最悪の黒-034_ギルド規約
午後。
再びギルドを訪れたハクロとリリィは別室に通され、そこで待っていた眼鏡をかけたエルフの女性から簡単な挨拶を受けた。
「カナル支部の副支部長をしておりますジャンヌ・ブランシュです。Cランク試験の合格、おめでとうございます」
やけに几帳面な口調と角度の礼、それからその顔つきに、どこか見覚えのあったハクロとリリィは思わず互いの視線を合わせた。
「……なんだか、ロックを思い出すんだが」
「私も思いました」
「お二人がフロア支部のロック・ブランシュの事を仰っているのであれば、アレは私の兄です」
眼鏡のつるを持ち上げる仕草までもそっくりだった。
「愚兄が用意した推薦状の内容では、本来王都でのギルド証の発行が必要でしたが、この度はうちの支部長が独断で話を進めてしまい、またロウアンB+ランク傭兵の口添えもあったことから、やむを得ず当支部での手続きとなったことを肝に銘じてください」
「お、おう」
やっぱり本当はダメなんじゃねえか、とハクロは内心肩を竦めた。あと仮にも上司である者に対する暴言が混じっていた気がする。
「それでは契約の説明に移ります」
言うと、ジャンヌはテーブルの上に何枚かの羊皮紙を並べた。そこには傭兵ギルドの規約について記されており、さらには契約魔術を発動させるための術式が陣として透かしのようにうっすらと彫り込まれている。
「ハクロさんは読み書きが不得手と聞き及んでおりますので、読み上げさせていただきます。リリィさんも確認願います」
「あ、はい!」
リリィが心持ち姿勢を正し、横から約款と契約書を覗き込む。
この数日でハクロのこの世界の文字についてはだいぶ身についてきたが、書くことに関してはまだ怪しい。判読に関しては翻訳の魔導具もあって問題はないが、読めるくせに書けない、では違和感があるためどちらも不得手としてリリィの同席をあらかじめ話を通していた。
「まず第一に、当ギルドから発行される依頼について、受注は自己責任となっております。報酬金についてはギルドで責任をもって徴収及び支払いを行っておりますが、怪我や死亡については責任を負いかねます」
「あいよ」
「ただし、商人ギルドの保険に加入は可能ですので、必要であればロビーの受付から手続きをお願いします。また怪我に係る項目として先に説明をさせていただきますが」
言いながら、ジャンヌは約款の項目を少し飛ばして指さす。
「怪我や病気その他の事情は問わず、186日、つまり半年以上ご自身のランク帯の依頼を受注及び完了が確認されなかった場合、ランク降格の警告が発令されますのでご注意を。警告の発令に関わらず372日、一年間同ランク帯依頼の受注及び完了がない場合、強制的に降格処分となります」
「質問」
「なんでしょう」
「そんなつもりは毛頭ないが、例えば、年に一度だけ自分のランクと同等の依頼を受けて、それ以外は低ランク依頼を受ける場合は、降格は免れるのか?」
「システム上は可能です。ですが」
と、ジャンヌは少し下の規約を指さす。
「ランク昇格試験を受けるには、同ランク帯の依頼の年間完了数が関わってきます。そのランクで満足し、安定を求める場合はそういったやり方も可能ですが、それ以上の昇級は望めません。それに緊急時でない場合、依頼を出す側もある程度は受注者を選べますからね。ランクに見合わない低ランク依頼ばかり受けるといった怠惰な受注態度でいれば、自ずと受けられる依頼も減っていきます」
「なるほどな。だが今俺はCランクなわけだが、年に何度もCランク依頼に出くわせるものなのか?」
翻訳魔術で約款を先読みし、ジャンヌの次の説明を想定しながら訊ねる。彼女は滞りなく進められる説明に気を許したのか、口の端時を僅かに持ち上げながら頷いた。
「Cランク依頼であればどの街でもある程度待てば回ってくるので問題はないかと。ですがBランク、またはそれ以上――Aランクを目指す傭兵は街から街へと渡り歩き、高ランク依頼を受けるために旅をします。地方の集落では高ランクの魔物討伐依頼が出ることが比較的多いので、そういった依頼が狙い目です。それでもAランクへの昇級試験の条件達成は力だけでは成すことも困難でしょう。情報収集能力や、運、時には周囲を出し抜く知略も必要です。依頼の妨害はご法度ですが、受注するまでは刃傷沙汰以外はギルドから口出しすることはありませんので、どうぞご自由に」
ふぅん、とハクロは頷く。
今のところ未定だが、高ランクを目指すのであれば相応の立ち居振る舞いも求められるということか。そしてジャンヌの口ぶりから察するに、一般的な傭兵の場合、Bランクが生涯目標といった感じか。それ以上のAランクとなると、ほんの一握りの傭兵しか到達することはできないだろう。
「分かった。説明を続けてくれ」
「はい。それでは二番目の項目、依頼失敗を含む規約違反についてです」
ジャンヌの指さす項目が少し戻り、最初の方の規約へと視線を移す。
「依頼に失敗した場合、基本的には報酬は発生しません」
「基本的に? 例外もあるのか」
「街の外へ出る依頼、例えば、護衛や採取、討伐ですが、当初想定を大きく超える脅威が発生し、撤退した場合、その脅威が他傭兵からの確認が取れれば報酬金の三割を上限に支給されます。極端な話をすれば……そうですね、カナルからフロア村までの街道は脅威度DからEランク程度となっています。ここを移動する商人ギルドの商隊の護衛は当然Dランク依頼に分類されますが、突発的に2ランク以上上の脅威度の魔物が出現し、商隊が壊滅、生存者をなんとかカナルまで送り届けた、といった場合、依頼は失敗扱いですが確認が取れ次第、当初金額の1割程度の報酬を手当てとして受け取ることができます。被害状況にもよりますが」
「なるほどな。ちなみに、その脅威は災害も含まれるのか?」
「そうですね。明らかな天候不順にも関わらず強行された場合は依頼者側の責任となりますが、突発災害に巻き込まれ、途中で引き返した場合、3割が支給されます」
ふむ、と頷く。
思ったよりも失敗した時のフォローがしっかりしていた。ハクロとしては「失敗した奴に払う金はねえ」と言われるくらいは覚悟していたところである。
ちらりと横を見ると、リリィもまた「へー」と頷いていた。リリアーヌの元で薬師として暮らしていると傭兵ギルドの規約など詳しく聞く機会などなかったのだろう、新鮮な気持ちで説明に臨んでいるようだ。
「分かった」
「続いて、ギルドの利用可能な施設についてですが――」
その後、30分ほどしっかりと時間をかけてジャンヌからギルドの規約について詳細を確認しながら説明を受け、ハクロは晴れてCランク傭兵の地位を手に入れたのだった。





