する。
「遠方へ依頼を求めて旅する傭兵が数人で行動をするのが傭兵団だ。ソロでの達成困難な依頼に数で臨む場合がほとんどだが、人数を集めて旅費を節約するのを目的にする奴らもいる。目的地に着いたら解散、各々目当ての依頼をこなしたらまた集まって次の街へ移動、という具合にのう」
「うーん」
グラスの酒を口に含みながらハクロは小さく唸る。
確かに資金面を考えたらいつまでもソロで依頼を受けるというのは現実的ではない。一時的であれ長期的であれ、傭兵団に所属ないし発足するのは考慮しなければならないだろう。
だが。
「ま、急ぐ旅でもない。細々と依頼をこなしながらのんびり金を貯めるさ」
リリアーヌは「味方を作れ」と言ったが、それは無尽蔵に人を取り込めという意味ではない。あっちこっちに手を出して結果身動きが取れなくなるのは御免だ。
「それに俺の旅はリリィの旅でもある。リリィが行きたいところが当面の目的地だ」
「ですね。私ももう少し、この街の医薬ギルドのお手伝いをしたいですし」
この街に滞在してまだ二日しか経っていない。リリィがカナルの医薬ギルドに貢献したことと言えば、道中に採取した薬草を卸したくらいだ。この程度では「薬師の修行」にはならない。
「医薬ギルドで本格的にお仕事を始めたら、日当で二人分の生活費とタマの餌代くらいは余裕でもらえますから、ハクロさんは旅費の方を稼いできてくださいね」
「ああ、任せたし任された」
「あら、旅なのに猫を飼っているの?」
「馬車を引いてくれてる竜馬の名前です!」
「「…………」」
やはりそのネーミングはおかしいらしく、オセロットとジャンヌが微妙な顔をした。
ちなみに、とハクロが咳払いしながらジャンヌに視線を向ける。
「今カナル支部で受けられる依頼ってどんなのがあるんだ?」
「そうですね。私が把握している限りですと、Cランク以下であれば補助系が25件、採取狩猟系が12件、討伐が2件です」
補助系とは他ギルドで人手が足りない作業の手助けをする依頼である。荷渡しの他に護衛もここに分類され、街を定住地とする新人傭兵が良く受ける依頼だ。単純な作業だが危険も少なく、そのため報酬は低めだがどこでも人では必要とされるため食いっぱぐれることもない。
対して採取狩猟系とは文字通り、野外に赴き指定された素材を持ち帰ることを指す。低ランク帯では野草や薬草、ランクが上がれば倒した魔獣や魔物の剥ぎ取り素材など多岐に渡る。
そして傭兵ギルドの依頼の花形とも言われる討伐系――これは文字通り、指定された対象を討ち取り、証となる物を持ち帰る。討伐対象は魔物から指名手配犯まで様々で、そのほとんどが危険と隣り合わせだ。もっとも、「地下下水道のネズミの駆除」も討伐に分類されるため、若い傭兵が依頼分類だけ見て夢膨らませ、全身から異臭を漂わせながらネズミの尻尾を大量に持ち帰る羽目になった、というのはよく聞く笑い話だという。
「ま、明日来て討伐が残ってたらそれを受けるか、それ以外だと狩猟か。あんまり補助系をCランクが掻っ攫うのもよろしくはないんだろ」
「そうですね。護衛依頼は別として、低ランク帯の大切な食い扶持ですからね」
そして採取に関しては、この世界の植生に疎いハクロにはやや不向きだ。図解もなしの全く何も分からない状態で放り出されることはないだろうが、そういった比較的平和な依頼は補助系と同様に低ランク傭兵に譲るべきだろう。
「儂も当分はカナルに滞在する予定だ。Bランク依頼で受けたいものがあれば同行させてもよいぞ」
「そういうのもアリなのか?」
「人脈もまた実力よ」
鷹揚に頷き、オセロットはとんと空になったグラスをテーブルに置いた。
「所謂キャリーですね。その場合、構成員二名の即席傭兵団として依頼を受けることになります。報酬に関しては低ランク傭兵への口添え料として、受注者がやや多めに取り分を受け取るのが一般的です」
「儂は前線を退いておる故、大層なものは受けられぬがのう」
「いや、それでも助かる。目ぼしいものがあれば声をかける」
「心得た。まあ君の実力は儂がよく知っている。むしろ儂がキャリーされる立場かもしれぬな」
にこりと笑うオセロットの瞳の奥に、くすぶりかけているがしっかりと熱を持つ火種のような光を感じた。隠居を視野に入れ始めた老兵に何やら火をつけてしまったらしいと、ハクロは内心肩を竦める思いだった。
「さて、そろそろ解散するか」
その後しばらくだらだらと杯を傾け、こくりこくりとリリィが舟をこぎ始めたため、酒の席の区切りを切り出す。オセロットだけでなくジャンヌも相当強いタチらしく、三人で飲んだ量を合わせるとちょっとした樽になりそうな勢いだった。
「おおう、そうするか。いやあ、久方ぶりに良い酒であった」
「お代は支部長に請求させますので、どうぞそのままお帰りいただいて構いません。道中お気をつけて」
「ごちそーさん。おいリリィ、帰るぞー」
「んあー」
眠気眼で足取りのおぼつかないリリィの肩を支え、なんだかエネルギーが切れて急に眠りだす幼子を思い起こしながら、ハクロは宿への帰路に就いたのだった。
そして――
「や、やっと終わったー……さあて駆け付け一杯……もう誰もいないー!?」
「あ、支部長。これ、今夜の料金です」
「へ? へあーーーーーー!? なにこのなっがいの!?」
誰もいないテーブルに残された請求書に、アイビーは悲鳴を上げるのだった。





